CODE7 黒き風、七つの極彩色を吹っ飛ばす!(1)

「あ~らあら甲斐かいさん! こ~んな所でお会いできるとは! これも万華神まんげしんさまのお導きによる運☆命ですわねッ!」


 なんと! その声は、「万華まんげ☆教」片水崎かたみさき第一支部第一等幹部にして、「七色の光を束ねし天空のイリュージョニスト」の異名を誇る、よろず光子みつこさま!


 ――って、なんで俺こんな心底どーでもいい情報知ってんの! しかもなんでこっちの名前までバレてんの!


 どうやら数日間に及ぶ教団の追跡勧誘術が功を奏し(?)、サブリミナル効果かなんかで俺の深層意識に教団PR情報がインプットされ……って、これ以上考えるのはやめとこう。


 横を見ると、美弥みやちゃんの目は、オバサンの闇をも貫くギラギラスパンコールな着物を反射してチカチカ回りそう。

 折賀おりがは腐ったゴミでも見るような目。

 二人とも、気持ちはわかる。


「相変わらず下町のドブネズミのような絶望的なグレ~でいらっしゃるのね~! でも今晩は見目よいお友達が二人もいらっしゃるじゃな~いの! よい広告塔になってくれそうだわ~!」


「えー、この人は俺を入信させようとしつこくつきまとってる、『万華☆教』とかいう宗教団体の人……」


 仕方なく小声でオバサンの紹介をする。

 折賀の意識は、オバサンよりもその後ろに控えているピエロの信徒どもに向いているようだ。

 オバサンに劣らないほどのハデな衣装に身を包んだピエロたちは、数えてみると全部で七人。


「ずいぶん物騒な道化を従えてるな。全員がある程度はやつらだ。お前を入信させるだけが目的ではないらしい」


「マジか……」


 折賀の言うとおり、そいつらの心の色といったらどうしようもなく汚い色ばかりなんだが、意識の方向をたどってみると――こいつらが見てるのは、俺じゃない。


 美弥ちゃん……?


「折賀、こいつらの目的――」


「俺が相手しとくから、合図したらお前は美弥を連れてさっきの病院まで走れ」


「えぇ?」


 相手って、何する気だよ。

 意味がわからず声をあげた俺にはかまわず、折賀は数歩前へ出た。


「俺たちは宗教団体にもお笑い芸人にも用はねえんだ。とっとと帰れ」


「あらま~、年上のレディ~に対する口のきき方を知らないおに~さんねッ! 信徒たちよ、このコたちに礼儀を教えてあげちゃって~!」


 ゴツいブレスレットに守られた光子オバサンの右手が上がる。

 それを合図に、ピエロたちがいっせいに空を切った!

 

 全員が素人とは言えないスピードを足に乗せ、一気に距離を詰めて俺たちをとり囲――む前に、そのうちのひとりが物理法則を無視した動きで勢いよく空を飛んだ。


「えっ?」


 不可解な、一瞬の間を置いたあと。

 その体は、二十メートルほど離れた場所にある木の幹に叩きつけられた!


 ピエロどもの注意がそっちへれた瞬間、


「甲斐! 走れ!」


 折賀が動いた!



  ◇ ◇ ◇



 それからはあっという間だった。


 再び俺たちに襲いかかろうとしたピエロのふところに折賀が飛び込み、強烈な肘打ちをあごに叩きつける。

 その勢いのまま、ひねりをきかせた右脚の蹴りが別のピエロの脇腹を直撃。

 その間に回り込んで俺と美弥ちゃんに近づこうとしたやつは、悲鳴をあげながらまたも空中を飛んで数十メートル先の闇へ消えていった。


 そのすきに、俺と美弥ちゃんは病院に向かって走った。

 さすがに折賀ひとりを残すのは後ろめたかったけど、こんなときの美弥ちゃんは驚くほどいさぎよかった。俺の方が美弥ちゃんに引っぱられて走ったようなもんだ。


「お兄なら大丈夫、言ったことはちゃんとやる人だから」


 ようやく病院の正門が見えた、そのとき。


 黒い気配を察知して振り返ると、後方からひとつの影が、大ジャンプで俺たちの頭上を大きく飛び越えた。

 影は華麗な回転を見せながら前方に着地。ピエロだ!


 こいつ、他のやつらよりはるかに黒い。たぶん強さも抜きん出てる。

 俺なんかがかなう相手じゃない。


 俺は後ろ手で美弥ちゃんをかばいながら、表情の見えないピエロをにらみつけた。

 俺の目なら、初撃くらいはたぶんかわせる。でもそれじゃ美弥ちゃんを守れない。

 俺が攻撃を受けて、その間に美弥ちゃんを走らせる。これしかない!


 ジリッ、と少しだけ間合いを詰めたピエロが、フッ、と少し笑ったような気がした。


「……思ったより勇ましいじゃない」


 え?


 次の瞬間。

 後方から、別の影が黒い爆風を巻きあげながら急接近!


 ピエロと同じようにジャンプで俺たちを飛び越え、落下スピードに乗せて回転蹴りをピエロに叩きつける! 折賀だ!


 ピエロは腕でブロックして衝撃を流し、折賀は砂煙をあげながら着地。


 折賀が顔を上げるのとほぼ同時に、ピエロは病院のフェンスをひらりと飛び越え、そのまま闇の中に姿を消してしまった。


「なっ、ななななんなのアータたち~!」


 代わって登場したのが光子オバサン。


「速すぎて何やってるのか全然わかんなかったわよ! アータねえ、あいつらを殴ったの? 蹴ったの? それとも吹っ飛ばしたの?」


「全部だ、チンドン屋」


 青黒い炎を光らせながら、折賀が言い放つ。


「あんたはどれが好みなんだ? 言っとくが妹に手を出した以上、女でも遠慮はしねえぞ」


「なっななな何を言ってるの! ワタシはアータたちを勧誘しようとしただけよーッ!」


「あと、甲斐はドブネズミ色じゃない。そこは訂正しとけ」


 まだ何か言おうとしたオバサンのふくよかな体は、ぽーんときれいな放物線を描きながら、病院の敷地内にある噴水の中に落下していった……。


「……終わった、のか?」


「ピエロの六人は片づけた。逃げたひとりがやっかいだ。あの女、俺の能力の弱点を知っている。俺が顔を上げる前に逃げたのがその証拠だ」


 女! 言われてみると確かに、声色が女の人だった。


 その人の逃げた方向に目を向けると、俺の目にあの強力な「黒」が飛び込んできた。

 フェンスや木立ちなどの遮蔽物しゃへいぶつをいくつも透過とうかして、俺たちの所まで届くほどの禍々まがまがしい殺気を放つそれが、まだ病院の敷地内に潜伏してる。距離にして、だいたい三十メートルくらいか。


 折賀に伝えると、やつも自分の目でそれを確認した――って、俺の頭を叩いて確認すんな!


 当初の予定どおり、まずは病棟まで走って美弥ちゃんを中へ避難させる。

 病院の入り口には美弥ちゃんをよく知ってる様子の看護師さんがいて、何も聞かずに美弥ちゃんを中に招き入れてくれた。

 折賀は看護師さんに頭を下げたと思うと、そのまま息つく間もなく俺の手を引っぱって外に出る。


「うわっ、何!」


「お前が来ないと『甲斐レーダー』が使えねえだろ」


 俺はお前のレーダーでもスコープでもねー!

 と言いたかったけど、美弥ちゃんを狙ってるらしい相手がそばにいる以上、協力しないわけにはいかない。


 手を引っぱられたまま、女ピエロが潜伏してる中庭の方へ走る。

 途中で噴水を見ると、水中から上半身だけ出したオバサンが


「んも~、着物が重くて立てないわ~! スマホもお財布も濡れちゃったわ~!」


 とか言ってる。

 とりあえずほっといて先を急ぐ。

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