第4話 学校へ通うこと(2)

「やめろよ!」


「なんだ、転校生。私らになんか用? www」」


「当たり前だ!」


「後で話し聞いてやるから、ちょっと出てってよ、転校生クン」


 校舎の一階の端、呼びやすいよう「倉庫」と名付けられた一室に、僕は涙目で、叫んだ。

 僕の胸元で暴れる心は、破裂しそうで痛いと言う。

 その痛みが身に沁みて僕は違う、違う、と自分に言い聞かせた。


「お前らは、最低な奴だ!」


 遡ること数時間前――――。

 授業に出る前、僕は教壇で挨拶をした。なんとか辿り着いた職員室の先生に事情を説明して、その先生から簡単な説明を受けて、席を指定され、座り、そのまま授業。

 

 この学校の黒板は、液晶画面。生徒は一人一人がパソコンを持っている。

 先生は、チョークではなくペン型の何かを教室の前面、いわゆる黒板にあたる液晶にそれを走らせていた。

 「太宰治」。題材は何年経っても変わらないようだ。


 殆どの人がパソコンに集中している中、僕はメモをとろうとその液晶に目を移すと、ちらちらと視線を感じた。

 僕の周りの席の人たちは、不気味、おかしな人、と負の視線を送りつけるも、僕がそっちへ顔を向けるとすぐに違う方向へ目を逸らしてしまう。


 辛い。名目上は、転校ということだったが、やはり話が噛み合わなかった。



 一時間目の国語が終った。二時間目の数学は何をやっているか、さっぱりだった。化学は尚更。僕の知る常識と違いすぎて。


 僕が転校生からなのか、誰に話しかけられるでもなく、先生に指されるでもなく、前の人の影に潜むようにそこにいた。馴れるまでは、一人という孤独に付き合いながらやっていく他ないみたいだ。


 ただ、幸運にも同じクラスだった雫さんは、僕と目を合わせてくれない。あえて僕の方を向かないようにしているとさえ思える。クラスメイトと談笑して暇がないのか。だがその一方的な無視は授業中にも行われている。


 


 僕はやっと自覚した。今まで大変な勘違いをしていたようだった。僕はここにいるべきではない。時代が違う。睡眠病に侵された、ただの邪魔者。昔の人。死んだ人。

 だから、雫さんは学校では僕と関わりたくないのか。

 空気が違うのだろう。僕と今の人間は。

 僕は不自然にならないよう、匂いを嗅いだ。柔軟剤の匂いがした。


 昼休み、僕は黙々と自分が出来るだけここと関わらないように、と考えながら昼食をとっていた。葉摘さんの弁当は、手が込んでいて美味しい。ただ、無駄に静かなのが気になった。


 ドン、という教室のドアが叩かれる音がして、何かに躓いたかのように雫さんが、廊下側から教室に倒れ込む。


「それが、いやだから言ってんでしょ!気付よ、雫!」


 その後に続いて入ってきた女子グループは、吐き捨てるように言って雫さんを見下ろした。


 数秒、時間が止まったかに思えた。息を呑む。僕は、その光景に釘付けになった。その女子グループは、今朝仲よさそうに雫さんと話していた女子達だ。


「ごめん、沙由理。私が悪かった。許して」


 圧倒的理不尽を振りかざされて、なおも謝罪の言葉を口にする雫さんに、僕はどういうことか暫く理解できなかった。


「わかったならいいよ」そう言って、沙由理と呼ばれた女は、雫さんの手を掴み、立たせる。


 何事もなかったかのように、数人のその女子達は昼食を取り始めた。雫さんを輪の中に入れて。


 明らかに不自然だったのは、その数人を除いたクラスの人たちが同じタイミングまた話し始めたことだ。


 僕には衝撃過ぎて、クラスの人たちを見渡した。


 クラスメイト達の目は、その反応は違う、違う、と言っている様に見えた。そうじゃない。やめて。今まで作り上げてきたものを壊さないで。


 僕はそうじゃない、と自分に言い聞かせた。





 悶々とした中、今日の授業を終えて、雫さんを見る。僕の視界は席を立ち、歩くクラスメイトで埋まっていく。


 どこへ行った? 帰る準備をする集団を掻い潜って、廊下に出る。

 何かするなら屋上?いや、朝先生が、屋上は施錠されている、と言っていた。とすれば、どこだ?

 考えるより、行動した方がいいと思い、屋上を見に行き、それから階を下っていく。


 最後の最後で、倉庫室に辿り着く。息を整える。雫さんの「やめて」という声がする。

 倉庫室のドアにちょっとした窓が付いていて、そこから様子を探る。彼女たちは、雫さんに集中していて僕の気配に気づきもしない。

 そして待つ。悲しいが、状況証拠がそろってからでないと。


 女の一人が、カッターで雫さんの制服を裁つ。雫さんに暴言を吐いたあの女だ。


 白く、薄く紅い血管が浮き出る肌が露わになる。器用にも彼女の肌は切られていない。白い下着が、諦めたように顔を出し、女は繊維の一本一本を断つように、ゆっくりとカッターの刃を入れていく。


 角度的に取り巻きの女子の一人がスマホを手にしていた。


 それで、僕の理性はぷちん、と切れた。


 ドアノブを強引に回す。


「やめろよ!」


 怒鳴り散らしたドスの利いた声は、はっきりとその女達に届く。

 何回か、言い合いがあったらしいが、僕は覚えていない。


 一人から、スマホを奪い、液晶画面を地面に叩きつける。


 許せない。


 雫さんは、酷く泣きじゃくる。体は冷たく、全身の産毛が逆立って、怯える。膝はガクガクと笑い、顔全体は紅潮する。


 大丈夫? なんてまともに声を掛けられない。


 彼女達は、すぐにどっかに消えた。



 親を呼ばれた。胸がこそばゆくなった。


「この度は、うちの愚息がご迷惑をおかけしました」


 ビシッと決めたスーツ姿の徹さんが、、何秒も何秒も頭を下げ続けている。


 頭に上った血が、段々と下りてくのが分かって、冷えてくのがわかって、校長室に残った重苦しい空気の無神経さを、僕は恨んだ。いっそのこと、その空気が消滅して僕を窒息させて殺してくれれば良いと思った。

 


 雫さんの涙は、数時間は止まらなかった。


「お風呂、空いたよ。私の次だけど」


 パジャマを着た雫さんは、どこかぼんやりと見つめていた。


「わかった。入るよ」


 着替えを持って、脱衣所へ向かう。階段を徐々に下ると、興奮した徹さんの声が聞こえてきた。


「だから、は嫌だったんだ。睡眠死の子を引き取るのは。血が繋がっているわけでもないのに。スマホを弁償しろ、だってよ。15万だぞ? あいつの生活費で大分持ってかれてるのに、これじゃあ、貯金を切り崩さなきゃいけないじゃないか!」


「落ち着いて」と葉摘さんは、宥める。


 僕は無言で、廊下を通って、脱衣所へ入った。


 唇を噛んで、あらゆるものを噛み殺した。

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