目蓋のしるべ
先ほどのクロエのアナウンスは、何も憂さ晴らしじゃない。
メメメに【
【天網の瞳】は周囲の視界を共有する際、ひとつのサインとよべる挙動する。
それが、瞬き。
かすみがかった視野を戻す時のように三度、対象者に瞬きを行わせ、その間、他者の視界と接続する。その動作を目印にメメメの居場所を捜し出すのだ。
『目を凝らせ。過度な瞬きを見逃すなよ。人が急な騒音に驚いて周囲を見回すように、メメメもまた周囲をうかがう。その範囲はおそらく波紋を描く』
周囲を警戒する場合、まずは直近の危機を確認する。そして近辺から段々と遠くに視野を伸ばしていく。そのため
『それでは、我がこの珈琲を飲み干す前に連れて来い。健闘を祈っておるぞ』
カチャリとティーカップの音がして、通信が切れた。
「御上は暢気なものだな」
キャナレタウンの最北端の喫茶店『
(視界にある全ての目を覗け。微かな違和感を見逃すな)
自分に言い聞かせながら
だが時間が経過していくにつれ、すでに見逃してしまったのではないかと不安が募っていく。そんな最中にあっても、彼の緊張など露とも知らず、周囲にいた子供達は再び着ぐるみに向かって話し掛けてくる。
「ねえ、ねえ、必殺技やって。あれ。んん、あれ」
通行人の瞬きを探るなど、毛筆でコメに字を書くようなものだ。それを子供が騒ぎ立て、せがむように腕を引くような状態でやっている。一度なら無視すればいい。だが相手はこちらの都合など知らず、体力の続く限りすがりついてくる。
「いま仕事中なんだ。少し黙ってくれ」
今まで急に黙っていた着ぐるみから声が聞こえ、子供達は一様に驚き、身をすくませた。中には怖くて涙が溢れてきたのか、腕で目頭を擦っている子供もいる。
「ああ、泣いてるのか。その、すまん。怖かったか」
「違うもん」
泣いていたのは、三つ編みの少女だった。こちらとしてはそれどころじゃないが、それでも泣かれると良心が痛むのも事実。
千種はちらりと腕で目を擦る少女に目を向けた。
「怖いんじゃないもん。ただ、ちょっと││」
その少女の両眼を見た途端、千種は
「目が、変なの」
ばち、ばち、ばち──。
彼女の両眼は痙攣したように瞬きを繰り返す。何度も何度も。
「それ、ボクも」
「なんか、さっきから目がピクピクする」
着ぐるみの回りに集まった子供はそろいもそろって、アレルギー反応のように執拗に瞬きを繰り返している。
ばち、ばち、ばち──。
ばち、ばち、ばち──。
三刻みで、執拗に、嘲笑うように。
(やられた!? メメメに気づかれたのか)
千種は歯噛みする。だが後悔をしている場合ではない。事の難易度は飛躍的に上がったが、解決すべき問題は至極単純だ。
逃げられる前に捕まえる。この一念だけを念頭に、千種は頭を切り替える。
(そもそもどうやって己をピンポイントに当てた? 見た目は着ぐるみで隠してるし・・・・・・いや、ちょっとまてよ? この着ぐるみって確かエトランゼの私物で特注・・・・・・)
「これが原因じゃねえか!」
千種はかぶり物を叩き付ける。エトランゼとメメメの関係性は知らないが、若しもメメメがこの巨大な特注品の存在を知っていたら、ここに居ることを喧伝するようなものだ。
「あの魔神、メメメを捕まえたあと、覚えておけよ」
憤然としながら着ぐるみを脱いでいると、ふと周囲の子供の様子が気になった。クトーニャンから脱皮してきた千種を眺めている瞳は、まだ三拍子の規則性を残したまま、瞬きを繰り返している。
まだメメメが窃視している。
だが、それは妙だ。
エトランゼの説明では、三度の瞬きの内に視界を共有すると訊いている。
(なぜ必要以上に瞬きをしている?)
最初は愚鈍にも見つかってしまったことを嘲笑しているようにも思えたが、その病的な瞬きに感染した人が、千種を起点に南へ真っ直ぐ分布していることに気づいた。
「・・・・・・誘導しているのか」
さながら
走る道を誘導するように、道の先で通行人が瞬きを繰り返して、彼等を通り過ぎれば、また目前の通行人が瞬きを始める。
「なにか目的があるのか?」
分からない。だがそれ以上に、無駄に逡巡に時間を費やすつもりもない。
推測に推測を重ねても答えが出ないなら、千種はいつも直観を信じることにしていた。
彼は着ぐるみを通路の端に脱ぎ捨てると、瞬きが誘導する先に走り出した。
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