不死なる少女の殺し方

 

 殺すべき相手が、不死である。


 どれだけ足掻あがこうが、奇跡を起こそうが、死なないのなら殺せない。

 千種の旅路はここで終わる。人類の前途ぜんとは絶え、あとは余命を待つのみ。

 そのような暗澹な心境に光を射したのも、またエトランゼだった。


「しかしな、何もずっと不死であるわけではない」

 不死なる少女は語る。あろうことか、彼女を殺そうとする少年に。


「この不死は聖骸器官の保険なのだよ」

「保険?」

 話題が胡乱げになっていく。


「聖遺物と言われておるが、その実、虚亡の血肉は生きておる」


「生きている、だと!?」

「無論、思考などは出来ぬよ。だが、他者に寄生する生命本能が備わっておる。その性能が、我を不死たらしめておる。そして、その生態を紐とけば自ずと不死にもほころびがあることを知る。んふふ。あまり困惑させすぎるのも可哀想だ。汝が血眼で追う聖骸について、ひとつ、その担い手たる我が教鞭きょうべんってやろう」

 そういうと、エトランゼはクロエに二杯、改めて珈琲を淹れるように頼んだ。


「とろこで、千種よ。汝は隷属の右腕がすでに一度、破壊されていたことは知っておるか?」


「な!?」

 動揺するのは酷だと語っておきながら、エトランゼはまたしても度肝どぎもを抜く。

「少なくとも一度は破壊されておる。だが破壊されて間もなく新たに生まれた。したがって隷属の右腕は厳密にいえば二代目だ」

「待て。生まれた、だと? あれは新たに生じるのか!? どこから!」


「目の前の女からだよ」

 エトランゼはそういって自分自身を指す。

「というより、担い手からだ。あの聖遺物は自分が破壊されると、担い手の血肉を使って複製、いわばクローンを作る。そうだな、たとえるなら特殊な複製ウィルスだろうか」


 聖骸器官は、まず虚亡きょぼうの遺伝子が組み込まれたウィルス細胞を担い手に感染させる。

 普段、ウィルス細胞は、担い手に神の権能と不死なる恩寵おんちょうを与えるが、聖骸器官本体が活動不能になった場合、突如細胞が変異し、担い手──つまり感染者のDNAを自分のDNAへと転写てんしゃする。

 およそ半日すれば、担い手は肉塊のとなり、そこから果実のように新たな聖骸器官が生える。そして、その智慧の実をいただいだ者が、新たな寄生主にないてとなる。


「詰まるところ、不死性というのは、聖骸器官が新たな宿り木を保護する為に生み出した複製機能といえよう。さて、チグサよ。今の説明に汝が求める答えがあったが、分かったか?」

「・・・・・・聖骸を破壊したあと、担い手の肉体を書き換える半日、か」


御明察ごめいさつ。ウィルスは細胞の複製に追われ、肉体に不死性を与える暇などない。その半日に我という母胎ぼたいを破壊すれば、聖骸器官は滅却めっきゃくできよう」

 それは確かに求めていた光明だった。

 だが気分は晴れるどころか、暗澹あんたんたる疑念ぎねんによってかげる。


「・・・・・・どうやら己の回りには、物事を迂遠に語る奴が集まるらしい」

「何事も順番というものがあるだよ。フレンチでいきなり子羊のソテーを食べるより、食前酒アミューズを飲み、前菜オードブルをつまみ、スープを掬い、魚料理ポワソンのあとに氷菓ソルベで口直ししてからのほうが、主菜アントレはぐっと旨味が増すというもの」


「悪いが、己は好きなものから食べる派なんだ」

 千種は深く目を閉じ、ささくれだった感情の枝葉を綺麗に剪定せんていしていく。

 そして冷静な思考を有した状態で目蓋を開いた。


「己に何をさせる気だ」


 よもや自分を殺そうとする相手に、もっとも的確な殺害方法を無償で教える者などいない。

 もし、そんな大馬鹿野郎がいるのであれば、それは自殺志願者か、あるいは打算による誘導かの二者択一だ。

 そしてエトランゼは後者に違いない。

 

 彼女は悪辣なまでに口角を吊り上げる。

「隷属の右腕を盗み出して欲しい」

「お前の手元にないのか?」

「ない。在処は知っておるが、取り戻すには【封絶の路あまのいわど】と称する虚構を破壊せねばならぬ。その点、汝の【出典不明抄抄ドグマ・コード】はうってつけと言える」


 エトランゼは彼の右手の甲に狙いを定める。彼に刻まれた虚構は文字通り出典が不明であるが、その異能は他者の付帯された加護を剥がす脅威の力が備わっている。

「その労苦を肩代わりしろと?」

「またまたご明察。さとい者は好きだぞ」


「それなら己の意思まで隷属させて【封絶の路】を破壊すればいいだろう」

「残念ながら、それは無理なのだ。先に述べたように、我は神の保険。権能を有するのはあくまで聖骸器官本体なのだ。したがって我が権能は一部。十全じゅうぜんではない。できて動きを停止させる。望まぬ動きをさせる。いわばスイッチのオン・オフだ。虚構の効果を破壊することはおろか、意思を隷属することは出来ぬ。まあ、個人的な趣向としても、それは却下なのだがな」

 

 瞳が嗜虐の色を灯す。

 唯々諾々いいだくだくと命令を遵守じゅんしゅさせるより、嫌がる者をねじ伏せて使役することがお好みらしい。

「己がその場で破壊するとは思わないのか?」

「その時は粗相する前に奪い取るとしよう。命諸共な」

 ケタケタと、矮躯に宿る悪意を見せつける。

 

 彼女はとつとつと説いた。

 千種の見舞われた現状、恩讐おんしゅうの果てに得た隷属の首輪、自身の渇望がエトランゼの思惑によって決定的に歪められた事実をひとつひとつ、丁寧に言葉の刃で刺していく。

 魂を抉っていく。その具合を確かめながら。


「・・・・・・言ったはずだぞ、魔神エトランゼ


 だからこそ、その声は魔神のが弾かれた金音かなおとだった。

 彼は無駄な逡巡しゅんじゅんが省けたとばかりに見据えて、にいっと嗤う。


「己は、困難な運命を撃ち砕くことが生き甲斐の畜生だ」

「宜しい。ならば汝の答えを聞かせてくれ、人畜生」

万事ばんじ諒解りょうかいした。貴様の悪事に荷担してやろう」

善哉よきかな

 

 互いに狂笑いで相対する。

 その歪な主従関係を祝うように、十一時を知らせる鐘が大きく鳴った。

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