Fiction Holder

織部泰助

Chapter 0 『胎動する産声』

 虚ろなる亡失の神による福音書

 火が踊っている。

 荒々しい揺らめきは、かつてそこにあった悲鳴。

 舞いのぼる火の粉は、地獄から一刻もはやく逃げのびたいと願った者達の聞き届けられなかった祈りの残滓。


 

『プロメテウスが、九つのあなと百の骨に、火の智慧えいちを授けたならば』

『わたしはうつろなる叡智えいちを授けよう』



 現れるなり、そう語り、かたりつくした。

 神なるモノの詭弁きべん

 その聴衆に選ばれたのはひとりの少年だった。



禍福かふく此処ここに。運命を此処に』

偽神ぎしん従僕しもべに、真なる血肉と魂を。七つの権能けんのうを』

これを以て鍵となし、無窮むきゅうなる門は開かれ、世は再び混沌に還る』


 

 少年は悟る。

 ソレは神の最上位。

 乾かず、餓えず、欲せず、怒らず、憎しまない故に。

 運命という悪辣あくらつな脚本を、無邪気な善意で強いる故に。

 真なる神というのは、純然じゅんぜんたる人の天敵である故に。

 戦わなければならない、と。


 

『嗚呼、だが若しも不遜ふそんにも、運命を拒むというのなら、それは至高の僥倖ぎょうこう

『わたしは沈淪ほろびと混沌のであるからに』

『滅すべしと願う冒涜者ぼうとくしゃこそ、真なる信仰者に他ならない』

 


 こうして神は福音ふくいんを残し。

 生き残ってしまった少年は、神の企てた運命を破砕すべしと。

 その小さな胸に、凄絶せいぜつなる宿痾しゅくあいだいた。

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