悲哀を食らう悪魔

楠ノ葉みどろ

Ⅰ 母を亡くした少女

 母を亡くし、私は泣いてばかりいた。

 泣き暮らして半月ほど経っただろうか。私の目の前に、一人の青年が現れた。


「その悲しみを消してあげようか」


 美しい男の人の姿だけれど、一目でこの世ならざる者だとわかる、闇の気配がした。


「僕は人の悲哀を食らうことで生きる悪魔なんだ。もし君の悲しみを僕にくれたら、代わりに願いを一つ叶えてあげるよ」


 この悲しみを忘れられる上に、願いまで叶う。でも、この悲しみは決して手放してはいけないように思えた。私がこんなにも悲しいのは、それだけ母さんのことが好きだったからだ。


「君が毎日悲しんで、時間を無為にすることなんて、天国のお母さんは望んでいないよ」

「……そうね。確かにそうだわ。だから、私はこの悲しみを抱えたまま乗り越えなきゃいけない」


 残念だけれど、この悲しみはあげられないわ。

 私は断った。


「そうだね。それが一番良い。君は強い子だ」


彼にとっての食べ物をあげることを拒否したというのに、どうしてそんなに嬉しそうに微笑んでいるのだろう。


「お菓子なら、分けてあげる」

「ああ、じゃあ、少しいただこうかな」


 戸棚から乾燥させたフルーツの袋を取り出した。

 悪魔と名乗った彼に数粒渡してから、私もそれを口に含んだ。酸味を含んだ甘さが舌を刺激する。


「僕はね、実のところ、食事をするのがあまり好きじゃないんだ」

「どうして?」

「僕に悲哀を食べられた人間は、悲しみからは解放されるけれど、同時に大切なものを失ってしまうんだよ。僕は、そのことがとても悲しい」


 悪魔と呼ぶには、彼は善良な心をもっているように思えた。

 けれど、彼と取り引きをした人が大切なものを失うというのなら、確かに悪魔なのかもしれない。


 彼は名前がないらしい。ないけれど、昔人間につけてもらった、クォ・ヴァディスという呼び名を気に入っているのだと言った。


「また、会いに来てくれる?」

「君が、耐えきれない悲しみに見舞われたその時には、きっとまた来るよ」

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