イエナリショウヤの事件簿

寝る犬

木賊色(とくさいろ)の研究

木賊色(とくさいろ)の研究 第1話

「ちょっと誰よ! シオンのノートにいたずらしたの!」


 親友の安藤あんどう愛莉アイリちゃんが上げた大声に、私、藤村ふじむら詩音シオンは肩をすくめてうつむいた。

 2時間目の授業の後、15分の長い休み時間。

 次の時間の移動教室の準備で机の上に置いていたノートには、大きく濃い文字で『ダメ』と書かれていた。


「名乗り出なさいよ! ただじゃおかないんだから!」


「……アイリちゃん、もういいですよ」


「良くないわよ! あぁ、もう! ほら! 理科の実験で使うコーヒーフィルターにまでインクが染みちゃってるじゃない!」


 教室中の視線が私達に集まり、私はいたたまれなくなってノートを胸に抱える。

 アイリちゃんは明るい髪色のポニーテールを揺らして胸を反らすと、教室をぐるりと見回した。


 彼女の視線を避けるように、みんなが目をそらす。

 思わずその視線の先を追いかけた私と、一人だけ目の合った人がいた。


 ゆるくウェーブのかかった短い黒髪。青いフチの四角いメガネ。

 真っ直ぐにこっちを見ているその顔には、笑顔にも見える面白そうな表情が浮かんでいた。

 ……家成いえなり翔哉ショウヤくん。

 休み時間にはいつも一人で難しそうな本を読んでいるのに、運動会では100メートル走で1位を取ったりする変わった男の子。

 一度、図書室の閲覧履歴を見たことがあるけど、私の大好きな推理小説から、全然わからない科学の本まで、すごく沢山の本を読んでいた。

 どうして私がショウヤくんの図書カードを調べたりしたのかは……私にもわからない。

 でも、何か気になる変わった男の子であることは確かだった。


 目が合ったまま動きの止まった私に気づき、その視線の先を追ったアイリちゃんは、ツカツカと教室を横切ってショウヤくんの前に立つ。

 鬼のような形相で彼を見下ろした彼女は、机にドンと手をついた。


「ちょっとショウヤ! あんたがやったの?!」


「いや、違うけど。どうしてそう思った?」


「あんたがニヤニヤしながらシオンを見てるからでしょ!」


「……あぁそうか、ごめん。ちょっと面白そうだなと思って」


 メガネの端をくいっと持ち上げ、ショウヤくんはアイリちゃん越しに私を見る。

 自分を無視するような彼の動きに怒ったのだろう。その視線を遮るように体を動かしたアイリちゃんは「何も面白くないわよ!」と、もう一度大声を出した。


――面白そう?


 面白そう。面白そう。

 頭のなかでショウヤくんの言葉がくるくると回る。

 私は胸に抱えたノートに視線を落とし、もう一度ショウヤくんを見て立ち上がった。


「ショウヤくん!」


 自分でも驚くくらい大きな声が出る。

 みんなの視線がやっぱり私に集まったけど、今度はそんなこと全然気にならなかった。


 面白そう。面白そうなんだ。


 私自身が騒動の中心なのに、こんないたずらされてとても悲しいはずなのに、どこかで私もそう思っていた。


 誰が。

 なぜ。

 どうやって。


 そう。大好きな推理小説の犯人探し。

 私はアイリちゃんの横をすり抜けて、ショウヤくんの机の前に立った。


「これだけの手がかりで……わかりますか?!」


 ショウヤくんはメガネの端をくいっと持ち上げ、面白そうに笑った。

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