第14話 救助
錠剤を噛み砕き、カメは意識を足と腰の一部に集中させる。そしてバイクの勢いを借り、硬質化した足で車庫の強化シャッターを蹴り壊した。
それを見たウサギは、口笛を吹いて言う。
「普段のオメェは嫌いだけど、こういう時ホント最高だと思うわ」
「ありがとう。ちなみに僕はいついかなる時のお前も嫌いだけどな」
「前言撤回! やっぱこのまま保健所行ってお前引き取ってもらうことにするわ!」
そんなやりとりをしながらも、ウサギはゴーグルに表示されるID喪失者の位置を確かめる。ここから一番近い場所は、バイクで三分もかからない所だが――。
「ランプが点滅している所に行くぞ。民間人に被害が及ぶ可能性があるらしい」
「なんでオメェそんなこと知ってんの」
「北風君から連絡が来た」
「オレ来てないんですけど?」
「人を選んだということだろう。賢明な判断だ」
「キィィッ! 悔しいけど指示通り行ってあげちゃう! 願わくばカメが風圧に負けますように!」
「いやぁ、カメの殺人運転に耐え得る性能のベルトは最悪に心地よくモギャア!!」
ウサギはカメに最後まで喋らせることなく発進する。
大きく仰け反るカメだったが、まだ腰の硬質化が生きていた為、なんとかギックリを再発せずに済んだ。
この一ヶ月で、すっかり撃滅機関の存在が一般に定着したのは幸いだった。高性能AIが搭載された車は、想像を絶するスピードで空を走る大型バイクに、統制された動きでこぞって道を明け渡す。
加速していくバイクに、ウサギの目が段々と狂気に染まっていく。それでもすんでの所で彼を正気に踏み止まらせていたのは、紛れもない比丘田への怒りと己の正義感だった。
もうすぐ目的の場所に到着する。カメは、凄まじい風の抵抗に顔をしかめながら拡声器を取り出した。
「はいはいはい毎度お馴染み撃滅機関ですよ。これそこの人間、お前にいくつか質問をしよう。予め言っておくが、断るんじゃないぞ。警察には協力する、それが我らに守られる市民の健全で正しい対応だ」
拡声器の先には、腰が抜けた女に拳銃を突きつける男が一人。男は、危うく自分を轢き殺しかけた大型バイクの登場に、泡を食ったような顔をしてカメらを見上げた。その体の一部は、既にぼろぼろと粒子化している。
「おお、君の右膝から先がとても賑やかなことになってるな。ならば君は、きっと自分が何者かという点について疑いを持っていることだろう。自分探しはモラトリアムの必修科目だね。そういうわけで、人生の大大先輩である僕が直々に君の正体を知る手助けをしてやろう」
「な、なんだよアンタ……! 俺の何を知って……!」
「まず第一問、君の名前は?」
カメの冷酷な問いに、男は震え始める。――おそらく気づいていたのだろう。自身ですら、自分の名を答えられぬことに。
カメは、サディスティックな笑みと共に滔々と続ける。
「――名前が分からないなら、君がどこに住んでいるかだけでも教えてくれ。把握していて当然の個人情報だが……何、それもできない? いやいや仕方がない、誰にだってド忘れというものはある。それなら次は親の名前を言ってみてくれ。プライバシーを尊重するのであれば、一つ外見の特徴を挙げてみてくれるだけでいい。通っていた学校の名前は? 世話になったロボットの通し番号は? 初恋のあの子の髪の長さは? ……さぁ、どれか答えてみろ。そこにお前の正体があるぞ」
男は、ガクガクとより激しく震え始めた。拳銃は男の手を離れ、粒子化は男の体を這い上るように浸食していく。
「データがありません、データがありません、データがありません……」
「おやおや、今回はちゃんと言ってくれるのか。丁寧でありがたいね」
「異常を検知。消去を開始しまああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
顎が外れたように、男は口をガパリと開けた。その部分も、たちまちのうちにただの粒と化する。
フゥ、とカメはため息をついた。ウサギの背もたれを蹴り、太いホースを取り出させる。ホースは男の粒を綺麗に吸い上げると、またバイクの中に格納された。
「……何……なんなの……?」
残されたのは、恐怖と混乱におののく若い女性。ウサギはヘラヘラとした笑顔で、バイクから彼女に手を振った。
「正義のヒーロー、撃滅機関だぜ! オレたちが来たからにはもう大丈夫! 怖いお兄さんは綺麗さっぱりオレらが退治したからね!」
「オラ、色ボケウサギ、次行くぞ。時間が無いんだ」
「そんなわけで安心して日常に戻ってね、綺麗な姉ちゃん! アデュー!」
「発音が違うぞ。正しくはミギュウ!」
ウサギの急加速により、またしてもカメは最後まで嫌味を言うことができなかった。
女性は腰を抜かしたまま、バイクに乗ったそんなジイさん二人を見送ったのである。
「ええか、必ず二人一組で動き。絶対一人になったらアカン。相手は銃持っとるんや、車から出んなよ。そんで民間人が狙われとったらいっそ車に乗せてまえ」
「わかりました!」
「おう、ほな行け! 頼んだで!」
カメが蹴り壊した車庫に到着した太陽は、車に乗った部下に号令をかけ各所に放った。
ガランとした車庫内で、太陽は北風から送られてきたデータを空中に表示させる。全体を確認していると、右上の方で点滅していた赤い点が一つ消えた。どうやら早速、撃滅機関が成果を上げたようだ。
ホッとすると同時に、やりきれない焦燥感に駆られる。できるならば太陽自身も現場に身を投げ出し、少しでも早く事件を解決したい。だが、彼の立場がそれを許さなかった。
指示を出す人間が現場に出てしまっては、いざ状況が変わった時に即座に反応し臨機応変に対処できる者がいなくなる。何が起こるか分からない現状だからこそ、太陽は自分の立場に耐えることを強いられていた。
――いや、まだや。
まだ、自分にできることはある。
太陽は腕を組み、地図を睨みつけた。そして、北風やカメには劣るだろう脳を働かせる。
何故、突然大量のID喪失者が出現したのか。何故、誰も彼も粒子化が始まっているのか。何故、比丘田はそんなことをしたのか――。
――“ 今までと違う状況になったってこたぁ、黒幕側の状況も変わったってことだ。”
ふと思い出したウサギの言葉に、太陽は顔を上げた。
……そうか。
逆なのだ。何故、突然大量のID喪失者が出現したかを考えねばならないのではない。何故、突然彼らが大量に作られる必要があったかを考えねばならないのだ。
つまり、そうせざるを得なかった比丘田側の事情を。
「……焦っとる?」
何気無く口にした一言だったが、正しい気がした。
そうだ、あちらも焦っているのだ。焦っていなければ、粒子化し始めたような不完全な人間を、解き放つ意味が分からない。
いや、それはそれでデータが取れるのかもしれないが、今までの丁寧な人間の作り込みを見るに、やはりその行動は矛盾するように思う。
太陽は、本部にいる北風の元へと走り出した。
恐らく、自分の脳みそで考えつけるのはここまでだ。北風の力を借りねば、ここから先へは行けない。
撃滅機関と部下が赤い点を残らず消してくれることを祈りながら、彼は力いっぱい地面を蹴った。
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