撃滅機関の老害共

長埜 恵(ながのけい)

第1話 撃滅機関の老害共

「だから! これはオレの分のメシだっつってんだろ!!」


 ここは、とあるファーストフード店。男は苛々とテーブルを殴りながら、目の前で涼しい顔をしてフライドポテトをむさぼるもう一人の男を睨みつけた。


「……腹を空かせた哀れな人間に施しをするのが、優しい大人のあるべき姿だと思わんか?」

「思わないね! その真っ黒な腹ァ掻っ捌いてポテト取り出すぞ!」

「おお怖い。あれか、とうとう更年期か」

「まだまだヤングなマンですぅー!」

「その発言が既にヤングじゃないと知れ。無理があるんだよ、その年でヤングなマンは」


 一際目立つ賑やかな二人組の男だ。まるで漫才のようにテンポ良く繰り出されるそのやり取りが、店中の注目を集めている。

 しかし、これが学生同士であれば、まだ周りからここまで奇異な目で見られることは無かっただろう。


 彼らは、年の頃六十は過ぎているだろう老いた男性だった。


「大体な、お前は不摂生が過ぎるキライがあるんだ」


 所々白髪が混じった黒髪の方の男が言う。しかし、その手は休まずフライドポテトに伸ばされていた。


「先日の健康診断の結果はどうだった?また尿酸値が上がってたろ」

「なんで知ってんだよ……」

「だから僕がこうして食べてやってるんだ。感謝してほしいぐらいだね」

「オレの! 金だ!!」

「健康を買ったと思いたまえ」

「今すぐお前の残りの寿命を買ってやろうか!」


 話にならないとばかりに、対面に座る男は自分の金髪を掻きむしった。しかし、こうしている間にも着々とポテトは食べられていく。

 仕方なく、せめて腹を満たす分だけでも食べようと手を伸ばす。先ほどまでやかましく言い合っていた二人は、途端に静かになった。


 二人の様子を遠巻きに見ていた周りの客も、つまらない光景になったと判断するやいなや、また各々の食事に戻る。その顔ぶれは皆一様に若く、くっきりとした皺を刻んだ人間は一人も存在しなかった。


 ファーストフード店らしいガヤガヤとした喧騒が満ち始める。しかしその時、絹を裂くような悲鳴が、穏やかなランチタイムに割り込んだ。


「食い逃げだ!」


 その声に、店内中がピリッと緊張する。女は連れの男にしなだれかかり、それを受け止める男もへっぴりごしになっている。ロボットに手を引かれた子供は泣き出し、店員はオロオロと辺りを歩き回るばかりだ。


 そんな過剰ともいえる反応群の中で、先ほどの二人だけが椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


「仕事だぜ、カメ」

「飛ばせよ、ウサギ」


 今ひとつ締まらないのは、二人とも口の中に溢れんばかりのポテトを詰め込んでいるせいだろう。実際聞こえてきたのは、「ひほほはへ、はへ」「ほはせほ、ふはひ」という、まるで入れ歯が飛んだ老人の言であった。


 しかし長年生きていれば、そんな些細な事など気にならないものである。二人は喉に詰まりやすいポテトを慎重に水で飲みくだし、悲鳴の方へと駆け出した。


「食い逃げ犯はどちらに逃げましたか!?」

「あ、あ、あっちの方に……!」


 二十代ぐらいの女性は、震える指で店の外を指差した。その先では、青いジャケットを羽織った男が、今にもバイクにまたがり逃げ出そうとしていた。


「ウサギ!」

「任せろ!」


 ウサギと呼ばれた金髪の老人が、ポケットから取り出したピルケースの錠剤を口に放り込む。そして、外に置かれていた、やたら幅を取るバイクに飛び乗った。

 後に続いてその背につく黒髪の男に、ウサギは声を張り上げる。


「振り落とされんなよ、カメ!」

「僕が振り落とされるわけないだろう。そもそもちゃんと手順に則って乗車をしている僕が落下したなら、それは運転者による責任と見なされてだな」

「うるせぇ! 飛ぶぞ!!」


 ペダルを踏む。心地よい爆音と振動と共に、大型バイクは数センチ上昇した。


「行くぜぇ……犯罪者ちゃんよぉ!」


 ウサギは後ろで結んだ長い金髪を風になびかせながら、思い切りアクセルを回した。


 凄まじい速度で空を突っ切るバイクに乗る二人の体を、強烈なGが襲う。普通の人間であれば、気を失わないまでも目を回しそうなものだが、この二人は慣れたものだ。ウサギは思い出したように額に上げていたゴーグルを下ろすと、更にギアを上げた。


 哀れなるは食い逃げ犯である。ふと振り返ると、ジジイ二人が乗った大型バイクが、法定速度無視で自分を追いかけてきているのだ。ただ恐怖である。小さく悲鳴を上げて慌てて逃げようとしたが、その前にカメが拡声器を通して声をかけた。


「大人しく投降しろ。痛いことはしない」

「い……嫌だ! スリープだけは嫌だ!!」

「そりゃ諦めなさい。犯罪者と老人はスリープに入る。これが世界の常識だ」

「アンタらだって、ジイさんだけど入ってねぇだろ!」

「老人になる事は避けられない事であるからして……。おいウサギ、速度を上げすぎだ。もっと落としてヤツに詰めろ」


 カメは運転するウサギを蹴飛ばし、命令する。しかし、既にウサギの目の色は変わっていた。


「オレは鳥だ……!」

「何て?」

「オレは日本のコンドルだ!! ヒャッハァー!!」

「ちょ、コラ!!」


 次の瞬間、男の目の前から大型バイクは消えてしまった。いや、消えたのではない、超加速で前方へと飛び出してしまったのである。


 流石に後ろにバランスを崩してしまったカメは、這いずるように元の席に戻ってきた。そして、目の前でかっ飛ばすスピード狂の頭をしたたかにしばき倒し、身を乗り出して緊急ブレーキをかける。

 急速に落ちていく速度に、ウサギは怒り顔で振り返った。


「痛ぇな!!」

「オラ前向け。ちゃんと操縦しろ」

「してたろ!」

「できていなかったぞ。僕らの目的は何だ? 鳥になる事か? コンドルになる事か? 違うだろ? 可愛い可愛い庶民の平和を守る事だろ?」

「痛い、痛い、痛い。わかったからジジイの頭を叩くな!」

「わかればよろしい。ならば行くぞ」

「あいよ!」


 カメに詰め寄られ反省したウサギは、十分に速度の落ちたバイクを空中で転回させ、食い逃げ犯に向き直る。しかし、錠剤で強化された目は、速度を上げるより先に、食い逃げ犯の右手に握られた銃器に気がついた。


「カメ! 弾が来るぞ! 五秒後にオレの左肩!」

「わかった」


 後ろで錠剤を飲んでいたカメは頷き、左腕に意識を集中させる。みるみるうちに、その皮膚は黒く硬質化していった。

 ウサギの予言通り、食い逃げ犯の銃から弾が放たれる。それをカメは左腕を突き出して、ウサギに届く前に弾き返した。

 ガツンという金属音と同時に起きた反動で、多少ウサギの肩に裏拳を食らわせはしたのだが。


「やめろや! ジジイの骨密度スッカスカなんだぞ!」

「最近はいいサプリが出てるらしいな」

「飲んで骨折防げってか!」


 食い逃げ犯は、銃すら効かないジジイ二人に本格的に青ざめ始めた。震える手は銃を取り落とし、もはやバイクの運転すらままならない。


 大型バイク。老人二人組。そして何より、破天荒でひたすら傍迷惑なこのやり口。


 殆ど観念したように、男は言った。


「……アンタらもしかして、撃滅機関の老害共か!」

「ご名答! さぁ大人しく捕まりやがれ!」


 食い逃げ犯のバイクに大型バイクが乱暴に寄せられ、青ジャケットの彼はあえなく捕らえられたのであった。

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