火の国の騎士
対峙する紅い獣は明らかに普通のウルフとはパワーもスピードも異なり、風の国の魔物と比べれば異質だった。
少しでも気を抜けば、一瞬で形勢が逆転する恐れさえある。
四肢の先に生えた鋭利な爪は実に殺傷力が高そうだ、一度でも直撃すれば肉を持っていかれることは必至。
とはいえ、相手は獣である。
毛色やその能力値こそジュードが見知るウルフとは大きく異なるが、毛で覆われた皮膚はウルフとほとんど変わらない。
愛用の武器で攻撃すればダメージは問題なく与えられる。
「(けど、火の国の魔物って風の国とは全然違うんだな。一匹倒すだけでも時間がかかる、こんなのに毎回襲撃されたら王都に着く前に倒れちまうぞ!)」
火の国の魔物は強い、そして凶悪。
噂で聞いてはいたが、その強さはジュードの予想の遥か上を行っていた。
だが、流石は「火の国」と呼ばれる地方に生息する魔物と言える。水や氷には弱いらしい。
ジュードが愛用する短剣に付与してある氷の力のお陰で、結構なダメージを与えられているようだ。
男の方は大丈夫だろうかとジュードは視線のみを動かして騎士の様子を窺うが、負傷兵たちが撤退したこともあってか、問題なく立ち回っている。
残った紅い獣は、現在騎士の男が相手をしているものを含めて二体。
数で押されれば苦戦もやむなしといったところだが、それぞれが一体ずつ相手にできるのであれば余程油断しなければ問題はない。
次の瞬間、バネのように勢いよく飛びかかってきた獣を見据えて、ジュードはその出方を窺う。
いくら火の国の魔物と言えど、山育ち森育ちで培われたジュードの目の良さからは逃れられない。
容赦なく振られる爪による攻撃を片足を軸にすることで避けると、そのまま獣の横っ腹に短剣の刃を滑るように走らせる。
刹那、裂けた皮膚の下からは鮮やかな鮮血が飛沫のように上がる。
急所のひとつでもある腹部に直撃を受けて獣は満足に着地を果たすこともできず、そのままべしゃりと地面に倒れ込んだ。
『イタイ、コワイ、タスケテ……』
それは、やはり火の国の魔物が相手でも変わらない。
魔物の声は相変わらずジュードの頭にダイレクトに響き渡った。
だが、声が聞こえるからと手を抜くことは、この火の国では間違いなく命取りになる。
「あの騎士の人は……」
騎士風のあの男の方は大丈夫だろうかとそちらに視線を投げると、ちょうど決着がついたようだった。
四つ足を大地に張り、口の端からよだれを垂らしていた獣は目にも留まらぬ速さで飛翔した雷光に貫かれた。
それと同時に獣の身は大きく吹き飛ばされ、辺りに轟くほどの悲痛な声を上げる。
そのまま奥にあった木の幹に激突し、大きく身を痙攣させた後――動かなくなった。
光が飛翔した方を見ると、先ほどの男が剣の切っ先を向けていた。
今の雷光は彼が繰り出した雷属性の初級攻撃魔法、もしくは技だ。
「ふぅ……大丈夫か、坊主」
「ああ、なんとか……助かったよ、お兄さんの言うように一人じゃ無理だったかもしれない」
「バーカ、助かったのはお互い様だ。お前さんのお陰で俺も仲間も助かった、ありがとな」
軽口でも叩くようにそう言いながら、男は頭を覆っていたフルフェイスの兜を取り払った。
すると、兜の下からは銀色の美しい髪が覗く。長さは肩ほどまで、男性にしては長い部類だ。
鼻筋は通り、切れ長の双眸は深い紫。歳は二十代前半か半ばほどといったところ。
この様子だと女性が放っておかないだろう、確実に美青年と言える。
「俺はクリフだ、よろしくな。お前は……旅人か何かか?」
「あ、オレはジュード、ジュード・アルフィア。うん、ミストラルから来たんだけど、エンプレスの魔物がこんなに強いなんて思わなかったよ」
「アルフィア? なんだお前、グラム・アルフィアの
「うん。火の国から手紙が届いて、王都に向かう途中なんだ」
そう返答を向けると、騎士――クリフは納得したとばかりに腕を組んでうんうんと頷いた。
「なんだ、陛下が呼んだ客人ね。……しっかし、あのグラム・アルフィアが結婚したなんて話は聞かないが、こんなデカい子供がいるとはな」
片手を己の顎に添えて物珍しそうに顔を覗き込んでくるクリフに、ジュードは思わず苦笑いをひとつ。
「グラム・アルフィアはオレの父さんだけど、別に血の繋がりがあるわけじゃないんだ。オレがまだうんと小さい頃に拾って育ててもらって……ええと、義理の親子? っていうやつ」
「ああ……なるほどね。悪い、無神経に突っ込んじまったな」
「そうですよ、お兄さん失礼な人ですっ」
「わ、悪かったって、悪気はないんだよ」
ジュードの返答を聞いたクリフは、一度軽く目を丸くさせた後に片手で己の横髪を掻き乱した。
そこへやってきたのは、ジュードに隠れているようにと言われたカミラだ。
話は彼女にも聞こえていたらしく、幾分か怒ったような表情を浮かべながらクリフにひとつ咎めを向けた。
けれど、ジュードとしては別に知られても特に問題はないし、特別隠すようなことでもないと思っている。
グラムに拾われた――それは暗に、ジュードが幼い頃に捨てられていたということを示しているが、ジュードは今の自分がとても恵まれていると思っているし、彼自身幸せなのだ。
本当の親を知りたくないと言えば嘘になるが、グラムやウィル、マナ。共に過ごす者に不満はなく、三人とも大切な家族だと思っている。
怒ってみせるカミラと、そんな彼女にたじたじなクリフ。
関所に設けられた簡素な詰め所の中からは、クリフの部下だろう兵士たちが覗き、声を立てて笑っている始末。
先ほどまでの絶望的な様子は、彼らの顔にはもう見受けられない。
二人が満足するまで、ジュードはそのやり取りを見守っていた。
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