大切なロケット


『やーい! よそ者よそ者! あっち行けよう!』

『そーよ、よそ者とはいっしょに遊んであげなーい!』


 投げられる石が、アルマの頭や身体に当たっては近くの地面へと転がる。石がぶつかった箇所が悲鳴を上げるように脈を打ち、熱を持って痛い。大きな蒼い双眸にはぶわりと涙が浮かび、丸い頬を伝って次々に落ちていく。

 アルマは抱えていた絵本を両手でぎゅ、と抱き締めて逃げ出した。そんな姿を見て、少年少女たちは愉快そうに笑い声を上げる。


 ヴィクオンの都で、アルマはいつもひとりぼっちだった。

 アポステルとしてこの世に生を受け、生まれて間もなく親から引き離されヴィクオンの神殿へ連れてこられた。神殿では世話係がつき、儀式を受ける歳になるまで大切に守られるはずだったのだ。

 しかし、様々な祈りを覚えるために勉強を始める四歳頃になっても、アルマは祈りの力を持つことができなかった。


 クラフトの祈り、様々な恩恵を与えるライズの祈り、逆に色々な悪影響をもたらすディザストルの祈り――それらのひとつたりとも、アルマは覚えることができなかったのだ。


 そんなアルマに対し、神殿の者は冷たかった。

 アポステルなのに祈りの才能を持っていない落ちこぼれとして見られ、アルマを大切に扱う者は一人、また一人と消えていき――その結果、神殿でもどこでもひとりぼっち。

 残されたのは、うんと幼い頃に世話係の女性が読んでくれたヒーローの絵本だけ。


『(おともだち、ほしい……)』


 けれども、友達がほしくて街に顔を出せば「よそ者」と疎まれて石をぶつけられる。

 一体どこから情報が洩れたのか、落ちこぼれと嘲笑ってくる子供も非常に多かった。大人たちはただ、見て見ぬフリをして素通りするだけ、助けてくれる者は誰もいない。



 だが、そんなある日。

 いつものように友達がほしくて、アルマがひょこりと街の広場に顔を出した時だった。

 これもやはり常の如く、幼いカネルを筆頭に多くの子供たちがアルマをバカにして笑い、石やゴミをぶつけていた時。


『――お前ら何やってんだ! この野郎ッ!』

『うわあぁッ!』

『な、何するのよラフィン! あいつよそ者なのよ!』


 それが、ラフィンだったのだ。

 彼の一番近くにいたと思われる一人の少年がラフィンの跳び蹴りを喰らい、痛い痛いとわんわん泣き喚いた。

 カネルは突然の暴挙に出たラフィンに対し、顔を真っ赤にして怒り出す。

 だが、当のラフィンはわんわん泣く少年の胸倉を掴むと、表情を怒りに染めながらカネルに負けじと怒声を張り上げた。


『誰だって暴力振るわれたら痛いんだよ、寄ってたかって弱い者いじめしやがって。まだ続けるってんならこいよ、俺が相手になってやる!』


 物凄い剣幕で詰め寄るラフィンに、胸倉を掴まれた少年は本格的に泣き出してしまい、身を捩ってなんとか抜け出すとそのまま泣き声を上げながら走り去っていく。

 それを見て残されたカネルたちは文句を言いたそうにはしていたものの、分が悪いと判断したらしく大慌てでその後を追いかけていった。


『ったく、どいつもこいつもロクなのがいねぇ。……おまえ、大丈夫か?』

『……』

『うわッ! お、おい、なんだよ! なんで泣くんだよ、俺がいじめてるみたいじゃねーか!』


 ラフィンは蹴りを叩き込んだ際にぶちまけてしまった荷物を拾い上げてから、地面に座り込んだままのアルマに駆け寄ったのだが――当のアルマはラフィンを見上げたまま、ぶわあぁ、と涙を溢れさせて泣き出してしまった。

 もちろん、悲しいだとか怖いだとかではない。嬉しかったのだ。

 だが、そんなことを知る由もないラフィンは突然泣き始めたアルマを前に戸惑うばかり。


 それが、ラフィンとアルマの出逢いだった。

 ゴミをぶつけられて汚れてしまったアルマを自宅に招いて綺麗にしてやったことで、アルマはラフィンの家の事情を知り、彼が唯一使えるセラピアの祈りでクリスを助けたのだ。



『おまえ、いつも泣いてるからこれやる』

『……?』

『おまもりだよ、この花好きなんだろ? いつも座り込んで見てるからさ、……その、ヘタクソだけど』


 そんなラフィンとアルマが一緒に遊ぶようになって、少ししてからのこと。

 やや気恥ずかしそうに人差し指で自分の鼻の下を擦りながら、そのラフィンが差し出してきたのはロケットペンダントだった。蓋を開けてみると、そこには一枚の花の絵。

 濃いピンク色をした可憐な花、モスフロックスだ。ヘタクソと本人は言っているが、子供が描いたにしては上手な部類と言える。


『だから、悲しくなったらそれ見ろよ。好きなモン見たら……涙も止まるだろ』


 その日――その時から、彼がくれたオモチャのロケットペンダントはアルマにとって大切なお守りになったのである。

 それは、アルマがまだ七歳の頃のことだった。


 * * *


「そうやったんか……そのロケット、ラフィンがくれたモンなんやな……そんな大事な宝物を、ごめんなアルマちゃん」

「いいんだ、ちゃんと見つかったし……」


 プリムにとっては「オモチャのロケットペンダント」でしかなかったアルマの大切なもの。なぜそんなガラクタを大切にするのかと、彼女はそれが気になっていたのだが――その理由を聞いて納得したように何度も頷いている。

 当時ラフィンが描いて入れた絵は水に濡れてふやけてしまったが、アルマにとっては絵だけではない、そのロケットそのものが大切な宝物だ。


「せやけど……」

「……?」

「アルマちゃんにとっては、ラフィンがヒーローやな」


 現在、アルマとプリムは先を歩くラフィンとレーグルのやや後ろを歩いている形だ。朝食を終えてから一行は街の中のある場所へと向かっている。


 前方の二人に聞こえないように、プリムはそっとアルマに身を寄せるとどこか揶揄するような表情を浮かべながら呟いた。まるで内緒話でもするように、潜めた声量で。

 そんな彼女の言葉を聞いてアルマは目を丸くさせると、否定など頭にないのか至極嬉しそうに笑いながら頷いた。


「うん、だからヒーローに憧れてるんだ。僕もラフィンみたいになりたいって。お前には無理だって言われてるけど」

「(あかん、この子はからかい甲斐のないタイプや。元は男の子なんやから当然っていや当然なんやけど……)」


 プリムとしては顔を真っ赤に染めて「そ、そんなことないよ」と否定してくれることを期待していたのだが――アルマからは、それ以外にはないとばかりにあっさりと肯定が返る。

 しかし、アルマは元々女性ではない、男性なのだ。当然ラフィンのことを異性として見ているはずもない。ゆえに、純粋な憧れの対象なのだろう。


 ちぇ、とプリムは軽く唇を尖らせると、己の首裏を掻きながら見えてきた建物に視線を向けた。

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