第46話 魔法の原初

「嘘だ!ありえない…貴様のようなガキが、最高神など…認めるかぁ!!」


手に持つ剣を乱暴に振り回しながらシノア─いや、クレアに向かっていく団長。

クレアは振り落とされた剣を受け止めるでもなく、避けるでもなく、なんと首を傾けてわざわざ首に剣を当てやすくした。


「なっ?!ば、化け物め!」


クレアの首に直撃した剣は、肉を裂いたわけでも、骨を断ったわけでもなく、綺麗に真っ二つになった。

あまりにありえない出来事に悲鳴じみた声をあげる団長。

その首に、冷たく硬いものが当てられる。


「チャンスはあげたけど、君は僕を破壊できなかったね。まぁ、そんな神格も宿っていないようななまくらじゃ、元から無理だろうけど」


創造神、別名慈愛の神とも言われるクレアから団長に向けられている視線は刺すような冷たさを宿し、恐ろしいほどの殺気を含んでいた。

それは最愛を奪われた神の怒り、触れれば祟り程度で済むものではない。


「この剣は昔、フィリアにあげたものでね。血なまぐさい代物だけど、彼女は飛び跳ねて喜んでくれたよ」


昔を懐かしむ様子で語るクレアの手に握られているのは、フィリアの愛用していた神剣エルペーだ。


創造主であり、本来の持ち主の手に戻ったことで、フィリアの元にいたころよりも輝きを放っており、溢れる神格はその喜びを示しているように思える。


「元々、別世界の神たちを殺すために僕が創って、炎と氷の神に鍛えさせたものなんだ。まぁ、この世界で1番斬れ味がいいし、アダマンテウス鉱石世界一硬い鉱石でもバターみたいに斬れるよ」


剣の説明をしながら、団長の首にゆっくりと剣をめり込ませていくクレア。

じわじわと血が滲み始め、団長の痛みと恐怖が増大する。


「さて、そんな高貴で大切な剣を、君を消し去るなんてくだらないことに使うのは少しもったいない気がしなくもないんだよね」


その言葉と共に剣が首から離されたことで、団長の心に安堵が広がる。

だが、神の愛し人をしいするという大罪を犯しておいてタダで済むわけがない。


「な~んちゃって。ウソでした」


クレアは1度離した剣を勢いをつけて戻し、首を刈り取った。

その結果、剣の腹に安堵の表情を浮かべる男の首が乗せられているという、曲芸じみた光景が出来上がった。


慈愛の神に残虐性を与える、それほどフィリアの死はクレアにとって、一時的に人格を変えさせるレベルの出来事だったのだ。


「さて、終わりかな。さぁ、みんな、仕事に戻って」


クレアの指示に観客席で盛り上がっていた天使達は少し不服そうだったが、それぞれ背中の羽をパタパタとさせ、彼方へと飛んでいった。


天使達が消えたことを確認するとクレアは、王侯貴族専用の観客ブースへと目を向ける。

そこには、執事たちに怒鳴り声をぶつけながら、逃げ出す準備をしているイディオータの姿があった。


「何をしている!早くしろ!あの化け物が来たらどうするんだ!!」


偉そうに文句を言っているが足元はガクガクだ。

先程まで余裕の表情を浮かべ、ワインを片手に寛いでいたとは思えない。


「イ、 イディオータ様…」

「なんだ!」


執事の怯えたような声に苛立ちをぶつけるが、その執事はイディオータなど眼中にもないようで、イディオータの後ろを見つめ指さしている。

ほかの執事達も同様だ。


「なんだ!まったく私の後ろに何か─」


後ろを振り向いた瞬間、イディオータは呼吸すらも忘れる程の恐怖に襲われることとなった。

全面をガラスで囲まれ、たった一つあるドアからしか入ることが出来ないにも関わらず、それはいたのだ。


「やぁ、君がこの国の王様かな?」


優しげな、だが隠しきれない殺意を滾らせた笑みを浮かべて、静かに問うクレア。

問われた方のイディオータは静かでいられるわけがない。尻もちをつき、恐怖で泡を吹く寸前だ。


「君の国は随分、酷いみたいだね」


足元に転がる少女リアの死体を見て、笑みをより深いものに変えるとイディオータの頬に触れる。


「君みたいに愚かな人間は今まで何人も見てきたよ」


触れられているはずなのに感覚のない頬は、クレアが触れた部分だけ腐り落ちており、腐敗していた。


「ひぃさぎィおォォォ!」


自分の頬に手を当て、這いつくばって逃げ出すイディオータ。

クレアはそれに追い討ちをかけるように両脚に触れ、逃げ出すことが出来ないようにした。


「さて、君にいいものを見せてあげるよ」


言葉と共に指をひとつ鳴らし、イディオータを立たせるとそのまま、国を見渡すことが出来る場所に2人で瞬間移動する。


突然、景色が変わったことに両脚の痛みも忘れ、面食らうイディオータだったが、次の瞬間には意識も飛びそうになる。


「“失望させし者達への天罰”」


クレアの鍵言トリガーに従い発動したのは魔法の原初、神の奇跡だ。

この世界の最高神によって放たれるそれは、不完全とはいえ絶大な力を発揮する。


神の奇跡─失望させし者達への天罰─


上空に巨大な魔法陣を出現させ、そこから聖なる光の雨を降らせる究極の大魔法。触れたものは魔物だろうと人間だろうと、たとえ神であろうと消し去ってしまう。


この劣化版の魔法に“絶対的審判アブソリュートジャッジメント”という魔法があるが、それは最大範囲で半径100メートル程と殲滅魔法の中では小規模だ。

対して、この魔法の原初である“失望させし者達への天罰”には最大範囲など存在しない。

クレアの意思次第で世界全体を範囲指定することすら可能なのだ。

まさしく、神の奇跡、魔法の原初であり、この世界最強の法則制御の術といえる。


そして、絶対的な滅びの力を宿した雨は、貴族も平民も、悪人も善人も関係なく、平等に降り注ぐ。

苦悶の表情を浮かべ、断末魔の叫びをあげる人々で溢れかえった国はあまりにもむごく、まさしく地獄といえた。


「そ、そんな…私の…私の国が…」


イディオータは滅びゆく自分の国を見て、涙を流す。

そして、この惨劇を起こした張本人を見た途端、イディオータは国を失った悲しみも、両脚の痛みも忘れ、ただひたすらに恐れた。

すなわち、手を出す相手を間違えた、と。


クレアの顔には、大勢を殺した罪悪感も、大魔法を行使した疲労感も、何も浮かんでいなかった。

微かな笑みと共に静かに、崩壊する人々を見つめるその瞳には、まるで路傍の石でも見ているような冷めた感情しか伺えなかった。


気の遠くなるような歳月を重ねてきた彼には、人類国家の崩壊など何度見たかわからないありふれた光景。たまたま自分が手を下しただけで、いずれは滅んでいたのだ。

それに、今回は少し事情もあった。


(さて、魔人族の国を攻めようとしていた国も滅んだし、僕の仕事は終わりかな)


ソリスから頼まれていた魔人族の解放などは既に済んでいるが、また攻められて同じことになっては意味が無い。

そこで、魔人族の国家を攻めようとしていた国の中でも主力だったこの国を潰したのだ。


「さぁ、君も、もう逝くといい。君の魂に平穏が訪れることを…」


言葉と共にイディオータに手を向け、魂ごと崩壊させたクレアは神剣エルペーを握り、静かに佇む。


「…ふむ、ここにしよう」


そして、独り言を呟くとエルペーから手を離す。


クレアの手から離れたエルペーは重力に従い、落下していったが地面に着く寸前で停止した。それを確認したクレアは、神剣エルペーの真の力を解放する。


「“神剣解放、我が神格に応えよ”」


その聖句に従い、エルペーは姿を変え光となってアウトクラシア皇国を覆い尽くした。

目に優しいほのかな輝きを宿した光は創造物の存在全てを逆転、つまり、虚無へと還す力を持っている。


「“エルペー、創造を反転させ、虚無へと還せ”」


全てを包み込んでいた光はゆっくりと縮んでいき、最後には一瞬強く輝き、消え去った。

光で包まれていた場所にはもう、なにも残っていない。

死体も、建物も、動植物も一切の存在を許されず、消え去っていた。


更地となった場所に降り立ったクレアは、右手にエルペーを戻すと、指先を切り血を一滴、地面に落とす。


血が地面に触れた瞬間、その場所を中心とした半径100キロメートルに花々が咲き乱れた。

色とりどりの花たちはかぐわしい香りを発し、その地を天国のように着飾った。


神の血はその神格に由来する。

炎を司る神の血は燃え盛る炎を生み出し、氷を司る神の血ならば絶対零度を生み出す。

創造を司る神の血ならば、創造を生み出すというわけだ。


「さて、墓石は…」


クレアはもう一滴、指から血を流すと空中に漂わせ属性付与を行った。

付与する属性は永久不変、永遠の属性だ。


「ピレイン・アンスロポス・ピリア」


その言葉で血は色を変え、形を変え墓石に早変わりする。

そして、そこには神代語でフィリアの名と愛が綴られていた。


次にクレアは、花を集め墓石の前に円形に並べると、消していたフィリアの亡骸をそこに置いた。

そして、手に持つエルペーを鞘に納め、フィリアに握らせる。


「おやすみ、フィリア。安らかに眠っておくれ」


クレアは、手向けの言葉と共にシノアの身体を離れ、神域へと帰って行った。

主を失った器は、事切れた人形のようにその場に倒れ付し、動かなる。


(強くなるんだよ、シノア。今の君では万全の僕を受け入れることは出来ない。精神と肉体、双方を鍛えるんだ)


◇◇◇


「ふぅ…疲れたな」


幻想的な景色が広がる美しい世界、神域。

全てに神格が宿り、全てが神に祝福された清らかで濁りなき世界だ。


そこに帰還して間もないクレアを取り囲み、武器を向ける者達が多数─


「ふん、帰ったか。ようやく追い詰めたぞ、デウス・クレアトール」

「今日こそ貴様のその白い髪を真っ赤に染めてやる」


火と水を司る神、サラマンダーとウンディーネ、その配下たちだ。


「あぁ、君たちか丁度良かった」

「丁度いいだと?なにを─」


クレアの発言に噛み付こうとした水の神ウンディーネだったが、空間転移で目の前に迫ったクレアに胸部を貫かれ絶命する。


「なっ?!」


突然動いたクレアに身構えるサラマンダーたちだったが、クレアの放つ禍々しい殺気に当てられ固まってしまう。


「君達を作った時は世界の運営を分担させるつもりだったんだ」


血に濡れた右腕を舐めながら静かに話すクレア。


「だけど君たちは反乱を起こし、ぼくに歯向かった」


段々と濃密になっていく死の気配に、数名が泡を吹いて気絶する。


「そのおかげで僕は輪廻転生の権能を失い、愛するものを失った」


窒息しそうなほど、殺気に満ちた空間内でクレアはまるで、猫が毛繕いをするように自分の手を綺麗にする。


「そして、また逆らった。何度滅ぼして人格が変わっても君たちは歯向かう…哀れだね。この場所では、僕は万全の力を発揮できるのに」


左手に破壊の衝動を宿し、それをサラマンダーたちに向けさらに言葉を続ける。


「創造の神が破壊を行使するなんて笑っちゃうよね」


その手に宿る力を見て彼らは悟る。

自分たちがどれほど傲慢だったのか、自分たちが相手にしようとしていたものはどれほど強大だったのか。


「喜びなよ。今の僕はすこぶる機嫌が悪い。そう簡単に死ねるなんて思わないことだよ」


そうして、神の八つ当たりが始まった。

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