第7話 慈しみに包まれて
「さて、それじゃ行こう…って言いたいところだけど今日はもう休もう。暗いし、いろいろあって疲れてるだろうからゆっくり休んで」
共に旅をすることを決意した神愛だったがまだ足取りは危うく、眩暈もひどかった。
とても、迷いの森を踏破できるようには見えなかった。
「う…その、申し訳ない…」
自分がさっそく旅の邪魔をしてしまい、そしてこれからも足を引っ張ってしまうだろうということを予測し、項垂れる神愛。
「このあほちん」
「!?」
そんな神愛を言葉とは裏腹に優しく撫でて慰めるフィリア。
「旅で一番大切なのはね、一人で旅してるときは関係ないけれど、何人かで旅をしているときはお互いを信頼すること。夜、見張りを頼んだりすることもあるんだからお互いを理解しあって、それぞれの苦手な部分とか弱い部分とかを受け入れてあげないといけないんだよ。持ちつ持たれつってやつだよ」
頭に感じる優しい体温と諭すような言葉に再び泣きそうになる神愛。
「わ、わかりました。それじゃあ、夜の番をするのでフィリアさんは―」
―休んでいてください、と告げようとした神愛だったが、自分を含めフィリアの周囲に壁のようなものがあるのを見つけて言葉を切った。
「気持ちはありがたいけど、周囲に結界を張ってるから魔物とかに襲われる心配はないよ。だからゆっくり休んで?自分が強力な毒を盛られたってことわかってるの?」
若干あきれながらも嬉しそうに言うフィリア。
対して神愛は助けてもらっておいて何の役にも立てないことに落胆した。
「わ、わかりました…えっと、それじゃあおやすみなさい」
これ以上は何も言えないと思い、眠りにつこうとする神愛だったが…
「はい、おやすみ」
そういってフィリアが神愛の腰に手を回し抱き枕でも抱くように神愛を抱いて寝ようとしたため、覚醒した。
「な、ななななにをしているのでありますかっ?!」
どこの軍人だとツッコみたくなるような口調で神愛がフィリアに聞く。
「え、だって君、毒を盛られて冬場に森の中に放置されてたんだよ?体の芯まで冷え切ってるんだから人肌であっためるのが最善だと思うんだけど…」
本気で神愛を癒す以外の目的はないようで困ったような表情で神愛を見つめる。
そんな表情で見つめられては神愛も何も言えなかった。
それに毒が抜けたとはいえ、体に痺れはまだ残っている。
今日一日で感じたストレスから来る疲労感は半端ではなく、今すぐにでも眠りたい気分だった。
「う…わ、わかりました。そ、それじゃあ、その、お願いします?」
「そうそう、素直に寝てたらいいの」
そういって再び抱きかかえられる神愛。頭に当たる二つの素晴らしい感触に戸惑いながらも神愛は生まれて初めて、安心感と共に眠りについた。
◇◇◇
木々の間から当たる木漏れ日に眩しさを感じ、目を覚ます神愛。
「あ、起きた?よく眠れたようでよかった」
目をコシコシしているとフィリアが話しかけてきた。
「お、おはようございます」
「おはよう。はい、これ朝ごはん」
そういってフィリアが差し出したのは乳白色のスープとパン、それから干し肉だった。
スープとパンは焚火で程よく温められており、丸一日何も食べていない神愛の胃袋を殴りつけるように刺激した。
目の前に置かれた食事を貪るように口にしているとフィリアが―
「そ、そんなにおなかすいていたの?」
まるで獣のような食べっぷりに狼狽する。
それに食べる手を止め、気恥ずかしそうに神愛が答える。
「すみません…こんなにきちんとした食事は久しぶりだったもので…」
「久しぶり?親から食事もらってなかったの?」
「親はその…なんていうか…」
「そういえば召喚される前のこと聞いてなかったね。聞いてもいいかな?もちろん、話したくないならそれで構わないんだけど…一緒に旅をする以上ある程度のことはきいておきたいの」
真剣な目で神愛を見つめるフィリア。
そんなフィリアを、確かにその通りだ、と思い自分の出生や生きてきた環境などを話し始める神愛。
ぽつりぽつりと語られる神愛の過去に時折表情を曇らせながらも真剣に耳を傾けるフィリア。
神愛が話し終わると辺りを焚火の燃える音が支配した。そして、一言―
「よく、頑張ったね」
―神愛に向けて言い放った。
その言葉に神愛は今まで生きてきて自身の存在を否定されたこと、自分は必要ないと本気で思い、冷え切っていた心に何かが優しく触れるのを感じた。
思わず、両目から大粒の涙がこぼれ、目の前にいたフィリアに抱き着き、嗚咽を押し殺すことも忘れて泣いた。
フィリアはそれを優し気に抱き留め、静かに頭を撫で続けた。
神愛が泣き止み、自分の行動に顔を赤く染めているとフィリアがポーチ程度の大きさのカバンに鍋やコップなどをなおし始めた。
明らかにサイズ感がおかしい。自分の行動をごまかすように神愛がフィリアに聞く。
「あ、あの、そのカバン…どう見てもさっきの鍋が入るようには見えないんですが…」
「あぁ、これはね、
フィリアは何でもないように言っているが実はこの鞄はとんでもない。まず、この鞄を作成できるのは大国の王宮魔術師ぐらいである。
空間属性と呼ばれる神話級の属性を使えなければ作成は不可能で、仮に作成できてもフィリアが持つ物ほど質の良いものは作れないだろう。これ一つで小国が傾くといっても過言ではない…そんな代物だった。
そんなこととはつゆ知らず、神愛は「便利だなぁ…さすが異世界」程度にしか思わなかった。
後に自分自身でこの鞄を作るようになり、一財産築くのだが…それはまた別の話。
ふいにフィリアが鞄から見覚えのあるものを取り出しているのを見て疑問に思う神愛。
「あの、それって…ステータスチェックの…」
「そうだよ。よく知ってたね…って召喚されてチェックされたからここにいるのか」
フィリアが取り出したのは神愛にも見覚えのある物―ステータスチェックに使われた羊皮紙とペンだった。
だが、城で見たものよりも何だが豪華に思える。
「これは、今、出回ってるステータスチェック用の魔導具よりも少しばかり高性能なものなんだ。ステータスの偽造を防げるし、逆に偽造もできる。ほかにもいろんな機能が…って今はそんなことどうでもいいか」
そういうと、神愛にその道具を渡してきた。
旅の前に自分の能力を把握しておきたいのだろうと思ったので“ステータスチェック”と口に出そうとした神愛だったが、フィリアから慌てたように止められる。
「待って待って!別に君のステータスを見たいわけじゃないよ」
「え?なら…どうして…」
「これから先、旅をしていく中で身分証としてステータスを見せることが多いの。スキルやレベルなんかは隠蔽が可能だけど名前だけは無理だから、名前を変えてもらおうと思って」
「な、なるほど…」
フィリアの意見はもっともだった。この世界では神愛のように日本人名を持つものは多くないだろう。
神聖国家イ・サントは大国であり、他国にも太いパイプを持っている。
仮に神愛が生きていることが知られれば隠蔽のため全力で排除しに来るだろう。そうなれば旅どころではなくなる。
「ステータスチェックって言う前に“我、真名の変換を望む”って言ってくれる?自分の希望する名前を思い浮かべながら」
「わかりました。で、でも新しい名前ってどうしたら…」
「そうだね、好きなのでいいと思うよ。不自然ではないやつね」
急遽自分の名前を考えることになり戸惑う神愛。
(弱ったな…RPGとかで主人公に名前つけるのとはわけが違うし…)
考え込んだ末にフィリアに託すことにした。
「あの、フィリアさん」
「うん?どうしたの?名前、決まった?」
「いえ、その、もし迷惑でなければフィリアさんに決めてほしくて…」
「え!わ、私?!」
突然の申し出に驚くフィリア。真剣な表情で見つめる神愛。
神愛は生まれて初めて感じた優しさと慈愛に目の前の人物に母親というものを見ていた。
優しく、強く、全てを包み込むような安心感を与えてくれたこの人に名前を決めてほしい、と強く願っていた。
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