第5話 無能の定め

「ささ、こちらのほうへ」


メリギトスに促され城の中にある部屋の一角へ案内された神愛。そこは応接室のように中央にテーブルと二人掛けのソファが備え付けてあり、入り口の対面にはロールトップデスクがおかれていた。


「おかけになってください」


メリギトスが二人掛けのソファを指し、それに従う神愛。何人かの兵士に囲まれており、非常に居心地が悪い。その兵士たちのまとっている雰囲気が妙というのも原因の一つだろう。


「この度は召喚に巻き込んでしまい申し訳ない」

「い、いえそんな。こちらこそ巻き込まれてしまって?申し訳ないです」


頭を下げるメリギトスに問答無用で送り返されると思っていた神愛は少々驚く。

だが、次の瞬間には自分の耳を疑うこととなる。


「ええ、本当ですとも―貴様のような無能を召喚するために召喚士を使い潰したと考えると腸が煮えくり返る思いだわい」


今までの好々爺のような表情を一転させ、目に冷酷さを宿らせた鬼のような形相に変わった。

あまりの豹変ぶりに狼狽する神愛。

「な、なにを―」

「まったく、1人おまけでついてきたと思ったらまさかこんな無能だとは…手間取らせおって…」

「い、家に帰してくれるんじゃ…」

「帰す?フン、馬鹿を言うな。召喚したものたちの返還方法など知るわけがなかろう。馬鹿めが」


神愛は真実を知った。目の前の男は最初から自分たちを帰すつもりなどなかった。ただの道具として呼び用が済めば捨てるつもりだったのだと。そして今、自分が捨てられかけていると。


「ま、待って、殺さないで―」

「メリギトス様、こやつの処遇どうなさいますか?」

「この場で殺せば面倒なことになるだけだ。痺れ毒で感覚を残したまま迷いの森に捨ててこい。こんな手間を取らせてくれたんだ。魔物に生きたまま喰われるのがお似合いよ」

「御意」


とんとん拍子で自分の処遇が決まり、抗おうとするが首筋に痛みを感じたと思った次の瞬間には神愛の意識は闇に包まれた。



「召喚者達に見られては厄介だ。隠し扉から行け」


控えていた兵の一人に命令を下し、くつろぎ始めるメリギトス。

すると、突然―


コンコン


と扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


入室を促すメリギトス。そして入ってきた人物を見て眉をひそめた。


「陛下…困りますぞ。職務を放って城内を歩き回られては…」

「そういうな。私も事務処理ばかりでは退屈でな。召喚されたものたちを見たくなったのよ」

「毎度陛下を探すメイドが哀れに思えますぞ…」


そういってメリギトスと親し気に話しているのは神聖国家イ・サントの現法王にして最高権力者、アルド・ツヴァイチェフ・モーゼルその人だ。

他愛ない会話を少し交わした後、いよいよといった様子で本題を持ち出した。


「それで、召喚者たちの様子はどうだ?使えそうな駒はいたか?」

「まぁ、6人は使えそうでしたな。残りの二人は戦闘向きではありませんでした。あと一人は…先ほど始末いたしました」

「ほう?当初の予定では確か8人だけだったのではなかったか?」

「ええ、それがどうやら召喚に巻き込まれたようでしてな。まったく迷惑な話です」

「始末は完璧なのだろうな…貴殿は時折、私でも驚くほど残虐だからな…」


どうやら国のトップすら既に腐っているようだった。関係ない人間を巻き込んだ挙句殺したというのに罪悪感を感じるどころか手間だとさえ思っているようだった。

その後は他愛ない会話を続けたが、その間周りの兵士たちは緊張しっぱなしだった。何せ4人しかいない、神聖王国騎士団の団長に加え、この国の最高の地位に就くものと同じ空間にいるのだ。緊張するなというのが無理な話だった。


「それでは、失礼するとしよう。召喚者達の育成はまかせたぞ」

「御心のままに。お気をつけて」


アルド法王を見送ったメリギトスは隠し扉の方を見ながら―


「さて、そろそろ森にはついたかな。まったく思い出しても腹が立つ…」


神愛への侮蔑を最大限込めて吐き捨てるように言い放った。


◇◇◇

一方、そのころ。神愛は兵士の馬に乗せられ王都の外側―通称迷いの森と呼ばれる場所の入り口に来ていた。


「さて…ついた。はぁ…傍から見たら子供を誘拐して捨てる犯罪者じゃないか…」


神愛を担いでいた兵士が愚痴るようにつぶやく。

さらに馬を進め、周囲が木々で囲まれており、地図がなければすぐにでも迷ってしまいそうな場所へ来た。

馬から降り、神愛を降ろすと地面に横たえさせた。


「ぅ…ぃあ……」

「あん?」


ふいに聞こえた声に周囲を見渡す兵士。だが周囲には何もない。ふと、視線を感じ下を見ると担いでいた少年が懇願するような目で兵士を見ていた。


「ッ!……」

「た、たすけ…お、おねがい…」


全身に痺れが回っており口を動かすのがやっとの状態だが、必死に助けを乞う神愛。


「悪いな坊主…助けてやりたいのは…やまやまなんだが、お前を助けたことがバレれば殺されるのは俺なんだ…すまねぇ…家族がいるんだ」


そういって神愛の横に極彩色のキノコを置くと馬に乗って立ち去ってしまった。

おそらくは魔物に生きたまま喰われるという苦しみを味わうことがないよう、毒キノコを置いて行ったのだろう。兵士なりの優しさだった。

そして、馬が駆ける音が聞こえなくなると沈黙が訪れた。日の光が届かないほど生い茂った樹木の枝を何かが飛び移っている。神愛が力尽きるのを待っている、さしずめハゲタカのような魔物だろう。


(あぁ…僕は、どこにいっても変わらなかった。)


シュタッと軽やかな着地音が辺りに響く。


(僕だって、好きで無能になったわけじゃないよ)


ドスッドスッと先ほどの着地音とは打って変わって重々しい足音が響く。


(あぁ、どうしたらよかったんだろうか。おじいちゃんもおばあちゃんもどうして僕に当たるんだ。父さんが死んだのは交通事故なのに)


グルルルという獣の呻る声が神愛の耳に届く。


(あぁ、みんなの言う通り僕は生まれてこないほうがよかったのかな。だからこそ、少しでも早く死ねるように周りから一切必要とされなかったのかな)


狼に似た、だが、大きさは遥かに凌駕している化け物が神愛の顔に鼻を近づける。


(まぁ…もういいか。ここで死ぬんだし。あぁ、せめて一度でいいから母さんの愛っていうのを感じたかったな)


思い出すのは小学校であった、“僕・私のお母さん”という題の作文を書く授業。周りは少し気恥しそうに、だがキラキラした笑顔で自分の母を語っていた。神愛だけは生まれてすぐに母を亡くし、母というものを知らなかったため、書くことすらできなかった。


(もうすぐ…会えるかな…こっちの世界で死んでも死後の世界は同じだと…い…いな…)


痺れ薬が脳にまで周り、意識も朦朧とし始めたころ、とうとう獣が神愛の喉元に噛み付こうとしたが、それはかなわなかった。


リーン、リーン、リーン


転移に巻き込まれたときに聞いた音が神愛の耳に届く。


(な、なに?鈴の音…?)


獣たちも突然の音に周囲を見渡していた。

そして、突然、神愛に救いの手が差し伸べられた。


「やめなさい」


若い女性の美しい声色が神愛の失いかけていた意識を繋ぎとめた。

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