動き出した闇

 この世界―――アルテンシアには、迷宮の他にダンジョンと呼ばれるものがある。


 では迷宮とダンジョンの違いは何か―――


 その答えは簡単に言うと人によって作られた人工物か否かである。


 迷宮は、昔の人、特にその時代において何かを成し遂げた人物、例えば勇者などが後世に何か遺したい、または伝えたいと言う際に、それを護る為に造られたある種の防衛システムである。


 例えば、アルカナ王国にある迷宮がそれにあたる。

 あれは《六勇者》の一人、織田真司が初代勇者―――つまりアルスの為に用意されたものだ。


 対してダンジョンは何らかの政策意図などはなく、自然界に溜まりに溜まった魔力によって造らた―――いや、生み出されたと言うべきか。


 ダンジョンとは即ち一種の魔物である。


 魔物であるならばそれは生きているのであって、当然食事が必要になる。

 しかしダンジョンは自ら動くことが出来ない。

 ならば餌自らに足を運んでもらう必要がある。

 そこで巻き餌となる宝箱を設置し、招かれた餌を狩る魔物を用意する訳だ。


 ダンジョンの入り口が口だとしたら、中に存在する魔物は歯である。


 スライムやポイズンスライムなどの同じスライムと言った枠内であるのにも関わらず、異なる種が存在しているのと同じ様にダンジョンもまた、その場所や地形によって姿かたちが異なる。例えば階層の数など、思い付く限り挙げてしまうときりがない―――事もないが、ここでは割愛しよう。


 ダンジョンの大きな特徴として挙げるならばそれは、先も言ったように魔物であると言うこと。しかしそれはただの魔物ではない。

 一部の魔物が核を持っているようにダンジョンにもまた核があり、それはダンジョンコアと呼ばれている。

 つまり核持ちの魔物が核を壊されない限り、魔力をもって再生し続ける様に、ダンジョンもまたダンジョンコアを壊さない限り魔物が発生しつづける訳だ。

 そして発生し続けた魔物が外に溢れ出てしまったのが過去に起きたスタンピードと呼ばれた事件だ。


 それを防ぐ為には定期的にダンジョンに潜り魔物を討伐しなければならない。そしてそこで命を落としたものはダンジョンの藻屑となる。

 ダンジョンは餌を求め宝箱を設置し、人はそれを求めダンジョンへと向かう。


 一部の街や村はダンジョンありきの生活を送っている為、皮肉な事にこれらの流れが巡回している事で今の人とダンジョンの関係が成り立っているのだ。


 因みにこれは余談になるが、ダンジョンと迷宮で、例え同じレベルで同じ魔物であってもその強さは異なる。

 ダンジョンに棲まう魔物の強さは地上に居る魔物と同じだが、迷宮に棲まう魔物は、最奥に眠る秘宝を護る役割でも持っているのか、その強さはダンジョンや地上に居る魔物よりも強力である。

例えば、同じレベル10の魔物が居たとしよう。ダンジョンや地上ならば、数字通りの強さしか無いが、こと迷宮となるとその強さは約2〜3倍へと膨れ上がる。つまりはレベル10の魔物であってもその実、レベル20程の強さを持っているということになる。それ故に迷宮の攻略は困難であり、王国に在る迷宮も最高突破階層がたったの二十四階層であ・っ・た・。







 ♢♢♢♢♢♢








 ここはヴァルシャ帝国にあるとあるダンジョンの最下層。


 未だこの層に到達したものは皆無である筈なのに辺りに漂う死の香り。それはこの迷宮が普段から充分な食事を取っていると言う証拠である。


 他の層と比較してもかなりの広さを誇るこの層を一言で説明するならそれは―――不気味、である。


 最下層であるので当然のように陽の光があたる事は無く、闇のように暗い。閉ざされた空間のせいなのか辺りは湿気が酷く、じめじめとしており、蒸し暑い。

 これと先に言った死の香りが入り混じるが故に感じる不気味さ。


 そんな空間の最奥には装飾された大きな扉がある。

 恐らくその扉の向こう側にこの迷宮の心臓であるダンジョンコアがあるのだろう。

 その証拠としてまるで守護者かの如く、一匹の魔物が扉の前にいる。


 その魔物の名は―――キマイラ。


 獅子の頭と山羊の胴体に蛇の尻尾を持った上位魔物。

 個体によってはそれぞれの頭を持つ者もおり多種多様である。

 神話より、神の御使として称されていた獅子・山羊・蛇の特徴を持つことから、かつては聖獣として神聖視されていたが今ではその奇妙な容姿から悪魔として人々に恐れられている。


 キマイラは今日も今日とて、扉の前で伏せ寝しながら何事も無い退屈な日常をすごすはずだったが―――


「思った通りだ。生きの良いのがいるじゃないか」


 今日はいつもとは違った。

 そう―――ついにこの最下層にも人が現れたのだ。

 声からして恐らく男だろう。

 男は上層からの正規ルートを辿ってでは無く、まるで始めからそこにいたのかと錯覚してしまう程に突然現れたのだ。


 そしてそれは、キマイラの退屈な日常が終わりを迎えた瞬間でもあった。


 キマイラは、あらかじめ脳内にプログラムされていた内容から外れた突然の事態に一瞬戸惑いを見せるも、次の瞬間には守護者としての役目を果たすべく襲い掛かろうとした―――が


「ギャオッ!?」


 まるで金縛りにでもあったかのようにキマイラの身体は動かなかった。


 キマイラ自身は即刻この侵入者を排除しようという強い意思を持っているが、それを覆す程の内に眠る魔物としての、そして強者としての本能が理解していたのだ。圧倒的実力の差を―――そして手を出してはならないと―――。


「はは、そうカッカすんなって」


 男は歩く。嘲笑いながら、コツコツとこの場に似つかわしくない陽気な音を立てながらキマイラがいる場所まで歩く。


 身動きの取れないキマイラは抵抗することすらできずに、その男を自身の領域に迎え入れてしまった。


 キマイラの領域に踏み入った男の手にはいつの間にか黒い鍵が握られていた。

 そしてそれをキマイラのちょうど心臓のあたりに差し込むと、ガチャリとまるで何かが開錠したかの様な音を立てると、鍵はまるで泥沼に飲み込まれたかの様に、ゆっくりとキマイラの中に沈んでいった。


 その次の瞬間―――


「グガア゛ァ゛ァァァア!!」


 キマイラから何やら黒い靄の様なものが発生し始めた。


 苦悶に満ちた唸り声を上げながら必死に抵抗するも虚しく、黒い靄はみるみると大きく広がりやがて―――


「へぇ、闇を生み出すのでは無くその身に纏ったか―――いや、呑まれたと言うべきか?」


 キマイラの全身を黒い靄が覆い尽くした。

 それはもはやキマイラなどでは無く全くの別物。言うなればそう―――怪物である。


 それから数分が経過し、無事?変化を遂げ終えると、先程までの苦悶に満ちた様子とは一転して落ち着きを取り戻したキマイラ、もとい黒い怪物は、ダンジョンコアの制御から外れたのか、守護者としての役目を放棄し、まるで何かに誘われているかの様に自然と脚は最下層の入り口の方を指し、やがてズシズシと地響きを鳴らしながらゆっくりと地上へと向かうべく歩き始めた。


 この怪物に最早キマイラだった頃の自我は残っていない。あるのはただ一つ、全てを壊すと言う破壊衝動だけであった。

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