罠
「くそ!きりがねぇ!」
「ハァ……ハァ……ハァ……」
十一階層に足を踏み入れてから暫くたち現在、俺達は窮地に立たされていた。
事は数時間前に遡る。
正直拍子抜けだった。この時の俺はそう思っていた。というのも、道中一匹も魔物が現れないからである。
途中、通路のあちこちに甲・冑・が落ちていたが、昔この迷宮に挑んで、いのちを落とした冒険者達なのだろうと思い、特に気にする事なく、魔物が現れない事に安心しきった俺達は、どんどん奥へ奥へと足を進めてしまった。
「ん?何があるぞ」
唐突にケインが足を止め、通路の左側にある空洞に目を向ける。
それに倣い俺達もケインの指す場所に目を向けると空洞の奥から何やら光っているのが見えた。
自然とそれに興味が湧き、俺達は何も疑わずに空洞の中へと入ってしまった。
これまで罠なんて無かったからここから先も無いとばかり思っていた。しかし、それは間違いだった。
「なっ!?」
なんと光の正体は魔物だった。
天井に張り付いていて、此方の様子を伺っている蜘蛛みたいな長い八本の脚を持つ魔物の頭から触手が生えていて、その先端が光っていたのだ。
それは、まるでチョウチンアンコウが餌を誘うために用いられる頭部の誘引突起のような。
そう、この空洞に足を踏み入れてしまった瞬間から俺達は、このチョウチン魔物にとっての餌と化したのだった。
更に奴の放つ殺気は、ミノタウルスを軽く凌駕していた。
俺達は踵を返し、この場から逃げようと試みた。
だが――
「うそ……」
「いつのまに!?」
入り口は、甲冑を身に纏った魔物――ナイトアーマーが複数待機していた。
道中に落ちていた甲冑は、冒険者達の死体などでは無かったのだ。魔物は、最初からそこにいたのだ。死体の振りをして機を伺っていたのだ。
こうして俺たちは魔物達との戦闘を強いられるのであった。
そして、今に至る。
「回復薬も切らしちゃったよ!」
「こんなのどうすれば……」
気付くべきだった。何故最高突破階層がたったの二十四階層なのかを
俺達は己の力を過信しすぎたのだ。
前方には、チョウチン魔物。そして俺達が入って来た方には、ナイトアーマーが居て入り口を塞いでいる。
ナイトアーマー自体は、そこまで強くは無いが余りにも数が多い。それに、ナイトアーマーを倒しながら入り口に戻ろうとしても、背後からチョウチン魔物に狙われて終わりだ。奴の強さは、ミノタウルス以上だ。
「……」
きっと全員で脱出するのは不可能だろう。誰かがこのチョウチン魔物の注意を惹きつけなければならない。
ならばどうするか....…。
「ケイン! 俺が奴の注意を惹きつける。 だからその隙にここから逃げるんだ!」
「何言ってるの!?アル君!!」
「「「……」」」
考えるまでも無い。この中で一番の足手纏いは、『紋無し』である俺だ。
天使達でさえ、自分の主人を守るのに手一杯なのに、俺の事も守ろうとすると、負担が増すのは明らかだ。
ならばここで俺が囮になれば、天使達も自分の主人を守る事だけに集中できる。
「.....分かった。」
「ケイン君!?」
「「……」」
死ぬのは怖い。でも誰かがこの役を買いでなければ全滅してしまう。
きっとエリナ達も分かっていたのだろう...….これだけの魔物の数、誰かが囮にならなければ脱出出来ないという事を。だからケインは、渋々ながら頷き、マルコとリゼは苦虫を潰したような顔をしながらも特に反発する事もなく、沈黙していた。
「そんなの絶対ダメだよ!アル君も一緒に逃げなきゃやだよ!」
それでもエリナだけは、そんな現実を認めたくなく、怒った様子で詰め寄って来、掴みかかって来る。
一体彼女の何処にそんな力があるのかって位に俺の両腕を掴む彼女の力は、強かった。
その時、アンリエッタが、躊躇なくエリナの首筋に手刀を落とす。
気絶する最後まで、俺の事を見つめていた瞳から、一筋の涙が零れ落ちているのが見えた。
「ごめんなさい。あなたの事、守れないわ」
気絶したエリナを抱えるアンリエッタが俺に目を向けると、普段のツンツンした様子はなく、申し訳なさそうにそう言った。
「気にするなよ……それよりも、エリナを頼む」
それは、今だけじゃ無い。今後の事も踏まえてだ。
きっと目を覚ましたエリナは、俺がいない事に荒れるだろう。だから精神面での彼女の手助けをして欲しいと言う意味も込めてそう伝えた。
「……そんな事……言われなくても分かってるわ」
そう返すアンリエッタは、どこか悲しげだった。
「……必ず助けを呼んでくる」
そう言い残してケイン達は、ナイトアーマー達の奥に見える入り口に向かって走り始めた。
其れを確認した俺は、何とかチョウチン魔物から注意を惹きつけようと大声で叫ぶ。
「おい!こっちだぁ!チョウチンヤロォォオ!!」
「ギュイィィィィイ!!」
この瞬間、新たな【技能】に目覚めた事に、チョウチン魔物の対応に必死だった俺は、気付くよしもなかった。
しばらく経つと、背後から足音も金属同士がぶつかり合う、戦闘音も聞こえなくなった。
「……リリム」
無事に撤退したと確信した俺は、リリムを呼び出す。
それに応じ、霊体化を解き、リリムが姿を現わす。
「ごめん……こんな事になって」
「全くなのだ!」
「……そこは気にするなとか言って慰めるべきじゃない?」
「何を馬鹿な事を言ってるのだ!こんな状況になったのも、少し強くなった程度で調子に乗った主あるじ達のせいでは無いか!」
「うっ……返す言葉もありません」
「全くなのだ!……はぁ、これからって時に何をしてあるのだ……でも、この四ヶ月間、妾は楽しかったのだ」
確かに、この四ヶ月間、非常に充実していて楽しかった。
リリムの事についても色々分かった。
彼女の好きな食べ物や嫌いな食べ物。
普段は、子供のような仕草をする癖に、そこを指摘したりすると、背伸びして大人だと振る舞うのが面白くて、可愛いとさえ思った。
「……ありがとうリリム。俺もお前と出会えて楽しかったよ」
「……えへへ、当然なのだ!」
俺の感謝の言葉に対し彼女は、はにかんだ笑顔でそう応えてくれた。
ああ、何でだろうな。この状況下で生き残れないのは確かだ、でも不思議と大丈夫な気がするんだよな。
「いくぞ!リリム!」
「うむ!」
王都学園編 完
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