○○の加護

  自室のベッドに横たわりながら俺は左手を天井に掲げて手の甲を見つめる。本来なら今日の儀式で其処にあるはずの物が俺には無い。――そう、俺は『紋無し』だった。


 両親に報告したら、二人ともエリナの様に顔を青ざめながらショックを受けていた。――これが普通の反応だ。アルカナ王国民にとって、女神様の加護はそれ程大事だという事だ。むしろ当の本人なのに冷静でいられる俺がおかしい。


 しかし、俺自身もなんでこんなに冷静でいられるのか分からない。ただ、神父に『紋無し』と告げられて時、何故か女神様の加護を授かるのは今じゃない気がして納得していた。


  「……ほんと、何でだろうな……ふわぁ〜〜ぁ……ま、これも女神様が決めた事だし、俺が考えたって分かるわけないか……眠いしもう寝よ」










 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎








 辺りは暗く何も観えない、俺はこの景色を知っている。最近観てる夢の中で必ず最後に行き着く場所。


 ――分かってる。これは夢だ。


 でも今回は何時も観てる夢とは違った。誰かが殺されるあの残酷な光景を観る事無く、始めからこの暗い場所にいた。そして何より――


  『おっ!?やっと繋がったぜ!まったく、苦労させやがって!』


 何時も聞こえる途切れ途切れで何を言っているか分からない女の声では無く、がさつな人を想像させる様な話し方をする男の声だった。それに、何を言っているのかもはっきりと聞こえる。


  『あの女もこいつの事大事なら何で加護をくれてやんなかったんだか……』


 あの女?……いったい誰の事だ?


  『まぁいいや、そのまま弱いままで居られるとこっちが困るからな!替わりに俺が加護をくれてやるよ!……ていうかお前と繋がった時に既に与えちゃったんだけどな!がはははは!』


 は?……困るって何だよ……それに替わりに加護って……お前誰なんだ?


  『おっといけねぇ、そろそろ時間か。今のお前とじゃこれ以上は無理みたいだな』


 どうやら俺の質問に答えない様だ。いや、そもそも男の方が一方的に話し掛けてくるだけで俺の声は聞こえてすらないのかもしれない。


  『つーわけで最後に一つだけ……』


 何だよまだあるのかよ!寝たいんだけど?いや、実際もう寝てるんだけどね!?


  『早く思い出せよ……あの女が待ってんぞ』


 ――え?


 やがて最後に妙な事を言った男の声はそれ以降聞こえなくなった。それと同時に俺の意識もこの暗い場所から離れて行った。







 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎






  「……何だこれ」


 目を覚ましてすぐに右手に違和感を感じた俺は其処に視線を向ける。すると其処には――『天使紋』に似たような形をした紋様が出現していた。


 ――それは黒い悪魔の羽の様な形をしている。


 ――それは羽の枚数が五枚ある。


 ――それは『天使紋』の様な神々しさは一切感じず、それとは正反対の禍々しさを感じる。


 そして其れを観て俺は妙な既視感を感じた。


 俺はこれを何処かで観た事ある気がする。でも、いったい何処でだ?少なくともこのリーベルの街や王都ではこんな物は一度も観た事がない。基本的に俺の生活範囲はその二つだから、其処で観たことが無いのだとすると、本当に何でそんな事を感じたのか分からなくなってくる。


 其処で夢の中で男が『早く思い出せよ』と言っていた事を思い出す。もしかして俺は自分自身ですら気付かないうちに記憶を失っているのか?


 次々と湧いてくる思想に眉間に皺を寄せて考え込んでると、自室のドアがガチャリと音を立てて開き、其処からエリナが中に入ってきた。


  「あれ?今日はもう起きてるんだね……」


 誰かにに観られてはいけないと思ったのか、俺は咄嗟に其れが出現している右手を隠した。


  「あ、あぁ昨日は帰ってから直ぐに寝たからな」

  「ふ〜ん、そっかぁ……」

  「何でちょっと残念そうな顔してんだよ」

  「え?そんな顔してた?……まぁいいや!取り敢えずおはようアル君!」

  「あぁ、おはよう……悪いけどこれから準備するから部屋から出て待っててくれるか?」

  「うん!じゃあ外で待ってるね!」


 そう言い残し、エリナは俺の部屋から出て行った。





 着替えなどの準備を終えた俺はクローゼットやタンスを漁ってある物を探していた。


  「こんなの誰かに観られたら面倒な事になる気がするからな……お!あった、あった!取り敢えずこれでもはめて誤魔化すか」


 そうしてタンスの奥から取り出したのは唯の黒い手袋。


  「片方だけだと怪しまれそうだな……よし!両手にはめとくか!」


 この後エリナと合流したんだが……彼女は俺の両手を観て、まるで痛い人を観るかの様な視線を向けてきた。


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