女神の加護

  「……列……長いな」

  「……うん……アル君がちゃんと普通に起きていればこんな事にはならなかったと思うよ?」

  「うっ……返す言葉も有りません……」


 リーベルの街を出て、馬車の中でエリナと他愛無い会話したり外の景色を眺めることおよそ三時間。入場審査を受け無事王都に着いた俺たちは、現在『祝福の儀』を行う場所である協会にる訳だがここで予想外の出来事とが起きた……いや、予想はしていたがそれ以上だった。


  王都という事だけあって、王都内を行き交う人々はそれなりに多い訳だが今回は特に多かった。間違い無く原因は『祝福の儀』が行われるからだろう。


 何も儀式を受けるのは俺とエリナだけじゃなく、他の街や村からも成人を迎えた人達が居る訳でそんな人達が儀式の為に王都に集まって来るので人口が増えるのは別におかしい事では無いのだが、予想してたよりも成人を迎えた人達が多かった。


 それが原因で儀式が行われる協会前には長蛇の列が出来ていて、俺たちも王都に着いてから列に並んでずっと自分の番を待っていた。


 はぁ〜……こんな事ならちゃんと早起きすれば良かった――。エリナには申し訳ない事をしちゃったな。


  「……エリナごめん。俺のせいで並ぶ事になって……あと、今日は起こしてくれて有難う」

  「え?……あ、う、うん!いいよそんな気にして無いから!」


 ……なんか顔が赤いけど、……もしかして照れてるのか?可愛いなおい。


  「そ、それよりなんか緊張するね!ちょっとドキドキして来たよ!アル君は?なんか緊張して来ない?」

  「俺か?……俺は……別に」


 ――そう、俺は緊張とか別にしていない。列に並んでいる人達はエリナと同じ様に緊張で顔がこわばっているが、何故か俺にはそう言った感じは無くむしろ何処か落ち着いている――目の前に緊張している人が居るからなのだろうか?其れもあるかも知れないが他にも何かある気がする。――其処でふと頭に浮かんだのは、最近いつも観ている夢のことだった。


  「アル君?」


 思えばあの夢を観てから自分の生活に違和感を感じ始めた。――本当にこのまま学園に入学しても良いのだろうか?何か他にやりたい事があったんじゃ無いんだろうか?――そんな感じだ。


  「お〜い、アル君」


  (……ま、自分でもよく分かってないし考えても仕方ないか――)


  「アル君!!」

  「うおぉ!?ビックリした。……なんだよ急に」

  「急じゃないよ!さっきからずっと呼んでるよ!!」

  「お、おう……それで……どうした?」

  「観て!もう少しで私達の番だよ!」

  「あ、本当だ……いつの間にこんなに進んでたのか」

  「アル君……ぼうっとしてたもんね」

  「あ、あはは」

  「話してる途中で急にアル君ぼうっとし始めたから、なんか独り言してるみたいで恥ずかしかったんだからね!」

  「す、すみません……」


 はぁ〜……なんか俺謝ってばかりじゃ無い?……取り敢えずこれ以上エリナを怒らせない為に会話に専念しよう。これ以上怒らせたら、また例の女の姿をした何かが出て来るから。アレだけはマジ勘弁してほしい。……其れにしても、顔を真っ赤にし頰を膨らませて怒っているんだろうけど、……なんだろう……なんか逆に可愛く見える。








  「では、次の者」


 暫くして俺達とは対面側に居る恐黒い修道服を着た、恐らく協会の神父で有ろう人物が声を掛けてきた。


 どうやらようやく俺達の番の様だ。先ずは俺の前に並んでいたエリナからだ。


 俺達の眼の前には淡白いどこか神秘性のある水晶があった。


  「では、この水晶に触れてください」

  「は、はい!!」


 神父に促され、彼女は水晶へと自分の左手を伸ばす。――少し手が震えてるけど、まだ緊張してたのか――。


 彼女が水晶に触れた事を確認した神父は、何やら言い始めた。


  「彼の者に祝福を――」


 すると次の瞬間――


  「きゃっ!?」

  「――っ!?」


 突如水晶から辺り一帯を覆う程の光が生じた。


 水晶のすぐそばに居たエリナや神父は勿論、俺や周囲の人達も突如発生した光に反射的に眼を瞑る。




 光が発生してから五秒くらい経つと辺り一帯を覆い尽くすほどの光も徐々に収まっていき、やがて光は完全に消え、俺は重くなった瞼をゆっくりと開ける。


  「な、なんだっんだ……?」

  「うぅ〜〜」

  「――っ!?エ、エリナ大丈夫か!?」

  「う、うん……何なの今の……?」

  「お、俺も分からん……」


 突然の出来事に誰もが混乱している中、最初に声を出したのは神父だった。


  「おぉ!!こ、これは!……」


 何やら神父は水晶に触れていたエリナの左手を観て驚いてる様だ――。何事かと俺も其処に視線を移す。


 エリナの左手の甲には天使紋が出現していた。――ただ、彼女のそれは俺の知っている物とは違っていた。


 俺の母さんの天使紋は二枚の白い天使の羽が対になっている形をしていて、父さんのはその二枚の羽の中央に一枚の羽がある形をしている。しかし、エリナの天使紋はそのどちらでもなかった。そもそも羽の枚数から違っていた。彼女のは――


  「す、素晴らしい!『五枚羽』だ!」


 彼女の天使紋を観て、俺の知っている物と違う事に疑問と興味を抱いてると再び神父が声を上げだした。


 先程の驚いてた様子とは違い、今度は歓喜に満ち溢れた様子であり、其れはまるで子供が自分の欲しかったおもちゃを手に入れた時の様にだった。――ていうか鼻息荒く立ててずっとエリナの左手を凝視してる姿が気持ち悪いな。


  「あ、あのぉ……」


 何事かと神父に訪ねようとする彼女もまた、俺と同じ事を思ったのか神父を観て引いている。


  「っ!?お、おぉこれは失礼いたしました。少しばかり興奮してしまいまい……して、どうなさいましたか?」


 少し!?嘘つくなよ!だいぶヤバかったぞ!?それはもうこれから彼女を襲おうとする獣の様な感じだったぞ!?彼女が声かけてなかったら、聖職者から犯罪者に転職する所だったぞ!?


  「えっと、こんな形の天使紋観たことがないので、お父さんとお母さんのとも違うし……これは何ですか……?」


 どうやらエリナも俺と同じらしく、自分の左手に出現した天使紋の形を知らないらしい。


  「おっと、これは失礼しました。こんな事前例には無いので説明は必要ですね」

  「はいっ!お願いします!」

  「はい……ではまず天使紋は進化する事が出来るのはご存知ですか?」

  「い、いえ!そんなの初耳です!本当に進化なんてするんですか?」

  「えぇ、しかし極稀にです。極稀に人の成長に伴って成長し、やがて進化する事があります。そうなると羽の枚数が増えたりするのです」

  「へぇ〜そうなんですね!でも、それとこの『五枚羽』?に何の関係があるんですか?」

  「えぇ、『祝福の儀』と言うものは唯加護を与えるのではなく、その人の素質に見合った加護を与えるのです。なので成人したとは言え人としては未熟な者達が儀式を受けると、最高でも羽の枚数が三枚の『三枚羽』を授かるのが普通なのです。」

  「だったら成人して暫くしてから儀式を受ければ良いいんじゃないですか」

  「えぇ、だいぶ昔に同じ事を思いつき、儀式を五年ぐらい遅らせた者がいました。……結果その者は加護を授からない『紋無し』になったとのことです」

  「そんな!?どうしてですか!?」

  「それは分かりません。……すみません少し空気を悪くしてしまいましたね」

  「い、いえ!大丈夫です」

  「まぁつまりは、進化も無しに最初から羽の枚数が五枚の『五枚羽』である貴方にはそれだけの素質が有り、女神様にも愛されてるという事ですよ。おめでとうございます」

  「えっと……ありがとうございます?」


 何で疑問形なんだよ。


 話を聞き終わったエリナは後ろに居る俺の方へ体を向ける。


  「どうした?嬉しく無いのか?」


 何故か彼女は浮かない表情をしていた。


  「……嬉しいよ、でも私、特に何か特別な事をしてるわけでも無いのに何でなのかなって思って……」

  「さぁ?……あ!朝とか俺の事起こしてくれるからじゃ無いか?なんちゃって!」

  「なにそれ!?アル君私の事バカにしてるの!?」


 あっ!やばい!また怒らせちゃった。また頰を膨らませて怒っちゃってるよ……やっぱりなんか可愛いな。逆にからかいたくなってくる。


  「ごめんごめん冗談だって……まぁ気にする必要ないだろ」

  「えっ?」

  「加護を与えてくれるのは女神様だ。俺達がなんでとか考えたところで分かるわけないだろ。それに、女神様がお前には『五枚羽』が相応しいって決めて加護を与えたんだ。だったらもっと素直に喜んで良いんじゃないか?」

  「……うん……そう……だよね!ありがとう!アル君!!」

  「っ!?」


 俺が思った事を伝えると彼女は気を持ち直し、笑顔で御礼を言ってきた。その笑顔は家の玄関先のベンチで話していた時に観たのと同じで、俺は再びドキッ!としてしまった。


  「それじゃあ次はアル君の番だね!」

  「あ、あぁそうだね……じゃあ行ってくるよ……」

  「うん!行ってらっしゃい!」



  「この水晶に触れて下さい」


 俺が水晶の前に立つと神父は先程のエリナの時と同じ様に促してくる。それはまるで予め動きが設定された機械の様だ。


 俺は水晶に自分の左手を置く


「彼の者に祝福を――」


 神父は俺が水晶に手をられた事を確認し、再び彼女の時と同じ様に淡々と言った。


  「「「……」」」


 本来ならこの瞬間、彼女程ではなくても水晶が光る筈だが――何も起きなかった。


  「……逆の手で触れてみてください」


 神父は何も起きなかった事に少し動揺するも直ぐに冷静になり俺に提案をしてきた。


  「あ、はい」


 今度は自分の右手を水晶に触れる。


  「ではもう一度……彼の者に祝福を――」


 神父は先程の様に水晶に手が触れた事を確認し、再び儀式の言葉を口に出した。


  「「「……」」」


  だがやはり、何も起こらなかった。


  「……失礼なことをお聞きしますが……貴方は、アルカナ王国民で間違いありませんか?」


 この様子を観ていたエリナや周囲の誰もが動揺してる中、神父は俺に質問をしてきた。


  「はい。リーベルの街出身です……」

  「……そうですか。……ではやはり貴方は――『紋無し』です」

  「うそ……アル君が……」


 俺と神父の会話を聞いていたエリナは、顔を青ざめ口元に手を当ててショックを受けていた。


 ♢♢♢♢♢♢


  「……それじゃあアル君……また明日」

  「おう、じゃあな」


 家の前でエリナと別れを告げた俺は玄関に向かって歩く。因みにエリナの家は俺の家の左隣に在る。


 結局あの後帰りの馬車の中で互いに気を使いあってしまい、あまり会話をする事なくリーベルの街に着いてしまった。


  「あ、アル君っ!!」


 玄関のドアに手を掛けようとしたところで、エリナが話しかけてきた。


  「ん?……どうした?」

  「……行くよね……?」

  「何が?」

  「明日から!……私と一緒に……学園に行くよね!?」

  「……あぁ、勿論行くよ」

  「……本当に?」

  「あぁ、本当だ」

  「っ!?じゃ、じゃあまた明日起こしにくるからね!?絶対だからね!?……また明日!」

  「……また明日」


 俺はエリナが家の中に入って行くのを見届け、自分もドアを開けて家の中に入った。


  「……てか俺、寝坊してる前提かよ……」

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