とあるヒトの手記

かわらば

とあるヒトの手記

私は、ジャパリパークが嫌いだ。


その時、まだ私は少年だった。

社会の動きなんて微塵も知らない、無垢な子供だった。


私の家は小笠原諸島の小さな島で、暇さえあれば海辺に行って海の様子を眺めていた。

その日も、海辺の崖の上に立ち、あたりを見回していた。

ふと、ある一点で目が止まった。


 


それは海にポツンと取り残された岩の柱の上。到底、生身の人間が行けるような場所ではない。それに何より、そこにいるのは汚れの一つもない真っ白な服を着た白髪のなのだ。


あんな子、島にいたかなぁ。

転校生ならすぐに島中に知れ渡ってるはずだし。

いやいや、そんなこと考えるより前にあんな危ないところに一人でいるなんて自殺行為にもほどがある。


「あのー、そこ、危ないですよーーー!!!どうやって登ったか知りませんが、降りた方がいいですよーーー!!!」


私は大声で声をかけた。

彼女は驚いて振り返り、岩の上から飛び去った。

「跳び去った」ではない。「飛び去った」のだ。頭に翼が生え、バッサバッサと飛び立って行ったのだ。


私はあまりにも現実離れした光景に、ただただ呆然とするほかなかった。

他人に行っても信じてくれそうにないと思い、私は誰にも言わなかった。



翌日、私は同じ時間にもう一度、昨日と同じ場所に行ってみた。彼女は昨日と同じように岩の上にいた。


「えっと、あの、あなたは何者ですか?」


できるだけ驚かせてしまわないよう、私はそっと声をかけた。

彼女は別段驚いた様子もなく振り向いた。


「あ…え、と…だれ…?」


「僕はハジメ。この島に住んでる」


「わ、たしは…ア、オツラ…カツ、オ、ドリ…かな…そう、呼ばれ、て、いる…の、聞いた、こと、が、ある…この…カラダ、みたいな…?いきものに…」


アオツラカツオドリ?

彼女の口調はとてもたどたどしかったが、確かにそう名乗った。

アオツラカツオドリと言えば、確か小笠原の辺りに繁殖地がある海鳥…のはずだ。鳥には詳しくないからよく知らないが。


そして「このカラダみたいないきもの」??

彼女は人間を知らないのか?


ここで、私は確信した。

多分、彼女は人間ではない。

空も飛べるし、自分を鳥だと主張するし、人間というワードすら知らないし。

彼女が神様のような、超自然的な何かだと言う気さえしてきた。


しかし、そんなことは気にせず、私は彼女と遊んだ。

ミステリアスな少女と誰にも知られずに2人遊ぶ。

それはまるで映画のワンシーンのような日々だった。



「あんた、最近誰と会ってるの?」


彼女に初めて会ってから数日、不意に母親がそう聞いてきた。


「んー?学校の友達とか、村のじいさんとかだよ?」


「ほんとにぃ?友達に聞いても、最近あんたと遊んでない、1人で海辺にいる、って言うけど?」


「あ、えと…それは…」


「何か隠しているのね?」


しまった、と思った。いつか来るこんな日の為に嘘の答えを用意しておくべきだった。


時既に遅し。後悔先立たず。

母は既に、私が普段どこにいるのかを知っていたのだ。

翌日、島の人総出の捜索により彼女は捕まった。



「こんな子、誰か知ってるかい?最近島に来た人の子供か何かかねぇ」


「いや、知らんなぁ。おい、ばあさん、何か知ってるか?」


「わしはこいつは天狗の類じゃねえかなあと思うぞ。そうじゃなかったら空なんて飛べねぇべさ」


「とりあえず、本土のお偉いさんを呼んで、この子が何者か調べてもらおうや」


私は、ただ黙っていることしか出来なかった。

俯いている私を置いて、話はどんどんまとまっていった。


彼女は明日、本土に送られる。そして、大きな病院で調査をされるらしい。



今にも泣きだしそうなのを堪え、私は船を見送った。小雨の降る日だった。




それから1ヶ月後の事だった。

それはまさに世界を激震させるニュースだった。

私はニュースの画面を見つめていた。

画面の中の偉い人は、ハッキリとこう言った。


「小笠原諸島近海から、動物をヒト化させる謎の物質が発見されました」


偉い人が発表する横に、怯えたような表情の彼女が立っていたのをはっきりと覚えている。



この日以降、世界は大混乱に陥った。

彼女らは害はないのか。どんな危険があるか分からないから、直ちに封印するべきだ。いやいや、生物学、物理学の法則を根底から覆した存在であるから研究をするべきだ。

様々な意見が世界を飛び交った。

人権団体はデモをし、動物愛護団体も新聞に意見を投稿し、彼女らを神と崇める新興宗教が跋扈した。

空は戦闘機が飛び、海には海防艦、島には珍しい存在を一目見ようとするヒトで溢れかえった。島の暮らしの平穏さなど、どこにもありはしない。


それからのことは、もう思い出したくない。

私は「謎の知的生物を発見した少年」として、勝手にヒーローにまつりあげられた。

新聞、TV、ネットニュース、好奇心旺盛な有象無象。僕は連日取材を受け、外からの観光客に詮索され、ヘトヘトに疲れ切っていた。


そんなある日、私の目を疑うようなニュースが入ってきた。


「特殊動物、心不全で死亡」


その見出しを読んだ瞬間、私の世界から色彩が消えたように思えた。私が彼女と初めて会ってから、丁度2ヶ月後の事だった。

彼女は、死んだのだ。毎日毎日、調査のための実験を行われ、ストレスが溜まっていたのが原因らしい。


私の心に浮かんでいたのは怒り、悲しみ、寂しさ、憎しみ、虚無感。それらをミキサーにかけたかのように、様々な感情が渦巻いていた。






これを読んでいる貴方は、きっとこの先については知っているレベルの話だろう。最初のアニマルガールが死んでから、今に至るまでの歴史について。何、ちょっとした現代史だ。だから、今更書くのはやめにする。


貴方はきっと、ジャパリパークで働いているヒトだろう。ここまで読んだなら、もう少しだけ、年寄りのわがままに付き合ってくれ。これを、ジャパリパークの園長、及び創設者に渡して欲しい。パークの発展の裏で、こんな思いをした人、こんな歴史があったこと。それを知って欲しい。ただ、それだけだ。


さて、そろそろお迎えの時間らしいので、筆を置くことにする。

ああ、今行くよ。アオツ(この後はインクが滲んでいて読めない)





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