三章 モテる男には推理力と決断力が必要ですか?

ヤクザの息子でもバイトがしたい

「はぁ~」


 大きなため息がわたしの隣で何度も繰り返されている。発生源は蛇ノ塚さん。いつもは任侠だ男気だとか口うるさく言ってるのに、今日のは全然そんな風には見えない。溜息をついていると少し物憂ものうげな雰囲気があって整った顔も相まってより美少女に見える。


 ランニングを終えて、筋トレに向かう。それでも蛇ノ塚さんの溜息は止まらない。


「はぁ~」


「もう。さっきからなんなのよ。こっちまで気が重くなるじゃない。いつもの男気はどこに行ったのよ」


「すまんのう。うちにも悩みのひとつやふたつくらいあるもんじゃ」


 返す言葉にも力がない。これは結構深刻な悩みみたいね。


「そういえばモデルをやっとるんじゃったな。うちにもできんのか?」


「簡単に言うけど、ポージングの練習とかファッションやメイクの知識とかいろいろ必要なのよ」


 ちょっぴり強い語気で返してしまった。たまに言われるのよね、モデルなんて立ってるだけだって。悪気があって言ってないのは蛇ノ塚さんの表情からすぐにわかるのに。


 でも本当は男の子とはいえ、すらりとした長身だしきりっとした顔はモデル向きかもね。今の溜息ばっかりついてるような曇った表情じゃダメだけどね。


「いや、すまん。別に簡単にできると思ったわけじゃないんじゃ。忘れてくれ」


「その言い方だとバイトを探してるってこと?」


「ようわかるのう。実は親父がもうすぐ誕生日なんじゃ。育ててもらった恩義を返さんかったら仁義に反するわ」


「あいかわらず面倒な性格してるわね」


 親がみんな子どもを大切に育ててるわけじゃないわ。でも女装させるのはちょっと変わってるとはいえ、自分の子どもにまっとうに生きてほしいと思ってる蛇ノ塚さんのお父さんはいい人なのかもね。


「高校生なんだからアルバイトくらいいくらでもあるじゃない」


 学校に来るまでに見るお店でも店頭に募集の張り紙が何枚も貼ってある。どこも人手不足みたいで、誕生日プレゼントのために短期でバイトするくらいすぐに見つかりそうだけど。


「蛇ノ塚の名前を聞くとどうしてもなぁ」


「あ、そうよね。この辺りじゃ嫌な顔されるわよね」


 わたしたちくらいの歳になると知らない人も多いけど、働いてるような歳、しかも採用担当をしてるような人ならここらで蛇ノ塚を知らない人はほとんどいない。


 最近は悪いことをしたって話なんてないはずなんだけど、それでも警戒することには違いない。


「ちょっと遠いところで探してみるとか?」


「そうするしかないんかのう」


「そういえば家で会社を経営してるんでしょ。そこで働けばいいじゃない」


「それじゃサプライズにならんじゃろ」


 別にわかってても喜んでくれるんじゃない? といっても自分なりに仁義のルールが決まっている蛇ノ塚さんに言ってもしかたないわよね。


 最後のストレッチ中もまだ溜息をついている。なんとかしてあげたいけど、わたしで力になれることがあるかしら?


「僕が協力するよ」


「千尋が? どうやるのよ?」


「よくわからないけど、困ってる友達を助けないのは仁義に反するんだよね?」


 なんでもかんでも手を出せばいいってものでもないと思うんだけどね。トレーニングに部活の助っ人に勉強もやってるのに。バイトまで増やしたら本当に倒れちゃうわよ。やる気になった千尋はすごい努力をしているけど、だからこそ心配になる。


「僕が一緒にいけば怖がられないんじゃない?」


「蛇ノ塚さんが連れてたらお仲間にしか見えないでしょ」


「自分で言うのもなんだけど、僕がヤクザの関係者に見える?」


 せいぜい脅されてる被害者でしょうね。少なくとも仲間には見えないわ。囲ってる彼女には思われるかも、って思ったけど、そもそも蛇ノ塚さんが男の子に見えなかったわね。


「誕生日プレゼントを買うんなら短期だよね? 僕も一緒に行くから探してみよう」


「すまんのう。恩に着るわ」


「どうしようもなくなったら早く相談するのよ?」


 この間のクイズ番組のギャラももうすぐ入ってくるはず。どんなものが欲しいのかは知らないけど、ちょっと貸してあげるくらいなんでもない額が入ってくるはずだ。でもそれじゃきっと男気とやらに反するんでしょうね。面倒な生き方だわ。


「時間がないからさっそく今日からアルバイトを探そう!」


「ま、そういうことならちょっと付き合ってあげるわ」


「私も行くよ。いつも夏休みにプールの監視員とかやってるんだけどこの時期はね」


 これだけ連れていけば蛇ノ塚の名前も少しくらい抵抗感が薄れるかしらね。榊原さんも連れていってもいいけど、あの子理科室から出てくるのかしら?


「じゃあ今日は街中のランニングを追加しよー」


「ゆっくり歩いていかせてよ」


 予想していた通り理科室から出る気のなかった榊原さんはそのまま置いて、四人で街に繰り出した。学校の周りはもう一通り聞いて回ったって話だから、一駅先の繁華街が目的地だ。


「どんな仕事ならできるの?」


「うちは一通りのことはできるつもりじゃ。料理なんかは得意じゃし、経理も少しはわかる」


「え、七緒ちゃんってもしかして仕事できる系の人?」


「うちをなんじゃと思っとったんじゃ」


 ヤクザの子どもなんて言われたら、どうしたってイメージが決まっちゃうわ。わたしだってモデルなんてやってるからきれいなオートロックの高級マンションに住んでるみたいに言われることがある。


 現実は狭いアパートにいろんなものが詰め込まれていて散らかっちゃってるんだけど。ぱっと見ただけのイメージ通りに生きている人なんてそうそういないわよね。


「家では女として過ごせと言われとるから家事はうちがやるし、親父は数字に弱いから会社の面倒も見とるんじゃ」


 女らしいってなんなのかしらね。いろんな人の話を聞いているとだんだんわからなくなってくる。みんなそんなに難しいことなんて考えてないのかも。


「じゃあレストランとか、事務のバイトとかがいいのかな?」


「じゃが結局お客さんに蛇ノ塚とバレたらどうしようもないわ」


「裏方のバイトかぁ。接客ができないって難しそう」


 わたしたちは好き勝手に蛇ノ塚さんが働く姿を想像しながら繁華街を見て回る。普段はそれほど意識してなかったけど、探してみると思っていた以上に求人の張り紙は見つかった。どこも人手不足は変わらないのね。


 何軒かお店を回ってみるけど、蛇ノ塚さんが名乗っただけで嫌な顔をされて遠回しで断られてしまった。


「接客がない仕事で蛇ノ塚さんを知らないってやっぱりなかなか難しいんだね」


「ヤクザ稼業を畳もうっていうのはこういうことなのかもね」


「親父も親父で考えがあったんかもしれんのう」


 蛇ノ塚さんがちょっぴり寂しそうに息をついた。お父さんへの誕生日プレゼントを買うためにバイトをして、そこでお父さんの願いに気付く。そういうのってちょっと憧れるわ。


「ねえ、あそこならいけそうじゃない?」


「あれって、あの大型スーパー?」


 全国の商店街から毛嫌いにされているという全国展開の大型スーパーチェーン。中規模都市の有松市だと、スーパーっていうよりはデパートに近い大きさの五階建ての商業施設だ。それでもどの階もリーズナブルだし商店街が負けちゃうのもわかるかもね。


「ああいうところなら地元の知識に疎い人がやってるかもしれないでしょ?」


「確かにそうかもね。私がよく行くカツ丼屋さんも別の県から単身赴任だって言ってた」


「あのくらい大きけりゃ倉庫番の仕事もあるかもしれんのう」


「とにかく行ってみましょ。話はそれからよ」


 求人なんてどこかにまとめて張りだしたりされてるでしょ。そこに蛇ノ塚さん向き

のバイトがあればいいんだけどね。

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