Ep.149 暴走少女と大雪崩

 たどり着いた現場は、まさしく阿鼻叫喚だった。


 火の手が上がったのは集落の中心部だったそうで、辺りは既に火の海。身体を一部焼かれた者を庇いながら動ける者が泣きながら走り、どうにか火の手が弱い場所で雪に火傷の部位を埋め呻く人々の姿に背筋が震える。


(脅えている場合じゃないわ、治療は時間との勝負だもの!)


「なんて事じゃ、すぐに皆を保護せねば……!」


「ーっ!お祖父様危ない!!」


 動揺したエイグリッドさんに向かい、燃え盛る納屋の屋根が崩れ落ちる。エドガーが駆け寄るのも間に合わないと判断し、私は魔法で作った水の膜をシャボン玉のようにしてエイグリッドさんに飛ばした。

 それはエイグリッドさんの身体を薄く覆うように包み込み、崩れた瓦礫と炎を一切彼を傷つけることなく無力化する。


「これは……!」


「間に合って良かった……!以前私の魔力に攻撃性が一切無い代わりに、どんな攻撃も“無効化”出来るとわかってからずっと考えていた魔法なんです。水を使った結界のような物だと考えていただければ」


 いつもいつも皆に護られるのではなく、私にも仲間を護れる力はないかと考案した新術だ。


 身体にフィットするこれに包まれている間、その人は如何なるダメージにも害される事はない。まだ研究中で私の半径100メートル以内しか制御は効かないし、一度に出せるのは精々5、6人分と言うまだまだ未熟な技ではあるけど、この場では皆を守るのに最も有効な魔法だろう。

 

「皆にも同じ術をかけるから、中に取り残された人も含めまずは全員を救出しましょう!それからまとめて怪我人を治療します!」


「了解!!」











「動ける方はこちらへ!兵士の誘導に従い集まって下さい!」


 レインと私が魔法で炎を退け道を作り、エイグリッドさんと皆が整えてくれたベースキャンプに人々を誘導。途中、ここに居る筈のキャロルちゃんと友人達の姿が一切見えない事が一瞬気になったが、負傷者の治療に取りかかりすぐにそれどころではなくなってしまった。


「一刻も早く消火したいですが、先に怪我人を治療しないと死者がでそうですね……」


「すみません、私の水ではあの炎には太刀打ち出来ないみたいで。やっぱりフローラの力じゃないと……!」


 普通の水やレインの魔力でも一時的にならば炎は消えるのだが、何故か数分で更に強く再発火してしまうのだ。鎮火するのは、私が水を浴びせた箇所だけ。本気で消すには、あの儀式の日の様に私が一帯全域に雨を降らすか、それに匹敵する水量を火事にぶつけるしかない。



「しかし、それをして果たしてフローラ様が衰弱してしまわないかが心配じゃな……」


「……っ、だ、大丈夫ですよ!救助は済んだのだしとりあえずここ一帯だけは私とレインの魔力水で覆ったから、まずは治療を済ませましょう?皆、手を貸して!」


 治療前に私がダウンしてしまうと不味いので、とりあえずはそっちから。


 皆には全員無事に保護出来たかの確認に回って貰い、怪我人を一人ずつ治療にあたる。全員の症状に差がありすぎるのと、心的なショックも大きそうな事から、まとめて治すより一人一人と面と向かって癒した方が良いと判断したのだ。


 そうして特に重症な数名を治し終えた頃、鈴を転がす様な声が背後から響く。


「あら?まぁ、何でフローラちゃん達がここに?」


「キャロル様……!」


 いつの間に現れたのか。そもそも、今までどこに居たのか。煤ひとつ着いていない美しい出で立ちで現れた天使の様な少女が、私の顔を見て痛ましげに眉をハの字にする。


「まぁ、フローラちゃんたらお顔も服も真っ黒よ?女の子なのに……可哀想」


 結界を解いてから患者の治療に当たった為、私にも彼らの身体に着いていた煤が着くなんて当然だ。気にもならない。

 私を庇ってくれようと集まってきた皆にはお礼を伝え、作業に戻ってくれるよう促した。


「またあの女、無礼な……!」


「有り難う皆、言いたいなら言わせていて良いわ。実害は無いし。それより、今は一刻を争う事態よ、治療を最優先にしましょう」


「……!無視なんて酷いわ!」


「無視ではありませんが、今は怪我人の命と事態の収束が最優先事項ですので。キャロル様はお怪我はありませんね?ご無事なのは何よりですが、今はお構い出来ませんので安全な場所で静かにお待ちくださいませ」


 無下にしたい訳じゃない。そうじゃないんだけど、キャロルちゃんはどうにもまだ幼い節があり、相手の状況を一切鑑みずに構われたがる傾向にある。でも今は!申し訳ないけど子どもをあやしてる場合じゃないの!!


 重症者の治療を概ね終えて、軽傷の人はミリアちゃんとキール君の配った魔法薬液ポーションで回復。後の面子は無事な人達の避難経路確保とその流れで皆が忙しなく動き回る中、キャロルちゃんが不服げに立ち上がった。


「フローラちゃんたら、普段学院の皆には“治癒魔法は原則1日一回”だなんて言っておきながらこんな時ばかり自慢げに力を使うのね!そう言うところどうかと思うわ!」


 それにまたお友達の皆様が乗っかってやんややんや言ってるけど知ーらない。私悪くないし。


「ーー……それって、治癒魔法自体がこれまで例の無い力であった為に、あんま頻発して使うと人体の持つ自然治癒能力が弱まっちまうかも知れないから……って四大国の王室と教会が議論して決めたんじゃなかったでしたっけ。あの人達それ知らないんすかね」


「そうね、キャロル様には10回程ご説明したし、生徒の皆さんには全校集会の時にきちんと学院長からお話があった筈なのだけれど、何故か次の日になるとすっかり忘れてしまうみたいなの」


「ほー……、可哀想な頭ですね。そもそもキャロル皇女は元からここに滞在中だったんだし、そんな言いがかりつけてくる位なら俺達が来るより先に怪我人を治療してあげてたら良かったんじゃないんですか?それとも、リヴァーレの聖女サマじゃ精々数人の擦り傷を治す程度しか能がないんすかね?」


「……っ!酷いわ!そんなにバカにするなんて!私はただ、聖女として治療にあたるならライト様がいらっしゃってからにすべきだと思って待っていただけよ!」


 要は、怪我人を好きな人に良いところを見せる小道具にすべく安全地帯から高みの見物をしていた訳だ。丁度今しがた治療したお婆様に安堵して泣き付いている家族の姿を前にしてもそうのたまえる無神経さに、これまで我慢していた何かが崩れたような気がした。


「怪我人の治療とライトに何の因果関係があるのか存じませんし、貴女の言い分なんて聞きたくもありません。先程から邪魔しかなさらないのであれば即刻本土へ……いえ、母国へお引き取り下さいませ」



「~~っ!何て失礼なの!?私は聖女なのに!!そのエド君の妹ちゃん……えっと、エミリア?ちゃんだって私が助けたのに!」


「あの、エミリーです……」


「いいのよエミリーちゃん、あのお姉さんはちょっとお疲れできちんとお話するのが難しいみたいだから、今は離れておきましょうね」


 近くで待機していたエミリーちゃんにエドガーと退避するよう促す私の右手を、キャロルちゃんと友人数人が乱暴に引っ張った。


「どうして貴女みたいな心の貧しい人が聖霊の巫女なの!?知ってるんだから!その指輪、本当は特待生の平民の子が手に入れる筈だったのにフローラちゃんが横取りしたんだって!そんな差別をする人に聖霊女王の指輪はふさわしくないわ……!」


「そうですよ!その指輪もキャロル様が手になされば貴女より余程我々の為に活用して下さる筈です!」


「その地位の恩恵ばかりに目が眩んで救うべきものも見失うようならば、そんな力はじめから無いのと同じでしょう。我が儘も大概になさい!!」


 こんなに声を張り上げたのは、ライトと街中で言い合ったあの時以来だろうか。

 震える空気に怯んで緩んだ拘束を振りほどき、未だ燃え盛る集落に向き直る。


 ルビーが文を飛ばして大分経つのにライト達が現れる気配がないと言うことは、あちらもこの火災に負けない非常事態に陥っている可能性が高い。場合によってはそちらの救援も視野に入れないといけないかも。

 まぁ、あの3人なら大概は自力でどうにかしてしまいそうな気はするけど。


 でもいつもいつも助けてもらってばかりだし、正直たまには逆があっても良いと思うの。なんて話はさておき。


「これから鎮火の為に水の魔法を使いますが、水を含んだ積雪がバランスを崩して雪崩になる危険性があります。皆様は高台に当たるシュヴァルツ邸へ順次避難を……」


「……っ、何よ、私にだって火災位カンタンに消せるんだから!」


「ーっ!?待って!あんな雪山の天辺から大雨を降らせたりしたら……!」


 神具だと以前見せてくれた虹色の貝殻を媒体に、暴走した魔法がバケツをひっくり返したような大雨を降らす。

 山肌に積もり積もった雪が地響きと共に動き出したのは、それから間もなくの事だった。



    ~Ep.149 暴走少女と大雪崩~







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