Ep.141 下手に立ち入る事なかれ

「何騒いでんだ、話は済んだのか?」


「ーっ!」


 ポンと肩に手を置かれ振り向くと、不思議そうな顔をしたライトと、彼の後方で陶器の鍋らしきものを囲んで賑わっている皆の姿が見えた。

 さっきまであちこち走り回って皆に制されていたキャロルちゃんまで、興味津々に作業台を覗き込んでいる。


「うん、専用の装置で乾かして返してくれるって」


「そうか、良かったな」


「本当に安心したよ~。ところで、皆は何を?」


「あぁ、あれか?」


 私が自分の後方を見ているのを確かめたライトが、ポケットから小瓶を取り出して揺らす。


「古い技術を復元して作った、魔法薬液ポーション専用の錬金釜だそうだ。同じ配合でも人によって完成品の効果が全然違うから面白いらしい」


 『俺が作った回復液だと魔力の増強効果が付与されてたな』と言うライトの言葉に納得して頷く。

 美容に効く物も作れるからこれになら興味を示してキャロルちゃんが大人しくなるかもと息子さんが持ってきてくれたそうだ。


「丁度良かった、私も魔法薬液ポーションの作り方知りたいなと思ってたの。エミリーちゃんの治療に役立つんじゃないかと思って」


「あぁ、良いんじゃない?フローラもやらして貰いなよ」


 面白いよ、と笑いながらやって来たクォーツの手には、植物の超即効成長剤が。本当に個性出るなと笑いながら、私も錬金釜の方に向かいやり方を教えて貰うことにした。


「では、やり方をご説明しますね」


「ありがとうございます。あれ?そう言えばキャロルさんは?」


「あぁ……出来上がった美容ポーションの効力を試したいと仰られたので、母が鏡のある別室にご案内してます」


 そう説明する息子さんの目が死んでいる……!どうやら魔法薬液ポーション作りの最中もマイペース全開だったらしい。


 ま、まぁとりあえず気を取り直して!初めてなので、今回は簡単な解毒薬に挑戦だ。








「おや?殿下方は休憩ですか?」


 フローラ魔法薬液の調合を初めてすぐ、作業を済ませたネロがソファーで休んでいたライト、クォーツ、フライの元に戻ってきた。

 顔を見合せ苦笑した三人が、口々に本音をこぼす。


「まぁ……な、あれだけ朝から耳元で騒がれてると流石に体力使うわ」


「もう本当に、こっちの言葉を全部自分に都合良く曲解するから会話にならなくて疲れちゃうよね。事あるごとに同情してる呈でフローラを見下した事言うし」


「そもそも君が甘い顔をしているから増長しているんじゃないのかい?叱りすらしないなんてどういうつもり?」


 『どうせまた何か企んでるんでしょう』と自分を睨み付けるフライに、ライトはおぉ恐いと全く心が籠っていない様子で肩を竦める。


「ま、そろそろ良い時期かもな。そこについては夜に話すよ」


 それよりも、と会話を切り、立ったままであったネロに良ければ少し雑談でもとライトが着席を促すと、彼も恐縮しながら三人の向かいに腰掛けた。

 そんなネロの丁度頭ひとつ分高い位置にある天窓から覗く雪に覆われた山を見上げ、誰からともなく憂鬱げな息を溢す。


「しかしこうも連日この天候ではさぞ気が滅入るだろうな……。あの山は活火山だと聞いていたが、異常気象になってからは停止してるのか?」


「えぇ、そうですね……。正確には、火山が前触れなく眠ってしまった翌朝には島はこの有り様雪景色でした。しかし、火山の停止が原因なのかそれとも異常気象の前兆であったのかの判断はついておりません」


「そうだろうな……」


 普通に考えるのであれば、それまで島を暖めていた火山の熱気を失った。だから寒くなったと言う説が強いだろうが、いかんせん今のこの状況。あまりに変化のさじ加減が振りきれている。自然界の理屈なんぞでは到底解き明かせそうにない。


「だが、全く無関係とも言い難いな。元々島にある火山の存在には目をつけてたんだ。明日には調査団も着くし、まずは彼処から調べるべき……「それはなりません!!」ーっ!?」


 唐突に立ち上がったネロに両肩を掴まれ、ライトが唖然と深紅の瞳を見開く。

 フライとクォーツも突然の事に着いていけない中、当のネロがハッと正気に戻り勢い良くその場にひれ伏した。


「もっ、申し訳ございません!炎の国の皇太子殿下になんと言う不敬を……!」


「はは、大丈夫、これくらい構わないさ。どうやら訳ありの様子だし。幸い女性陣には見られていない上に、今回は兵も従者も連れて来て無いしな。2人も別に言わないだろ?」


「うん、興味ないもん」


「あぁ、君が良いって言うなら別に良いんじゃない?今回はあくまで私用だしね」


「何かお前ら最近俺に冷たくない……?」


 今回はあくまで非公式な訪問であるため不問に処す。

 そんな三人の意図をきちんと汲んだネロは、一度深く頭を下げてから改めて火山に目をやった。


「……あちらの火山ですが、なんでも火山口に守り神が居る神域の類いだそうで。人間の出入りを一切禁じていると伺っております」


 そのネロの言葉でなるほどと納得したフライとクォーツに反し、ライトは怪訝な顔つきになった。


「立ち入り禁止……?妙だな、俺は父上からあの火山の地図を受け取って来たんだが」


「ーー……はい。正確には4年に一度、神域の焔を繋ぐ為に国王陛下のみが火山口に訪れられております。そちらの図は、恐らくその際に陛下が手ずから書き上げた物ではないかと」


「そう言うことか……。ちなみに前回の儀式は?」


「丁度4年前の今頃の時期になります」


 つまり、本来ならばそろそろ再び魔力を補填せねばならない時期だ。


「話を聞いた限り、少なくともフェニックスの王家なら入れないことはないみたいだな。なら俺が一人で一回中を見てから本格的に調べるか決めて……も!?」


「生憎だけどそれは却下!雪山に一人とか正気なの?いくら炎使いでも凍死はするからね?死にたがりの阿呆じゃないなら、今回は単独行動は控えてくれる?」


「そーだそーだー。大体僕たち、雪の積もってる場所にライトを一人にするなってフリードからしつこく頼まれ……んぐっ!」


「ほらクォーツ、これ抹茶味だと。好きだろ?遠慮せずたんと食え」


 うっかり滑らせそうになった親友の口にライトが抹茶生チョコレートを次々に押し込み黙らせた。聞かれたくない内容なのだろうと察し、詮索はしないことにした。


「ーまぁとにもかくにも、実際あの火山に無断で立ち入りし者は亡骸ひとつ残さず消息を経ったと聞きます。人が立ち入れぬとされる場所にはかならずそれだけの理由がある。無闇に手を出されない方が宜しいかと」


「……わかった、そこまで言うなら今回は退こう。しかし、そこまで知っていてなぜ一家でわざわざここに住居を構えた?」


 別に他意はない、単純な疑問だ。しかし妙な沈黙が落ちて、ネロの瞳に影が射す。


「…………居なくなってしまった、娘を、探しに」


 抑揚のないその声の理由を、察せないほど馬鹿ではない。先程ライトの言葉を遮ってまで引き留めた理由もわかってしまった。

 

 下手に二の句が次げない空気に耐えかねたのか、クォーツが先程作った魔法薬液の瓶を片手に勢い良く立ち上がる。


「あーぁ、なんか難しい話してたら疲れちゃった!気晴らしに僕もまたあっちに混ぜて貰おうかな!」


 『楽しそうだし!』とずかずか魔法薬液作りで盛り上がる女性陣の方へ向かうその背中に苦笑して、フライが前髪を払った。


「全く、結局はどれも薬だろう?予想外の物が出来るじゃ無し、何があそこまで楽しいんだか」


「おや、そうでも有りませんよ。魔法は個性豊かなもの。それ故に、はるか昔の魔法薬液には現代の魔法の理から外れた効力を持つものも多く存在したとか」


「へぇ、例えばどんな?」


 暗い話題よりずっと良いとライトも食い付いた中、ネロが朗らかにとんでもない答えを返す。


「そうですね。人格を他者と入れ換える物ですとか、一時的に性別を変えられる物もあったそうで。後は……倫理観から外れた物ですと、意中の相手を自分に恋慕させる媚薬の類いなども……」


 瞬間、ライトとフライが動揺のあまり盛大に咳き込んだ。


「なっ……!そんなヤバい代物を子供だけで扱わせるなよ!」


「ははは、大丈夫ですよ。あくまで今のは過去の事例。魔力の質が違う我々に同じ薬液など、逆立ちしたって作れやしません」


 そうネロに笑い飛ばされ、丁度仕上げの作業に取りかかったフローラに駆け寄ろうとしていた2人も足を止める。

 クスクスと笑いながら、ネロが続けた。


「仮にそんな代物を産み出せる方がいらっしゃるとすれば、先日指輪に選ばれたと言う本物の“聖霊の巫女”様くらいのものでしょうね」


 フローラの身に余計な危険が迫らぬよう敢えて伏せていた為、ネロは彼女が聖霊の巫女だと知らない。


「フローラ!ちょっと待っ……!」


「え?」


 今まさに錬金釜のスイッチに指を伸ばしたフローラにライトが叫ぶが、もう遅い。

 カチリと無機質な音の後、部屋中に金色が炸裂した。


   ~Ep.141 下手に立ち入る事なかれ~


  『迷い込めば神の国。決してただで帰れない』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る