Ep.93 敵に回したくない男

 お姫様抱っこされたまま、月夜にはえるフライの顔を呆然と見上げた。


「フライ、どうしてここに!?何でうちのメイド服着てたの!!?」


「どうしてって、この侍女服は君が以前窓から僕に叩きつけて来たものじゃないか、いくら侍女じゃないと君の近くに居られないとは言え、侍女として潜入して君を守ってくれと頼まれたときにライトから『お前の女顔なら絶対にバレない。俺が保証してやる!』って言われた時にはあいつを本気で張り倒してやろうかと思ったけど。でも……、この事態を見るに来て正解だったね」


 ふっと目元を細めたフライが、手のひらを私の頬に優しく当てて優しく笑った。


「くそ、このガキがよくも……っ!お前達、皇女を逃がすな!!!」


「ーっ!詳しい話は後だ、一旦引くよ!キールも来るんだ!」


「うん!」


「は、はい!」


 私を拘束してた縄は、フライがパチンと指を鳴らすと風の魔力でスパっと切れた。

 そのまま皆で十六夜の塔に飛び込んで、長い螺旋階段をかけ上がる。

 フライの蹴りで血が出ている鼻を押さえながら下でローブの男がわめいている声や、武器を持った下っぱたちが迫ってくる物音が静かだった塔に響く。


「どうして上って来れるの?結界は!?もう0時を過ぎたのに!」


「このエリアに結界を張るためには十六夜と月詠の両方の塔に陣が必要なんだよ。結界が起動していないのはどちらかの陣が意図的に消されたからだ」


「それって……!」


 試練前に十六夜の塔(こっち)に入れたのは私だけで、私は魔方陣なんて消してない。なら、消されたのは月詠の方の魔方陣だ。それが出来た犯人は、つまり……!


「このっ……逃がすな、撃て!!」



「フローラ!伏せて!!」


「え!?痛っ!!!」


 矢の様に鋭く飛んできた火の玉に足首を焼かれて、踊り場に盛大に倒れ込む。

 しまった。浮かんだ疑惑に気を取られて、背後からの攻撃に反応しそこねた……!

 フライが駆け戻ってきて正面に屈み、私の火傷した足首に触れる。


「……っ、この足じゃもう走れそうに無いね」


「うん、この緊急時にごめんなさい!このままじゃ、……っ!」


「謝らなくていい。丁度そろそろ、返り討ちにした方が早いんじゃないかと思ってた所だ」


 私の唇に人差し指を当てて言葉を制したフライが笑いながらメイド服を脱ぎ捨てそのま階段へと向き直る。

 あー、脱いじゃった……なんて残念がってる場合じゃなくて!丸腰な上、ワイシャツとズボンしかはいてはい軽装で大人(しかも大人数)と戦う気なの!?


「迎え打つってあの人数相手に!?危ないよ!」


「危ない?冗談だろう、僕を誰だと思ってるんだい?」


 『危ないのはむしろ彼らの方さ』と勝ち気に笑いながら、メイドのフリのためにひとまとめにしていた髪をフライがほどく。自由になった翡翠色の髪が、月明かりにはえてふわりと宙を舞った。か、カッコいい……!


「私、フライのこと出会って初めて今カッコいいと思った……!!」


「自分もです……!」


「あぁそうかい、君たちが普段僕をどういう目で見ていたのかよーーっくわかったよ!!ーっ、屈んで!!」


 その鋭い指示に私とキール君は頭を抱えてその場にしゃがむ。頭の天辺すれすれの位置を通過した大きな炎の塊が、塔の壁に激突して巨大な穴を開けた。恐っ……!!


「……仕方ない、キール、行って。ミリア嬢は僕の執事が保護しているから」


「……っですが!」


「いいから行くんだ!」


「……っ、ありがとうございます!」


 フライに発破をかけられ、開いた大穴からキール君が飛び降りる。ってちょっ、待っ、ここ高さにしてビルの10階位だけど大丈夫なの!?あ、風使いは空飛べるから大丈夫なのか……。

 びっくりして固まったその背後で、追い付いてきたローブの男がカツンと杖を鳴らす。


「さぁ、追い付いたぞ……!!」


 以前戦った後にもあの男が飲んでいた、淡く輝く不気味なポーション。それを一気に飲み干したローブの男の狂気的な瞳が私達を、いや、”私”を捕らえた。

 同時に下には戻れないよう、男の部下達が壁のように立ちふさがり、魔力を溜めた杖の先端を私に向けた。


「逃がさないぞフローラ皇女。私が今の地位より更に高みに昇る為には貴方のその力が必要なのだから!!!」


「どうしてそこまで……っ、え、フライ!?」


 向けられた杖先から庇うように目の前に立ったフライの腕が、私の腰を抱き寄せて囁いた。


「絶対に、僕から離れないで」


「え……っ」


「おや、聡明で理知的と名高い風の皇子がまさかこの圧倒的に不利な状況でその娘を譲らないおつもりか!?」


「あぁ、もちろんそのつもりさ」


「そうですか、非常に残念です。類を見ない神童と名高きフライ皇子をこの場で消さなければならないなんて!!」


 腰に回されたままのフライの腕にぐっと力が籠るのと、叫んだローブの男の杖から砂嵐が吹き荒れたのはほとんど同時だった。

 荒れ狂う砂嵐が、塔の壁を造る煉瓦をバキバキと吹き飛ばしていく。


(すっごい風!これじゃ息が出来ない……!)


 吹き飛ばされないようフライの胸にしがみつくしか出来ないから見えないけど、攻撃をされてる気配はある。

 私を抱えたままなのに、フライは狭い階段で飛び交う攻撃を華麗にかわしきっていた。流石……!


「この……っ、ちょこまかと動き回らずさっさと皇女を渡せ!!聖霊女王の指輪があれば聖剣を見つけるのも容易い。そうすれば私は誰よりも高みへ……っ!!?」


(え、“聖剣”って何の話……!?)


「さて、お遊びはこの辺りにしようか」


 と、ふわりとローブの男達の背後に降り立ったフライが、笑ってパチンと指を鳴らす。


「な、何だこの風は、止め……っ」


「高いところが好きなんだろう?なら存分に味わえばいい。それでは、よい空のフライトを」


 フライの魔力が渦を巻いて巨大な竜巻に変わる。抵抗すら許されないまま天高く吹き飛ばされていった敵を見送り、フライがくすりと笑みを浮かべる。


「だから言っただろ?『危ないのは彼等の方だ』ってね」


 その言葉にコクコクと頷きながら、私はこの人だけは敵に回してはいけなないと思い知ったのだった。



    ~Ep.93 敵に回したくない男~


  『余裕綽々薄ら笑いで、風はすべてを吹き飛ばす』


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