Ep.91 閃光の髪飾り

 町側への道は敵に塞がれていたので、私達は来た道を十六夜の塔の方へと引き返すことになった。でも、キール君は足を痛めているようであまり長く走れない。とにかく、一旦何処かに身を潜めた方がよさそうだ。塔にも追っ手が先回りしてるかも知れないしね。

 特に木々が密集してわりと隠れやすそうな場所を見つけ、その影にしゃがみこむ。幸い丁度月も雲で隠れて辺りも暗いし、少しは時間稼ぎになりそうだ。茂みに紛れながら、辺りの気配を伺った。


「……撒いたかな?」


「えぇ、恐らくは。しかし森自体広くはないですし、追い付かれるのも時間の問題かと……痛っ!」


「ーっ!大丈夫!?」


 辺りを伺おうと立ち上がろうとしたキール君が、痛みで再びうずくまった。やっぱりさっきローブの男にやられたダメージが大きいんだ。こんな身体で、敵に塞がれた町までの道を切り抜けて逃げ切るのは無理だわ。どうしたら……!


「いたッ!」


 自分の無力さが歯がゆくて握りしめた礼服の裾。布越しに固い感触が掌に刺さってつい声を出してしまった。ポケットのなかを探ると、出てきたのは懐中時計だ。そっか、試練の開始時間がわかるよう持ってきてたんだっけ。


 パカッと開いて時刻を確かめる。うわっ、試練開始の0時まであと10分もない……!一分でも遅刻したら、自動的に塔に結界が張られて入れなくなっちゃうのに。


「あれ?」

 

 そういえば、アクアマリン教会の人達は聖霊女王の指輪を欲しがってるにも関わらず、どうしてわざわざキール君を使って私を十六夜の塔から遠ざけたのだろう。しかも、こんな試練開始ギリギリの時間に。

 試練が終わって、私かマリンちゃんが指輪を手にいれたタイミングで浚いにきた方がよっぽど話が早いだろうに。


「ねぇキール君、私を呼び出す時間帯も、悪い人たちから指定されてた?」


「……はい。必ず、試練開始の0時ギリギリに連れ出せと。 申し訳ありません……」


「謝らないの!貴方の意思じゃなく、ミリアちゃんを人質にされて仕方なく従ったんでしょ?それより、そうか、それならまだ逃げ道があるかも……!」


「え?」


 キール君の答えで、頭に浮かんでいたあるひとつの仮説が確信に近くなる。


 試練のために十六夜と月詠の塔に張られる結界は、フローレンス教会の導師アステルが塔に設置した魔鉱石と聖なる力を持って作り出す特殊なものだ。もしこの結界の中にあのローブの男達が入れないのだとしたら、わざわざ試練開始直前に私を誘きだしたことも説明がつく。

 

「つまり、結界が張られるそのタイミングで塔の中に飛び込んでしまえば、もう奴等はこっちに手出し出来ない筈よ!」


「なるほど、それならば……っ、フローラ様!」


「え?ーっ!!!」


 希望を見いだしたそのタイミングで切羽詰まったキール君の声に名を呼ばれて、振り返る。その瞬間、生い茂る草を突き抜けて延びてきた武骨な手に首を絞められた。ギリッと音がしそうな程に容赦ない力で首を絞められたまま、身を潜めていた茂みから持ち上げられる。息苦しさで涙が滲んで歪む視界の先に居たのは、少し焼け焦げたローブをはためかせる男だった。

 苦々しいと言わんばかりに表情を歪めたローブの男が言う。


「よく結界のことにまで気づきましたね。これだからライト皇子と言い貴女と言い、王族の子供は聡くて嫌になる……、さぁ、鬼ごっこはおしまいです。一緒に来て頂きますよ、皇女様!」


(くっ、息が……っ!)


「……っ、その手を離せ!」


「うるさい、この役立たずが!お前にもう用は無い!!」


 剣を抜いたキール君がローブの男に切りかかったけれど、足を痛めていて剣に勢いが無い上に大人と子供の力差のせいで蹴り一発でぶっ飛ばされてしまう。


「キー……君、逃げ……っ!」


 駄目だ、『逃げて』って言いたいのに、首が絞まってるせいで声が出ない。


「いいえ、出来ません。元はと言えば、私のせいなのだから……、例え力及ばずこの場で斬り捨てられようとも貴方だけでも逃がさなくては……!」


 そう言ってよろりと立ち上がったキール君に、面倒くさそうにローブの男が私を地面に投げ捨てる。砂利の上を勢いよく転がった痛みで顔が歪む。


 擦りむいた手足が痛い。でも、一時的にだけど解放された。逃げるなら今だと立ち上がろうとした私の背中を、ローブの男が容赦なく踏みつける。


「痛……っ!」


「おっといけない、肝心の獲物逃げられては堪らないですからね。人質を用意しに行かせた下っ端共も戻りませんし……仕方がない、逃げられない為の保険として足でも片方折っておきましょうか……ぐぁっ!」


「ーっ!!?キール君!!!」


 男の頭を後ろからキール君が剣の鞘で思い切り殴ったことで、再び私は解放された。痛みによろけたローブの男の足にしがみついて、キール君が叫ぶ。


「……っ!私が足止めします!もう時間が無い!今の内に十六夜の塔までお行きください!!」


「何言ってるの、出来るわけないでしょうそんな事!」


 多少普通の子より強くてもまだ年相応な戦闘力しか持たないキール君と、あからさまに実践に慣れているローブの男。この状況で彼を一人置いていったらどうなるか……キール君だってわかってないわけがないだろうに。


「この捨て駒が、余計な真似を……っ!」


 頬に血を垂らしたローブの男が殺意の籠った眼差しをキール君に向ける。その手には鋭い短剣が握られていた。


「キール君……っ」


「来てはなりません!!!」


 駆け寄ろうとした私にそう怒鳴り、キール君が指を鳴らした瞬間。私が立つ位置と、ローブの男とキール君が立つその間が強風によって隔たれた。これじゃ助けに行けない……!


 荒れ狂う風の向こう側で、剣を振り上げたローブの男に対峙したキール君が私を見て一瞬だけ笑った。その表情で、この風の壁がローブの男に私を追いかけさせない為に、彼が最後の魔力ちからを振り絞って作り出したものなのだと気づく。


「……一度でも闇に手を伸ばし、道を誤った罰でしょう、未練はありません。ただ、どうか可哀想な彼女は、ミリアだけは救ってあげてください」


 『お願い、しますね』


 風で声なんてほとんどかき消されている中で、ローブの男が短剣を振り回すのをかわしきれずに傷ついていくキール君が呟いたその懇願だけが、酷くハッキリと聞こえた気がした。


 このままじゃ、また誰かが犠牲になる。あのときと同じように。どうして!?私が無力だから……また誰かが死ぬの……?


(ううん、そんなの嫌だ……!)


 考えろ、考えろ、考えるんだ!ミリアちゃんの為にもキール君は死なせない、私だって、元気に皆の所に帰るんだから!


 何か、何か一瞬でいい。さっきの霧みたいにローブの男の視界を遮る何かを出すことが出来れば良いんだけど、でも今の男は先程の件を警戒してか松明もランプも持っていない。私の水の魔力だけじゃ、霧は作れない!こんな時、炎の使い手が……ライトが居てくれたら……!


 そう思って、無意識に右手で後頭部に着けていたバレッタに触れた時。これを貰ったときのライトの忠告がふと、甦った。


『これさ、暗いところで魔力を込めるとハートの石の部分が光るんだと。でもあんま一気に込めるなよ、“光りすぎて目を痛める”から』


 これだ!!!


「ライト、ごめん……っ!」


 ハーフアップを留めていたそのバレッタを外して、ぎゅっと握りしめてありったけの魔力を籠める。


「キール君、目を強く瞑ってて!!!」


 そう叫ぶと同時にバレッタを思い切りローブの男の顔に向かって投げつける。目も焼けるような閃光が、真夜中の森を引き裂いた。


   ~Ep.91 閃光の髪飾り~














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