Ep.84 二人の巫女と指輪の試練

 弾けるように瞬いた金色の光の出所は、私が手をついてしまった水晶の中心に埋め込まれた指輪で。たくさんの小さな粒子となったその光は小さな竜巻になって私の体を宙に浮かべた後、体の中に吸い込まれるみたいに消えていった。


「な、何だったの今の……」


「一体何事ですか!?」


 浮かび上がっていた爪先がゆっくり床に着いて一息ついた時、無地だった壁にいきなり扉が現れてそこから人がなだれ込んできた。白地のシルクに金糸の刺繍が入ったケープを羽織ったその人たちは、指輪を代々護ってきたフローレンス教会の役員さん達だ。

 人数が多すぎて扉の向こうはまるで通学時間の満員電車みたいだ。うわぁ、暑苦しそう……。


「信じられません、まさか待ちに待ち望んでいたこの日に、新たな巫女の候補が二名・・も現れるだなんて……」


 呆然としてるような、でもどこか喜色を浮かべた声がそう呟いた瞬間、満員電車状態だった人混みがざっと真っ二つに割れた。モーゼの海割りのごとく人波の中央に出来た道を、ゆったりとした動きで一人の人が歩いてくる。


 私の真正面まで来て顔をあげたその人は、三日月を象った杖を持って、百合の刺繍が入った神父服キャソックをまとったまま穏やかに微笑んだ。

 この格好、ライト達が儀式に向かう前に教会の幹部の人が説明してくれた、フローレンス教会のトップの証の服装と同じだ……。つまり、この人は。

 


「はじめまして、澄み渡る水の都“ミストラル”の皇女様。私は、フローレンス第一教会の最高指導者……“導師”の立場を賜っております、アステルと申します」


 予想した通り、この人こそ今回の儀式、およびお祭りの最高責任者だ。そして私は今、本来ならば立ち入り禁止のはずの、しかも大事な大事な聖霊の巫女の指輪が置かれた塔の秘密の部屋で妙な光を炸裂させたばかりである。そこから導き出せるこの後の展開はただひとつ。


 お・こ・ら・れ・る!!!!!


 サーッと血の気が引く気持ちの中慌てて振り向くと、ブランはすでに開け放たれた窓から大空へと飛び立ったところだった。逃げたな!!?怒られるときは一緒に怒られようって言ったのに!!……断られたけど。 

 うぅ、仕方ない。理由は何にせよ悪いことしたんだから、謝らなきゃ……!


「お、お初にお目にかかります、導師アステル。わたくしはフローラ・ミストラルと申します。この度は、勝手に塔に入った挙げ句、“聖霊女王タイターニアの指輪”の水晶に偶発的とは言え手を触れてしまい、誠に申し訳ございませんでした!」


「そうですか、やはり、貴女が……」


 ばっと頭を下げた私を見下ろしたまま、導師様が意味深に言葉を切った。そう言うの止めてーっ、次に何を言われるんだろうってドキドキしちゃうから!!


「そんなに恐縮ならないでください、フローラ様。塔への侵入の経緯など、最早些細なことです」


 頭を下げたまま緊張でびくびくしていたら、思いの外優しい声が降ってきた。顔をあげた私に、導師様が杖を持っていない方の手を差し出す。


「それよりも、大切なお話がございます。着いてきて頂けますね?」


 優しいけれど、優しすぎて逆に逆らえない。そんな声音に導かれるように導師様についていった私が連れていかれたのは、聖・フローレンス教会の本部。つまり、新たな巫女を選ぶ儀式の間だった。


 ギィ……と軋む扉から中に入ると、丸い水晶を高く掲げる女神像の前にはライト、クォーツ、フライの皇子トリオが居て。そのすぐ近くには、儀式で新たな巫女に選ばれたであろうマリンちゃんが立派な白いドレス姿で立っていた。マリンちゃんの隣には、彼女のファンである生徒会長もぴったりとくっついている。


「嘘でしょ、何であの女がここに来るわけ……!?」


 こちらを見たマリンちゃんの口が小さく動いた気がしたけど、声までは聞き取れなかった。



 本来なら入れない筈の私がこの場に現れたことに皆が驚いた顔をする中、最初に私に対して声をあげたのは怒り顔のライトだった。


「フローラ!お前どこ行ってたんだよ、祭りの方まで行って探したんだぞ!待ってろっつったのに……!」


「ごめんなさい、これには色々訳が!……ってちょっと待って、皆先にお祭り行っちゃったの!?私結局行ってないのに!!」


「仕方ないだろ、儀式が終わってもお前がいつまでも来ないからてっきり待ちきれなくて先行ったのかと思ったんだよ!」


「信用の無さたるや……!うぅ、酷い。ちゃんと待ってたのに皆だけお祭り見てきたなんて……!!」


「拗ねんなよ!土産は買ったから後でやるから!……それより、一度は儀式が終わって解散した俺達が再集合させられたこの場に、儀式には参加しなかったフローラが何故呼ばれたのか俺は知りたい。勿論ご説明いただけるよな?導師アステル!」


 私とのじゃれ合いから一転、さっと皇子に気持ちを切り替えたライトが真剣な面持ちになり導師様を見る。


 私を中に促した後、扉のところで足を止めていた導師様は、ライトの問いかけにうなずきゆっくりと歩いて女神像の前にある祭壇へと登った。


「勿論です、そのために、この大陸を担う4大国の未来の王たる貴方たちにもお集まり頂いたのだから」


 導師アステルは穏やかな微笑みのまま、全員の顔をゆっくりと見回す。


「時は来た……。指輪に導かれし新たな巫女となりし二人の少女よ、貴女方には今夜、どちらが真の聖霊の巫女かを選ぶ試練に挑んでいただきます!」


 その微笑みを一瞬で消し、背後に立つ女神像に向かって手にしていた三日月の杖を高く掲げた導師アステルが、高らかにそう宣言した。


 “試練”って、一体何のことですか??


   ~Ep.84 二人の巫女と指輪の試練~


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