Ep.82 パフェなら仕方ない

 翌日、スプリングのお祭り会場に着いた私は、ちょっとびっくりさせてやろうとライトに駆け寄って背中から飛び付いた。


「うわっ!!?」


「ライト、皆もおはよう!」


「おはようじゃねーよ、いきなり抱きついたら驚くだろ!!……ったく、元気じゃないか」


「うん!ライトのお陰だよ、ありがとう!!」


 心から笑ってお礼を伝えたら、ライトは笑ってポンポンと頭を撫でてくれた。その手を堪能したあと、小さくガッツポーズを作って宣言する。


「私、まずはライトや皆に頼らないで自立出来るように頑張ってみるね!」


「ーっ!?」


 その瞬間、ライトがぴしっと固まった。

 どうしたんだろう?と首を傾げた私の両肩を掴んで、ライトが何か言いたげに口を開く。でもその途中で、フライに引っ張られてライトから引き剥がされた。


「そこまでにしておきなよ、こんな往来で騒いでいたら迷惑になるだろう?それより祭りの前に会場付近を案内するよ、気球を用意してあるから」


 設置された魔鉱石に魔力を送り込むとそれをエネルギーにして自由自在に飛ぶことが出来る、こちらの世界ならではの気球。フライが指差した少し先の広間にある気球に、一気にテンションが上がる。


「わーっ、私気球なんて初めて乗るよ!」


 元気に気球に向かって駆け出すフローラを見つめて、ライトは頭を抱え呟いた。


「どうしてそうなったんだよ……!」


「御自身で頑張ろうと言うフローラ様の意気込みはご立派ですが、女性に頼られたい男心から見るとあのお返事は検討外れですからねぇ……。前途多難ですね、殿下」


 フローラの『頼らない』宣言に自分が何故落胆しているのかまだ微塵も気づかない鈍感すぎる主人ライトの背中を擦りながら、まだ恋にすらなっていない主人の想いの先行きが不安になるフリードだった。








 フライが魔力を込めて飛ばしてくれた気球から、聖霊の巫女の祭りが行われる街を見下ろす。バザーを行う商店街や、聖霊の巫女様の指輪を管理しているフローレンス教会の本部の建物なんかがよく見えた。景色を楽しみながらも、ふと思い出す。


「あれ?そう言えばキール君とミリアちゃんは?」


「あぁ、儀式で巫女が見つかるかどうかわかるのは祭りの二日目……つまり、明日の夜だからね。それまでは、街にある宿で休ませているよ」


「そっか……」


 一日も早くミリアちゃんが元気になるといいな……と俯いたとき、ふと視界の端に町外れにある高い建物が入り込んだ。

 二つの柱みたいに並んで空に伸びている東京タワー位の高さの建物、一本は白、もう一本は黒い。


「あんな高い建物、こっちじゃ初めて見た……っ!?」


『何が救いよ、何が癒しよ、こんな救いのない世界、燃えてしまえばいいんだわ!』


 一瞬、ぐらっと目眩がしたと思ったら不意に耳いた悲痛な叫び声。その声に重なって、青空に向かって佇む二つの塔が一瞬業火に包まれている姿が見えた気がした。何、今の。白昼夢……?


「フローラ、どうした?大丈夫か」


「うん、平気だよ、ありがとう!ねぇフライ、あの建物は何?」


「あぁ、あれは月詠の塔と十六夜の塔。もし巫女の後継者が現れた場合に、水晶に封じ込めた指輪を取り出すために使う施設らしい。近づいちゃ駄目だよ、立ち入り禁止だから。まぁ、まず建物の周り自体にメビウスの結界が張られているから近付くことすら出来ないだろうけどね」


 その説明で思いだした。ゲームでは、ヒロインが儀式で水晶に触れて中2チックな台詞を言ったあと、彼女が聖霊の巫女の指輪に選ばれた証として指輪は金色の光を放つ。しかし、そのままでは水晶に閉じ込められたままの指輪をはめることは出来ないので、指輪の封印を解かないといけないのだ。この時にも、私が育てたあの魔法のお花の香水が必要になる、どうやらその香水が、本来封印解除に必要な“聖霊の巫女の血”の代理品らしい。

 話が逸れた。塔の話だけど、その名前だけはナレーションで出て来てた。儀式で巫女としての資質が認められたヒロインは、翌晩町外れの神聖な塔にて指輪の封印を解く。そしてそこで、ようやく彼女が新しい聖霊の巫女になる……って。


「地上に着いたよ、フローラ。ぼんやりしてないで降りよう?」


「クォーツ!ありがとう」


 キリがいい所まで思い出した所で、丁度気球が地上に着いた。先に降りていたクォーツが手を差し出してくれたので、その手に支えられながら気球から降りる。


 降り立った場所は教会本部の真正面。儀式に出る巫女候補の衣装に身を包んだマリンちゃんは、私と目が合うとゆっくり微笑んで儀式のために教会に入っていった。

 時計を見上げたライトが、ちらっと私を見る。


「もう儀式が始まる時間か……、俺達はいかないとならないけど、お前はどうする?」


「私は元々生徒会役員じゃないし、儀式自体には出ないって決まってたから教会には入れないわ。でも気にしなくていいよ、皆が式典に出てる間に、私は一人でお祭り堪能してくるから!」


「「「ひとりで!?」」」


 何が売ってるかな~とワクワクしながら言った何気ない言葉に、フライとクォーツまで声を揃えて反応してきたからびっくりした。


「えっ、な、なに!?」


「何じゃねーよ!ひとりで行くなんて危ないだろ!!」


「えぇ?大丈夫だよ~、ちょっと見て回るだけだし」


「いや、僕もライトに同感だな。祭りと言うのは人気が多いし、怪しい者が紛れ込んでいてもわかりにくい。危険だよ」


「フライまで……!」


「うん、フローラ可愛いから、人目にもつきやすいしね。ひとりは流石にやめた方がいいと思うなぁ」


 普段口うるさくないクォーツにまでダメ出しを食らってしまった。皆ちょっと過保護過ぎるよ……!


「ほら見ろ、一人でなんて絶対に駄目だ。式典が終わったら一緒に行くから、それまでは教会の近くで時間潰して待ってろ」


「うぅ、でもそれじゃ結局またライトたちに甘えてることになっちゃうじゃん……!」


 自立作戦の第一歩の意味もあって一人で行こうと思ってたのに!とぷくーっとほっぺたを膨らます。


「やっぱり、私ひとりで行くから……「俺達が来るまでいい子で待ってたら、スプリングにしかないチョコレート専門のカフェ連れてってやるぞ!」えっ!!?」


 『ひとりでも大丈夫な所見せてやるんだから!』と意気込んでいたやる気が、食いぎみにライトが言ってきた甘い誘惑に揺れる。

 ここでしか食べられないチョコレート……!


(いっいや、ダメダメ!子供じゃないんだから、こんな誘惑に負けるもんか!)


 ブンブンと首を振って、頭に飛び交う煩悩達を振り払う私。

 それを見て舌を鳴らしたライトが叫んだ。


「今なら、この時期限定のパフェもつくぞ!!」


「いい子にして待ってます!」


「よし!」


 その瞬間、やる気は煩悩に敗北した。


   ~Ep.82 パフェなら仕方ない~


  『私はライトに負けたんじゃなく、あくまでパフェに負けたのです』








《おまけ フローラが去った直後の皇子トリオの会話》



「はぁ、フローラが納得してくれて良かったよ。ったく、あいつは本当に手がかかる……!」


「見事な説得だったね、お疲れ様」


「またそんなこと言っちゃって~。手がかかる子ほど可愛いって言うし、ライトだって本当はフローラが可愛くて仕方ないんでしょ」


「まぁな」


「「ーっ!!」」


「え……?あっ!!」


 からかうようなクォーツのその言葉に反射的に答えてしまったライトが、一気に赤くなった顔を片手で覆った。


「いや、待ってくれ。違うんだ。反射的につい……!」


((いや、何も違わないだろその反応))


 あからさまに顔を赤くして動揺するらしくないライトの姿にそう思いつつ、モヤモヤしてしまうフライとクォーツだった。





 


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