第三章 主人公の定義

Ep.80 “運命”からの警告

「いよいよ最後の一輪か……感慨深いなぁ」


 いつもの面子とはもちろん、ミリアちゃんとも親しくなって楽しい一年生が終わって、進級して中等科二年生になった四月の末。私は空中庭園で春の花“桜”を咲かせた魔法の木を見上げて、感慨に浸っていた。

 一年間お世話を続けた魔法の木に咲いた四季の花。その最後のひとつである桜が透明な香水に沈むと、瓶が一瞬淡く輝いて香水は虹色のグラデーションに変わった。


「よし、儀式の香水かんせーいっ!!」


 これで私の任務は完了だ。割れないように特殊な小箱にしまった香水瓶と空中庭園に出入りするための鍵になっているバッチは学院長にお返しして、あとはお祭りの日を待つのみ!

 何か進学してから馬の暴走に巻き込まれたり、地味な嫌がらせを繰り返されたり、キール君に勘違いから攻撃されちゃったりと色々あったけど、無事ここまでこれて良かったー!


「よしブラン、帰るよー」


「あれ、珍しい。皆の所には寄ってかないの?」


「うん、お祭りが来週に迫ってるから生徒会の皆は忙しいみたいだからね。今日まで頑張って早起きしてきたし、今夜は久々にゆつまくり寝よ!」


 安心しきってブランを抱っこしながらご機嫌で帰宅した私は忘れていた。嵐の前と言うものは、拍子抜けする位に静かなんだと言うことを。

 そう、いつだって事件は、気が緩んだときにこそやってくるものなのである。








 翌朝、久々にゆっくり朝の支度をしていた私の部屋に、顔を青くさせたレインが飛び込んできた。


「フローラ、大変なの!空中庭園にすぐ来て!!」


「えっ!?」


 ノックも忘れるほどの大慌てで飛び込んできたレインに連れられて空中庭園に行くと、そこには学院騎士団の人々と生徒会の面子が揃っていた。

 一旦足を止めて深呼吸をして“皇女”に気持ちを切り替えてから、落ち着いた足取りで彼等に近づく。


「おはようございます、皆様。一体何事ですか?」


「ごきげんよう、フローラ。実はね……」


「ーっ!」


 始めに私に気づいて気まずそうな顔をしたクォーツが一歩横にずれてくれる。空いたその場所から空中庭園を覗き込んで、言葉を失った。昨日までは色取り取りの花が咲き誇った憩いの空間だったそこが、上から下までズタズタに切り裂かれた無惨な姿になっていたのだ。そして、何より壁に刻まれているその文字に、背筋が凍る感覚がした。


「酷い……、誰がこんなことを」


「例の花が無事に育て終わったと聞いて僕らも学院長に鍵を返そうと思って、最後にちょっと庭園の様子を見に来たんだ。そうしたら既にこの有り様だった。不幸中の幸いは、儀式の為の香水がもうここにはなかったことだね……」


「第一発見者の皆様!お手数ですがもう一度発見した時の状況をお願いします!」


 第一発見者はクォーツとライト、フライの三人だったらしい。痛ましいなんとも言えない表情をしている三人が衛兵に呼ばれて去ったあと、一人の先輩がマリンちゃんを引き連れて私の方にやって来た。生徒会長だわ、この人。

 顔立ちはかなりのイケメンさんなんだけど、その笑顔が妙に胡散臭い気がしてちょっと身構える私。


「やぁ、わざわざご足労いただいてすまないね、フローラ皇女」


「いいえ、大丈夫ですわ。ところで……」


「単刀直入に聞くけど、君は夕べどこで何をしていたのかな?」


「……っ!」


 『なぜ私を呼んだのか』。それを聞くより先に投げつけられたのはそんな言葉だった。


「自室でゆっくり休んでおりましたわ。何故そんなことを聞かれるのでしょう?」


「いやね、何分生徒の中でここへの出入り権限を与えられていたのは彼等と貴女だけだったと言うじゃないか。その上で彼等には夕べのアリバイがきちんとあることを踏まえると、疑う訳じゃないんだがどうしても……ね?」


「やだわケヴィン様、そんな聞き方したらまるで疑ってるみたいじゃない。フローラ様が可哀想よ。せめて理由くらい聞いてあげるべきだわ」


 ってその物言い、思いっきり疑ってるじゃないの!会長にしなだれかかりながら諌めるようなことを言うマリンちゃんも、『でも、出入りが出来なきゃ荒らしようがないですよね……』とわざとギリギリ私に聞こえるくらいの声で呟く。明らかにアウェイな状況に、うんざりした。何でなにもしてないのに疑われなきゃなんないの!?

 いや落ち着け私、人目もあるここで逆上したって余計疑われるだけだと自分を落ち着かせて、ふと思い出す。そう言えばゲームでも同じような事件があったから、私もきっと犯人を知っている、思い出さなきゃ。

 真犯人さえわかれば疑いも晴れる筈だ!と必死に記憶を呼び起こして真犯人の名前を探す。そう、ゲームで聖霊の巫女としてマリンちゃんが選ばれることを危惧して、魔法の香水を破壊する為に忍び込んで暴れたのは、悪役皇女のフローラだった。


(なーんだ、犯人フローラかぁ、思い出して良かった良かった……って良くないよ!)


 フローラは今私だ!!これじゃなんの意味もない!!!


「い、いや、でも私じゃありません!!!」


「しかし、実際他に容疑者も居ないんだろう?ライト・フェニックスを始めとして彼等も皆君をかばい立てて居るし、疑わしいならば祭りへの君の参加を止めさせようと言う意見も懸命に突っぱねているようだがその事をどう思う?貴女は魔力も弱く力もなく、特段秀でた何かも持たない。そんなご自身に、彼等にそこまでしてもらえるだけの価値があるとで……も!?」


「ケヴィン様!!」


「ライト!?」


 なにもしてないのにあたかも犯人みたく扱われて流石に腹立つから迎え撃つ気満々だったのに、その前にいきなり会長が盛大にスッ転んだ。会長の背中側から足を引っ掻けて転ばせたらしいライトが、倒れた会長を見下ろして冷たく微笑む。


「いきなり何をするんだ、危ないじゃないか!」


「申し訳ありません、何分足が長いもので……会長にはわからない悩みでしょうけど」


「なっ……なんだと!!?」


 フッと鼻で笑ったライトの謝る気0の謝罪に、会長の顔が真っ赤に染まる。実際、怒って立ち上がった会長よりもライトの方が背が高いのは一目瞭然だった。


「事実でしょう?それよりも、彼女は昨日の昼の時点で我々より先に学院長に空中庭園の鍵を返却しています。皆が聞いているこのような場所で彼女にあらぬ疑いをかけるのは止めて頂きたい!」


 鋭い一喝に、会長もマリンちゃんも押し黙った。完全に形勢逆転だ。

 周りからもひそひそと漏れ聞こえてくる声に、『とにかく!彼女の聖霊の巫女の儀への参加は認めないからな!!』と捨て台詞を吐いて会長が逃げ出す。


「どけ!」


「きゃっ!」


 怒濤の展開にポカンとしていたせいで、逃げようとした会長に突き飛ばされて転んでしまった。尻餅をついたおしりを擦りながら立ち上がろうとした私に、何故かマリンちゃんが手を差しのべてきた。


「大丈夫ですか?ごめんなさい、本当にフローラ様を疑った訳じゃなかったんですけど、ケヴィン様も正義感が強い方だから、犯人を早く見つけたいだけなんだと思うんです……」


「マリンさん……」


 しょぼんとして眉を八の字にしているその表情は可憐なヒロインそのものだ。公式設定でも天然ちゃんだったし、聖霊の巫女に選ばれるくらいの子だし、さっきの発言にも本当に悪意は無かったのかも。そう思い直して差し出された手を掴む。マリンちゃんは微笑んで、私を引っ張って立たせてくれた。


 ありがとうと言おうとした私の耳元に然り気無く顔を近付けたマリンちゃんが囁く。


「でもフローラ様って、ライト様達に守ってもらわないと本当になーんにも出来ないんですね」


 他の誰にも聞こえないくらいの小声だった筈のヒロインの言葉が、心の深い位置に突き刺さったような気がして言葉が出なくなる。


「色々心配事もありますけど、来週からのお祭り楽しみですね!」


 そう言い残して笑って走り去ったマリンちゃんに、私は何も言い返せなかった。


   ~Ep.80 “運命シナリオ”からの警告~


 壁に刻まれた『運命からは逃げられない』と言う文字が、“悪役”に転生した私への呪縛のように感じた。


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