Ep.19  “きょうだい”の形


 先日の話だ。四年生に進級してからしばらく経ったある日の放課後、私が担当して管理していた花壇が何者かに荒らされた。




 そして、誰がやったのかと空気が不穏になりだしたそのタイミングで誰かが言ったのだ。




 『ルビー王女がスコップを持って花壇の近くに居た』と。




 その言葉を聞くなり野次馬がワッと騒がしくなったので、誰が叫んだ言葉かはわからない。口調と声色から、多分男の子じゃないかなとは思うけど……。





「まっ、待って!ルビーは……、妹はそんなことはしません!!」




 ルビー王女犯人説が急速に広まった中で、あの時クォーツ皇子がそう声を張り上げた。


 彼が四大国のひとつの王子であることと、普段は全く声を荒げない温厚なクォーツ皇子が叫んで抗議したことから、その時の野次馬達はすぐに黙って散っていったんだけど……。




「……僕は妹を探してくる。フローラ、話は……」




「わかっています。早く行ってあげて下さい!」




 そう言って別れた後、クォーツ皇子は結局ルビー王女に会えなかったみたいで、翌日わざわざ三年生の教室に行ったらしい。


 でも、その日以降ルビー王女が私に悪意を持った行動をしていると言う話が広がっていたからか、彼女は兄に一切接触しなくなった。




 そして現在、私は先週の休日にライト皇子にアドバイスされた通りに生徒会室を訪れている。




「と、言うわけで、このままにはしておけないと思うのです」






「なるほど、確かに由々しき事態だね……」




 私からことのあらましを聞いたフェザー皇子は、漏れるため息を一緒に飲み下すかのようにアイスティーを多めに飲んでから、私の目を見つめた。


 ちなみに、今居る場所は初等科の生徒会室だ。他の役員生徒たちも居ないので、話を聞かれる心配はない。


 ありがたい計らいだ、まだたった六年生だとは思えない。




「それにしても……、君のその口ぶりだと、まるでルビーちゃんは確実に犯人では無いと思っているみたいだね?」




「えぇ、その通りですわ」




「――……っ」




 私の答えに、いつも温厚に微笑んでいるフェザー皇子が真顔になった。ライト皇子もそうだったけど、そんなに驚くような事かしら?




 もちろん、お世辞にも親しかったとは言えないけれど、私はルビー王女の人柄くらいは知っている。初めて出会ったあの日と言い、兄であるクォーツ皇子への愛情表現と言い、あの子は誰に対しても真っ向勝負だ。


 影でコソコソとした陰険な苛めに走るタイプじゃないと思う。


 あぁ言う行動に走るのは、大抵表向きは仲良くしている子かまるで関わったことがない子かのどちらかだ。散々やられてきた経験者にはわかるのですよ、ふふん。


 そう心のなかでドヤっていると、ゆったりと足を組んで頬杖をついたフェザー皇子が私をじっと見つめた。




「君は……」




「……?はい、なんでしょう?」




「いや……、何でもない。それより、嫌がらせの犯人についてだね。具体的には、花壇以外の被害はあるかい?」




「そうですわね……、基本は大丈夫ですわ。一度だけ上靴が無くなっていましたので、ハイネ……私のお世話をしてくれているメイドに、鍵をつけてもらうようにしました。それからは特に何もありませんわ」




 ちなみに、靴はただ単に中庭の方に放り投げられていただけだったので大した被害にはならなかった。


 それにしても、どんな世界に行こうが苛めのレベルなんて一緒だなぁ……。




 フェザー皇子は、私の答えに『そっか……。』と呟いてから、悩むように視線を上に動かす。そして、一度瞼まぶたを閉じてから、改めて私にこう言った。





「被害者である君にこう断言するのは失礼かも知れないけど、僕もルビーちゃんはそんなことはしないと思う」




「はい」





「今回の件は、僕が一度直接二人に聞いてみる。噂の方は……」




 そっちは多分、真犯人が見つからない限り完全には消えないと思う。




「人の噂と言うものは、適当なお話が多いものですわ。払拭することは難しくても、信憑性の薄さをわかってもらうくらいは出来ると思います」




 こっちは、レインやクラスの子達に協力してもらって少しずつ静めて行くしか無い、と言う私の考えを伝えたら、フェザー皇子も同意してくれた。


 そして、当事者である私とクォーツ皇子、そしてルビー王女は、あまり表立って動かない方が良いだろう、という結論が出た所で生徒会室の扉がノックされた。




「兄様、いらっしゃいますか?」




「ーっ!?」




 フライ皇子だ!


 今日は彼は彼で委員会があって来ないって聞いてたからフェザー皇子に直接会いに来られたのに!!




 しかし、頭は良いけどちょっとぼんやりさんなフェザー皇子は、私の焦りに気づかず可愛い弟の訪問にためらいなく扉を開けてしまう。




「あぁ兄様、よかった。少々お話が……、ーっ!」




 そして、開いた扉から中を覗き込んだフライ皇子の瞳が、椅子に座ってアタフタしていた私を捉えた。


 あぁ、気まずい……。




 フェザー皇子と初対面したあの日から約二年、実はフライ皇子とはすれ違う時に挨拶を交わす以外ろくに接触していなかったのだ。どうしよう、なにか変な勘繰りされたら……。




 内心のパニックのせいか、表向きの笑顔を浮かべる事さえ出来ない私。そんな他国の姫と自らの兄が、生徒会室でわざわざ二人で話していたのだ。


 いくらまだ幼いとは言え決して褒められた話じゃないって事は、私にだってわかります。




 あぁ、そんな訝しげに見ないで!もう話は終わったし今すぐ出ていくから!!




「ご、ごきげんよう、フライ様。私、委員会の事で少々生徒会長にお話がございましたの」


 


 私をガン見しているフライ皇子に、“生徒会長”の単語を強調してそう伝える。嘘はついてない、花壇と言う場所が荒らされたのだから、これはある意味ガーデン係りの問題とも言えるのだから。




 でも、フライ皇子は真顔のまま『委員会のお話……ね。』と呟く。普段端から見てると誰と居ても笑顔なフライ皇子、そんな彼の真顔のプレッシャーの凄さよ……!




「こらフライ、女性に不躾な視線を向けるものじゃないよ。それに、彼女の相談はもう終わっているのだから」




 『丁度帰る所だったんだよね』と、フェザー皇子が助け船を出してくれる。


 ありがとうございますフェザー皇子!私はもちろんその舟に飛び乗りますとも!!




「えぇ、では私は失礼致しますわ。お邪魔致しました」




「うん、またね」




「――……」




「フライ、挨拶くらいしないか」




 フェザー皇子に背中を叩かれ、フライ皇子も小さく『ごきげんよう』と呟いた。うーん、やっぱり私には仲のいい兄弟にしか見えないなぁ……。




 そんな事を考えつつも、生徒会室から脱出した。しばらく廊下を優雅に(見えるように必死で虚勢を張って)歩いてから、柱の陰でへたり込む。




 あー、怖かったぁ。正直、悪口やら口喧嘩やらより、無言の圧力の方が断然怖いと私は思うんだよね。


 だって、話さないと気持ちの伝えようがないじゃない。




 とは言え、いつまでもへたっても居られないので、立ち上がってスカートやブレザーのシワを直す。そして、だいたい大丈夫かなと窓ガラスに自分の姿を映して確認しようとした時……




「ーっ、あれは……」




 小さなスコップとバケツを手に、ふたつに結った髪を揺らしながら校舎裏に駆けていく人影が目に入った。




    ~Ep.19 “きょうだい”の形~




    『……何故にバケツ?』

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