Ep.15 私の行く道
私の話を全部聞いてくれたあと、ブランはそっと、震える私の膝に自分の前足を置いた。
「“滅亡の決まった未来”かぁ、確かに嫌だね」
「……うん」
そう、主人公ヒロインを始めとし、もしもこの世界の他の転生者と出会ったら……。彼女達が……、このゲームのシナリオを知っていたら。
私は危険な邪魔者とされ、排除されてしまうかもしれない。
――……周りの人の態度なんて、ある日一変してしまうことがあると、前世の私が言っている気がした。
「……よしよし、怖かったんだね」
「……っ!」
いつの間にか瞳から落ちたひと雫の涙を、ブランの小さな舌が舐めとった。ザリザリした舌はちょっと痛いけど、その温もりに安心して肩の力が抜けていく。
「――……落ち着いた?」
「えぇ、もう大丈夫よ。ありがとう」
私がすぐに泣き止んでからも、ブランは私の頬や手をペロペロと舐めていた。何だか懐かしい。
ブランを拾って過ごしていた時には、よくこうしてじゃれてきて可愛かったんだよね……。
「ねぇ、フローラ」
「ん?何?」
懐かしさを感じながらブランの喉元を撫でていたら、丸くつぶらな瞳が私を見上げてきた。
「確かにこの世界は、フローラの言ってる前世のゲームが元になった世界なんだと思う」
「……えぇ、そうね」
「でも、仮にそうだからって、フローラはゲームみたいに誰かを苦しめたいの?」
ブランのその問いかけに驚き、首を激しく横に振った。とんでもない!
民を苦しめるつもりも、お父様やお母様を悲しませるつもりも、主人公や皇子達を邪魔するつもりも、全く無いわ!折角友達になれたから、出来れば仲良くしていきたいなとは思うけど、それは相手の気持ちもあることだからまだわからない。
それよりも、なにより……
「私は今の、平和なミストラルの国が好きよ。出来ることなら、お父様達と一緒に守って行きたいわ」
そうだ……、国家転覆なんて冗談じゃない。
そんな結末、絶対に嫌だ!!
「だったら、頑張れば良いじゃない。君は前世でも、ずっとそうして来れたんだから。ね?」
「ブラン……」
「お母さんの死を回避したように、未来はきっと変えられる。行く道を決めるのは、自分でしょ?」
「……そう、そうだよね」
運命を避けることばかりに気が行って、私は自分が努力することを忘れていたのかも知れない。そんなんじゃ、何も変わるわけがない。
「……今はここが僕達の生きる世界だよ。わざわざ誰かが決めたシナリオに従うこと無い。そんなの君らしくないよ!」
「そう……、うん、そうだね!私が行く道は、私が決めるわ!!」
「おーっ!」
仲良くする人も、勉強することも、進む未来も、自分で掴むために。
とりあえずもうすぐ新学年だ、魔法の勉強から頑張りますか!
―――――――――
と、そんな訳で私達は二年生に進級しました。クラス分けは二年毎だから、まだクラスは前のまま。
だから……
「お兄様ーっ!」
おっ、来ましたね。
一年生として入学してきたルビー王女が、毎日クォーツ皇子に会いに来るのを見るハメになっていたりする。
「あっ、おはようフローラ」
「おはようございます、クォーツ様」
「――……っ!」
そして毎朝、毎昼休み、毎放課後、クォーツ皇子が私に話しかける度毎回睨み付けられる。相手は小さい女の子だから別に怖くはないけど、こんなお兄ちゃんに依存してて大丈夫なのかな……。
唯一ルビー王女が乱入出来ない、学年の係りが揃って互いの状況を報告する会議。会議とは名ばかりの紅茶や焼き菓子が出るその会の時に、私は思い切ってクォーツ皇子に聞いてみた。
「あの、クォーツ様、ルビー様のことなのですが……」
「ん?あっ、もしかしてまた何かされた!?」
「いっ、いいえ、それは大丈夫です。そうではなくてですね、学園に入ってからルビー様は常にと言っていいほどクォーツ様のお側にいらっしゃるじゃないですか」
私の言葉に、クォーツ皇子が『あぁ、その事かぁ』と苦笑いを浮かべる。
「僕もちょっと酷すぎるかなと思ってはいるんだけどねー。でも、いきなり突っぱねるのも可哀想かなって……」
そう言いつつも、クォーツ皇子の口元が弛んでいる。
「……でれでれしてますわね」
「えっ!?そっ、そんなことは……」
?あははと笑って誤魔化して、『でも、兄妹の仲が良いのは良いことでしょ?』と笑った。
「えぇ、確かにそうですわね」
うん、アースランドの王家兄妹はお互いにシスコン、ブラコンらしい。
「そんな目しないでよ……。な、仲がいい兄弟は僕たちだけじゃないよ。嘘だと思ったら、このあと図書室に行ってごらん?」
「――……図書室?」
まぁ、勉強の本を借りに行きたいなと思ってたから良いけど、何で図書館?と、疑問を感じている様子の私を見て、『会議終わったから、一緒に行こうよ。』と私の手を取って立ち上がった。
わっ、わかった、行くよ!行くから手は離そう、こんな所またルビー王女に見られたら……。
「あーっ!!!」
あぁ、やっぱり……。あの妹ちゃんなら絶対部屋の側で待ってると思ってたんだよねぇ。
「貴女、またお兄様に付きまとっているんですの!?迷惑ですからやめて下さらない!!?」
「は、はぁ……」
「あっ、ちょっとルビー、また……」
「さぁ、参りましょうお兄様!!」
器用に私たちを引き剥がしたルビー王女は、クォーツ皇子が口を開く間もなく連れて行ってしまった。
「うーん、でもいいなぁ、妹……」
弟でもいいけど、私も兄弟が欲しいなぁ。前世でも一人っ子だったし……、お父さん小さいとき死んじゃってたから。
「図書室で手紙を書いて、お父様とお母様に兄弟が欲しいっておねだりしてみようかな」
ゲームのフローラも一人っ子だったけど、あれはお母様が小さい時に死んじゃってたからだしね。ダメ元で頼んでみようっと。
そのフローラの決意の翌朝、王の食卓には精力のつくメニューばかりが置かれ、ただただ国王は首をかしげていたと言う。
―――――――――
図書室に来たら、高学年のお兄様、お姉様方が勉強したり、読書したりしていた。
でも、お姉様方がいつもより多いような気がする。
現に、私がたまに使ういつもは空いてるテーブルの席が埋まっていた。しかも、全然集中してないみたいで、チラチラと視線があちこちに動いている。
まぁいいや……、本借りてから空いてる席探そう。
魔導書はこの間借りたので、今日は参考書かな。まぁ、この年なら参考書って言うよりドリルやワークだよね。
そう思いつつ棚を見ていたら、苦手な教科の物を見つけた。ちょっと高いけど、周りに台もないし……
「背伸びすれば、取れるっ、はず……!」
思いっきり背伸びして手を伸ばし、本に指を引っ掻けて……そのまま引っ張った。
「よしっ!……あら?」
ありゃ、隣の奴取っちゃった。
ど、どうしよう……。
横着しないで踏み台探して来ようかなぁ。取るのは良いけど、しまうのは難しいしね。
「お求めの本はこれかな?」
「えっ!?」
悩んでいる間に、不意に隣から伸びた手が私が取ろうとしていた本を取り、こちらに差し出してくれた。
「あっ、ありがとうございます」
「どういたしまして。君は二年生だね、放課後に勉強なんて偉いな」
そう言って、本を取ってくれたお兄様が笑った。綺麗な緑色の整った短髪に、銀縁のメガネをかけた美少年だ。
上靴の色から、ふたつ年上の四年生であることがわかる。
それにしても周りの視線がすごいな、お姉様方はこの人を見てたのかぁ。確かに綺麗な顔してるもんね。
それにしてもこの顔、どこかで見たような……?
「兄様、席が空きまし……あれ?」
「あぁフライ、今、噂のフローラ姫とお話させて頂いていたところだよ」
えっ、噂!?私、何か噂になってるの!!?恐いなぁ、何かやらかしたっけ……。あっ、ライト皇子とのケンカの件!?
それに……
「あの、フライ様、そちらのお方は?」
「ん?あぁ、僕の兄ですよ」
「フェザー・スプリングです。初めまして」
「あっ、はい。私は、フローラ・ミストラルですわ。改めまして、ご挨拶申しあげます」
向こうは私を知ってるみたいだけど、礼儀としてちゃんと膝を折って挨拶をする。制服のスカートだと裾の持ち方が難しいよね。
――……それにしても、フライ皇子のお兄様かぁ。
そう言えば攻略対象に居たな。
年上で生徒会長だったから、会長や先輩呼びばっかだったから名前聞いてもピンと来ないけど……。
「とりあえず、よろしければその噂とやらのお話を聞かせて頂けません?」
~Ep.15 私の行く道~
『未来は決まってなんか無い!……よね?』
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