第8話 生徒会選挙②
次の日。
部長は一枚の紙切れを持って部室にやってきていた。既に部室には池下さんと僕が待機しており(待機、といっても何かする訳でもなかったんだが)、その光景を見て僕はいったい全体何があったのかと思っていたのだが――。
「昨日、一日考えてな。あいつの言うとおりにすることにするよ」
「ということは、受けるんですか。生徒会選挙立候補を……」
「受けるしか、この部活動を存続させる道はあるまい」
確かにそうかもしれない。
そうかもしれない、のだが――それは僕達の強制できることではない、と思っていた。
いくら部活動を存続させることが出来ないからって、それを部長に求めるのは筋違いだ。
だから最悪、部活動は終わってしまうかもしれないなあ、なんてことを考えていたばかりだった。
え? 何だか終わってしまった方が楽しそうな表情を浮かべている、って?
それは剣呑剣呑。
剣呑、という使い方を間違えているような気がするけれど。
「でも、良いんですか? もし、会長になったら」
「そのときはあいつを副会長にして仕事をすべて押しつけてやる。『会長選挙に出ろ』とは言われたが、『会長の仕事をしろ』とは一言も言っていないからな」
「それは確かに言っていないような気がしますけれど……」
でも、それってインチキって言うんじゃないか?
僕はそんなことを思ったけれど、それ以上言うことは出来なかった。
「さて、問題はそれで片付いた。……後は広報活動をどうするか、だが」
「広報活動?」
「一応、会長選挙に立候補するのだ。手を抜いたら相手にフェアじゃないだろ? だからこちらもちゃんとした対策を練らなくてはならないということだよ。分かるか?」
「そりゃ、そうかもしれませんけれど……」
言いたいことは分かった。
でも、問題が山積みということは依然変わりないはずだ。
どうやって会長選挙を攻略していくのか。それは、部長の頭の中に何らかのルートが構築されているのだろうか。
僕はそんなことを考えながら、部長の顔をただ見つめることしか出来なかった。
※
「へえ、結局、部長は立候補することに決めたんだ」
帰り道。あずさはそういえば部長の立候補話を聞いていないことを思い出したので、そんなことを話してみたら案外食いついてきた。
あずさもそういう話には興味があるんだな――と思いながら僕はさらに話を続ける。
「で、結局、どういう風に選挙戦を攻略していくかは次回以降の会議に回すことになって」
「え。じゃあ、私達も何らかの選挙戦に参加しなくちゃいけないって訳?」
「そういうことになるだろうね」
「うわー、面倒臭い……。そういうものがないと思ったから、この部活動に入ったのに。何だか、残念だなあ……」
「残念、だって?」
「だってそうでしょう? 宇宙研究部なんて枠外も良いところ。そんな部活動にとってみれば、選挙なんて夢のまた夢、なんて思うのが当然の一言じゃない?」
そもそも、部活動と選挙なんてどう結びつくんだろうか。
「例えば、部活動で選挙なんてやるとしたら部長選かしら? 人数が多い部活動はそれゆえに優秀な人間が多い。だから、部長についても選挙を行う形を取る、なんて話を聞いたことがあるけれど」
「そんなことがあるのか」
「あるんじゃない? 何処まで本当なのか分からないけれど」
「分からないけれど、って……。適当なことだな」
「だって、そういう部活動に入ったことがないもの。実際に入ってみれば分かりそうなものだけれどさ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんじゃない?」
お互いに、お互いが、疑問符を浮かべる。
結局はそれでお終いになってしまうのだった。
※
次の日。金山さんがやってきて開口一番こう言ったのだった。
「貴方が立候補してくれるなら充分に嬉しいニュースだわ! 対抗馬が居ない、つまらない選挙にならなくて済むから良かったのよ」
「……何だか、僕を踏み台にしているようだが?」
「いやいや! ……でも、あなたには勝てそうにないわね、はっきり言って。私なんかより抜群に知名度があるもの、貴方」
「現職で生徒会副会長を務めているお前よりもか? それはないだろ」
「それが案外そうなのよ。貴方、貴方が思っている以上に知名度抜群なの分かっていないでしょう? 目鼻立ちも整っているし、スポーツ万能だし、頭は良いし……。ほんと、こんな部活動を自分で作るなんて言い出さなきゃ、引く手あまたでしょうに」
「悪かったな、こんな部活動を作るなんて言い出して」
「あら? 別に良いのよ。でもこの部活動を作るのに尽力した人の気持ちも考えて欲しいものね」
「……それは分かっているよ」
「ともかく! 貴方が立候補してくれるということなら、私達はライバルということになるわね。もし貴方が落選しても、私は副会長のポストを貴方に譲るわ。だから、そのつもりで」
「それはこちらも同じ気持ちだよ、瑛里沙」
そうして、二人は別れることになった。
金山さんはそのまま部屋を出て行って。
部長はホワイトボードに視線をやるばかりで。
「……あの、」
「うん? どうかしたかな、いっくん」
「ちょっと聞きたいんですけれど……。もしかして、金山さんと部長って、昔付き合っていたんですか?」
「ぶぼっ!? い、いったい何を言い出すかと思いきや……。な、なんでそんな結論に至ったのかな」
飲みかけのペットボトルから口を外して咳き込む部長。
その反応からしてみて、やっぱり何らかの関係にあったのは間違いなさそうだった。
「……あのね、一応言っておくけれど、付き合っていたからって、優しくするつもりはないんだ。これは勝負だからね。そしてそれはお互いに思っていることだろうさ」
「……そんなもんなんですか?」
「そんなもんなんだ! ……まあ、君には分からないかもしれないがね」
「確かにそうかもしれませんけれど! 何ですか、その発言。さっきの僕の発言に対する当てつけですか!」
「当てつけじゃなかったら、何だと言うんだ?」
「うわ、その発言どうかと思いますよ、部長!」
「……野並。そんなことを言っている暇があるということは、この選挙、勝つ見込みがあるということなんだろうな?」
それを言ったのは池下さんだった。池下さんは今もなおカメラを磨き続けている。磨き続けてなくなってしまうんじゃないか、って思ってしまうレベルだった。
そんなことを思いながら、僕は池下さんの行動を見つめていたが――池下さんが僕の視線に気づいたのか、こちらを向いてきた。
「何だ。面白いことをやっているつもりはないぞ?」
「いや、ずっとカメラを磨いているな、って思って……。大事にしているんですね、そのカメラ」
「当たり前だ。UFOを撮影するにはカメラが必要不可欠だからな。ということはカメラがなければ何も出来ないと言ってもいいだろう。そんな部活動にとって、カメラ管理の役目というのは必要不可欠だからな。……まあ、持っているカメラは全部俺のものだから、管理するのも仕方ない、と言えばそれまでになる訳だが」
「へえ、カメラは全部池下さんが所持しているものなんですか」
「……ああ。そうだ」
それは知らなかった。というか聞かなかったら一生知らない事実になっていたことだろう。
そんなことを思いながら、僕は再び視線を部長に移す。部長はホワイトボードに何かを描いていた。その文様は部長にしか分からないように描かれていて、それを読み解こうとしている僕とあずさにはすっかりさっぱり分からないようになっていた。
作戦会議をするつもりはあるんだろうか、なんて思えてしまうけれど、やっぱり既にルートは構築されているのだろう。
僕はそう思って、取り敢えずパイプ椅子に腰掛けることにした。
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