第3話 「新しい仲間」
レイチェル達は旅を続けていた。
行く先は懐かしきウディーウッドである。そこにはクレシェイドの忘れ形見であるハーフエルフの少女が待っているはずだ。
急に石から元の姿に戻ったのだ。きっと心細い思いをしているに違いない。そう考えればこそ、一行の足取りは暗黙のうちに早まっていた。そしてレイチェルはずっと考えていた。ハーフエルフの少女にどのようにクレシェイドの死を伝えるべきなのかを。
旅は進んだ。幾つもの町や村を通り抜け、野宿を繰り返し、ようやく南の首都アルマンに辿り着いた。
イーレやシャロン・サグデン御嬢様はあいにく留守にしていたが、ヴァンパイアの襲撃を受けて人口の激減したこのアルマンと、南にあるムジンリが早々と復興の兆しを見せている事を噂話から知ることができた。
当初ブライバスンから西周りに向かうつもりだったが、それでは遅くなるため、一行はムジンリからペトリア村を抜け、ウディーウッドに行くことにしたのだった。
そのムジンリに入ると、そこでは人々が建物の建設の工事や、町興しのための商人達による市が開かれたりしていた。そこで一行は、冒険者のアディオス・ルガーと出会ったのであった。
「よぉ、ティアイエル、それにレイチェル。どうやら仲間も増えたみたいだな」
こちらを見付けると気さくな様子で金色の髪の相手は話しかけてきた。
「アディオスさん、お久しぶりです」
レイチェルが言うと、相手は頷いた。
「レイチェル、お前さんも、最初に会った時より、随分見違えるようになったね。顔つきが少し大人になった」
「ありがとうございます」
レイチェルが答えると、アディオスはこちらの一行の中へ目を彷徨わせて尋ねた。
「クレシェイドの奴は一緒じゃないのか?」
レイチェル達は顔見合わせると、ティアイエルが言った。
「アイツは、死んだわ」
「クレシェイドが?」
ティアイエルは頷いた。
「信じられん。まさかあのクレシェイドが……」
アディオスは愕然とした様子で答えていた。
「彼には討たなければならない敵がいた。クレシェイドはそいつと相討ちになったのだ」
ヴァルクライムが言った。
「それは違うよ、おっちゃん。クレシェイド兄ちゃんは勝ったよ。俺は、ずっと見てたからわかるよ」
サンダーが応じた。
「そうか、クレシェイドにそこまで因縁のある相手がいるとは思わなかった」
それからアディオスは、ムジンリの町のことについて話してくれた。ヴァンパイアにより多くの住人が犠牲になったが、復興の噂を聞き、あるいは領主のサグデン伯爵の声のもと、他の町からここへ移り住む者が増えてきたことをだ。
「商人達は張り切って、ここを復興させようとしている。案外早い段階で、前の通りの町に戻ってくれるだろう」
「紹介が遅れたな。私はヴァルクライム。ところでウディーウッドの方では、何か変わったことはあるか?」
魔術師の問いにアディオスは頷いた。
「俺はアディオス・ルガーだ。よろしく。最近になって付近に以前よりも多くの魔物の姿を見かけるようになった。今、ギルドでは討伐の依頼がたくさん舞い込んで来ているはずさ」
その言葉を聞いて仲間達は顔を見合わせた。少なくともレイチェルは、まだ見ぬハーフエルフの少女の安否が気にかかった。
アディオスとはそこで別れた。彼はムジンリの警備の依頼を受けたということだ。
一行は先のアルマンで休息を取ってはいたが、それでも長い旅路での疲弊はまだまだ身体を蝕んでいた。しかし、全員の目が、ハーフエルフの少女と早く合流したいというように訴えあっていた。
二
それから一行は夕暮れにペトリア村に差し掛かり、そこでアディー・バルトンと出会ったのであった。
シャロン・サグデンお嬢様の従者だったこのドワーフは、ムジンリの異変の後、前線基地と化したこの村の司令官代理となっていた。ドワーフは、吸血鬼の脅威の去った今、役目を終えて帰途に着こうというところであった。
当時、盗賊の襲撃の際に、主であるシャロンと離れ離れになったが、レイチェル達が無事にアルマンへ送り届けた事を話すと、相手は深々と礼を述べたのであった。
そうしてレイチェル達はドワーフの従者と別れ、村を去り、街道を進んだ。
ウディーウッドに着いたのは明け方であった。
冬も間近のまだ暗く寝静まった町の中を一行は冒険者の宿へと赴いた。
レイチェルは以前のことを思い出していた。ここでティアイエルとクレシェイドに出会って初めての冒険に出たのだ。
今は亡き黒い甲冑姿の男のことを思い出した途端にその身が感動のようなもので震えた。
そうして扉を叩くと、懐かしい男の声が返事をした。
開けると、食堂を兼ねる広い一室が一行を出迎えた。
「お前達か、久しぶりじゃないか」
そう言ったのは、ここの店である「走る親父亭」の主であった。相変わらずの太っちょで、どこか愛嬌のある顔が驚きに目を見開き、そして笑顔に変わった。その目が一人一人を見ていたが、やがて困惑に変わった。
「一人足りないな。クレシェイドの奴はどうしたんだ?」
「死んだのよ」
ティアイエルが即座に答えた。
「なんだって、あれほどの男が? 一体何故?」
ヴァルクライムが訳を話そうと進み出たが、それを遮る様にして有翼人の少女が訳を説明し出した。クレシェイドが仇敵を追っていたこと、その相手と戦い、勝ったが、彼自身も死んでしまった事をだ。
「信じられんよ」
ギルドの主はショックを受けた様にドサリと椅子に腰を下ろしたが、思い出したように顔を上げて言った。
「あの子にはどう説明すれば良いだろうか」
「リルフィスのことね?」
ティアイエルが尋ねると相手は驚いたように頷いた。
「既に知っていたんだな。あの子が突然私の前に姿を現した時は驚いたよ。クレシェイドの仲間だと言って聞かなかったが、どうやら本当らしいな」
「まさか、追い出したりしてないでしょうね?」
ティアイエルが語気を鋭くして尋ねると、ギルドの主は首を横に振った。
「いや、疑わしかったが、ケルシーにも頼まれてそのままクレシェイドの部屋に置いているよ。今は店を手伝ってくれたりもしてくれるしな」
レイチェルはティアイエルが安堵の息を吐くのを見た。そしてバルケルで見たクレシェイドの幻影のことを思い出した。彼はティアイエルにハーフエルフの少女リルフィスの事を頼んだ。だからこそ、ティアイエルは安心したのだろう。
ギルドの主は言った。
「幸いにしてあの子は朝が早い。料理の仕込みを手伝ってくれるのさ。噂をすれば、ほら」
すると、上に続く階段の方からトントントンと軽い足音が聴こえてきた。
そうして小柄な人影が階下に現れた。
砂色の長い髪をした可愛らしい少女であった。レイチェルはクレシェイドが見せてくれた絵と、石化した彼女の姿を思い出し、相手が間違いなくリルフィス本人なのだと悟った。
「おじさん、おはようござます!」
元気に轟く声にレイチェルは多少動揺した。
「おはようリルフィス」
ギルドの主が応じる。
「あれ、もうお客さん来てるんだ。いらっしゃいませ!」
そう言われ、一行は顔を見合わせた。いざ本人を前にどう話しを切り出したものか。すると、ヴァルクライムが少女に口を開き掛け、ティアイエルの声が遮った。
「アンタがリルフィスで間違い無い?」
有翼人の少女の問いに相手は頷いた。
「リルフィスだよ」
「アタシはティアイエル。クレシェイドの友達よ」
「お兄ちゃんのお友達の人?」
「そうよ」
ティアイエルは頷いた。
「リール知ってるよ。お兄ちゃん、もういないんだよね」
その答えに一同は驚いた。
「アンタ、知ってるの?」
ティアイエルが尋ねるとハーフエルフの少女は答えた。
「うん、風の精霊さん達に教えてもらったんだよ」
そして相手は瞬きして言った。
「お兄ちゃん、本当に死んじゃったんだね……」
「そうね。だけどアタシ達がアンタの面倒を」
ティアイエルが言い掛けた時、リルフィスの両目から涙が溢れ出た。
「本当に、本当? 本当にもうお兄ちゃんいないの? 死んじゃったの?」
「そうよ。残念だけど」
すると相手は嗚咽を漏らし始めた。
レイチェルはこういうとき、どう慰めれば良いのか皆目見当がつかなかった。だがティアイエルが進み出ていった。
「いらっしゃいリルフィス。思いっきり泣くと良いわ」
ティアイエルが両腕を広げるとハーフエルフの少女はその中に飛び込んで声を上げて泣いた。
一頻り相手が泣いた後、ティアイエルが言った。
「アンタの面倒はアタシが見て上げるから」
「うん」
ハーフエルフの少女は涙で濡れた顔を上げて頷いた。
「アタシは、ティアイエル」
改めてティアイエルが自己紹介を始めると、次にヴァルクライムが名乗り、サンダー、ライラ、最後にレイチェルが続いて名乗った。
「だけど、面倒見るって言っても、どうするの? ティアイエル姉ちゃん冒険者辞めるのかな?」
サンダーが小声でレイチェルに尋ねてきたが、レイチェルにもそれは分からなかった。ただ、この少女はハーフエルフだが精神的には自分と同じぐらいの歳だろうとは思った。しかし、自分のように神学校で一通りの護身術の訓練を積んだのではなく、ただの少女ならば冒険に連れて行くのは危険すぎると感じた。
「リルフィス、アンタ、クレシェイドと旅してたんでしょう? 何か特技はあるの?」
ティアイエルの問いには、ギルドの主が応じた。
「それならその子の弓の腕前は一級品だぞ。リルフィス皆に見せてやれ」
リルフィスは頷き、一目散に階段を上がって行った。その間にギルドの主は一番遠いテーブルに木製の杯を立て、その上にリンゴを一つ乗せた。
ハーフエルフの少女は階段を駆け下りてきた。その手には長弓が握られ、矢筒を背負っていた。
「リルフィスは、今から、あのリンゴだけを射抜いてみせるよ」
「幾らなんでも無理だ。もう少し大きな的ならまだしも……」
ギルドの主が落ち着いた口調で言うと、ライラは驚きの声を上げた。
リルフィスは振り返って頷いた。
「大きいお姉ちゃん、ダイジョブだよ。リールの弓、しっかり見ててね」
そうしてリルフィスは矢を番え、弓を引き絞り狙いを定めた。矢は放たれ、突き刺さったリンゴが宙を舞い地面に落ちた。
レイチェルは驚いた。他の者もそのようだった。得意げにギルドの主が言った。
「ほらな、言った通りだろう?」
「やるじゃない。アンタのこと、どうしようかと思ったけど、アタシ達の冒険に連れてくことに決めたわ」
ティアイエルが冷静な口調で言うとリルフィスは頷いた。
「リール、冒険行くよ」
こうしてリルフィスが一行の新たな仲間に加わったが、その時、外から声が轟いた。
「トロルだ! トロルが出たぞ!」
すると、頭上が慌ただしくなり、階下に次々と武器を手にした冒険者達が降りてきた。彼らはこちらを押しのけるように突っ切ると外に出て行った。総勢三十人もいたかもしれない。
「今のウディーウッドの状況だよ」
ギルドの主は言った。
レイチェルは、ムジンリで冒険者のアディオス・ルガーが言った言葉を思い出した。この付近で魔物の数が増えている。
「トロルやゴブリンなどだが、襲撃が後を絶たない。そのため、それぞれの首に町長がギルドを通して懸賞金を掛けたのさ」
「ちょっと見てくるよ」
サンダーが出ていった。レイチェルも興味が湧いたのでその後に続いた。
そこは思ったよりも戦場であった。粘土色の肌をした大きなトロルが何匹も闊歩し、冒険者達が遠巻きに、あるいは、時折接近して行く手を阻んでいた。
「今度こそ、このキライ様が一匹目頂いた!」
雄々しい声が聴こえ、鎖を振り回した男が一匹のトロルに今まさに鎖を放とうとした時、横合いから素早く影が飛び出て飛翔し、すれ違い様にトロルの首に一撃を与えていた。
「ショウハ! テメェ、また割り込みやがったな!」
キライと名乗った男が不機嫌そうに怒鳴った。
「待ってられん」
ショウハという男は外套を翻して応じた。
トロルの首は断てなかったが、首の傷口からは大量の血が溢れ出て、そのトロルは石畳に倒れて動かなくなった。
そうやって五十人近くも集った冒険者達は、侵入者達を相手に数を活かし善戦していった。
「ここには我々の割り込む余地は既に無いと言うわけだな」
いつの間にか背後にいたヴァルクライムがそう言った。
「じゃあ、また俺達旅に出るんだね?」
サンダーが目を輝かせて言った。
「そうするしかないみたいね」
他の仲間達の後からティアイエルが出て来て頷いた。
三
一行は朝食を取りつつ、さっそく地図を広げてこれからどうするか考えた。
以前は旅の途中で当てが出来た。それは邪悪なる竜の討伐と、クレシェイドの仇敵を追うことであった。
しかし、今の一行にはそのような特別な当ては無かった。ただこの南西部と東部は殆ど行き尽したので、北へ向かうかという漠然とした意見が出ただけであった。
「北へ向かうなら……」
ギルドの主が冒険者達の卓に来ると言葉を続けた。
「今、リゴで勇士を募集してるぞ」
「勇士?」
サンダーが尋ね返すとギルドの主は言った。
「リゴはここから三十日ほど北にある村だ」
「ブライバスンのようにヴァンパイアの領土と接している村だったな」
ヴァルクライムが言うと、ギルドの主は頷いた。
「今、リゴでは各地から腕に覚えのある者や、神官達を招集し、ヴァンパイア討伐の兵を挙げようとしている。報奨金も国が出すそうだ。かなりの額だって噂だな」
「でも、そこにも人が集まるんでしょう? だったら、さっきみたく俺達あぶれ者になるかもしれないってことだよね?」
サンダーが言うと、ヴァルクライムが応じた。
「それほど激しい戦いになると言うことだ。これは、いわば戦争だな。攻める兵は幾らいても足りないぐらいだろう」
僅かに沈黙が訪れた。レイチェルは胸に熱い決意が宿るのを感じた。ヴァンパイアは闇の者。闇の者を倒すことこそ聖なる神官の役目だ。
「私は、リゴ村に行きたいです」
意を決して彼女が言うと、サンダーが賛同した。
「俺も行ってみたい」
ライラが言った。
「私は反対したいところだ。戦争だと言うのなら尚更な」
しかし、ライラは頭を振った。
「だが、どうしても行くと言うのなら私も行くぞ。私がお前達を護ってやる。従兄上に代わってな」
「リルフィス、お前さんはどう思うんだね?」
ヴァルクライムがハーフエルフの少女に尋ねた。
「リールも行くぅ!」
ハーフエルフの少女は考える間もなく、表情を歓喜させてそう声を上げた。
その様子を見てティアイエルが溜息を吐いた。
「まぁ、良いわ。とりあえず現地にまで行ってみて、戦に参加するかは様子を見て決めることにしましょう」
それから各々準備に奔走した。だが、これまでの強行軍もあったので、懐かしいウディーウッドで一晩過ごすことにした。その間に、クレシェイドの部屋の整理をした。すると、木箱に溢れんばかりの金貨があるのを見付けたのだった。
その額に驚いていたが、これはリルフィスのために使うべきだと一同は判断した。だが、肝心のリルフィスがまだお金に無頓着そうなのを見て、ティアイエルが管理することにした。
そうしてウディーウッドに夜の帳が下り、新たな日が昇った。
魔物の襲来は幸いなかった。
一行は冬に向けた旅姿で勢ぞろいし、ギルドで主とレイチェルとお揃いの青い髪のウェイトレスのケルシーと向き合っていた。
「また戻ってくるのよ」
そう言ってウェイトレスのケルシーがレイチェルとリルフィスの頭を撫でた。
「うん、みんな一緒に戻ってくるよ! ケルシーちゃんも元気でね!」
リルフィスが言い、レイチェルも頷いた。
「行ってきます」
「リゴまではどういう進路で行くんだ? ブライバスンからだとアルマンまでは多少遠回りだが」
ギルドの主が尋ねた。
昨日、仲間内で決めた事はペトリア、ムジンリ経由で行くより遠回りになるが、同じくヴァンパイアと向き合っているブライバスンに行ってみようということになっていた。
「ブライバスン経由で行くわ。何か情報が得られるかもしれないし、それに気になることもあるから」
ティアイエルが最後に言い淀んだのは何の事だかレイチェルには分からなかった。しかし、今日が新たな旅立ちの出発点なのは間違えない。
一行は歩み出した、ギルドを後にし、賑やかになり始めた街中を過ぎ、そして北門へと向かったのであった。
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