第19話 針葉樹林のインゴ(前編)
ヒイロはエイブラム
ルドルフの住み家に近づくと、何もない空間からルドルフが突如として現れる。
「秘密の相談に来た。あんたの利害にも関係する。聞いて損はない」
「わかった。話を聞こう」
ルドルフの体が歪むと、扉になった。
扉を潜ると、六畳ほどの広さの石造りの部屋だった。
部屋には机と椅子が三脚あるだけで余計なものは何もない。ルドルフは奥側の席に着いていたので、手前の席に座る。隣にはパオネッタが座った。
「開拓村に大陸から総督が赴任した。だが、こいつは、とんでもない奴だった。あんたを殺して、根こそぎ財産を奪おうと
ルドルフは怒りも慌てもしない。冷静に聞き返す。
「穏やかではないな。それで、私に、どうしろと? 総督を殺せと?」
「いいや、殺しは、あまり良い手段とは思えない。理想は総督には中々治らない病気になって、本国に帰ってもらう展開だ。だが、病気になるのを、ただ待っていてはいつになるかわからない」
ルドルフは落ち着いた態度で同意した。
「同感だな。黙って運を天に任せるやりかたは私も嫌いだ」
「そこで、秘密の相談だ。総督を死なない程度に病気にする方法はあるか?」
ルドルフはあっさりと認めた。
「あるぞ。インゴの根を持ってきてくれれば、あとは私がどうにか工夫しよう」
(ルドルフも利害が絡むとあって、協力的だ。ここまでは問題ないな。相談して正解か)
ヒイロの眼の前に、一枚のガラスの板が表示される。
板には、手足が付いた玉葱(たまねぎ)のようなモンスターが写っていた。
パオネッタもガラス板を覗き込む。パオネッタが興味深気な顔で訊く。
「何だか、奇妙な生物だか野菜だかが写っているわね」
「それがインゴだ。ここより北東に行った針葉樹林にインゴは住んでいる。地上に茎を伸ばしているから、探せば見つかるだろう」
「見つけ方はわかった。強さはどれくらいだ。大陸最強ってことはないだろうけど、聞いておきたい」
「強さは、幽冥龍と比べれば格段に弱い」
パオネッタが知的な顔で確認する。
「モンスターの存在の他に気を付ける情報は、あるかしら?」
「強大な魔法の影響で、針葉樹林は夏でも吹雪になることがある。針葉樹林は気候が安定していない。吹雪の時に慌てふためけば死ぬぞ」
「吹雪に遭ったら、どうすればいい?」
「吹雪はたいてい一日と続かない。テントを張ってやり過ごせ」
「他に問題はあるか?」
「針葉樹林には、ガリガリ族が住んでいる。生物的にはボルベル族と変わらん」
パオネッタが関心を示した態度で尋ねる。
「ベルボル族との違いは?」
「ガリガリ族はガリガリ族で独自の政府を持っている。ガリガリ族にしてみればヒイロたちは侵入者だ」
(ここにも原住種族がいるんだな。開拓村と離れているから問題にならなかった。だが、針葉樹林方面に勢力を伸ばすなら、注意が必要か)
「ボルベル族とガリガリ族との関係は、どうなんだい」
「悪い。敵対していると断言していい。そもそも、この大陸中の原住種族たちは、勝手に氏族を名乗って互いに敵対している」
(原住種族に闘争の歴史あり、か)
「なるほど。下手にボルベル族と仲がいいと知られれば、敵の味方と見做されて攻撃されるんだな」
「簡単にはいかないものね」
ルドルフは鷹揚に頷いた。
「ヒイロの考えかたで間違いではない」
ルドルフがテーブルを軽く指で叩く。
壁に扉が現れた。扉の向こうから身長百六十㎝の真鍮製の機械人形が現れる。
「ヒイロとパオネッタに、防寒具とテント、それに背負い紐を貸してやれ」
命令を受けた機械人形は、出てきた扉に戻っていく。
ルドルフは悠然とした態度で告げる。
「必要な情報と物は、与えたぞ。成果を期待している」
「任せておけ。結果は持ってくる」
「必ず成果を上げてみせるわ」
ルドルフが溶けるように消えると、機械人形が品物を持って戻ってきた。
防寒具を背負い袋にしまうと、機械人形が白い鞠のような物体をヒイロに渡す。
パオネッタが鞠を見て、感想を口にする。
「これ、魔法のテントね。呪文を唱えて投げると、テントになるやつよ。中に誰も人がいなくなって時間が経つと、鞠に戻るタイプね」
「食料も水もまだあるから、さっそくインゴを狩りに行くか」
「そうね、すぐ遭えるとはかぎらないしね。食料切れで遭難なんて格好悪いわ」
入ってきた扉から出ると、そこはすでに針葉樹林だった。
針葉樹林は
雪はなく、木々は間隔が空いているので、それほど暗くもない。
パオネッタが林の木々を観察して見解を口にする。
「いやに明るい林ね。まるで、人の手が入っているみたい」
「ガリガリ族が林に手を入れて保全しているのかもな」
パオネッタが厳しい顔で忠告する。
「だとすると、ここは既にガリガリ族の勢力圏内になるわね」
「さっさとインゴを狩って帰るに限るな。長居は無用だ」
パオネッタが曇った表情で意見する。
「それと、さっきのルドルフの話だけど、総督を病気にするのにインゴは必要ないわよ」
「俺たちの協力が必要と見せかけて、別の仕事をやらせようって魂胆(こんたん)か?」
「ルドルフはインゴを使って何か別の物を造ろうとしているわね」
「騙されるのは
パオネッタの表情が和らぐ。
「ヒイロが気にしないのなら、私はとやかく言わないわ」
ヒイロとパオネッタは針葉樹林を進んだ。
少し開けた場所に、地面から伸びる八十㎝ほどの植物の茎を見つけた。
「意外に簡単に見つかったな。もしかすると、インゴって、この針葉樹林にはたくさんいるのかもしれないな」
「どうでもいいわ。さっさと倒して、持って行きましょう」
「それじゃまあ、戦闘といきますか」
ヒイロは茎の根元をがんがんと蹴った。地面が盛り上がる。
地面の下からは、目鼻と手足が付いた、身長百五十㎝の玉葱の怪物が現れた。
インゴは無理に起こされたせいか気が立っていた。
ヒイロとパオネッタはいったん距離を取る。ヒイロはアルテマ・ソードを出して構える。
突進してくるインゴの攻撃をひらりと
インゴの後頭部に剣を突き刺す。
どさりとインゴが倒れて、痙攣して動かなくなる。
「あれ? 終わり?」
「そうみたいね。簡単に済んで良かったわね」
あまりの弱さに拍子抜けした。だが、インゴは立ち上がらない。
ヒイロは担ぎ紐を使ってインゴの体を背負う。
パオネッタが魔法で方位を調べて西に向かった。
海岸線まで出て海岸線に沿って南下すれば、ルドルフの住み家に着くだろうとの計算があった。
針葉樹林を歩いていると、急に寒くなってきた。
「なんだ? 夏なのに、急に寒くなってきたぞ」
パオネッタが曇り空を見上げて感想を口にする
「もしかして、これがルドルフの警告していた気候変動かしら」
防寒着を着ると、突如として雪が降ってきた。
「ほとんど、夏なのに雪が降ってきたぞ」
パオネッタがうんざり顔で意見する。
「吹雪になんて、ならないいといんだけど、なるんでしょうね」
風も出てきたので、吹雪になる予感がした。
「よし、今日は、ここでテントを張ろう。吹雪の中を動き回れば、防寒具があっても危険だ」
「同感ね。気温の急激な変化は体にも悪いわ」
パオネッタが鞠状のテントを放り投げる。鞠は地面に落ちると広がる。たちまち、 四人用の白いいテントになった。
テントの中にインゴを入れるか迷った。だが、インゴから玉葱臭がし始めていた。臭くなるのが嫌なので、インゴは外に置いた。
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