第22話
「っと、ここだな」
アロが言って巨大なマンホールの蓋の上でたんたんと靴を鳴らす。そんなことして下からばきゅん、なんて事にはならないのだろうかと思うけれど、鉄の蓋に向かってそんなことしても跳弾して危ないだけだろう。マグニスタを使われていたら空きもしないと思ったけれど、ティラのエレメント・ソーサラーを使えば簡単にぽっかりと穴が開いた。勿論銃声がいきなり、と言う事はない。先にプロトメサイア五人が入り、私達三人はそろりそろりと降りて行った。通行人があまりいないのは、ホテルの方に人が群がっているからだろう。ある意味良い目くらましだな、なんて、考えてしまう。
内側は存外明るくて清潔そうだった。人が暮らしていくためには太陽光が無いといけないらしいから、紫外線ライトでそれを代用しているんだろう。お肌には悪そうだけど。
「――存外」
響いたのは女の人の声だ。夜会服でホテルに現れた、ラヴェンダスター……を使った人だろう。他に人はいない。広域香害兵器だからだろう、私達三人は口をハンカチで押さえる。もっともどの程度意味があるのかは解らないけれど。
「来るのが遅かったわね。博士の治療に時間がかかったのかしら、錬金術師さん」
「生憎と十分も掛からなかったよ。マグニスタで追い出されたんだ、俺達は」
「あらあの子も出て行っていたの。それは気付かなかったわ」
くすくす笑う人からは、気持ちの良い匂いがする。胸のアーケロンに手を当てて、私はそれに飲まれないようにした。ハンカチが湿り気を帯びて、息苦しい。ステちゃんもお守り袋を握っていた。ニトイは多分抗生物質を呑んであるんだろう、ハンカチだけで耐えている。
「博士を返してプロトの五人を置いて行く、と言うなら、女の子二人は逃がしてあげても良くてよ」
「生憎この子達は俺達の可愛い可愛い仲間なんでな。んなこと出来ねーな」
へっと笑うアロは、ティラと半分こにしてある手袋を翳して――
「アルケミストミスト、構成せよ」
巨大な鉄の盾を作り出した。
「ランフォ、飛ばして!」
ステちゃんの声を受けたランフォは、その盾を真っ直ぐに押し出した。その後ろを私達は付いて行く。
「こんなもの!」
腰に下げていたフルーレでそれを切り裂いた彼女は、それでもその後ろに私たち全員がいるとは思わなかったらしい。アロは左手のクローを剥き出しにして、彼女の胸元を引き裂いた。ナノマシンが反応しないのは、同じナノマシンによってつけられた傷だからだろう。プロト同士をバトルロイヤルさせることが出来なかったから、今度は廃棄が楽になるように、一人に出来るように。かふっと血を吐いた彼女は、黒い血を吐いた彼女は、ばたりと倒れた。アロはそれにとどめを刺すように再びクローを振り上げたけれど、アロ様、とステちゃんに呼ばれて、その手を止める。
「しっかたねーなー。アルケミストミスト、構成せよ」
傷だけを塞いで、私達は奥に向かった。
次にいたのはアトムファンシーの子とマグニスタの少年だった。やられたのか、とふむ、と頷いた少年は、機械の両手を振り上げて辺りの磁石を操ろうとする。その磁石を作っているのは、子供の方だろう。背中からヒレを立てて、ばちばちと言わせている。
「アトムファンシーは原子の向きを固定する力よ。周りにある鉄物質は何でも磁石に出来る。……伏せて!」
ニトイに言われるまま身体を伏せると、天井が落ちて来た。恐らくは天井と床をN極とS極にしたんだろう。プッテちゃんの羽に守られて私達は無事だった。でもそれならマグニスタは何をしたって言うんだろう。いや、何をしてくるって言うんだろう。連中はニトイを切り捨てた攻撃をしてきた。最初の彼女で取り返せなかったら、切り捨てるつもりだったんだろう。お父さんのように。お母さんのように。
マグニスタは砕けた天井の欠片を集めて行く。それから大きな槍を作り出して――
「プッテちゃん、羽をしまって!」
私の声に慌てて羽を閉じたプッテちゃんの真横を、磁石の槍が突き刺した。
ひひっと少年は笑う。
「俺さ、俺さ、可愛い子が血反吐吐くの好きなんだあ。ニトイ博士もずっとずっと狙ってたけど、プッテなんて廃棄された初期ロット刺せるなんて嬉しくてさあ。だからさっさと、――血反吐吐いてよプッテちゃん!」
「ネクストレマぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!」
きいいいんっと声が響いて私は思わず耳を押さえる。プッテちゃん命のパラの前で、彼は言ってはいけないことを言ったのに気付いていないだろう。磁石よりも細かい砂になった天井に押しつぶされて、彼は穴という穴に砂を詰め込まれる。ひ、とそれに恐怖したもう一人は、プッテちゃんが優しく抱きしめて逃げるのを止めた。
「あなたには博士達の場所を教えてもらわないとね」
「ひッ」
「ちょっとお姉さんの過激なダンス、見ていてね?」
アロが作った無理矢理眼球を剥き出しにする機械を取り付けられ――彼はリズムダンスレイブの虜になった。
「おお、プロト達の殲滅に成功したのか!?」
ぼうっとなったその子を、博士達は歓待した。人を殺したことで誉められる、そんな場所に居たら倫理観も何もなくなるだろう。それでも自我を無くさなかったのがプロトメサイアの五人だ。だから棄てられた。自我なんていらない兵器が欲しかったから。でも結局、ファーストの子達にも自我はあったと思う。様々な形の欲望が、あったのだと思う。ラヴェンダスター。マグニスタ。アトムファンシー。――ダークネス・ソーサラー。
少年の後ろから身体を出したティラに、博士達は動揺する。そして私達、何の傷も負っていない私達にも。
「君――君、テミスちゃんじゃないか?」
一人の科学者が汚れた白衣で私を見る。
「覚えていないかい、小さい頃に会ったことがあるんだよ。あの頃と同じ金髪ですぐに解った。君のお父さん達とは親友でねえ」
だから助けてくれと、言いたいんだろう、彼は。
「親友だったなら」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「なんで、生きてるんですか?」
「え?」
彼はきょとんと、本当に私の言葉が解らなかった様な声を上げる。
不精髭に汚れた眼鏡。彼が研究に没頭している証。研究。人体実験、人造人間、改造人間。
――反吐が出る。
「彼の者の水分を統治せよ、アーケロン」
突然倒れ込み陸上で溺れる魚のようになった彼の喉からは、水分がすべて抜けていた。私がそうしたからだ。ティラが訝し気に私を見ているけれど、気にしない。かふっ、かふっと乾いた咳をする彼は涙をだらだら流していた。その涙でも飲んでいれば良い。自分でも驚くほど、本当に感情が動かなかった。でも死なれても困るから、水を戻してやる。ぜーぜーした彼は、私を畏怖の眼で見た。精々そうしているが良い。私に恐怖しているが良い。私はいつでもあなたを殺しに現れることが出来るのだと、思い知れば良い。
「……彼みたいになりたくなければ、さっさとここを出て行って国に保護してもらう事です。行こ、ティラ」
「……ああ」
「この親不孝者!」
誰に言ってるのか解らない中年の婦人がそう叫ぶ。
「私達はお前達みたいな孤児に力をやったのに! 活用できる場も提供したのに! それに対する報いがこれですか、この親不孝者達が!」
「――誰が」
メガが低い声で呟く。
「そんなことしてくれって言った?」
「それは、」
「適当に孤児で捨てられてても良かったんだぜ、こっちは。こっちこそ人間を使った実験をさせてやって感謝してほしいぐらいだ。おまけに人体兵器の実験までな。嬉しかったろう? 楽しかったろう? お返しだよ。まだTITにしがみつくって言うんなら、ここであんた達を根絶やしにしたって良いんだぜ? 可愛い子に殺されるんだ、本望だろう?」
「ひッ」
「それともその頭脳を活用できない身体にしてやろうか。僕達にそう言う力を与えてくれたのはあなた達ですよ、博士」
パラの言葉に全員が黙りこくって、それから一人、また一人と部屋を出て入り口――出口?――の方に向かっていく。国は彼らを保護するだろうか、利用するだろうか。とりあえずTITの崩壊までは、導けると思う。それが第一目標だったのだから。
私達は部屋に入って、膨大な資料の中から様々な情報を探す。それにはニトイが役立った。プロト、ファーストの能力。弱点。欠点。エレメント・ソーサラーのブラックボックスは四つ。元素と同じ数。魔導石の数とも一致する。きゅむー、とキュムキュムが鳴いた方に向かう。まだ奥があったらしい。
そこには無数の胎児が並んでいた。
セカンド、サードの卵たちだろう。ファーストで止める気なんてなかったんだ、やっぱり。こみ上げてくる酸っぱい吐き気。見渡したティラは、私の方を向く。こくんと頷いて、私はそれをティラに頼んだ。
「エレメント・ソーサラー、分解せよ」
胎児たちはさらさらと砂のようになって消えて行く。その装置達も消えて行く。
さようなら、ごめんなさい。さようなら、さようなら。
お父さん達の研究の結果の一つの終着点があなた達なら。
二度とあなた達みたいな子供が出来ないように、するから。
ごめんなさい。
さようなら。
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