第20話
「街を歩いてて気付いたことがある」
朝食の席で――ホテルの人達は私達が無傷でスイートから降りてきたことに驚いていた、恐らく騒ぎになると聞かされていたんだろう――メガが肉真っ盛りのバイキングを食べながらぴっと指を立てた。植物はデオキシリボムの役に立たないから、必然肉食に偏るんだろう。でも鳥の能力って何だろう。特に鶏。飛べる訳でもないし、卵産めるようになるとか? でも確か鶏の産道って肛門と同じだよね。……考えないようにしよう、思いながら私はフルーツのサラダを食べる。昨日の今日で食欲は無いし、眼が腫れているとティラに言われてしまった。これはよろしくない。元気にもりもり食べていつもの振りをしなければ。振りって言うか、戻るだけだけど。
「マンホールの中でも特にでかい下水道にはより巨大な蓋がかぶせられているよな?」
「ああ、そうだな」
「そこに規則性があった」
きゅぽ、と何処から出したのかサインペンで紙ナプキンに図を書いて行くメガ。最初はただの変態かと思っていたけれど、結構頭が回る方らしかった。パラほどではないけれど、専門的な部分に関しては強い、と言うか。
そうして描かれた図は、どこかで見た事のあるものだった。そう、宗教なんかで見かけた事のある――
「生命の樹か……」
真っ先に呟いたのはやっぱりパラだった。そうそれだ。セフィロト、とも呼ばれていた気がする。
「マンホールの形で文字通り地下に潜っているとしたら、地上の情報はほとんど入ってないだろうな、博士達に。だがファーストを作った人間はその限りではない。つまり襲撃を掛けるならここからだ、って事だ」
「服汚れそうでやだなあー」
くすくすプッテちゃんが言う。
「それにしてもよく気付いたね、メガ。変態の嗅覚?」
「お前に変態扱いされたくねーよパラ。ま、実戦経験の差って所かな」
「へ?」
私が思わず上げた声に、メガが私を見る。
「皆同い年ぐらいじゃない……の?」
「違うよんーテミスちゃん。プロト世代って言われてるけれど、俺はティラより三つ年下だし、パラは一つ年上。メガは五つ年上かな」
「だってみんな同じような年恰好で……」
「それはナノマシンの能力。肉体年齢のピーク時が続くようになってる。俺達はそれがこのぐらいの姿だったってだけ」
アロの言葉に驚かされる。何が驚くって、変態のメガが一番年上なのにそれを筆頭にしたプロトメサイアがまともに育っていることだ。否、最初に適合したのはティラだって聞いたけど、戦線投入は遅かったんだろう。多分二番目。プッテちゃんの歳を出さなかったのは色々な配慮だろう。アイドルに対する。プッテちゃんはまだ十六だから。うん。実際それでも通じそうだしね。
それにしても細かいところに気が付く人だったんだなあ、メガって。本気で驚いているとプッテちゃんに笑われる。あれで結構目ざといのよ。あれでとはなんだ。文字通りの意味。歳ばらすぞ。モンキーダンス踊るわよ。やめろなまじお前みたいな美少女のそれは腹筋に来る。
けらけら笑いながらの朝食は、嵐の前日のようでもあった。
お守り袋をじっと見つめるステちゃんに、気付くまでは。
「地下までは入れないけれど、出入りしてる連中がいるのは確かだって、ランフォが言ってる」
「やっぱりか」
「え? ほんとに? え、えー」
「どしたのステちゃん」
アロの言葉に、ステちゃんは困ったように眉根を寄せてランフォの言葉を代弁する。
「地下から出た気配が一つ、こっちに向かってるらしいです。レックス? かオルかまでは解らないけれど――」
そう言えばステちゃん、レックスとの交戦経験がない。というか私とティラ以外はオルちゃんしか知らないんじゃないだろうか、ファーストシリーズの事。一応パラが擦れ違ったけれど、殆ど気にしていなかった節があるし――。
でもダークネス・ソーサラー、あれの事は情報共有しておいた方が良いだろう。劣化版エレメント・ソーサラー。劣化版だとしてもアレは脅威だ。今話した方が良いのか、あとで部屋に集まった方が良いのか――考えてる内に、モーニングを食べてた食堂に汚れた白衣の女の子が入ってくる。眼鏡をかけて、ぜーぜー肩を揺らした彼女は、私達を見てほっとした顔をした。
「ニトイ博士――?」
へ?
「プロトメサイアの開発に関わってたって言う、あの? 誘拐された、生物学の権威だっていう……」
「そんな、大した、ものじゃ、ないよ。少し人より頭が良かっただけの、ただの子供」
息切れしながら彼女はテーブルの空いた席に座り、レモン水をグーッと呑み込む。
そんな博士が単身で何をしに――? 私は訝っていつでもアーケロンを呼べるようにするし、ステちゃんもランフォのいるお守り袋をぎゅっと握り締めている。そこからの光に、ああ、とニトイ博士は笑みを浮かべた。
「ランフォは居場所を見つけたのね。良かった。ディプロンは相変わらず何も情報提供してくれないけれど」
「ディプロン?」
「月で捕獲できた唯一の魔導石よ。後二つは相変わらず行方知れずだけど」
すいませんアーケロンは私が持ってます、とも言えない。キュムキュムがぱたぱたた飛んで行ってニトイ博士に額を擦りつける。もしかして。
「その子を作ったのって」
「私。でも何の攻撃威力も無いからって、キメラ研究からは外されて、プロトメサイア研究に――ああ、ティラ、アロ、メガ、パラ、プッテ。みんな無事で、本当に良かった」
「ナノマシン制御薬投与してそこら辺の山林に不法投棄した方とは思えないお言葉ですね、ニトイ博士」
ちょっと棘のある言い方をしたのはパラだ。多分プッテちゃんの事を怒っているんだろう。俯いた博士は、ごめんなさい、と素直に頭を下げる。多分この人の指示じゃなかったんだろうけれど、組織の一員であるからには責任がある。
「あなた達がこの辺りで目立った活動をしているのを、上が気付き出したの。お願い、すぐにでも月に戻って。でないと今度こそ――」
「俺達の決戦は避けられないことだ。ドクター・ニトイ」
呟いたのはティラだった。この歳で博士、よく考えたらすごい。
「温和に里子に出されて幸せになるはずだった俺達をそうでなくしたのはあなた達だ。あなた達に責任があるなら、それを問わずにはいられない。そこのキメラだって」
「キュム?」
「勝手に作られ勝手に捨てられそうになった命だ。アル博士達がいなければ」
「……そうね、今更何も言えた事じゃない。でも私は、あなた達に生き延びて欲しい」
「だったら組織を解体するしかない。生きている内に。あなた達も、俺達も」
「無理よ、そんなの……」
「無理かどうかは」
私は思わず口を挟んてしまう。
「やってみなくちゃ解らないことです。ニトイ博士。私はテミス。アル・テミス。アル家の人間として、それを見届けなくてはならない」
「あのテミスちゃん? 博士達がいつも写真に持っていた、あの……?」
「どのかは解らないけれど、私はテミスです。他の誰でもない」
「尚更よ。尚更、月に戻って。お願い。私はもうまっぴらよ、知り合いが死ぬのは」
「死ぬと決めてかかられちゃ、余計お暇出来ないねぇ」
アロの言葉に、ニトイ博士は絶望したような顔になる。切望は絶望に。似ているけれどちょっと違うモノに。みんなを見渡してみると、その表情はもう何も受け付ける気でないのが解った。どんな意見も、受け付けない意思を持って。
「……解ったわ。せめて入り口までは案内させて」
「あなたを信じろと? ドクター・ニトイ」
「今はそうとしか言えないわ」
「解った。行こう」
ホテルマンの人達の死角に回って、ティラはエレメント・ソーサラーで朝食を片付ける。その姿を見て、ニトイ博士は悲しそうな顔をした。
「今でも、その食べ方なのね」
「見られたくないからな」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい。ドクター・ニトイ。それよりもファーストの連中の事を教えてくれ」
「それは出来ない」
「何故?」
「私も狙われる側になったから――」
パン、と。
銃声がした。
ニトイ博士が倒れる。
ホテルマンの一人が、ぼんやりした目でこちらを見ていた。
「アルケミストミスト!」
きゃああ、と黄色い悲鳴が響く中、アロの判断は早かった。すぐに細胞を増やし治療する。弾は残ってしまっているけれど、それは応急処置が終わってからで良いだろう。今は取り敢えず出血を抑える事が大事だ。蠱惑的な香りが辺りを包んでいて、私はアーケロンで、ステちゃんはランフォで防いでいた。あら残念、と女の人が入り口に立って言う。
「私のラヴェンダスターで痛みも感じず殺してあげられたのに。博士」
「俺様のアトムファンシーでも良いんだぜ、おいぼれのプロト共!」
小さな子供と夜会服の女性が立っていた。ラヴェンダスターは恐らく空気に含まれる伝達物質で人を自由に操る、リズムダンスレイブの時差を消した改良版だろう。アトムファンシーは解らないけれど、名前からするに原子を操るもの。アロに近いと見て良い。
「ファースト……!」
「メガ、あれやるよ」
「あれ? 上等」
パラとメガが二人揃って立ち上がり、口を開ける。
耳がとんでもなく痛くなったから、私は胸にいるアーケロンの力でそれを少し和らげた。痛い。何? 微細振動波? ホテルの一部がガラガラと音を立てて崩れて行く。
多分パラの振動波にメガの蝙蝠の出す超音波を乗せて物体を脆くしているんだろう。食ったのか蝙蝠を。それは解らないけれど、フルーツ蝙蝠って奴はフルーツしか食べないから肉が甘いって聞いた事はある。それならなんとか許容範囲か? 私が許せることではないにしても。二人の攻撃に二人は逃げだす。まずはニトイ博士の治療だと、私達は脆くなった食堂を出た。
明日は別のホテルにした方が良いかな。なんて考えながら。
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