第33話 解体工、正社員となる

「鈴木君、正社員として働いてみる気はないかね?」

ある日、元請会社の社長に呼び出されて事務所に行くと、挨拶も早々にそんな質問をされた。

そんな話をまったく予想していなかったため面食らってしまい、言葉に詰まる。


現場に置いて自分の立場はほぼ底辺だ。

顧客を除くと、元請の正社員がトップだ。そして元請の派遣や契約社員が二番手、下請けの社員が三番手、下請けの契約社員が四番手、そしてその下にやっと自分の様な日雇い労働者が位置している。


いや、日雇い労働者を細分化すると自分はまだ上の方だ。

なぜなら自分は解体工。この下には土工がいる。

だが、まあ下を向いて団栗どんぐりの背比べをしていると情けなくなって来るからわざわざ言わないだけだ。


「なに、今すぐ返事をしてくれと言っている訳じゃない。それに条件がある...実はこの町に支店を作ろうと思っててな、この町に移り住んでもらうのが条件だ。考えておいてくれないか?」


「自分、なんかでいいんですか?」

自分はもう40代半ばに差し掛かっている。

社員にするにはいささか歳をとりすぎている、と今よりまだ少し若かった時にも言われ就職活動を断念したのだから。


「ああ、君は仕事もまじめだし身持ちもいいみたいだしな。それに独り身だ。こんなこと頼める奴はあまりおらんよ。その分、弾むつもりだからな」

社長はテーブルの上に契約書の書類を出し、金額を指し示している。


この元請会社は建設業界の中堅で、関西、特に大阪を拠点としている会社だ。

それなのに、今いる現場は高速を使っても最低4~5時間はかかるド田舎の町だ。

こんな町に支店を作っても本社の社員は左遷されたと感じ、定住することを嫌がるだろう。

みんな地元での生活があるのだから。


その点、日雇い労働者はもともと一つのところに留まることが少ない。

東京でオリンピックの建設ラッシュがあれば関西から大勢人が流れていく、と言った具合にみんな簡単に移り住んでしまう...美味しい仕事がさえあれば。

言葉通り現金なのだ。


だが、ここはド田舎だ。

自分も日雇いを始めてもう三年経つがこんな田舎に長期間、出張費、宿泊施設付きで呼ばれたのは初めてだ。


普通、田舎の小さな町にそれほど大きな仕事はないので、正社員で事足りる。

わざわざ、割高な日雇いを雇ってまで帳尻合わせをする必要はないのだ。

そして、そんな小さな町に来てもう4カ月目だ。

それなのに、これから支店を作ると言っている。

ということはまだまだ仕事があると言うこと。


チラリ、と契約書の金額を見る。


「社長、こんな自分でよければやらせてください」


こうして鈴木亮平りょうへい(45歳)は上野町かみのちょうにて人生二度目の正社員となる。





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