第68話 教授とだって、論戦するぞ。


 アメリカの学校では、討論ディベートの授業があると聞いたことがある。

 日本にあるのは、政治討論くらいね。

 あとは、プレゼンテーションとか。


 竜眼族は、意外にもアメリカ式で、弁舌を磨き、理論武装しないと勝てないの。

 竜気戦は、むしろ邪道。

 主張を通すには、論戦を戦わせるのが正道らしくてね。

 

 つまり、帝女になりたくなければ、竜気で突っぱねるだけでは駄目ってこと。

 それだと、ヒステリーを起して駄々をこねる子供と同じ。

 多数派工作するためには、逆効果だってさ。


 ああ言われたら、すかさず、こう返せ。

 そっちから突っ込まれたら、向こうへかっとばせ。

 ソラから台詞のボールを投げられ、打ち返す猛練習をさせられていたんだよ。

 



「サエモンジョー公使様、並びに使節団の御一行様は、先ほど、ご帰国の途につかれたそうでございます」


 マルガネッタの報告があったのは、12月10日の朝だった。

 当初の予定通り、四日間の訪問で終わったのは、実にめでたい。

 予定外のことも、いろいろあったけど。公使が骨折して、初日の昼餐会が中止になったり。使節団が体調不良で、二日目の交渉開始が半日遅れたり。わたしのシュプレヒコール竜気([竜糖派]に向けた宣戦布告)が、本館の会議室まで届いてしまい、交渉が中断されたり。


 それでも、交渉自体はめることもなく、サクサク進み、昨日の午後には、わたしがサインをして終了した。

 そのあと、謁見室で挨拶を受けたので、わたしの役目は、それでおしまい。

 中止になった昼餐会の代わりに、お茶会をする案もあったんだけど、シュプレヒコールに恐れをなした筆頭管財人が、使節団が危険すぎると反対したそうで、取りやめになったし。クラウディングは、わたしとは初対面で、いろいろと慣れてないもんで、自分がビビったんじゃないかと思うけどね。


 ともかく、使節団が王寮から引き上げたあとは、接待する必要はなくなった。

 ユーレカは護衛を連れて、客舎について行ったけど、それは、恩師の公使に、頼み事があったから。

 ユーレカは、王女の位を返上したがってるでしょ。わたしという就職先が決まり、弟ともども生活していく目処めどがたって。

 でも、三ノ宮国から帝竜国へ移籍するには、父王に承認されないと駄目なわけ。

 それで、公使に手紙を託し、説得してくれるようお願いすると言っていたのよね。上手くいったのかな。


 わたしとしては、ユーレカが王女のままでも、別にいいと思うんだけど、ユーレカ自身は、父王とできるだけ早く縁を切りたがっていてさ。

 それに、顧問官という地位や、支給されるお給料が、自分には過分だと気にしてもいて、ただの王族として、本物の側仕えになりたいって言うのよ。

 要するに、親の七光り的に優遇された立場が嫌で、身のたけに見合った生活がしたいってことみたい。生真面目だよな。


 でも、たぶん、すぐには無理だろうね。三ノ宮国から除籍じょせきするっていうのは、勘当するようなものだから、一人娘を帰国させたがってる父王が、ほいほい許可してくれるとは思えない。

 サルトーロみたいに、中性だとわかったとか、人を傷つけたとかいう理由があるならともかく、ユーレカは、心話力者だし、頭も良くて有能なんだもん。娘可愛さばかりじゃなくて、人材的にも手放したくないはずだよ。


 まぁ、父王がどんなに反対したって無駄なんだけど。

 20歳になれば、親の承諾なしに移籍できるんだから、時間の問題に過ぎないのよ。できれば、あと10年も待ちたくないってだけのことで。

 ユーレカの意志が固い以上、公使との話が、どう転んだところで、ダメージを受けるわけじゃないから、特に心配もしてなかったし。


「そう。皆、ご苦労でした。公使にご相談してみた結果はどうなりましたか、姫?」


 マルガネッタの斜め後ろに控えているユーレカは、『喜び』の竜気を身にまとっている。この明るい様子からして、話し合いは上手くいったみたいだなと想像はついた。

 ところが、そこから、想像もしてなかった話が飛び出してきちゃったのよ。


「おかげ様で、サエモンジョーが、陛下に、わたくしの除籍を進言してくれることになりました。それもこれも全て、ショコラ様のお力添えによるものでございます。心より、お礼とお慶びを申し上げます」


 わたし、公使とは、型通りの挨拶しただけだよ。ユーレカのことで、口添えなんかしてないし、ヒールと治療したことを言ってるのかな。

 公使が恩を感じて、父王を説得してくれることになったとか。そのお礼なら、もう、さんざん言われたよ。耳にタコができすぎて、聞こえなくなるほど。

 だけど、お慶びってのは、何じゃらほい。


「力添えというのは、治療のお手伝いをしたことかしら? でも、あれは、慶事とは言えないでしょう?」


 公使が骨折したのは、予想外の事故だった。激痛のあまり、自殺する覚悟を決めたというのだから、むしろ凶事だったと思う。

 ヒールに治療してもらえたのは、僥倖ぎょうこうだったかもしれないけど、それで、わたしが祝賀を受けるのは変じゃない?


「はい、あれは、まぎれもなく凶事でございました。昨日、サエモンジョーの副官が明かすまで、サエモンジョー自身も知らなかったそうなのですけれど、午ノ宮様は、サエモンジョーが、怪我を負い、[刺眼しがん]することも予知されていたそうなのです。おそれ多くも、ありがたいことに、ショコラ様は、サルトーロだけではなく、サエモンジョーの命まで助けて下さいました。これが伝えられれば、ショコラ様が、『凶事夢きょうじむ超克ちょうこくさせし者』と認定されることになると存じます」


 へ? なに、そのやたらと小難こむずかな称号は? 

 ユーレカの『喜び』が、『歓喜』にふくれ上がっているけど、訳がわからない。

 呆気あっけにとられて、反応できないわたしを置いてきぼりにして、パメリーナとマルガネッタまで喜び浮かれ始めてるよ。すっかり祝賀ムードで、まわり中『感動』竜気が、ウキウキ踊ってるじゃないの。


「まぁ、『超克させし者』でございますか?! 千数百年ぶりの慶賀ではございませんの!」


「なんとおめでたいことでございましょう。ショコラ様が、竜神リ・ジンより賜わっておられるご加護は、かほどに強いものなのでございますね」


「三ノ宮国においても、ショコラ様の奇跡がたたえられましょう。こうして、ショコラ様にお仕えできたほまれに目がくらむほどでございます」


 頭越しに、不穏な会話が飛びかうのを聞いて、わたしは、事態が望まぬ方向に転がり始めていることに気づかされた。慌てて、説明を求めたんだけど、側仕えが、みーんな興奮していて、筋道だった話として理解するのが、もう大変。

 でも、整理してみると、話は結構単純で、こういうことだった。


 

 その1。[凶事夢]が起きないように、試行錯誤して避けることは可能である。


 その2. しかし、[凶事夢]が現実に起きたら、宿命と諦めるしかない。


 その3。凶事の先に、慶事を引き寄せる奇跡を[凶事夢]の超克と言う。


 その4。凶事を慶事に変えられるのは、竜神の加護を賜った者だけである。


 その5。サルトーロとサエモンジョーは、死すべき宿命を超克した。


 その6。二人が救われたのは、竜神の加護を賜ったショコラのおかげである。


 その7。二度の奇跡をなし遂げたショコラは、『凶事夢を超克させし者』だ。

  

 

 なんで、わたしが奇跡を起こしたことになるんだよ。

 サルトーロもサエモンジョーも、治療したのは、ヒールじゃないのさ。

 そのヒールを連れてきたのは、ソラだし(これは、秘密だけど)、サルトーロのときは、【交感】したロムナンの方が、大活躍をしてるんだぞ。

 わたしも協力したにはしたけど、巻き込まれただけなのに。


「失踪したサルトーロが、飛竜渓谷にいると伺ったとき、不甲斐ふがいないことに、姉のわたくしは、諦めてしまいました。ホウスバリー隊長様やレジナルド医官様も、断念なさったご様子でしたし、もう助けるすべはないものと覚悟したのでございます。でも、ショコラ様は、わたくしたちを『叱咤しった』なさいましたね。「諦めるな」と。あの竜気を浴びた瞬間に、わたくしは、胸に鋭い痛みを覚えました。あのような激痛は初めてで、眩暈めまいもひどく、いつの間にか気を失っていたほどでございます。今思えば、【交感】により、サルトーロが感じていた痛みを共有していたのでしょう。けれど、目覚めたときには、痛みは完全に消えており、わたくしは、サルトーロが無事だとわかりました。あのときは、[凶事夢]が超克されたのだとは存じませんでしたけれど、何か奇跡が起きたことは感じとっておりました。今回も、同じでございます。爺が激痛にさいなまれていたあのとき、それに同調したわたくしたちは、皆、諦めておりました。痛み止めの薬も効かないのでは、[刺眼]させるのもきことと思い定め、あの場には、『絶望』の竜気がたちこめていたのでございます。ですが、ショコラ様は、『不撓不屈ふとうふくつ』の竜気で、一瞬のうちに、それを払拭ふっしょくしてしまわれました。あのように周りを鼓舞こぶし、竜気を増幅させて不可能を可能に転じられる方こそ、まことの指導者と申せましょう。サルトーロも、サエモンジョーも、本当に、果報者かほうものでございます。わたくしどもを、ショコラ様に巡り合わせていただいた栄マーヤの恩寵と竜神リ・ジンのご加護に、衷心ちゅうしんより感謝の念を捧げ奉ります」


 駄目だ、こりゃ。

 感極かんきわまってひれ伏しているユーレカに、何を言ったところで、耳には入るまい。

 マルガネッタやパメリーナまで、興奮しているせいで、わらわらと集まってきた側仕えが、わたしの周りで、正式座礼を取りだしたよ。命神殿のご加護イベントのときは、3人しか居合わせなかったけど、今は、こんなに……。


 あれ? 妙だな。

 やけに人数が多いと思ったら、わたし以外の側仕えまで混じってるじゃないの。

 ここは、本館の居間だから、わたしの棟と違って、立ち入りを禁止してはいない。でも、二十数名も一堂に会してるのはおかしいって。呼ばれもしないのに、朝食後の忙しい時間帯に、たむろしているはずがないのよ。

 もちろん、わたしは、呼んでない。ってことは、誰かが、意図的に集めたってことだぞ。


「姫、なぜ、今、ここで、それを話したのですか? あのまま食堂で話せばすんだのに、どうして、わざわざ、わたくしを居間こちらへ来させたのです?」


 そうだ、今日、ユーレカは、朝食を一緒に摂らなかった。わたしの食事が終わったあとでやってきて、居間で報告がしたいというから、場所を移すことにしたの。

 そのときは、サルトーロの前では話せないことなのかと思ったけど、秘密にするべき内容じゃなかったよね。[凶事夢]とは言え、終わった出来事なんだから。


「も、申し訳ございません。第一食堂は、給仕以外、立ち入りを禁じられておりますので、皆様と歓びを分かち合うには、居間こちらの方がよろしいかと……」


 わたしの詰問口調と竜気に、ユーレカは身をすくませて、語尾を途切れさせた。

 歓びなどかけらも感じていないわたしは、ムカムカしながら、たたみかける。


「歓びを分かち合う、ですって? そのようなこと、誰に勧められたのです? あなたの考えではありませんよね、姫?」


 ユーレカは、石橋を叩いて渡る優等生タイプだ。自分の思いつきで、勝手に動くわけがない。わたしの意向を聞きもせずに、使用人を集められる役職でもない。たとえ、わたしに良かれと思ったとしても、誰かに相談をして、許可を得たはず。


「そ、それは、その……、ニキータ先生の助言をいただきまして……」


 ユーレカが、俯いたまま、おずおず答える。

 居間をぐるりと見回すと、わたしの後ろの壁際に、元凶がんきょうのニキータ教授がいた。

 教授こいつは、指導教官として、ユーレカに助言をする立場にある。トラウマを抱えるユーレカの治療をできるかと様子を見ていたけど、余計なことを吹き込んでくるとなると方針を変えなくちゃ。


「なるほどね。それならば、わかります。えぇ、よーく、わかりましたとも。ニキータ教授、ユーレカの隣りに来てください。他の者も、直るように」


 わたしは、ニキータ教授をめつけながら命じた。

 立ち上がるとき、ちらりとこちらを見た教授は、慌てて視線を落としたが、気脈は、委縮いしゅくしていない。こちらの隙をうかがっているというか、勝負をかける機を狙っているというか。

 上等だね、そっちがやる気なら、受けてたってやろうじゃないの。


「良い機会ですので、皆に誤解のないよう、申し渡しておきます。一つ。わたくしは、帝家に志願するつもりはありません。わたくしの意に反して、わたくしが帝女になるよう画策かくさくする者は、間諜かんちょうとみなし処罰の対象といたします」


 膝をついていた者たちが、全員、立ち上がると、わたしは、一人一人の顔を確認するように見つめながら、話し始めた。どの顔も強張っている。

 よしよし。つい先ほどまで充満してた、お祭り騒ぎのような竜気は、鳴りを潜めたね。


「二つ。わたくしは、栄マーヤの再来ではありませんし、そのような虚像を押しつけられたくもありません。以前にも伝えた通り、わたくしに関する噂を外に流したり、助長したりすることは禁じます。ちまたで、どのような噂が広がろうと、わたくしに仕える者は、浮ついた噂話に加わらないよう、お互い注意し合うように」


 たぶん、みんな、何故、わたしが怒り出したのか、わからないのだと思う。だから、その理由を話してあげるよ。

 説明しても、理解は得られない気はする。共感は尚更、期待できないね。

 竜神教徒にとって、竜神リ・ジンのご加護を賜ることは、誉れとすべき慶事らしいし、奇跡は感動モノのビックイベントなんだろうから。


「三つ。わたくしが、竜神リ・ジンのご加護を賜ったことで、わたくしを帝女に推す動きが強まったと聞きます。これは、わたくしにとって、喜ばしいことではないのです。これまで不満は押し殺してきましたが、これ以上は、竜気が制御できなくなりそうなので、人身事故を避けるために、はっきり言っておきます。奇跡やご加護の話題は、わたくしの不興ふきょうを買うと心得こころえなさい。祝福などされたくもありません」


 ここまで言えば、わたしの前で、奇跡だのご加護だのと浮かれることはなくなるよね。信心深い人たちは、反感を覚えるかもしれないけど、それは仕方ない。

 このまま不満を溜め込んで、ある日突然、怒りを爆発させちゃう方が問題でしょ。わたしだって、悪気のない相手に、八つ当たりする羽目にはなりたくないの。

 どうせ怒るなら、その原因を作った相手に、怒りを向けてやらなくちゃ。真正面からね。


「四つ。余計な噂話を流出させれば、帝女になれという圧力が増すため、先ほど、ユーレカ姫の話されたことも、他言無用です。わたくしが、ヒールの治療に協力したことも同様ですし、今後、ヒールの治療に関して外部に口外することも禁じます。よろしいですか。ここまでの指示を理解した上で、わたくしに従える者は、退出して結構です。納得できない者とわたくしの側仕えのみ残りなさい。もちろん、あなたは、残るのでしょうね、ニキータ教授。納得されたはずがありませんもの」


 逃がさないぞ、と『威嚇いかく』竜気を放って、睨みつけると、さりげなく退出しようとしていたニキータ教授の竜気は縮み上がり、へなへなと床に座り込んだ。さすがに、わたしの『怒り』の竜気を浴びて、対抗しきれるほどの根性はなかったらしい。

 それとも、幼児なんかどうとでも誤魔化しがきくと、見くびっていただけ? 

 甘かったわね。こちとら、中身は、客商売で世慣れしている17歳なんだよ。


「あなたが、誰に、何を命じられて、ここへ来たのか問うつもりはありませんよ、教授。ユーレカ姫の指導教官としての務めを果たしてくれるのであれば、きわめて不愉快であろうと、わたくしは、黙って飲み込むつもりでおりました。でも、今回の『助言』については、到底、見過ごすわけにはいきませんね」


 ニキータ教授とわたしの側仕え7人を残して、他の者が、足早に部屋を出て行くと、わたしは、弾劾だんがい演説を始めた。

 前々から、教授こいつは、いずれクビにしてやろうと思って、ソラと台詞を練っておいたのだ。これは、絶好のチャンス到来よ。


「わたくしの指導教官でも主治医でもないのに、わたくしの側仕えである姫に、わたくしに関する私的な情報を公開させるなど、許せるはずがありません。まさか、指導教官には、そのような権利や義務があるなどという戯言たわごとをおっしゃるのではないでしょうね、教授。側仕えは、主人の意に添って動くのが職分であって、自分の意に添うように動かそうとするなど、絶対にあってはならないこと。あなたは、治療医として雇用されているわけではないのですから、患者の心を誘導するように、主人を操ってはならないのです。それは、背信行為はいしんこういであり、佞臣ねいしんのすることではありませんか。完全な雇用契約違反になりますしね。それとも、姫を誘導する意図などなかったと言い張るおつもり? まぁ、[心話探査]を受けて、無実だと証明することができれば、懲戒解雇ちょうかいかいこにはせず、単に側仕えとしての適性に欠くという理由で、依願退職いがんたいしょく扱いにしてもよろしいですけど。どうします?」

 

 この台詞には、わたしの側仕えたちに、ショコラ基本原則ドクトリンを周知徹底させる意図もある。

 ユーレカだけでなく、マルガネッタ、パメリーナ、恵ジョアンナ、そして、他の侍女や護衛たちにも、「主人に断りなく、勝手なことをするんじゃないよ」と釘を刺しておくのだ。「わたしを怒らせたら、怖いんだぞ」ってね。


「…………」


 ニキータ教授は、両手を床について、へたり込んだまま、答えなかった。

 弁解くらいすると思ったのに、どうしたのさ。

 あんた、最初っから、わたしを丸め込もうと野心満々だったじゃないの。ソラの情報を聞くまでもなく、帝女に志願させようとする魂胆こんたんは、見え見えだったんだから。

 だって、嫌らしい竜気が、プンプン臭うんだもん。

 傷ついてる子供を助けてあげよういう優しさなんてゼロ。

 わたしを利用して出世しようという自己中心的な貪欲どんよくさが隠しきれていなくて、信用度もゼロ。


「さぁ、はっきりおっしゃって、教授。[心話探査]を受けて、無実を証明するのか、否か。あなたも心話力者なのですから、[心話探査]に抵抗などないでしょう? 恵ヘレンをお呼びすれば、すぐにも始められますよ。どうしますか?」


 わたしは、二者択一を迫った。罪を認めて辞職するか、無実と訴えるかを。

 [心話探査]にかけられたら、嘘や誤魔化しは通用しない。

 冤罪えんざいを晴らすには有効な弁護的手段であると同時に、他の秘密が露呈ろていしてしまう危険もあわせ持つのだ。


「――本日をもちまして、辞職させていただきたいと存じます」

「そう。側仕えとして逸脱いつだつした振る舞いであったと認めるわけですね?」


 ニキータ教授が、白旗を振ってきたけど、わたしは、言質げんちを取っておくことにした。あとで、内帝府から、不当解雇とか難癖をつけられたら嫌だもんね。


「はい。大変申し訳ございませんでした」

「謝罪は、ユーレカ姫になさい。あなたが裏切った主人は、わたくしではありませんし、わたくしは、わたくしの大事な側仕えを裏切った者を許しません」


 わたしが、そっけなく突き放すと、教授は、ごくりと唾を飲み込んで、顔を上げた。どうやら、腹を据えて、論戦をしかけてくるつもりみたいね。

 

「――最後に、一つだけ伺ってもよろしいでしょうか、ショコラ様」

「許します」


 許可してあげたのは、教授のためじゃない。この先の論戦をみんなにも聞かせるためだ。ソラとの猛練習の成果が問われることになるから、ドキドキするけど。


「どうして、それほど、帝女の地位をおいといになられるのでしょうか。帝家に入られるのは、この上なく名誉なことでございますのに」

「あなたは、魔物に遭遇したことがあるのかしら?」


 一発目は、予想通りの質問だった。この返し方は、ソラの台本にある。


「――いえ、幸いに、ございませんが……」

「わたくしを説得したいと本気で望むならば、第二大陸の前線に行きなさい。魔物と直接闘わなくともかまいません。ただ一度でも、魔物と相対し、生き延びて尚、同じその質問ができるものであれば、そのときに答えましょう」


 これは、魔物を見たこともないようなやつに、魔物と闘えと言う資格なんかないんだよ。おととい来な、という意味である。


「魔物がどれほど恐ろしいものであるかは、聞き及んでおります。ですが、ショコラ様ほど竜気量が多く、お強い王族は、幾たりともおいでにならないのございます。竜眼族が存続できるかどうかは、ショコラ様のお力にかかっていると……」


 わたしは、『否認』竜気で、教授の『説得』竜気を蹴散らしつつ、声を高める。


「あなた、わたくしの話を聞いていなかったの? わたくしを説得したいなら、魔物をその目で見てからになさいと言ったでしょう。自分には経験も覚悟も能力もないというのに、志願などしないと明言している未成年を言いくるめて、闘いを押しつけようとするなんて、誓神官が『誓縛』をかけるようなものではありませんか。仮にも教職につきながら、本当に厚顔無恥な人だこと。少しは恥を知りなさい」


 わたしが、吐き捨てるように『侮蔑』竜気を飛ばすと、ニキータ教授は、ぐっと詰まった。

 だけど、まだ抵抗を続ける気らしいので、更に、駄目押しをしてやる。


「外帝陛下は、魔物との闘いに、覚悟のない者を送り出すことはしないと約束してくださいました。それなのに、闘いについて何も知らない素人が、陛下のお考えにそむくと言うのかしら。まして、軍属ぐんぞくでもないのに、保護者の許しも得ず、未成年を徴兵しようとするなんて。ちなみに、わたくしの保護者は、外帝陛下なのですよ、教授。法的解釈によっては、反逆罪を犯していることになりましてよ」


 ニキータ教授が、愕然がくぜんとした様子で、竜眼をカッと見開いた。口も半開きになっているけれど、言葉は出てこなかった。

 ふん、教授のくせに、帝竜国法も知らんのかい。

 まぁ、わたしだって、知らないけどさ。ソラが教えてくれた条項以外はね。


「あなたと違って、わたくしは、名誉など欲しくありませんのよ、教授。わたくしが欲しいものは、魔物とは無縁で、満たされた食生活なのです。帝竜国には、生活改善のための活動をすることで、王族として奉仕したいと思っておりますわ。だいたい、栄マーヤの再来がおられたとして、どうして、また同じ重荷を背負わなければならないのですか。そのようなことが、栄律法に書かれているとでも? ずいぶんと都合の良い解釈ですこと。かつて、竜眼族の存続のために、竜気を捧げ尽くしたのだから、次の世では、穏やかな人生を歩んでいただきたいと思う方はいないのかしらね。一方的に頼り切るより、守り守られる方が、公平というもの。別の道を望むのは、我儘で許されないと、非難されるいわれなどないはずなのに。竜神リ・ジンのご加護とて、召集令状のような意味合いだと、勝手に決めつけているようですけど、幸福や安寧あんねいを象徴しているのかもしれないでしょう? ここまでお話しても、わたくしが間違っていると言われるなら、その証拠を出してくださいな、教授」


 ここまで、舌をかまず、とちらなかった自分を褒めてやりたい。

 ソラが教えてくれた台本どおりとはいかなかくても、ポイントはちゃんと覚えていたと思う。論戦というより、竜気の勢いにまかせて、有無を言わさずに押し切った感じだけど、構わないのさ。教授が、がっくり肩を落として、気脈もしおれているのだから、これは勝利と言えるでしょ。

 良くやったぞ、わたし。ソラにしごかれた甲斐があったね。

 

「――出過ぎたことをいたしまして、真に、申し訳ございませんでした、ショコラ様。できましたら、これで、御前を失礼させていただきたいと存じます」

「許します」



 こうして、わたくしの初の論戦は、教授相手に勝利を収めたのでございます。


 その後も、度々、同じようなやり取りをすることになりましたが、初回で自信がついたわたくしは、引き分けても、負けることはありませんでした。


 何よりの成果は、側仕えたちが、わたくしの考えを理解してくれたようで、好まぬ話題を持ち出さなくなったことでしょう。


 おかげで、それからしばらくの間、わたくしは、実に穏やかな理想的な生活を送ることができるようになったのでございました。

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