第45話 女性の進路と恋愛観。

 

 あなたは、結婚したい派? 

 それとも、独身の方が楽でいい派?


 戦前は、日本でも、結婚するのが当たり前だったって言うよね。

 未婚女性は、『行き遅れ』とか、『行かず後家』とか蔑視べっしされていたって。


 そういう話を聞くと、今の時代に生まれてきて、良かったとしみじみ思うな。

 自分で選ぶことができる――それが、本当の自由ってことなんじゃない? 



「女性の進路……で、ございますか」


 翌朝、モーニングミーティングで、早速、マルガネッタに、聞いてみた。

 普通、雇っている人間と、一緒に食事をしたりしないものらしいけど、わたしは、秘書官と打合せ方々、朝食を摂ることにしてるの。

 午前中は、座学で、昼食後はお昼寝をしてから、たいてい外出。毎日、結構忙しくて、資産関係の話をする暇がないのよね。夕食後は、ゆっくり、ソラと質疑応答タイムを持ちたいしさ。


「えぇ。昨日、女性には、大きく分けて、四通りの生き方があると教えてくれたでしょう? 文官と女官と、あとは、侍女……になるのかしら。その細かい内容が知りたいの。どんな職種があるのかとか、どんな学校に通うものなのかとか」

「それは、ユーレカ様のご将来に関わる情報としてでしょうか」


「そうよ。でも、王族だけではなくて、貴族のことも含めて話して。もう少し、基本的というか……、一般的なお話を聞きたいわ」

「かしこまりました。それでは、基本的なことから、ご説明いたしましょう」



 帝竜国の教育法は、身分ごとに、決められている。

 感情波しか出さない[下艮門]には、神通力の訓練は不要だけど、竜気が強い者ほど、早く制御を学ばなければならないから、それだけ教育期間も長くなるらしい。

 だから、神通力が発現する前に、帝立王寮に入れられることになるのね。王族は、4歳から幼年科に、貴族は、8歳から初等科に、親元から移されるわけ。


 哺乳類でない竜眼族には、『乳離れ』なんていうものはないけど、王族の子供は帝家が教育するもの、という共通認識があるせいで、『子離れ』が大変ということもないみたい。

 そもそも、寿命が長い分、親子は、兄弟と同じ競争関係にあるのね。波長が合わなければ、とうてい、一緒に暮らしていけるものじゃないのよ。


 これは、実感できる。もし、ソフィーヌ寮長が母親だったら、わたし、ストレスでおかしくなったと思うから。

 とげとげした感情波をやりとりしながら、それが、日に日に悪化していくんだよ。弱い子供の立場で、どんなに反発を感じても、言われること全て聞かなくちゃならないなんて、ホントたまったものじゃないって。


 帝立王寮は、通いは認められていなくて、全寮制。王族しかいない幼年科は、一人一人が、別の宿舎で、それぞれ担当教官がついて、側付きの侍女を始めとする使用人を雇い入れるから、あまり、寮生活をしてるって感じがしないけど。

 ただ、王族としては、これでも、質素な暮らしをしてることになるみたい。

 4歳で、自分の所帯を持ったわけでしょ。私有財産で、やり繰りをする実地教育を施されているってことなのよ。

 その点では、わたしって、恵まれていたわね。


 初等科になると、王族と貴族が混ぜられて、男子寮と女子寮に分かれることになるんだって。もちろん、人数は、圧倒的に、男子生徒が多いわけだけど。

 時間割がきっちり決められて、規則も多いって言うから、ある意味、初等科が、基礎教育の始まりになるのだと思う。

 今の幼年科は、そうした集団生活を送れるように、神通力の制御を学ぶことが、最重要課題になっているのね。


 女性は、この初等科にいる4年の間に、およその進路を決めることになるの。

 王族は、12歳になると、栄立学院えいりつがくいん恵立女院けいりつじょいんに進学する。これは、どちらも、神殿に附属した中等科だけど、栄立は、艮門系で、恵立は、七門系の神通力者が通う。

 そう、一応、通いになるのよ。神殿の敷地内にある寮を借りて、幼年科と同じように、使用人を雇って、自前で生活しながら、徒歩で通学するのが原則。


 そして、16歳になると、内帝府ないていふ外帝府がいていふ、あるいは、王家に、実習生として仕官するか、高等科に進学するかを選ぶ。

 特殊な専門職や研究職を希望する場合は、20歳で、大学へ進むこともあるけど、女性には、ほとんどいないらしい。

 成人すれば、結婚義務を果たさなければならないから、よほど成績優秀か、逆に、訳ありの女性しか、学問の道は選ばないみたいね。


「ユーレカ様のご事情ですと、大学まで進まれるのも、よろしいのではないかと存じます。数字に強い女性は、希少でして、経理系の推薦を受けやすいのです。他の専門職にも――たとえば、教官や医官などになる道もございますし、職種の選択肢が増えることになります。わたくしも、大学に進み、管財人の資格を取った後で、24歳から、内帝府の所属になりました」

 

「甘味官は、専門職になるの? 大学へ行った方が有利かしら?」


 ふと疑問に思って、軽く聞いてみたら、怪訝そうな竜気が返ってきた。


「甘味官は、特別職にあたりますね。大学へ行く必要はないでしょう。帝家や王家へ仕官するのであれば、高等科は出ている必要はございますけれど。ただ、甘味官は、もともと定員が少なく、移動もないので、いつ採用枠が空くかもわかりません。志望したからと言っても、仕官できるとは限らないと思われますが……」


 ガーン。嘘でしょ。ソラは、そんなこと言ってなかったのに。

 でも、ソラも、知らないことが結構あるようだし、マルガネッタの情報が正しいんだろうな。


「あ、空くまで、待つということはできないの……?」


 ショックを受けたわたしが、喘ぐように問い詰めると、マルガネッタの方も、ショックを受けたように問い返してきた。


「あの、まさか、ショコラ様が、甘味官をご志望されるおつもりなのでしょうか」


 おつもりだけど。その否定的な竜気は、どうしてかしら。

 反対する気? 受けて立つわよ。

 因業爺相手に磨いた舌戦でなら、勝機はあるからね。


「えぇ。わたくしは、甘味官になりたいのです。でも、それが、もし、無理だったら、お菓子屋さんでも、作ればいいかしらね」


 そうだよ、『ショコラ洋菓子店』の三号店(異世界支店)を出してもいいかもね。別に、お役人にこだわる必要はないもん。資金に困ることもないだろうしさ。


「お、王族の方が、商店を経営されることなどございませんよ」

「法律で、禁止されてるの?」

「――いえ、そういうわけでは……、ございません……けれども……」


 マルガネッタが、動揺しまくって、声も竜気もかすれ気味になってるわ。


「まぁ、わたしのことは、取り敢えずいいわ。それより、他の職種も教えて。教官と医官と、管財人と……、あとは、どんなのがあるの?」


 ここで、揉めても仕方ないので、さっさと話題を戻すことにする。

 今、問題としているのは、わたしの将来ではないもの、ユーレカの方よ。


 わたしがジュースを飲みながら、マルガネッタが、立ち直るのを待っていると、しばらくして、やっと気を取り直してくれた。この辺、まだ未熟だよね、この人。


「他の専門職は、どのような神通力が使えるかによって、変わってまいりますね。ユーレカ様は、五本指でございますから、七門系の神通力者なのではないでしょうか。何れの門系もんけいか、お聞きになっておられますか」

「え? 門系って……それは、16歳で決まるのでしょ?」


 16歳の誕生日に、神通力の総合検査を受けて、[**門]と名乗るようになるんじゃなかっけ? 成長期には、門系はつかないって聞いたよ。


「それは、最終的な総合検査のお話でございます。王族は、8歳と12歳の2回、貴族は、12歳で、基礎検査を受けますので、そこで、基礎四門の有無は、判明いたします。つまり、艮門系か、七門系かということ。七門系であるなら、[震門しんもん]の心話か、[離門りもん]の隔視かくしか、[兌門だもん]の念動か、[坎門かんもん]の透視かという基礎力くらいは、はっきりするのです。ユーレカ様は、9歳でございますから、基礎検査の成績は出ていることでしょう。仮に、三ノ宮国では、しきたりが違っていたとしても、帝竜国に来られたあとで、受けられたはずでございますから」


 なるほど、それは知らなかった。

 神通力者なら、その力を生かした職種にもつけるってことだね。


「そうなのね。ユーレカ様に、問い合わせてみるわ。基礎検査の成績って言えば、わかるのかしら」

「お問い合わせするのでしたら、ユーレカ様ご本人よりも、ソフィーヌ寮長様の方が、よろしいかと存じます。神通力だけではなく、他の教科の成績や進度もご存知でしょうし、能力や適正についてもご意見を伺うことができましょう」


 あぁ、やっぱり、ソフィーヌ寮長は避けて通れないか。

 仕方ないや。覚悟を決めて、この後、『ご相談』することにしよう。


「そう。わかったわ。それじゃ、ひとまず、成績は置いておくとして、今度は、学校のことを教えて。栄立と恵立があるのよね。どちらに進んでも、文官や女官になれるの?」


 栄立学院には、四科ある。

 文官科と女官科は、推薦入学みたいな感じで、王族や貴族の女性が入る。

 普通科と経理科は、難しい選抜試験があって、豪族階級以上の成績優秀な竜眼族(こちらは、男性が多い)だけが受け入れてもらえるとのこと。


 帝家や王家に、文官や女官として仕えたり、王族付の秘書官や教官になるつもりなら、栄立学院ここで、優秀な成績を修める必要があるらしい。

 パメリーナやマルガネッタは、当然、ここの卒業生なのよ(二人とも、主席卒業だって)。

 

 恵立女院は、女生徒だけで、八科に分かれてる。

 神通力別に、震門科、巽門科、離門科、坤門科、兌門科、乾門科、坎門科の七門科と芸術科ね。

 芸術科は、栄立学院に落ちた艮門系の貴族や豪族が、滑り止めとして使うこともあるらしい。

 こちらは、スペシャリスト育成の学校で、技官が多い。芸術科からは、文官や女官もなる人もいるけど、栄立出より評価は低くて、貴族の家に仕えるレベル。

 

 帝竜国では、五本指のセルシャ系王族は、『宝族ほうぞく』と呼ばれて、四本指のマーヤ系より、一ランク下と見なされているのね。

 帝家の下で、統治の補助をする十六王家とは別に、技能の継承を担う六十四の『宝家ほうけ』があって、豪族や、匠族は、その傍流の血統にあたるみたい。

 匠族のカモミールは、六本指だけど、それは、異種族の血が混じっている場合ね。


 因みに、身分順は、『帝位ていい宮位ぐうい王位おうい宝位ほうい』の王籍四位おうせきよんいで、位を持たない王族は、成人すると、このうちの誰かの家に仕官する形になるの。


 王族を支える臣族しんぞくが、『貴族、豪族、士族、匠族』の臣籍四族しんせきよんぞく

 士族は、貴族に使える武官の階級のことよ。

 更に、この下に、民籍みんせきの平民と異籍いせきの異種族がくるわけ。

 それと、奴隷もいるか。あんまり考えたくないけど。


 ユーレカは、『宝族』だから、七門系の神通力者なら、恵立女院に入るのが常道で、上手くすれば、どこかの『宝家』に迎え入れてもらえる可能性もある。

 上級文官や一級侍女を目指すなら、栄立学院に行く方がいいけど、留学生扱いだと、内帝府や外帝府には仕官できないし、学費が高いから、やめておく方が無難だって。まぁ、わたしに仕えると決まった以上、学歴にこだわる意味はないよね。


「それでは、侍女になる人は、皆、栄立学院か恵立女院の卒業生ってことなの?」

「いいえ。一級か二級の侍女だけでございます。神殿附属は、寄進きしんを求められることが多いため、私有財産を持たない女性は、縁故を利用して、三級侍女に召し上げてもらうか、16歳から見習い侍女になり、四級侍女の資格を取る道を選びます」


 一級侍女というのは、国家公務員で、帝家に仕える。

 二級は、地方公務員で、王家や宝家に仕える。

 三級は、民間企業の正社員で、貴族や豪族に雇われる。一応、転職は可能だけど、一級や二級に上がることはできない。

 四級は、派遣社員みたいなもので、産休を取った人の穴埋め要員として、あちこちの家を移動していく。


 ユーレカの嫌がっていた愛人や接待は、三級や四級の侍女に要求されることらしいのね。

 四級の場合は、断って辞めることもできるけど、基本給が安い上に、『自己都合』の退職ということになると、次の派遣先が探しにくくなるんだってさ。

 完全に、セクハラ、プラス、パワハラよ。

 世知辛せちがらくて、ろくでもない話じゃないの。 


「女官でも、同じように、要求されることがあるの?」

「接待に駆り出されることは少ないですが、特定の方の愛人となる方は、むしろ多いように思われます。一般的には、それが一番幸せになると喜ばれておりますし、ユーレカ様が忌避きひされるのに驚きました。やはり、宮国群の方は、帝竜国こちらとは、かなり価値観が違うようでございますね」


 わたしだって、違うよ! 

 何、それ。援助交際、嬉しいわってことなわけ?


「愛人になるのが、一番幸せなの?!」

「いえ、その……4年ごとに、別の男性と結婚の契約を交わすよりも、波長の合う方おひとりと自然な形で、気綱を長く結んでいられるのですから、それを幸せだと感じる女性もいるのです。もちろん、王族には、【八八義務はっぱちぎむ】がございますし、貴族も、同様に【四八義務よんぱちぎむ】があるわけですけれど、交代要員がおらず、産休が取れない職種ですと、働きに応じて、義務を減免されることがあるのです。そうしますと、どうしても、好きな方だけとおつきあいしてしまうものでございまして」


「もしかして、マルガネッタも、どなたかとおつきあいしてるの?」

「それは、その……、まぁ、何と申しますか……、はい……」


 うっわっー、目からうろこが落ちたわ。

 今、わたしの竜眼は、極限まで見開かれているに違いない。前にもあった気はするけど、カルチャーショックばかり続いて、余計ギョロ目がひどくなったら、どうしよう。


 ともかく、『愛人』という訳語が、誤解の素だったのかも。好きな方っていうのは、『恋人』って、ニュアンスだよね。もしかしたら、『接待』の方も、それほどのマイナスイメージは、ないのかもしれないな。


 ほら、あれ。平安時代の恋愛絵巻みたいな感じよ。

 光源氏は、救いがたい浮気男だと思ってたけど、あの頃は、女性をくどくのが礼儀みたいな風潮があって、貴族付の女房は、身分の高い殿方から、くどかれるのを喜んでいたというでしょ。

 本当かどうか、昔のことはわからないけど、ここの恋愛観はそれに近いんじゃないの。


 よくよく考えてみたら、契約結婚だって、一夫一婦制の結婚とは、なるものだよね。あくまで、子づくりするための、4年契約。

 娘が生まれれば、母親の勝ちで、息子が生まれたら、父親の勝ち。

 一人も生まれなければ、結婚はハズレで、お次に期待――っていう賭けゲームみたいなものなんだもん。


 そりゃ、竜気の強さが違っていたり、波長が合わなかったりしたら、結婚自体できないから、相性の良い相手を選ぼうとはする。

 でも、この人だから選ぶというオンリーワン的な特別感じゃないよなぁ。

 一生げるというほどの覚悟はないにしろ、これから一緒に生活して行こうというのは、相当な決断がいるけど、ここでは、結婚したところで、所帯は別のままだし、かよこんが一般的だからね。


 その上、子供を手元で育てるとしても、王族は4歳まで。貴族だって、8歳までで、帝立王寮に入ることになるわけで、親子の情は薄いし、兄弟なんか、顔も知らずに育つことの方が多いのよ。

 初対面で、四系を教え合って、「あら、兄妹だったのね。これじゃ、結婚はできないわ」的な悲喜劇もよく起きるくらいで。


 あれ? でもさ。確か、竜眼族は、生殖能力が低いっていう話だったよね。

 恋愛には淡泊で、放っておけば、結婚もしたがらないから、義務化したんだって。

 それって、真剣シリアスな恋じゃなくて、もっと軽薄ライト感覚な交際を好んでいるって意味なの? 

  四年という短い期間でも、契約で縛られたくないから、結婚したくないとか、そういう独身貴族(文字通りで)万歳的な理由なわけ? 

 ソラの説明から受けたイメージとかけ離れているんだけど。まぁ、ソラは竜だし。自分でも、人の恋愛や結婚については、よくわからないって言ってたしな。


 あー、もう、やめやめ。

 一人で、セクハラだと憤ったり、侍女の立場に同情したりして、アホみたいだわ。

 たぶん、ユーレカ王女とは、結婚観が近いから、あの子が嫌だと言う以上、光源氏プレイボーイの手から守ってやりたいと思うけど、帝竜国人は、勝手にやってちょうだい。そうよ。わたしには関係ないことなのよ。



 マルガネッタには恋人がいるという個人情報付きの『ご説明』は、わたくしに、かなりの衝撃をもたらしましたが、短い朝食時間のこと故、そのまま流すことにいたしました。


 この日、この後の座学は、『作法』の授業でありまして、ソフィーヌ寮長への憂鬱な『ご相談』が控えていたからでございます。


 魔物と闘ったあの初日と同じほど、長く濃く疲れる一日は、このとき、まだ始まったばかりでございました。


 

 


 


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