第31話 僕1号は、斥候竜テリー。


 日本で、身近な動物と言えば、犬や猫くらいだよね。

 昔の農村では、馬や牛も、生活に必要なものだったって聞くけど、今は昔。

 野生動物なんて、ほんとに少ない。

 人里に降りてきたら、害獣扱いだし。

 考えてみれば、いるのは人間ばかり。

 人間と共生できる生き物しかいない国。


 帝竜国の主流は竜なのよ。

 とにかく、竜が多い。竜の種類は、四十万以上。 

 この大陸には、竜以外の土着の生き物は、ほとんどいないんだって。

 哺乳類や、鳥類や、魚類はいない。似たような外見をもつ竜類はいるけど。

 地球とは、生態系が全然違うのよね。

 太陽や月は、同じに見えるのにさ。



「あれが、斥候竜せっこうりゅうでございます、ショコラ様。まだ、二年仔にねんごで、調教を始めたばかりなので、これ以上、近づかないようにお気をつけください」


 御者兼護衛のオランダスが、指し示す先には、牛のような体格の竜がいる。

 いや、脚の形を見ると、巨大なリスと言えるかも。

 下半身がどっしりしているけど、後脚二本で立ち上がることができるし、短い前脚は、物が掴めるくらい器用そう。尻尾は太くて、体長と同じほど長い。

 毛がふさふさしていて、竜眼でなければ、哺乳類と間違えたと思う。

 四本脚で、のしのし歩いている姿は、鈍重で、気性が荒いようには見えない。


 でも、竜気は強いし、気脈が尖っているの。

 トゲトゲしくて、ピリピリした感情波が伝わってくるわよ。

 こっちを全然見ないけど、ものすごく意識してるのはわかる。

 きみきみ、どうしたのさ。警戒心がマックスじゃないの。


「あの子、わたしが、嫌いみたい」


 わたしが、ちょっとへこんで言うと、オランダスの竜気が、笑みを含んだ。

 この人は、初日から、竜車の御者をしてくれてる退役兵。

 御者っていうと、身分の低い下男のイメージがあったんだけど、帝竜国では、平民に、中型以上の竜を扱うことはできないんだって。

 それに、王族の側付きになるのは、貴族じゃないと無理って言ってたもんね。

 特に、わたしの場合、竜気が強くて、軍務経験がある人じゃないと、いざというときに対応しきれないってことで、抜擢ばってきされたというんだから、かなり有能な貴族なんだと思う。


 一見すると、貴族には見えないんだけどね。作業服みたいなつなぎを着てるし、へりくだった態度が板についてるし。竜気も強いと感じられないの。

 でも、ソラによると、これは、擬態ぎたいなんだって。

 隠密廻おんみつまわりの遊撃隊ゆうげきたいにいた特技官とくぎかんで、要するに、潜入が得意なスパイだったってことらしい。

 「護衛の腕も一流だから、安心して」と言われたけど、スパイをつけられるなんて、安心していい話なのかな。


 まぁ、擬態してるって言うなら、わたしもそうなんだけど。

 今も、短いベールはつけてる。これだけは、外せないのよね。

 でも、日よけ用に見えるようグレーのシンプルな羽衣に変えているし、貴族の男児が着るような外出着を着ているの。

 遠目では、王族にも、女児にも見えないように。

 この七日間、宿舎を出るときは、いつも、この格好をさせられてるのよ。


 どうして、変装するのか。

 この竜育園では、竜の卵を買い取ったり、飼育した竜を売ったりしているので、訪問客がそれなりにいるわけ。見学者コースもあるくらいだもんね。

 一応、オランダスが予定表を把握して、バッティングしないように、その日に行く場所を決めてくれてはいる。

 でも、ニアミスは避けられないかも知れないでしょ。そのときに、ここに、王族の女児がいると知れると、面倒なことになるんだってさ。


 何が、面倒かって? 

 王族や貴族が、わたしと面識を持とうと、押し寄せてきちゃう可能性大だってこと。つまり、婚約者候補に名乗りを上げるべく、ツバをつけようとするやからが多いってことよ。

 まだ、幼女だって言っても、お構いなしに。青田買いもいいとこだけど。

 まぁ、男女比が、8万対7だもんね。

 そりゃ、男側の立場からすれば、どんなチャンスでもひっ掴んで、自分の存在をアピールしとかなきゃいけないんだろうね。

 大変だよなぁ。同情はする、心から。でも、面倒なことに変わりはないし、わずらわしいのはごめんだわ。ノーサンキュー。


 原則として、竜眼族の女性は、自分より身分の低い男性と結婚できないの。

 あれ、逆か。竜眼族の男性が、自分より身分の高い女性に求婚ができないんだっけ。とにかく、わたしが、正式に結婚できる相手は、王族だけなのよ。

 でも、成人前の恋愛は別。一階級下でも許されてる。貴族でもいいわけね。

 勿論、竜気の強さがかけ離れていたら、はなから無理だけど。

 初めてのお相手くらいは、好きな人を選んでいいよって温情なのかな。


 それで、未成年の女性王族には、王族だけでなく、貴族の男性も、群がってくるらしいの。

 ダメ元でも、アタックしてみようという心意気は買うけど。

 その気持ちは、痛いほどわかるし、親近感もわくし、邪険じゃけんにしたいとは思わない。

 ただ、さすがに、幼女にまとわりつくのは、やめて欲しいよね。

 恋愛なんて、10年も先のお話。婚約できる16歳になるまで、待っててちょうだいな。

 わたし、今は、お勉強に忙しいの。

 夢を叶えるために。無駄に使える時間はないのよ。


「テリーは、ショコラ様を嫌っているわけではございません。怯えているだけなのですよ。いつでも、逃げられるように、ああして、竜気を張りつめているのです」


 オランダスの声に、わたしは、視線の先にいる斥候竜へと注意を戻した。


 本日のお勉強の対象は、体長2メートル(尻尾部分は除く)、四つ脚状態で高さ1メートル半もある竜なのだ。

 この大きさでも、竜種としては、中型で、小さい部類に入るらしい。最大の地王竜になると、40メートルを超えるんだってさ。


 そして、竜類は、大きければ大きいほど、知能が高いという傾向がある。

 大昔に地球を闊歩かっぽしていたという恐竜は、知能が低かったというけど、ここでは、脳味噌が多いほど頭がいいってことなのかな。

 まぁ、それが一般常識なら、ソラは例外中の例外なんだろうね。あんなにちっこいのに、茉莉花わたしと同じくらい知能が発達してるんだから。

 わたしのが、負けてるって? それを言っちゃ、おしまいよ。


「どうすれば、仲良くなれる? 闘竜とうりゅうのときみたいに、攻撃波をあてるの?」


 これは、いろいろな竜種りゅうしゅに慣れて、それぞれの扱い方を覚えるための訓練。

 同時に、気脈を探って、相手の竜気量を測り、それに応じた竜気を放つための実習でもある。

 竜類は、互いを竜気で、順位つけするらしい。

 同種の場合は、牙とか爪とか物理的な攻撃もありだけど、竜眼族に対しては、自分より竜気が強いかどうかで、敵対するか従属するか決めるんだって。


 昨日までは、闘竜がいる区域を回っていたの。

 竜育園ここにいる中では、一番頑丈で、竜気も強いから、ソラが、最初の練習相手として選んだみたい。

 ただ、肉食竜だから、こちらが弱いと思えば、獲物認定されてしまうし、似たような竜気だと、甲乙をつけるために、攻撃してくる。

 かと言って、あまりに強すぎると、群れ全体が死んでしまうかもしれない。

 群れのボスを失神させるくらいに強く、下っ端を殺さない程度の力加減が必要になるのよ。ほんと、難しかったわ。


 初日は、群れのボスが、いきなり向かってきたのを見て、反射的に攻撃波をあてちゃったの。「うわーっ」って感じで、思いっきり。

 それで、ボスは倒れたんだけど、他の竜たちは、攻撃範囲外にいたもんだから、一斉に逃げ出して、「ギャオギャオー」と喚きながら、大パニック。

 わたしも、即、避難させられた。


 その後、気絶した竜は、ボスの座から追われることになって、新たなるボスを決めるための死闘が繰り広げられ、一頭が死んでしまったらしい。

 次の日、傷だらけの勝者と相対することになったわたしは、その猛々しさにびびっちゃって、またしても、力いっぱい攻撃してしまったの。

 新ボスも、あえなく撃沈。群れのパニック再び。

 そして、ボス戦が、連チャンで開催された模様。


 三日目は、わたしが近づいただけで、群れは、一丸となって、草原の彼方へと走り去って行った。

 三代目ボスは、わたしと闘うことを放棄したらしい。

 四日目、五日目と、竜車に乗ったわたしは、群れを追い回した。

 好きで、追い回したわけじゃないんだよ。

 逃がすつもりがないとわからせないと、いつまでも決着がつけられないって、ソラに言われて、仕方なくだったんだから。


 そして、六日目の昨日、やっとのことで、三代目ボスが、わたしのところへやってきて、ブワンと放屁ほうひした。おならが、闘竜の絶対服従の意思表示なんだって。強烈に臭いし、恭順されたというより、喧嘩を売られた気がしたけどさ。

 三代目ボスは、群れの竜たちに、竜気を放った。こんな感じで。


<おう、野郎ども。あねさんがお見えになったんだ。ご挨拶しねぇか>


 それに追随ついずいする手下たちの竜気も、いたって荒々しく、ガラが悪い。群れというより、組とか、団とか言う雰囲気なのよね。こういう風に。


<へい。どうも、姐さん。可愛がってやってくだせえ>

<へへへ……、姐さん、今日も、きりっとなさっておいででやすね>

<狩りたてで、新鮮ですぜ。どうぞ召し上がっておくんなさい>


 かくして、わたしは、闘竜の群れに君臨することになったわけ。

 保育園の栄光リターンズ。ボス猿ならぬ、ボス竜だぞ。

 まぁ、ブワン、ブワンと悪臭を放ちながら、血まみれの獲物を献上されても、全く嬉しくなかったけどねぇ。


「斥候竜は、[眷属竜けんぞくりゅう]の一種で、闘竜などの[調教竜ちょうきょうりゅう]とは違います。竜眼族が支配するのではなく、交誼こうぎを結ぶものなのです。[配偶竜]ほど知能は高くありませんが、極めて【交感波】が強く、意思疎通がしやすいのですよ。ただし、波長が合わなければ、気綱は取れません。相性の良し悪しで決まってしまうので、[調教竜]のように、竜気さえ強ければ扱えるというものではありません。ですから、優しく語りかけるつもりで、ゆっくり気脈を伸ばしてみて下さい。仲良くなりたいという気持ちを込めながら。できるだけ、脅かさないように」


 オランダスのアドバイスに従って、わたしは、テリーに、そっと気脈を伸ばしてみた。気脈というのは、竜気の流れだから、竜気を制御できるようになれば、向きや力加減を変える応用で、伸ばしたり縮めたりすることもできるの。ちょっとコツはいるけどね。そのコツさえつかめれば、そんなに難しくはない。


 テリーの気脈と触れ合ったとき、ピリッと静電気が走った。

 でも、それは一瞬のことで、すぐに、お互いの気脈が溶け合い、一本に繋がったのがわかった。これって、ソラと気綱を結び直したときと同じ感触。

 うーん、まぁ、ちょっと細い感じはするけど、普通の気脈とは違ってる。

 ただ流れてるんじゃなくて、繋がってるということがわかるわ。


「オランダス。わたし、この子を飼いたい。いくらなの?」



 こうして、わたくしが自分で購入する最初の竜は、斥候竜となりました。


 幸い、テリーはソラとも相性が良く、配偶竜の下につく形で、わたくしのしもべ1号となったのでございます。

 


 

 

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