第4話 土下座が繋ぐ人々の輪
僕が
そもそもこの世界に土下座ってあるんだ……。
「たいっへん、申し訳ございませんでしたァ!」
「別に未遂だったんだし、いいよ。それよりも顔をあげて、床に付けてたら汚いよ」
「滾る魔槍の勢いに任せ、襲いかかってしまったボクなんて……汚いと罵られようと、別に構いません! それよりも、このことは……このことは内密に!」
顔も見せず言い切ったティアちゃんは、さらに強く頭を床に押しつける。
もしこの部屋に他の人がいたら、相当大変な絵面になってそうだなぁ……。
「大丈夫だから。誰にも言わないから」
「ほ、本当?」
「うん、本当。ブランディさんやケッツンさんに知られたら、怒られちゃうもんね」
「あ、別にその二人には話してくれても大丈夫ですよ。むしろ、それ以外の方には! ご内密にィ!」
「えぇぇ……」
僕の言葉に嬉しそうな顔を見せてくれたティアちゃんは、またしても叩きつけるように床へと頭を押しつけた。
まって……てことは、あの二人も共犯者!? な、なんてこったい……。
「と、とりあえず誰にも言わないから顔をあげて、ね?」
「り、リヒトぉ……」
「それより、僕にやろうとしてたマッサージってどんなことだったの? 僕の
「そ、そりゃ出来ないよ! いや、出来なくはないんだけど、ボクとしてもあまりその……男同士でするものじゃないし……」
顔を勢いよくあげて、ちょっと恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めながら、ティアちゃんがごにょごにょと言葉を濁す。
文字通り、もじもじと身体をよじるティアちゃんはとても可愛いんだけど……この子が男の子かぁ……。世界って不思議なんだなぁ……。
「でも魔力を注ぎ込むって言ってたよね? なら出来たりしないのかな?」
「むり、むりむりむり! いくらリヒトが可愛くても、ボクはちょっと……!」
「そういうものなの? あと、僕が可愛いとかそんな、僕は男だぞ!」
「あー、うん。そういうところも可愛いのが悔しいなぁ」
「な、なんでェ!?」
男らしく胸を張って顔を作った僕に、ティアちゃんはなぜか顔を赤らめつつも、憎々しげな声で呟いた。
ちなみに僕が作った顔は「ドヤァ!」って感じの顔。昔、看護師さんに教えてもらった、必殺の表情というやつだ。まったく効果はなかったというか、むしろ僕の心にダイレクトアタックだったが。
「でもリヒト見てると、ボクと同じ
「魔槍って
「え? いやいや、そんなことないよ。もっとずっと大事なことに使うんだよ」
「そ、そうなの!?」
「し……仕方ないなぁ、教えてあげるよ。あのね――――」
ベッドに座った僕の隣りに座って、ごにょごにょと耳元で囁かれるいろんなこと。アレをあーして、こうして……すると、こうなってあーなって……。ごにょごにょごにょと続けられる話は、僕の全く知らなかった
そ、そんなことを僕にする気だったの!?
「って、感じかな?」
「ふ、ふぇ……」
「その様子だと、ホントに何も知らなかったみたいね。全く、もう早ければ結婚しててもおかしくない歳なんだから、このくらいのことは知ってないと」
「け、結婚!? そう、なんだ……」
「……リヒトって、今までどんな生活してきたのよ。エルフは長命だから、十代ってほんと赤子みたいなものって聞くけど、それでもエルフが森から街に居住区を移してから数百年はたってるんだし、私達
そんなことを言われても、僕がこの世界に来たのは今日……もとい昨日が初めてのことだし。
なんて、そんなことを言えるわけもない以上、僕が出来たのは「あ、あはは」と笑って誤魔化すことくらいだった。
「まぁいいわ。旅人さんの過去を詮索するのはマナー違反だもの。言いたくなかったら言わなくて大丈夫よ」
「うん、ごめんね?」
「だから大丈夫だって。それより、なにか今回のお詫びをしたいんだけど……」
そう言って彼女……いや彼は、僕の手を取る。スベスベとした手は、本当に同性なのか疑いたくなるけれど、頭の中からそんな疑問はとりあえず排除して、僕は「それじゃあ――」と、お願いを口に出した。
◇
「リヒト、お待たせ!」
あの事件が起きた日のお昼。僕は竜の羽休み亭の入口外で、ティアちゃんと待ち合わせをしていた。
お詫びをしたいと言った彼女……いや彼……もう面倒だからティアちゃんに、この街の案内をお願いしたからだ。
「ううん。大丈夫。ティアちゃんこそ抜けてきて大丈夫?」
「うん! お母さんにお願いしたら、いいよって。それより行こっ!」
「あ、うん」
僕の手を引くようにして歩き出したティアちゃんに合わせ、僕も街の中へと踏み出した行く。
チラチラと周りから感じる視線は、モーガンさんと一緒だった時とは比べものにならないほど多く感じたけれど、不思議と突き刺すような感じは受けなかった。隣りにいるのがティアちゃんだからかもしれない。
「それで、リヒトはどんな所を知りたいの?」
「んー、この街で冒険者登録しようかなって思ってるから、冒険者に関係ありそうな所かな?」
「だったら、武器とか防具のお店と、雑貨屋さんとか行ってみよ!」
「うん。お願いします」
ティアちゃんと手を繋ぎ、夜空を肩に載せ二人と一羽でテコテコと通りを進む。
道中、露天商のおじさんからティアちゃんが話しかけられたりとか、露天商のおばちゃんがティアちゃんに話しかけたりとか、露天商のお兄さんにティアちゃんが餌付けされたりとか……いろいろ、色々あったけど、見事に巻き込まれて僕も顔を覚えてもらえた。
思ってた以上に、ティアちゃんって街の人に人気なんだね。
「リヒト、ここが武器屋さん!」
「なになに……“熱と男のゴーレス武具店”? なんだか暑苦しそうだね」
「うん。そうね」
「あ、そうなんだ」
テンションを一瞬して下げたティアちゃんに、僕も乾いた笑いしか出ない。
店名通りの暑苦しいお店ってことなんだろう……これは覚悟を決めないと……!
「よし、頼もー!」
「ティアちゃん。その入り方はおかしいと思うよ」
バァン! と扉を開き、言い放ったティアちゃんの背中に、僕はそんな感想を零す。
しかし、次に見えた状況に、僕はあながちコレはコレで間違ってなかったのではないのだろうかと思い直した。
「てやんでい! テメェら、もっと気合い入れやがれい!」
「うっす! 親方ァ! セイ! セイ!」
「まだ、まだだァ!」
「……ねぇティアちゃん。ここお店間違えてないよね?」
「うん。正真正銘、武具店だよ。この街一番の腕って言われてる、ゴーレスさんのお店」
「この街一番が、これ……」
目の前で繰り広げられる熱と男達の共演。むしろ、ある意味狂宴とも取れそうなその光景は、僕の想像を軽く超えて……暑苦しかった。
というか、さっきのティアちゃんの言葉全然聞こえてないみたいだし。
「おーい、ゴーレスさーん。ゴーレスさーん!」
「あん? なんでい! って、ティアちゃん! ど、どうしたんだい! こんな暑苦しいお店に」
「ゴーレスさんに紹介したい人がいて、連れてきたの」
「ほう。ティアちゃんの紹介とあっちゃあ、このゴーレス、全力を尽くすってもんでい!」
あまりの暑苦しさに躊躇していた僕を置いて、ティアちゃんは恐れひとつ見せることなく、親方と呼ばれていたおじさんに近づき、声をかけていた。
その声に気付いて振り返ったおじさんは、ティアちゃんの姿に驚いて、微妙に強面な顔を柔らかく変えて笑顔を見せる。……怖いけど、あれ笑顔であってるよね?
「リヒトー! こっちきて!」
「あ、はーい!」
「この人が紹介したい人。昨日この街に来て、今度冒険者登録する予定なんだって」
「は、初めまして! リヒトです!」
ティアちゃんの説明に合わせて名を名乗り、慌てて頭を下げた。
そんな僕をじろりと見たあと、ゴーレスさんは「お、俺はゴーレスだ。よ、よよよろしくな、リヒトちゃん」と、言い放って顔を逸らした。
「あの人、顔が怖いから勘違いされるけど、子供とか凄い好きだし、可愛い子にはオマケしてくれるから良い人だよ」
「オマケしてくれるから良い人って、その発言はとても黒いよ?」
「いーのいーの。持って生まれたパワーは最大限に生かさないと」
「そういうものかなぁ……」
耳元で囁くように言われた言葉に、ため息吐きながら、しぶしぶ納得しておく。まぁ、後半はアレだけど、前半の子供とかが好きっていうのは実際良い人かもしれないね。
ただこの人、さっきから全然目を合わせてくれないんだけど。
「それじゃゴーレスさん。私達はもう行くね!」
「お、おう!」
「失礼します」
「――ッ、は、はい!」
なんで僕に対しては敬語なんですかね。まっすぐこっちも見てくれないし……怖がられてるのかな? なんでかはわかんなけど。
そんなことを考えていた僕の横で、ティアちゃんが妙にぐぬぬってるけど、これはまぁ何度も見たし、たぶん発作みたいなものなのかもしれないし、放っておこう。
「そういえば、ティアちゃん。さっき私って言ってなかった?」
「あー、うん。僕が
「な、なるほど……徹底してるんだね」
そんなこんなを話ながら通りを抜け、続く雑貨店“エルザの実験場”でも僕を紹介してくれた。
雑貨店ももう雑貨店っていうか、怪しい呪術のお店って感じだった。看護師さんに一人、そういったのにハマってた人がいたから耐性あったけど……無かったら入ることも出来なかったかもしれない。
「到着! リヒト、お待たせ。ここが最後の目的地、“ビスキュイ冒険者ギルド”だよ!」
「おおー! ……普通の建物だ」
「今までのお店がおかしかっただけだから……この街だって普通のお店はこんな感じだから……」
「そ、そっか……」
それでもあの二店を紹介してくれたってことは、ティアちゃんから見て、あの二店は信用に足るお店ってことなんだろうな。内装も店員さんもおかしかったけど。
そんなことを話していた僕の肩から夜空が飛び、ふわっと僕らの周りを飛んだ後、なぜか僕の頭の上に乗った。
早く行けということなのかもしれない。
「というか夜空起きてたんだ。まったく鳴かないから寝てるのかと思ってたよ」
「ピィ」
「その様子だと本当に寝てた……? 自由だなぁ……」
「ピ、ピーピピー」
「あ、誤魔化した」
まるで口笛でも吹くように鳴き始めた夜空に笑いつつ、ティアちゃんと一緒に冒険者ギルドの入口をくぐる。そうして飛び込んできた光景は、種族も年齢も性別も……多種多様な人達が右へ左へと動き回っている状況だった。
「リヒト、こっちこっち」
「あ、うん」
神様にファンタジーな世界とは聞いていたけれど、この光景を見て、ようやくその言葉の意味が本当に理解出来た気がした。それでもある程度余裕が残っているのは、医師の一人にこういった物語が好きでよく話してくれる人がいたからかも知れない。
ティアちゃんが示す場所は、どうやらカウンターの前。たぶん冒険者ギルドの登録カウンターなんだろう。カウンターの向こうにはメガネを掛けた女性が座っていた。そもそも、この世界にメガネがあることに一番驚いたんだけど。
「リヒトさん、ですね。私は冒険者ギルドの職員で、エスメラルダと申します。先ほどティアさんから、冒険者ギルドに登録して冒険者として働きたいと伺いましたがよろしかったでしょうか?」
「あ、はい。それで大丈夫です」
「ではギルドカードにリヒトさんの情報を登録しますので、このカードに血を一滴垂らしてください」
「わかりました」
真っ白なカードと共に差し出された針を手に取って、恐る恐る左親指の腹へと刺す。チクッとした痛みが走った後、真っ赤な血が玉となってカードの上へと落ちた。
直後、僕の手をエスメラルダさんが掴み、何かの呪文を唱えると、ジンジンと痛んでいた親指の痛みが消えていった。
「これは……」
「回復魔法です。魔術師であれば覚えてる方も多いので、リヒトさんも気になったら覚えてみても良いかもしれませんね。……はい、これでこちらのカードにリヒトさんの情報が登録されました。次からはこのカードを持って来ていただければ、クエストを受けることが可能になりますよ」
僕の手を離し、カウンターに置いていたカードを手に取って僕に渡してくる。少し茶色かかっていたカードは真っ白に染まっていて、その表面には不思議な魔方陣が描かれていた。この魔方陣に登録されてるってことなのかな?
「魔方陣に魔力を込めて頂くと、情報が閲覧できますよ」
「なるほど……こうかな?」
治った親指を押しつけて、中の情報を見たい! と思うと、カードから文字が飛び出してきた。名前、種族に性別……あ、お金の総額も書かれてるんだ。
「えっと、このランクというのは?」
「冒険者の格付けのようなものですね。クエストには難易度に応じてランクを付けています。わかりやすいようにカードの色が変化するようになっていて、一番上が
なるほど……実力も無く危険なクエストを受けないようにっていう処置なんだろう。一番下の
「ただ、ムーンのまま生活していくのは結構厳しいですね。ムーンは子供のお手伝い感覚なクエストも多くあるので……」
「そうね。リヒトがこの街で独り立ちするっていうなら、最低
「そ、そうなんだ……」
そうなると問題はランクアップの方法かな。僕としてはあんまり危険なクエストを受けたくはないんだけどね……。
「ランクアップは普段の態度や、クエストの達成数、貢献度などを考慮して随時行われます。エメラルド以降は、危険な魔物と戦うクエストも増えてくるため、戦闘技術なども考慮に含まれますよ」
「とりあえずはムーンから
「はい! 頑張ってください」
その後も、冒険者ギルドの決まりや、罰則事項なんかを教えてもらい、今日の所は帰ることになった。
お昼を過ぎてから出かけた僕らだったけれど、冒険者ギルドから出た時点で、すでに陽は傾いていて、空の色は茜色に変わっていた。
あんまり遅くなるとお母さんに怒られちゃう! と走り出したティアちゃんに置いて行かれないように僕が走りだすと、夜空は横をスイスイと飛んでついてきた。
「ピィ!」
「うん。明日からクエスト、やっていこうね」
「ピッピ、ピ!」
楽しそうに舞う夜空を見ながら走る。
もう戻れない向こうの世界だけど、父さん母さん、僕……頑張ってみるよ!
あ、夜空は出したまま今日は寝よう。うん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます