第3話

 情報を確認し、拠点付近に身を潜める。

 木製の柵、そして深い掘り…その掘りには浅く水が張っている。

 そしてその先には高い石垣。

 その根元を木製の棘があるのが確認できた。

 現代ではこういったものはなかなか目にできない。

『拠点付近に到着したようね。忍に気付かれないように、侵入してみて。』

「了解。」

 移動を開始する。

 行く手を阻むものが、現代の機械を使ったセンサーだとかではないことが有り難い。

 だからといってどんな罠があるかもわからない。

 慎重に歩を進めていく。

「気を付けな。」

 その声が頭上から聞こえる。

 銃を手に上を見上げれば、木の枝に腰掛けて寛ぐ体勢をとる覆面の男がいた。

 此方を見下ろし、動こうとはしない。

「敵意は無い。銃を降ろせ。発砲されると面倒だ。」

「誰だ。」

「忍が一人、十勇士十番手。」

 名は名乗らず、それだけを答えて木の上から降りてきた。

 弓を背負い、猫背で気怠そうに溜息をつく。

「十勇士…!こんなところで会えるとはな。」

 覆面を外し、岩に腰掛け弓を降ろす。

 そして真っ直ぐと此方を見上げた。

「俺が此処に配置されているのも、お前が来ることを長が察知したからだ。」

「なんだと?」

「忍の無力化と、核破壊が目的だと言うことも既にわかっている。そう殺気立つな。焦ると事を仕損じるぞ。」

 自分の命を狙っている相手を目の前にしても、十勇士十番手はまったくそれに対して動じない。

 銃を向けられても、冷めた表情を浮かべている。

「本拠地は何処だ。長は何処にいる。核を保有しているのか。」

「一気に聞くな。核は俺が管理してるわけじゃない。忍全員が知ることじゃないからな。」

「十勇士の誰が知っているかも、知らないのか?」

「あー、待て……八番手だな。」

「ということは、核を保有しているんだな?」

「俺に聞くな。俺が知らないことは十勇士でもない部下の忍は何も知らんぞ。」

 期待はするな、と手を振る。

 忍のイメージを壊すような奴だ。

 情報をペラペラと喋ってくれる。

「本拠地は?」

「本拠地?まさか長がそこにいて、核がそこにあるとでも思っているのか?ありがちだな。」

「…ない、と言いたいのか。」

「長が核を本拠地に置くような性格じゃないからな。それに、長は同じ場所に留まり続けない。主がいるなら別だがな。」

 立ち上がり、矢を取り弓を引き絞る。

 そして放てば何かが倒れる音がした。

「生憎、あぁいうのは射落とせと言われてるんだ。」

 弓を降ろし、向き直る。

「殺した、のか。」

「動きを封じただけだ。無駄な殺しはしない。安心しろ。」

「長がいま何処にいるのかもわからないのか。」

「長の居場所は教えない。言っておくが、忍に拷問をするのは時間の無駄だからな。」

「訓練しているわけか。」

「幼い頃からな。情報を守る為に自害もする。何をしても情報は吐かない。捕えられた時点で自害を選ぶのは当たり前だ。」

「お前も、例外ではないな?」

「俺は初めから情報を吐いてるだろうが。」

「長の居場所は?」

「……気分が変わった。お前を射る。」

 目に殺気を含めて弓を引き絞る。

 銃を向け、引き金に力を加えた時だった。

「双方、降ろせ。」

 銃と矢をそれぞれ掴み、止めに入ったのは、紺の八巻をした忍。

「忍隊十勇士八番手。わかってくれるな?」

 十番手は舌打ちをして姿を消した。

 八番手が手を離し矢を折る。

「すまない。気分屋はいつ矢を放つかわからない。」

「核を、知っているな?」

「確かに、核の管理は俺が任されている。核破壊が目的だな?」

「あぁ。」

「それなら都合がいい。核を破壊してくれ。俺だけでは手が足りず、どうしたものかと思っていた。」

「なに?核を破壊しているのか?」

「核兵器廃絶の為、核兵器製造妨害や核兵器の奪取、核兵器に関わる人間の暗殺を行っている。といっても、海外だから中々骨が折れる。日本国内の核兵器は長が手を伸ばしているが実際破壊するまでの核を管理しているのは俺だけだ。」

「何故、そうする。」

「平和を望んだ忍がいても可笑しくないだろう?綺麗事だと思ってくれても構わない。取り敢えず、さっさと核を破壊するならしてくれ。お前の仕事と俺の仕事が一致するなら、互いに協力し仕事を進めた方が効率がいい。忍と軍人という組み合わせだからこそ、言えたことなのだが。」

 背を向けついてこい、というように歩き出す。

 イメージのせいか、違和感を覚えつつその背を追った。

 到着したのは、また別の拠点だが地下だった。

「此処だ。核保管の為だけの拠点だ。核を破壊しきれればもう用はない。」

「本当に、平和を望んでのことか?」

「それは核を破壊してから話そう。仕事を速く終わらせて次の仕事に移りたい。」

 はちまきを靡かせ、さっさと中へ入っていった。

 入り組んだ地下を降りて行き、核が丁寧に保管されているのを目の当たりにする。

 その数の多さに、地下室を掘った苦労が見えた気がした。

 核を破壊するのに、とても一日や二日では足りない。

 無線機が使えないようだ。

「休むなら休んでもらって構わないが、核の破壊が済むまでは他言無用だ。」

「わかった。」

「お前を見つけた長に感謝しないといけない。お前にも感謝しよう。終えたあとにな。」

 そのまま奥へ姿を消した。

「長が、俺を見つけた…?忍のことをもっと知るべきだな。殺すべきではないかもしれん。」

 手当り次第にこの地下に保管されている核を全て破壊しなければならない。

 破壊といっても、可能なのは解除に近いことだ。

 無力化するが、完全な破壊とは言えない。

 時間を奪われる。

 忍の様子を伺えば、慣れているのか解除ではなく破壊をしているのがわかる。

 だが、それに時間がかかるのは慎重に行っているからだろう。

「何か、用があるのか?」

 作業の手を休めることなく、気付いていたとでもいうような声がする。

 蝋燭で照らされた地下は、薄暗く相手を認識しづらい。

 部屋一つに、蝋燭が一本だ。

「俺には、解除しかできないぞ。」

「解除された核兵器の破壊は容易い。時間短縮にはなる。」

「そうか。」

 無駄のない動きだ。

 いつまでもその作業を眺めていてはいけない。

 地下に忍と二人きり、他の者が此処へ訪れるような気配はない。

 本当に平和を望んで核兵器廃絶に向け、核兵器を奪いこうして一つ一つ確実に破壊していては、一向に終わらない。

 核兵器を新たに製造されるだろう、忍隊のこの行為は終わらない。

 核兵器の関わる人間を片っ端から暗殺していっても、希望は薄い。

 きっとそれはわかっているはずだ。

 強大な力を持つはずの忍隊が、微力ばかりというはずがない。

 他の何かに向けた力の温存か。

 平和という綺麗事を口にし、核破壊を行う為に奪うというのは建前ではないのか。

 奪う、暗殺することによって敵へ何かをアピールしているのではないか。

 核兵器の破壊は外には知らされていない。

 核が消滅したと、奪われたということだけが、知られている。

 それが、わざとだったとすれば?

 俺の前で破壊をするのは、俺を騙す為なのか。

 此処にあるのは、ほんの一部に過ぎないのではないか。

「核の破壊は済んだ。聞かせてくれ。忍隊の目的、忍とはなんなのか。」

「忍には様々な種類がいる。一言で忍を語るには限る必要がある。だが、基本的には『忍は道具』だ。」

「それは、平気で人を殺せるような感情のない奴だから、か?」

「忍にも情くらいある。心が壊れないよう、記憶を飛ばし、標的が死ぬまで止まれない。それがよくいる忍だ。」

「よくいる忍?十勇士は違うのか?」

「十勇士は誰一人、その瞬間の記憶を飛ばせる奴はいない。」

「なら、どう処理してる。」

「壊れないよう、狂うだけだ。知っておけ。十勇士は狂ってからが本番だ。」

「何故、それを俺に言う。」

「忍隊は、武雷家に仕えていた。武雷家が滅んでからだ。主がいないのは。」

「忍隊が姿を消した頃合いのことか。」

「忍は、俺達以外にもいる。ただ、組織として目立って動く忍が俺達なだけで、忍の仕業は全て俺達だと指を差されるくらいのことだ。」

「その他の忍は?」

「伝説の忍だ。」

「伝説の忍とお前達忍隊は違うのか?」

「伝説の忍とは戦国時代から敵同士だ。それに、伝説の忍は一人ではなかった。」

「二人いるのか!?」

「長だ。『元伝説の忍』。伝説を捨てた忍…まぁ、伝説の意味も異なるが。その伝説の忍と互角に戦りあえるのは長のみ。」

「違いがそれだけか。」

「目的も異なるだろう。伝説の忍が何を目的としているのかはまだ調べているところではあるが。」

「お前達の目的は?」

「忍隊の存続、そして核兵器廃絶。綺麗にいえば平和だ。」

「何故、平和を望む。」

「長が、望んだものに逆らう気は無い。こればかりは長に聞け。」

「そうか。長の居場所は?」

「長の移動は速い。俺には予測できないが、少し前までは四国にいたはずだ。」

「四国か。四国で何をしている?」

「長の思考は読めない。だが、忘れてくれるな。忍は首だけになろうとも喰らいつく。道連れにしてでも命は持っていく。忍と殺りあうつもりなら、やめておけ。」

「何故?」

 その問い掛けは空中に消えた。

 忍の姿はもう、そこになく。

 忠告が、頭に残る。

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