第10話

「~♪」

 ガス灯がちらほら灯りはじめ、自らの傾いた影法師を遠くに飛ばす。

 そんな宵の学苑を、シルヴェットは一人口笛を吹きながら歩いていた。

 庭園の片隅に一本だけ植えられた桜の木に、咲き遅れたいくつかの花を見つけふと立ち止まる。

「クライスラーのタンブーランだったか……」

 シルヴェットは独りが嫌いだ。いや、正確には「独りで歩く」のは好きなのだが、自分が「独り」でほんの5分でも佇んでいるところを想像するだけでぶるぶると震えてしまう。それなのにどうしてこんなに独りで歩くのは楽しいのだろう。シルヴェットは独り笑いしそうなほどなにか滑稽に思えるのだが、それはそれとして独りの寂しさはやはり消えようがないので、寂しさを紛らわせようとつい無意識に口笛を吹いてしまうのだ。そしてそれは本当に無意識なので、何か立ち止まるようなことがあって初めて曲名を思い出すのだった。

 自分がいまこうやって独りで学苑を散策している様子を、部活帰りの生徒たちが時折不思議そうに眺めていく。その視線を心地よく纏って、シルヴェットは涼風にあおられる振りをしながらふわりふわりとステップ。けれどその人目が消えてしまうと、ほんの少し立ち止まってからまた口笛を吹いて歩み始める。それを繰り返しつつ彼女はこれから自分が生きるこの世界にじっくりと身を浸しているようだった。

 しかし、今度ばかりは、シルヴェットはまたすぐにふと歩みを止めてしまった。

 彼女の小さな耳が、ほんのかすかに、どこかで紡がれるハーモニーを拾ったのだ。

 とはいってもはっきりとした旋律ではなく、ほんの霞のような上澄みの響きが聞こえてくるだけ。おそらく、その部屋にはひととおりの防音設備は整えられているが、不幸にも建物自体のフレームの作りがA#とその倍音に共鳴するようになっていて、その共鳴の途切れ途切れの断片だけが耳に入ってくる。とはいえ、シルヴェットでなければおそらくこの学苑の誰もが聞き取れないような弱い響き。シルヴェット自身も、まるで遠くの木の葉の上で水滴が転がり落ちる音を聞いているかのような、そんなとした気持ちでメロディーの在処を追っていた。

「間違いない。CDやLDの訳がないし、レコードでもない」

 シルヴェットはダウジングの棒を持つように胸の前で小さくポーズを取ってみせると、精神のアンテナをぐいんと伸びていくさまを想像した。擦り足で、旋律の糸を乱さないよう、感覚が誘う方向へ歩いていく。

 微かな、残滓のような響きと同調させるように、シルヴェットも意識を上澄みだけ残して、夢遊病者のようにすいうすいと移動する。その様子をみて周りの生徒が以前にもましてぎょっとしたことは間違いないだろうが、シルヴェットはそれすらも覚えていなかった。

 ものの10分ほど歩いただろうか。シルヴェットは立ち止まる。

「ここらでいいんだろうか」

 シルヴェットはあたりを見回した。

 ひどく暗い。

 日光は山の端にほんの輪郭を残すだけとなっているようだ。おまけに少し前までたくさん見かけた灯りもいまや遠くにぽつんと一本見えるだけで、木々の枝葉の向こうにはかなり濃厚な群青の闇が広がっている。

「……なにも聞こえないな」

 ここまで来る途中で音は途切れ、それでも感覚を頼りにここまで来たのだが、あたりには物音どころか、窓の明かりさえも見えない。建物の角に入った亀裂からはじっとりと水が染み出し、それを舐めるように団子虫が数匹伝って歩いていく。どうやら今は使われていない廃校舎のようだ。

「……迷った」

 シルヴェットはそこで初めて怖気が背中を走るのを感じた。遠くからの調べに乗せられて、いつの間にかとんだ辺境に迷い込んでしまったらしい。このまま闇に包まれれば、日が昇るまで目くらの状態でここで過ごすしかない。

 シルヴェットはあわててあたりを見回した。建物に囲まれ、山も見えず、北も南もわからない。さっき少しだけ見えていた灯りも視界から隠れて、もやは八方ふさがりに近かった。

「イヤだぞ野宿とか。それに……」

 シルヴェットはいったん目を閉じて呼吸を整えると、自分に言い聞かせるようにはっきりと一人ごちた。

「こんな日に……大事な決斗の前日にバティの奴を心配させでもしたら……。何てか、からな」

 すると、視界の端、さっき団子虫がたかっていた壁のヒビ割れの近くにわしゃわしゃと何かがうごめくのが見えた。

「虫か……」

 百足むかで。それも体長だけなら子猫くらいはある特大の多脚昆虫だったが、少し様子がおかしい。シルヴェットが夜目でよく見ると、誰かに喰われたか悪戯されたか、右後方の足数本がごそっとなくなっていてる。それでも賢明に前に進んでいるさまを彼女は目を細めて眺めた。

「『どんなもの寂しい山の奥にでも、鹿の一匹くらい歩いているものだ』……」

 シルヴェットは昔読んだ東洋の短詩集の一遍を口ずさんだ後、「かわいそうに」と小さくつぶやいた。

 そして何かまじないをかけるように虫を指さして、すっすっと図形を描いてみせる。

「虫よ」

 そう確かに言っても、あたりに反響はいっさいなく、すうっと夜の冷たい空気に吸い込まれていく。

「お前の人生最後の仕事だ。お前が私を導け。私があるべき場所へ。安らぎが得られる場所へ。それがどこであろうが、私はお前が示した運命に今宵を委ねよう」

 彼女の声が聞こえたかどうかはわからないが、百足は相変わらず絶え間ない収縮運動を繰り返しながらせっせと自分の手負いの体を運び続ける。彼は道を渡り、近くの枯れ木のつもった広場を横断すると、錆びたくずかごの後ろを通る。その道も半分ほどが土手から崩れ落ちてきた腐葉土で埋まっていて、どう見ても行き止まりに続いているようにしか見えない。

「しくじったか……確かにお前にとっちゃ安らぎの場所かもしれないが」

 そう苦笑しながらシルヴェットは角を曲がり、暗闇に消える健気な案内人の姿を見送ろうする。

「……」

 人が、いた。

 シルヴェットは息を飲んだ。

 それはもうごくりと、蛇が卵を飲み込むときぐらい盛大にのどを鳴らした。

 小さな茶会だった。灯りはたった一つ。弱い、蛍のような光がステンドグラスに透された羽虫の意匠をくっきりと浮かび上がらせ、蛾が二匹、大きいのと小さいのがシャコンヌを踊るように規則的に回りをぱたぱたと舞っている。

 そこに照らされるのは、ココアが練り込まれたような、焦げ茶色の世界。

 所々へこんだ見るからに年代もののマボガニー製ラウンドテーブル。その上にはレース編みのテーブルクロスがかかり、さらに所々塗装のはがれたスタンドの上にチョコレートケーキとライ麦パンのサンドウィッチが乗っている。イスもこちらに赤錆のにおいが漂ってくるほど古びたもので、足下にははがれた白いペンキの屑が散らばっている。

 その中心に佇むのは、目の詰まった焦げ茶色よりもさらに深い、赤みがかった黒に身を包んだ存在だった。

「魔女だな、ありゃ……」

 シルヴェットは本来「魔女」という言葉や表現があまり、というよりも好きではない。それでも彼女を見ると、そんな感想を漏らさざるを得ない。

 光沢をも嫌い、徹底的につやを消されたとした靴先。それをも多い隠すように長く、黒いスズランの花のように矛盾した姿を持つスカート。微かにレースが施された袖も指先しかのぞかないほどに長く、そのつま先もガーネットのように硬質な黒で塗りたくられている。廃糖蜜を流したようなねっとりとした黒髪が両サイドで結ばれ、椅子に腰掛けた今の状態では地を掃いてしまいそうだ。けれどもそれよりなにより印象的なのは、顔半分を多い隠すくらいに大きい黒い帽子だ。つばは短く、フェルトのように柔らかい。ハットともベレーともつかないそれは左目の上を斜めに横切って右の耳と頬を完全に遮っており、かぶると言うよりも、「引っかけている」と言った方が正確だろう。その微かにのぞく瞳さえも、鉛玉のようにずんぐりと重く、黒い。

 自分の顔を見せることさえも忌避するほど、徹底的に闇色にこだわった美学。それを表現する様々な小道具に囲まれてもなお、彼女自身の存在感は少しも霞まず、むしろ隠せば隠すほど彼女の周囲に漂う退廃のオーラは隠しがたく漏れ出るように思えた。

「やぁ、お帰り」

 彼女はまるで家族でも帰ってきたような気安さですっと手を前に差し出した。

「…………」

 シルヴェットが何と答えるか思案していると、先ほどの百足がせっせと重い体を動かして彼女の足下に馳せ参じる。彼女ははっとするほど自然かつ優美な動作で袖口から手首をのぞかせると、百足はひぃひぃ言いながらその白磁に薄く浮き出た血管に掴まって、そのまま袖口に潜り込んでしまう。彼女はくすぐったいという素振りを少しも見せずにほんの少しだけ微笑むと、瞳にくつろいだような優しさを湛えながらシルヴェットを見た。

「そちらのお客様も、いらっしゃい。何の口笛だい?」

 彼女の声は容姿から想像するより一段も二段も低かった。シルヴェット自身も少年と聴き違えるくらいには声色が低いのだが、彼女の声の深みは20歳を越えた青年とも遜色がない。シルヴェットは一瞬女の格好をした男子生徒かと疑ったが、直感がすぐにそれを打ち消した。

「……ノアか」

 彼女の回りで乱舞しているのは我や羽虫だけではなかった。彼女の身から放たれた創世力がきらきらと周囲を燐粉のように覆って、厳然たる彼女の結界を構成しているのが、同じノアであるシルヴェットにはありありと見て取れた。

 しかし、シルヴェットは正直な人間だ。それはもう、とても、ひどく、べらぼうに、アポカリプティックなほどに正直な人間なので、次の瞬間には相手の問いを真剣に考え始めた。

「口笛吹いていたか? 私」

「あぁ」

 彼女はゆっくりと口許にカップを運んだ。よく見ると、紅の水色を湛えたその器は古伊万里に銅の取っ手を接いだ奇矯なもので、ソーサーはパンケーキの化石のように薄く平べったい。

「啄んでいたよ。その小さく赤い口先で、ナイチンゲールのように、精一杯……」

「驚いたなぁ」

 シルヴェットは思わず吹き出しそうになった。

「見かけ通りのキザな奴なんだな、お前」

「そうなの」

 彼女はゆっくりとカップをソーサーの上に置いた。

「そしてそんなとてつもなくロマンチストで自意識過剰な女生徒の名前は、イリア・ウザーラ=バシュメットというらしい」

 そう言ってゆっくりと手をこちらに出す。

「『お手をどうぞ』、お嬢様。僕の孤独なお茶会に来客を呼ぶのは初めてなんだ。恥ずかしいから、出来ればこの手を受け入れてくれると助かる」

「……どうも」

 シルヴェットはほんの少しぎょっとはしたが、手を取るはためらわなかった。こう言うときはこちらがまごつけばまごつくほど、相手が恥をかくと知っていたからだ。

 正直な話、シルヴェットはイリアと名乗る彼女のことを悪くは思わなかった。たぶんそれは、何かバティストやサクラに似ている部分があるからだろう、とも思った。

(バティもこいつも……たぶんなんて、ことやってないからかな……)

 シルヴェットは路地の一角にまるで影絵かリトグラフのように収まっている、その一枚の場面の中に向かっていった。椅子に座り、紅茶をサーブされ、額縁の中でイリアと二人、双子のように向かい合って座る。そうしていると、闇と微かな灯りのにじみの中に、自分も風景の一部として融け込んでいくのがわかる。不思議な心地だった。

 そんな瞬間に、シルヴェットはなぜかやっと思い出したのだった。

「そうだ、さっきの口笛はたしか……」


「クライスラーのタンブーラン……」

 シルヴェットが伝えた曲名を繰り返した後、イリアはもう一度問いなおした。

中華風シノワ? それともルクレール風?」

「中華風? あぁ、『中国の太鼓』は駄作だ」

 そうシルヴェットが断言すると、イリアは苦笑しながらうなずいた。

「君と違って、中華風も佳曲だと僕は思っているが……確かにではないな」

「というか、お前が聞き取れないほど私の口笛は下手だったか?」

「あぁ」

 イリアは今度は控えめにうなずいてみせる。

「大昔に中国の皇帝が作らせた機会仕掛けの壊れたナイチンゲールくらいには、ひどい出来だったよ」

「お前、ひどい奴だなぁ……」

 そう言ってシルヴェットは照れ笑いを見せた。

「これでも結構音楽は嗜んでいるつもりなんだが……」

 シルヴェットが言いかけると、イリアはぱちんと指を鳴らした。

「当てて見せようか」

「……面白い」

 そう言ってシルヴェットが顔の前で手を組んだ瞬間、イリアはもう一度指を鳴らして顔を指さした。

「クラヴサン」

 シルヴェットはほんの少しの間のあと、口に手を当てて、目尻を下げながら

「その心は?」

 と聞き返したが、それだけでももう正解、と言っているような仕草だった。

 イリアは帽子の端を持ってさらに引きずりおろして顎まで隠してみせる。どうやら少し照れているらしい。

「まず、さっきざっと見させてもらったが、指のどこにも特徴的なタコがない」

「練習嫌いなだけかもしれん」

「君はさっき楽器は結構嗜んでいると言っていた。君は嘘をつくような人間ではないだろう?」

「それはどうも。高く買われたね、私も」

「嘘を付かないくらい当たり前、人間ひとが人間たる条件だ。でなければ僕の中では競りの手すらひとつもあがらないがね。で、管弦問わず、重みを把持する必要のある楽器は指先を痛ましめるが、その様子がないなら十中八九鍵盤楽器だ。で、どの楽器をやっているかは足でわかる」

 そう言ってイリアは机の上から、その下にあるシルヴェットの足下を指さして見せた。

「オルガンは足鍵盤があるし、それよりも頻度は少ないがピアノにもペダルがある。クラヴサンにはない。そう考えると、それぞれの奏者の違いは足に現れるのは必然と言えないかい?」

 シルヴェットは一気に怪訝な顔になった。

「お前、服の上から他人の脚の形を判定することができるのか?」

「まぁ、僕は経験を積んでいるから」

 イリアは何ともないように、「しれっ」という音が聞こえてきそうなほどに当たり前な風に言って見せた。するとシルヴェットの顔がみるみる青くなって、

「……卑猥だ」

 シルヴェットはがたっと椅子を傾けて立ち上がると、イリアをびしっと指さした。

「お前って……卑猥な奴だ!」

 イリアはしばらくぴんと伸びた指先を眺めていたが、しばらくしてぷっと吹き出した。すると、それにつられてシルヴェットもなんだかおかしくなってけらけら笑ってしまう。

「冗談」

 イリアはそう言っておどけたような笑みを浮かべようとするが、急に真顔に戻ってもう一度帽子で片顔を隠す。普段人前で笑いなれていないのかもしれない。

「君の指先は少し灰色がかっている。僕ぐらい観察眼がないと見落としてしまうほど淡く、だがね」

「ピアノとクラヴサンでは鍵盤の色が白黒逆だからか?」

「そうだ」

 そうはっきり答えるイリアの帽子はますます引っ張られて、顎の下にぐいんと引き延ばされている。シルヴェットはウインクしながら舌を口の端からのぞかせて、左手でマグナムの形を作ってイリアに照準を合わせる。

「バン。ダウト」

「ま、そうだよね。本当は事前に調べたんだ。どうやら競りにもかからない欠陥品は僕だったようだ」

 顔を隠すのは嘘つきの照れ隠しだったらしい。イリアはついでに白状する。

「君がここに来るのを見越していたんだ。二人が出会うにふさわしい舞台を用意して、ね」

「それはどうも……ってそりゃぁ驚きだ」

 シルヴェットは真顔に戻って紅茶をすする。

「ってことは、あのどこかしらの演奏会が撒き餌?」

「半分正解だ。あの集いはいわば非公式の地下活動みたいなものだが、君の観察力と好奇心ならいずれ見つけてくらると思っていたよ。それが入苑初日の今日だったことは僥倖ってやつだ」

「あぁ。なんたっけ、未必の故意ってやつか……」

 二人の話している内容があまりにとんちんかん、というか途方もないものだったので、明かりにたかる蛾がひときわ大きい羽音で身震いした。けれど、イリアのうなじがほんの少し、ぴくりと疼いたのを見てまた静かになる。

「この茶会だってそうだ。正直に言うと、今日のこのセッティングに普段と変わったところはひとつもない。ただ、君がいつかここに来たときのことを考えて、毎夜毎夜、孤独だが充実した時間を過ごさせてもらったよ。天体観測みたいな心躍るひとときだった。待ち人は遠きにありて想うもの……もっとも、いま向かい合って君とお茶をしていると、あのときに戻るのは、例え悪魔に目玉を喰われてもごめんだ——そう、思う」

「びびるなぁ……自分のこと、ただのお酒が好きなおばちゃんだとおもってたけど、シルヴェットちゃんも知らないうちに大人物になったもんだ」

 シルヴェットはなんだかんだ言ってもお嬢様なので、相手のペースに合わせるのが基本的に苦手だ。なので内心相手の言っていることがいかに不可解でも口調は自然にこうなってしまう。対して、もったいぶった物言いとはうらはらに、イリアの表情はなにか人見知りのような固さを残していたが、重みのある目玉は常に杭のような視線をシルヴェットに突き刺し続けている。

「君の言うように撒き餌があったとすれば、僕の眷属を一匹壁に這わせておいたのがよかったかな」

「なんだ、あれか。私は虫喰い鳥かなにかか」

「結果的にはそうかもしれないな。けれど君が興味を持ってくれて助かった。君がどんな畜生にも人柄を感じることができるむごくも優しい人間だってことは知っていたけどね……僕からいたずらに君を呼ぶのはエレガントじゃない。偶然、といった風に君から僕を見つけてくれる、これが僕の思い描く最高の邂逅だ。叶ってよかったよ」

「そこまでひけらかして、なおって言っちゃうとか、お前滅茶苦茶だな」

「お茶目と言ってほしい」

「図々しい奴だ」

 シルヴェットは笑いながらサンドウィッチを手に取る。具はタラのフライに、意表を突くハギス。ハギスを食うのに酒がないのはなんたることか、とシルヴェットは心の中で慟哭した。

「で、どんなところに連れてってくれるんだ?」

 シルヴェットは未練を断ち切るように一口でサンドウィッチを飲み込むと、紅茶のカップを逆さまにしてウォッカのように一気に流し込んだ。

「君のお望みの場所へ。夜に選ばれた女生徒にしか許されない、秘密の夜会に招待しよう」

 イリアは立ち上がり、帽子の端で口を隠しながら何かぼそぼそと言うと、明かりが消え、目の前のティーセットも、調度も、すべて黒い塵となって霧散した。羽虫どもはおどおど揺らめきながらも次第に隊列を組んで、イリアの袖の中へ、胸元へ、いそいそと吸い込まれていく。けれど、ベル状に広がったスカートの中へ戻っていく虫は一匹もいない。

 それを見てシルヴェットは、「偉いなぁ、ちゃんとしつけができているんだなぁ」なんてとんちんかんな感慨をおぼえていた。

 

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