第42話 その盾は誰が為に

「あなた方の戦闘に介入しようという気概のある者がいるとは思えまセンが、念の為にこちらは任せていただきマス」


 レクトニオは左腕を砲塔へと変えると、この状況を傍観していた軍人たちへ向ける。

 贖人の姿にきっと多くの人が目を奪われていただろう。

 だけど認識さえすれば、こいつだって随分と異様な存在なんだ。

 対峙する者たちの表情を見ると改めて思い知らされる。


 それはさておき、下手な横槍を気にすることなく聖騎士だけに集中できるのはありがたい。

 何せここから先に俺がすべきなのは、戦闘ではなく自分の苦手とする分野だからだ。


「これ以上はティアを傷つけさせるものか! たとえこの身ひとつになっても決して倒れはしない!」


 武器にスパタを用いるあたり、よほど防御術に特化した戦法を好むようだ。

 それを示すようにグラドは腰を低く落とし、盾を斜めに構えて受け流しの体勢を作る。


 だが俺たちはずっと向かい合ったまま微動だにしない。

 よくある達人同士の決闘で、互いに一瞬の隙を窺ったまま膠着状態に陥るあれ……


 ――というわけではない。

「動かない」のではなく「動けない」のだ。

 当然ながらグラドも、訝しげな顔をしながら警戒を強めている。


 だけどもし冷静な頭であったなら、とっくにその疑問を他のことへ抱いていたかもしれない。

 さっきは突然スクレナが姿を現し、今度はいつの間にか消えているということに。

 そしてその本人はどこへ行ったかというと、俺の影の中にいる。


影からの支配ドミネーシオ・アブ・ウムブラ


 契約を結んだ従者の影を介して、その者を自由に操る技。

 使ったのはレマリノで銀行強盗に巻き込まれて以来か。

 もっともあの時は許可したわけではなく、勝手に使われたのだけど。

 普段なら絶対に御免こうむるところである。

 体の支配権を譲るだなんて、命を差し出すのと同義なんだ。

 スクレナが変な気を起こしてグラドに俺の命を奪わせることも、自害することも出来るのだから。

 もちろんこれまでの付き合いで、こいつがそんなことをする奴ではないことは承知している。

 だからこそ今回はこの策を採用することにしたんだ。

 俺はそれに値するスクレナへの信頼を持ち合わせているのだから。


 ……いや、正直それでも気が落ち着かないのも確かだな。

 しかしこの状態について懸念しているのは、傀儡となった本人の方ではなかった。


『本当ならこんなことは賛同しかねるのだがな。直に我が相手をした方が手っ取り早いし、お前はついさっきまで黒騎士になっていたのだ。膨大な闇の魔力を使用してから間を空けていないというのに』


 言いたいことはもっともである。

 こんな方法をとるよりも、スクレナに任せた方が効率がいい上にリスクもない。

 だけど間違っても「黒騎士が聖騎士との勝負を避けた」などと、周りの者も含め印象を与えてはいけない。

 それはスクレナが掲げる計画に綻びを生じさせる可能性も考えられるからだ。

 だがもし結果が逆になるのなら。

 実力を偽ってでも演出する価値はあるってものじゃないか。

 ついでに言えば、本来ならお前はあまり目立つ行動をしてはいけないはずなんだからな。


「ぬぅ……仕方がない。だがあまりにも長引くと判断したらすぐにやめるからな」


 ようやく折り合いをつけたところでグラドの方へ目を戻せば、本人は尚も同じ体勢のままだった。

 眉間に刻まれたシワがさらに深くなっていることから、苛立ちが増しているのが見て取れる。

 あれだけの熱情をあしらわれる形になったんだから当然のことだろう。

 しかしスクレナはさらに拍車をかけるように、俺が手にしていた長剣を鞘に収めてしまった。

 言わば完全に無防備な状態になったということだ。


「どういうつもりだ? まさか今更怖気づいたわけではあるまいな」


「どうせ身を守ることしか出来ないんだろう? こうすればお前の攻撃でも当たるんじゃないかと思ってな」


 もちろん口から出るに任せた言葉である。

 俺だってスクレナの行動には戸惑っているんだ。

 咄嗟に取り繕えただけでも褒めてほしい。


「ならばその挑発、敢えて乗ってやろう!」


 元から精神が不安定だったグラドにとっては、この安い煽りですら効果的だったらしい。

 耐久戦を本懐としている者が、あろうことか勢いよくこちらへ踏み込んできた。

 剣による斬撃のラッシュを、スクレナによって動かされる体は難なく躱していく。


 その中で聖騎士の剣技を眼に映して、俺はつい拍子抜けしてしまった。

 決して弱いというわけではないが、あまりにも並すぎるからだ。

 帝国の英雄と呼ばれるには及ばないほどに。

 俺だけでも簡単に見切れるくらいの速さの上に威力もない。

 存外さっきの挑発の内容も図星だからこそ安易に引っかかったのではないか。


 だがそれは愚直な考えであったとすぐに知らしめられた。

 ここまでの斬撃を最小限の動きだけで避けていたスクレナだったが、唐突に大きく後方に跳躍する。

 それこそ近接戦においては大袈裟すぎやしないかというくらいにだ。


 その思いが覆されたのは次の瞬間のことだった。

 グラドは魔力の輝きを帯びる盾を、先程まで俺たちがいた場所へ叩きつける。

 すると地面に強い衝撃が走り、扇状に深くえぐれた。


『思っていた通り、奴にとって盾は防具というより攻防一体の武器のようだ。普段はじっと攻撃を耐え凌ぎ、焦れた相手が大技で勝負を決めにきたところへカウンターを合わせる。そんな戦法を得意としているのだろう』


 なるほど、あくまで剣は牽制程度ということか。

 道理で全く驚異に感じなかったわけだ。

 ではその戦法をどうやって打ち砕くのか。

 スクレナに問うてみたが、単純明快なはずの答えが返ってくることはなかった。


 今は誘い込みに応じてくれているから、聖騎士の最大の利点を活かせずに留めていられる。

 それでも時間が経つほどに奴は冷静さを取り戻していき、比例して戦況も厳しくなっていくだろう。

 ならば跳ね返すことも叶わないような強力な一撃で、早急に決着をつけることだ。


『あ、ああ……そうだな』


 歯切れの悪い言葉でスクレナは返答するも、考えていたことは同じであったようだ。

 今度はこちらから距離を詰めて仕掛けるが、繰り出した攻撃はただの拳のみ。

 当然のことながら簡単に防がれてしまう。

 よほど慎重な性格なのか、ご丁寧に盾に障壁まで付与してだ。

 この程度なら鎧を纏った体で受け止めても十分なはずなのに。

 だけどそれが戦人としての直感だったのか、スクレナは握っていた手を広げると魔力弾を放つ。

 予想外の展開による衝撃でグラドは多少よろめき、逆に距離を開けて立て直しを図った。


「嫌な予感がして障壁を展開して正解だったな。まさか魔術を使用してくるとは。黒騎士とは実のところ魔道騎士であったということか」


 見当違いの解釈だが、繰り出す技が俺の力によるものだと思ってくれるなら何だっていい。

 それよりも今の一撃には納得いかないことがあった。


「どうして無詠唱による初歩の魔術なんだよ。俺のことを案じているなら構うことはない」


『分かっておる! 今のはただの様子見だ。次はちゃんと仕留めるつもりでやる』


 スクレナが操れるのは体だけではなく、内に流れる魔力も同様だ。

 だからこそ魔術だって使うことも出来る。

 とは言っても、俺が体内に持つ魔力によって発動させているから、その容量の範囲内のものしか出せない。

 要は本人が使用する魔術の劣化版となるのか。

 それ以上の威力を求めようとすれば、限界を超えて自分の魔力を俺に注ぎ込まなければいけない。

 おそらくスクレナが懸念しているところはそこだろう。

 しかし自分の状態は自分が一番よく知っている。

 それにもし心配だというのなら、かえって無理をしてでも早く終わらせてしまった方が助かるというものだ。


 その思いを汲んだのか今度の構えは、より脚に力が込められていた。

 グラドも何かを感じ取ったようで、初めの頃のみたいに頭に血が上っている様子はない。

 顔には程よいくらいの緊張の色が見られた。

 呼応するようにスクレナが瞬時に踏み込むと、接敵する途中で右手を振り上げる。


冥府神の烙印スティグマ・デ・プルートー


 自分に降り注がんとする膨大な黒い魔力に危機感を覚えたのか、聖騎士は剣を投げ捨て盾を両手に持って頭上に掲げる。


太陽光の砦フォート・オブ・サンライト


 グラドはまたも盾を媒体にして壁を作り出すが、今回のものは一味違っていた。

 まるで手にしている防具そのものが形と大きさを変え、実体であるかのように映るほど強力なものだ。

 それを駆使して上空から襲いかかる魔力の大滝を、膝を折りながらも耐え忍ぶ。


 それでもスクレナは手を休めずに次の一手を打っていた。

 今の攻撃へ気を取られているうちに、さり気なく影をグラドの足元から背後へと伸ばす。

 そしてそこから第二の魔術が繰り出された。


漆黒の氷槍スティーリア・デ・ニゲラ


 地面から突き出た2本の黒いスピアーが聖騎士の背中を貫こうとする。


 ――が、それでもダメージが本体に通ることはなかった。

 さも自分に迫る槍がはっきりと見えているかのように、絶妙なタイミングで障壁によって防がれてしまう。


「正面の防御を貫けないのなら死角から攻めるのは定石だ。かと言って全体を覆うように壁を展開すればどうしても薄くなってしまう。だから俺は索敵魔術と組み合わせ、応用することで自動防御オートガードの技術を手に入れたのだ」


 自分の目で直接見なくても、ある程度の攻撃は勝手に対応してくれるというのか。

 さすがは自らを「帝国の壁」だなんて称するだけのことはある。

 あれも単なる大口ではなかったということか。


 しかしどうやらこれすらも本命というわけではないようだ。

 グラドの意識が他へ向けられているうちに、スクレナは俺の体を回転させる。

 規則性がある動作や足で踏むステップは、どことなく踊りのようにも感じられた。


『素晴らしい特技ではないか。だがいくら丁寧に細工を施したところで、全てを破壊する力の前では皆等しく塵と化すのだ』


 動きを繰り返す度に空には無数の黒い魔法陣が浮かんできたことから、これが何かしらの儀式なのだとようやく悟る。

 そして自分が借り受けている分の闇の魔力だけでは使用できないものだということも。


闇国あんこくの演舞、一の型……『剣の舞サルターティオ・デ・グラディウス』】


 先ほど出現した魔法陣からは、魔力で形作った様々な種類の剣が飛び出してきた。

 いや、上だけじゃない。

 グラドの足元まで伸びていた影は大きな円を描いており、地面からも同様に襲いかかる。

 全方位からの攻撃に、尚且つ威力もこれまでとは段違いと察したのか、聖騎士もさらに上位の技へと切り替えた。


【聖界の祝福 『女神からの加護プロテクション・フローム・ザ・ゴッデス』】


 グラドの盾からは眩い光を放つ大きな翼が広がり、周りを包み込んでいく。

 単に派手なだけではなく、そこに込められた魔力量も今までのものとは比べ物にならない。

 ほんの少し前に語っていた理を自ら否定してしまうところから、この障壁の強固さが嫌でも伝わってくる。


 両者の技が激しくぶつかり合い、辺り一帯には視界を奪うほどの砂塵が舞った。

 そして打って変わって訪れる静寂の中、薄れつつある塵の中には人影が浮かび上がってくる。


 グラドは立っていた。

 ただし盾はおろか、鎧のほとんどさえ崩れ落ちていながらも。

 しかも戦闘が継続しているというのに、項垂れたまま指ひとつ動かそうとはしなかった。


『どうやら既に気を失っているようだな。力では屈してもその魂だけは屈せずか……確かに奴は稀に見ぬ強者であったと、称賛の言葉を述べよう』


 それだけじゃない。

 あいつは俺たちと贖人の間に割って入るように立ち尽くしていた。

 あたかも敵の行先に立ち塞がるように。


 聖騎士グラド――

 意識を手放しても尚、大切な者の為に己が身を盾にするか。

 もしかしたらあいつがこれまで守ってきたのは帝国などではなく、その器の中に存在する家族や仲間だったのかもしれない。

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