第29話 魔の海域
剣聖たちの訪問から早5日。
直後は何の用事だったのか、どういう関係なのかと何度も同じことを尋ねられて大変だった。
その度に「実は生き別れのお兄ちゃん」と言っていたら、案の定まじめに答える気はないのかとみんな諦めたが。
ともあれようやく普通の日常を取り戻した俺とスクレナは、今日の仕事を決めるべくギルドへ顔を出した。
「おお! ようやく会えたな」
建物に入って早々、何者かに声をかけられる。
その主の方に顔を向ければ見知らぬ……いや、朧気ながら覚えのある人物が手を振っていた。
「ん? この売れない吟遊詩人のような地味顔、奇跡的に記憶の端の端にこびり付いておるぞ」
スクレナも同じことを感じているようだな。
てかお前、そういうことは相手に聞こえないように言ってくれ。
こっちが気まずくなるんだよ。
プレートを見る限り銀等級様だぞ。
「全くタイミングが合わなくて、お前たちがここへ初めて来た時以来になってしまったな」
思い出した。
そういえば登録初日のいざこざの後に入口にいたスカウトの男か。
「どーも、本日もいい日和で。それでは」
それからさらに記憶が甦った俺は、挨拶もそこそこにこの場を立ち去ろうとした。
「待てよ、少しくらい話をさせてくれ」
そういえばこの人には目を付けられてたんだっけ。
いろいろと詮索されるのも面倒だからあまり関わりたくはないんだけど。
「俺はスコットだ。よろしくな、エルト。それにレイナ」
こちらが口にする前から既に名前は知られていたようだ。
初対面の時にはどちらも自己紹介をした覚えはないのに。
「何せ剣聖様や聖女様に名指しされたんだ、2人ともすっかり有名人だぜ。しかもあのセリア様と狭い空間の中で対面する……くぅー! 国中の男たちが憧れるシチュエーションだぜ!」
そうか、じゃあその聖女様の手作りケーキを壁にパーン!としたのは絶対に知られてはいけないな。
それで、話したいこととは一体何なのだろうか?
コーヒー1杯分の時間くらいならあげられるけど。
「おっと、そうだったな。実はエルトたちに会わせたい人がいるんだ。コーヒー1杯分……よりは時間を貰いそうだけど」
そう言ってスコットは、手招きをしながら奥の食堂へと進んでいく。
借りがあるわけでもなければ、はっきりと約束をしたわけでもない。
別に従う理由もないのだけど。
会わせたい人というのが気になって、俺は後に付いて行った。
◇
「姐さん、連れてきたぜ」
先を歩いていたスコットが、椅子に座る剣士の女性に声をかけると顔をこちらへ向ける。
どうやらこの人がそうらしいな。
薄桃色の長い髪に、青い瞳、日に焼けた褐色の肌が活発な印象を受ける。
「よく来てくれた。私はビアンキだ、よろしくな」
それぞれが同じテーブルに備えられた椅子に腰掛けると、ビアンキと名乗る女性の握手に応じた。
首から下げているプレートに目をやれば、等級は金である。
ただ胸元が広く開いた胸当てを装備しているから、凝視しすぎて誤解されないようにせねば。
「それで、何か俺たちに用事でも?」
「ああ、実は私も以前の騒動をここで見ていたんだが、あの身のこなし……あんたはかなりの実力者のはずだ。それを見込んである依頼を手伝って欲しいんだ」
依頼を? 金等級の冒険者が青銅に助けを求めるなんて奇妙な話だ。
何せこちらはEランクの依頼までしか受注できないんだから。
報酬的にそっちに旨味があるとは思えないんだけど。
「大丈夫、私たちは『ネームドパーティー』だからな」
ネームドパーティーとは、即席で人が集まって組んだだけの、いわゆる野良パーティーとは違い、独自の呼び名を持ったパーティーだ。
規定の人数を集め、ギルドに申請して、実力や実績を審査され、適正と判断されれば晴れて承認。
もちろん野良と比べれば、ギルドからの様々な恩恵が約束されている。
その中でも最大の特徴と言えば、パーティー内で最上の等級の冒険者が受けられる範囲の依頼に、全員が同行できるということだ。
それを踏まえると、だんだん話の内容に予想がついてきた。
「私たちのパーティー、『二輪の風』に入ってAランクの依頼についてきてほしい。故郷に帰る為に抜けた仲間の分、ちょうど空きが2つあるからな」
絶対に嫌だ。
別に戦力的にもだが、金銭に困っているわけでもない。
ヒーズの件もあるし、スクレナと2人で行動していた方がよほど安全である。
それに人目を気にせず自由に動けるしな。
「話くらい聞いてみればよいではないか。本当なら我もSランクとやらをやってみたいくらいなのだからな。それに及ばずとも少しくらいは刺激がほしいのだ」
「あ! レイナちゃんは興味あるぅ? 手続きは1分もかからないからね。この書類の下の……ここ。ここにお名前書いて、親指に赤いの付けて、ペタッとするだけでいいからねぇ」
ほら、なんか口調と声色が変わってる。
これはどう考えても怪しいだろ。
絶対に裏があるぞ。
「楽しいパーティーだから。メンバーはみんな優しいし。とりあえずちょっとだけ体験してみて、もし合わなかったらすぐ抜けてもらっていいから。ね?」
しかも何だかんだと理由をつけられて簡単には抜け出せないパターンのやつだ。
しかし依頼の内容を聞くだけはタダだからな。
もう少し情報を貰ってから判断してみるのもいいかもしれない。
「手伝ってほしいのはこれ。ヴァロックス海域の調査だ」
ヴァロックス海域。
空も海面も荒れ、星も見えず、おまけに凶暴な海獣たちの住処となっている。
故に船で入り込めば絶対に戻ってこれないと言われているほどだ。
命尽きるまで彷徨い続けるか、海の藻屑になるかという、この世界の海で最も危険な場所。
「調査は中に入らなくても外周から様子を確認するだけでいいみたいだし、Aランクと言っても思っているほど危険ではないさ。それに俺たちはこういった依頼を中心に活動してるからすっかりお手の物なんだ。準備諸々任せてくれりゃ、高ランクったって尻込みすることはねぇ」
スコットの説明の一部は納得できた。
だがおかしいのは、どうしてそれがフィルモスの冒険者ギルドに依頼されているのかだ。
俺は航海術に長けているわけではないから、海域の詳しい位置は分からない。
それでもここから遠く離れているのは確かである。
もはや他国が受け持つ領域と言ってもいいだろう。
「それが、ここ最近になって不可解なことが起こっているんだ」
「不可解なこと?」
「各国の航海士の観測や灯台守の目撃情報からの報告では、この海域が移動をしてるとのことなんだ。しかも進路を予測してみれば、このフィルモスの近海に向けて真っ直ぐと」
それは確かに奇妙な現象だな。
だけどそれ以上に、海域が移動しているかなどをどうやって知るのかが謎である。
「ヴァロックス海域の上空には必ず『海鳥の巣』と呼ばれる巨大な積乱雲が浮かんでいてね。遥か昔から同じ場所に停滞していたんだけど……この雲が動き出した時には専門家は大騒ぎさ」
「航行に協力してくれる船は既に私が手配している。後は難度が高いだけに人数を揃えておきたいんだ。特に腕に覚えのある人材を」
声をかけられた理由も、依頼の内容も分かったけど、その上での返事はやはりお断りだ。
先にも言ったが俺たちにはメリットがない。
命懸けのこの職業が慈善事業ではないことは、先輩方の方がよく知っているはずだろう。
「そういうわけだ。行くぞ、レイ――」
席を立とうと隣を見れば、スクレナは真剣な面持ちで依頼書に目を落としていた。
その次には何を言い出すか分かるくらいの関係にはなっていたから、今の俺には嫌な予感しかしない。
「よかろう。貴様らの頼みを聞いてやる」
やっぱりそう来るよな。
でも刺激のある狩りがしたいなら、依頼じゃなくても高ランクの魔物と戦わせてやる。
その方が思いっきり暴れられるだろう。
「別に無駄な人助けをしようなどとは思っておらん。我がそんなことをするように見えるか? ただ海で探したいものがあるだけだ」
確かに一見すればお前は溺れている人間を前にして、経過観察を楽しみながらお茶するタイプだろう。
それでも気まぐれなのか、意外な一面なのか、たまに情に厚いところを見せるのも本当のことだがな。
ただ今回は本当に何か目的があるようなのだけど……
海の中でこいつの探し物となると、またとんでもない何かをサルベージしそうだな。
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