第16話 闇人族の野望
「本当に…………申し訳ございませんでした」
「何に対して謝罪しているのか、自らの言葉で詳細を語ってみよ」
元の姿に戻ったデリザイトは土下座をして床に頭をこすりつけ、その後頭部にスクレナが足と腕を組んで座っていた。
……なんだこの光景。
そういえばこいつ、「武人として簡単に膝をつきはせん!」とか大層なことを言ってなかったか?
もう膝どころかあらゆる所がベッタリついてるじゃないか。
「平伏せぬ限り負けではないぞ!」なんてことも。
「はい……スクレナ様がお亡くなりになったと思い込んで勝手に『闇の国の王』などと名乗っていたことです」
「それもそうだが、お前は我のことを『スクレナ』と呼び捨てにしておらんかったか?」
「それは!……な、何かの間違いかと」
「ほう、では我が
「いえ! 滅相もございません! そう……あれはただのその場のノリでして……」
少し勢いをつけてスクレナはデリザイトの頭から飛び降りる。
てっきり怒っているかと思いきや、意外にも口元は緩んでいた。
まるで子供の他愛もないイタズラに呆れているような。
「変わっておらぬな、お前も。しかしまぁ、男たるもの野心のひとつくらい持っておる方がちょうどよい」
見る限りでは昔からの主従関係だというのは明らかだけど、デリザイトの強さを自ら体験しただけにそうなった経緯がとても気になる。
「こいつは我が暇潰しに召喚してみた魔族でな。確か別世界の魔王とか言っておったか? それで顔を合わせるなり生意気な態度を取るから、どちらが上かをその体に刻み込んでやったのだ」
今の今まで種族の頂点に君臨していたと思ったら、暇潰しという理由で異世界に呼び出されてボコボコにされる……あまりにも不憫だろ。
「以来は六冥闘将の1人として闇人族の一部を率いておった」
なんだよ「ろくめいとうしょう」とか「やみびとぞく」って。
3年も一緒にいて初めて聞いたぞ。
「言っておらんかったか? 我が軍の指揮を任せておった6人の将だ。それぞれがこのデリザイトと同等の力を有しておる」
こんなのが6人も!?
もし全員が一堂に会することになったら、それだけでどれほどの規模の軍勢を相手にすることが出来るのか。
「そして闇人族というのは種族ではなく、我の元に集った志を同じくする者たちの総称だ」
なるほどな。
大昔の人間たちと争ったというのは前に聞いたけど、こんなに恐ろしい奴らをぞろぞろ率いていたら悪者として語り継ぎたくもなるか。
「それでお前はどうするのだ? デリザイト」
いつ間にか立ち上がっていたデリザイトを見上げながらスクレナは問いかける。
「もう契約が切れているようだが、再契約するか、それともこのまま自由になることを望むか。亡国の女王となれば強制できる立場でもないからな。好きにしろ」
自嘲するような薄ら笑いを浮かべるスクレナの前に、デリザイトは姿勢を正して片膝をついた。
「無論、再契約させていただきます。某とて自らの利の為だけにスクレナ様に仕えていたわけではありませぬ」
その言葉に目を細めるスクレナの表情は嬉々としていた。
主従というよりは友に向けるような顔だ。
互いに親指を噛み、床に浮かぶ魔法陣の中心で傷口を重ねる。
しばらくそのまま静止した後、魔法陣が光り輝くとデリザイトの魔力が増していくのを感じた。
どうやら契約は滞りなく完了したようだ。
「さてデリザイトよ。再び配下に入ったからには我らの計画に尽力してもらうぞ」
「計画ですか? それは一体どのような」
スクレナは腕を組んで口角を上げると、少し間を空けてから口を開いた。
「それは……ザラハイムの復活だ」
「な、なんと!? そんなことが可能なのですか?」
驚愕するデリザイトに、スクレナは今度は腰に手を当てて鼻で笑う。
「出来るかどうかは関係ない。我がしたいからするのだ」
「ふはははは! そういうお方でしたな、スクレナ様は。ならばこのデリザイト、粉骨砕身の努力を致しましょう」
その目的自体は初めて出会った日の夜、宿屋で聞かされていた。
とてつもなく果てしないことで、一体いつのことになるのか……そもそも実現できるのか懐疑的だった。
スクレナの自信の1つであろう六冥闘将の存在を知っても尚それは変わらない。
そもそも他の5人が生きているかも、協力してくれるかもまだ分からない。
それに何より今はスクレナがいた時代とはまるで違う。
いろいろと政治的なしがらみがあるんだ。
「ここに国を作ります」って宣言をしても承認されるものではない。
越えなければいけない難題はまだまだ山積みなんだ。
だけどスクレナが「やる」と言うと、それだけで懸念が払拭されるから不思議なものである。
普段はあんなだけど、こういう部分で生粋の指導者なのだと思わされる。
「デリザイト、お前は各地を回って他の将たちの行方を探せ。そして我がフィルモスという街を拠点にしていることを伝えよ」
「御意! 元より強者を求めて世界中を旅しておりました故、お任せくだされ!」
深々と頭を下げるデリザイトに軽く頷くと、スクレナはこちらへ振り返った。
「さてエルトよ。お前には手の届く範囲での捜索と共に更なる訓練に励んでもらう。何せ我らの思いが実るかは黒騎士の力が鍵となるのだからな」
そう言われるとすごいプレッシャーだけど、それによって命を救われたんだから期待に応えてやらねばなるまい。
「しかし今日の戦いは素晴らしいものであったぞ。解放前のデリザイトといい勝負をすればと思っていたのだが、まさか打ち破るとはな」
珍しくというか、こんなにベタ褒めされたのは初めてのことかもしれない。
なんだか照れ臭いな。
「お前の快挙に褒美を与えてやろう」
褒美か……
高価なものなんて持ってないだろうし、自分の稼ぎを思えば向こうの方だってたかが知れている。
せいぜい傷が癒えたら1杯奢ってもらえればいいか。
「ん……」
スクレナは急に両腕を前に広げる。
全く意味の分からない行動につい眉をしかめてしまった。
「だから……ほれ」
ほれ、じゃなくて一体何なんだよ。
やましいことでもあるように目も合わせずに。呪いでもかけてるのか?
「労をねぎらって我が抱きしめてやると言っておるのだ! さっさとせんか!」
「ふざけんな! それのどこが褒美なんだよ!」
突き返されて納得できないように唸ってるけど当たり前だろ。
「ま、魔力の操作は息をするくらいもっと自然で迅速に出来るようにならねばいけないのだ! 本来はまだまだと言いたいところを、少し優しくしてやればお前は!――」
「体の一部分に全振りするな」とか「魔術も少しは覚えろ」とか、一転してダメ出しの嵐になった。
顔を赤くするくらい恥ずかしいなら最初から柄にもないことをするなよ。
「あの……お取り込み中かと思いますが、あの者たちはいかが致しましょう?」
おずおずと声をかけるデリザイトが指さす先には、ここまで同行した冒険者たちが。
すっかり存在を忘れていたけど、向こうは向こうで取り込み中のようだ。
「てめぇ! 誰が抱かれるしか価値がねぇだと!」
「今日のことはギルド中に言いふらしてやるからな! この糞袋が!」
床に倒れ込むヒーズが3人の女たちに囲まれて蹴られ続けていた。
顔面はすっかり腫れ上がり、容姿はさらに見るも無残なものになっている。
「うひひ……痛いなぁ……やめてよぉ……僕のこと愛してるんだろ……ふひ」
おまけに完全に壊れている。
あれでは街に戻っても冒険者として再起するどころか、まともな生活すら送れないだろう。
奴がしたことを思えば自業自得と言えるがな。
「おい、そこの3バカ共」
一心不乱にヒーズを痛めつけていた3人は動きを止め、声をかけたスクレナへと向き直る。
他のことに夢中になるのはいいが、一応自分たちも危機的状況の中にあることを忘れないでほしい。
「貴様らには2択を与えてやる。このデリザイトにつき従い助力するか、それとも――」
「「「デリザイト様についていきます!!」」」
即答だった。
でも大丈夫なのか? こいつら。
深入りさせて裏切られたら後々面倒なことになったりしないか?
「案ずるな。デリザイトは数千の兵を率いていたのだぞ。こやつらが怪しい動きを少しでも見せればすぐに対処するであろう。それにこういう長い物に巻かれやすい人間が我らには最も扱いやすい」
まぁ、確かに。
人手は多い方がいいだろうし、情報収集なら女性が適任だろう。
それに裏切られた直後は他人へ不信感を抱いて距離を置く者もいれば、寧ろ逆の者もいる。
その事実を帳消しにして傷を埋める為に、「次こそは」と人を変えて挑戦したりする者だ。
ギャンブルに近いものなのかな。
そしてそういう人間こそ従順なんだ。
失敗した時の痛みを知っているし、過去の出来事は自分に非がなかったと証明したいのだから。
既に「デリザイト様ぁ~」と猫なで声を出しているあたりスクレナの言う通りだろう。
呼ばれている本人はすごく困惑しているが。
「これから先に歩むべき道も決まったな。では悲願の成就の為に各々新たな一歩を踏み出そうぞ」
簡単な依頼のはずがいろいろと予想外の展開になってしまった。
もちろん結果的にいい方にだ。
偶然の産物ではあるが、それだけに今の俺たちには追い風が吹いているような気がする。
それはともかく――
ヒーズは誰が街まで連れていくんだよ?
みんな目もくれず出口に向かって歩いていくけど。
俺だって絶対に嫌だぞ。触りたくもない。
デリザイト、お前のせいでこうなったんだから街の近くまで運んでいけ! おい!
……仕方がない。
木の棒か何かで引き摺っていくか。
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