第二話 西沢円花


 西沢円花は、旦那が会社の資金を流用して購入した高級外車を走らせていた。


「なんで私が、私は社長夫人なのよ!」


 旦那のIT企業は本社を地元に置いて、都内に支社を作っていた。規模は、支社の方が大きいのだが、本社機能だけを残している。


「あの人も、あの人よ。今更、なんだって言うのよ!」


 円花は、先日警察から呼び出しを受けた。地元の古くあまり使われていないキャンプ場で白骨化した死体が見つかったのだ。


 同窓会の時に起きた凄惨な事件と相まってマスコミが騒いだ。

 見つかった当初は、20年近く前の白骨死体とだけ報道された。


 数日後、身元が判明してからマスコミの動きが変わった。


”須賀谷真帆”


 見つかった死体の身元だ。

 マスコミや世間は、円花が出席した同窓会で発生した事件と結びつけた。


 そして、どこから情報が漏れたのかわからないが、当時須賀谷真帆をいじめていた生徒が居たと報道した。

 名前までは出ていなかったが、とある雑誌社がイニシャルで報道した。


 地元では有名な話だったので、覚えている人も多かった。

 そのために、円花だけではなく旦那の会社にも影響が出始めてしまった。


 旦那は、”円花のためを思って”というもっともらしい理由を付けて、円花を地元から遠ざけた。


 地元が好きではなかった円花は、旦那の話を受けて、都内のホテルでしばらく身を隠すことにした。


(無駄だよ。どこに隠れても見つけ出すよ)


「え?なに?」


 円花は、子供の声が聞こえた気がした。


 マホの復讐は始まったばかりだ。


 円花は、旦那に指定されたホテルにチェックインした。部屋はセミスイートだ。旦那からはおとなしくしておくように言われていたが、円花が従うわけがなかった。

 泊まった部屋がスイートではなかったと、旦那に電話で抗議した。それだけでは怒りが収まらなかった円花は旦那の会社の支社に電話をかけて、数名をホテルに寄越すようにお願い命令した。1人では何も出来ない自分の世話をさせるためだ。地元なら許されたかも知れない行為だが、東京では許されなかった。すぐに、支社から本社に連絡が入って、社長である旦那に抗議が入ったのだ。売上を支社に依存している関係で、強くも出られない状況で丁寧な苦情を旦那は聞かされ続けた。


 円花が従業員召使いが来ない状況に痺れを切らして支社に電話をかけるが、誰も出ない。無視されたと考え、旦那に電話をかけるが、旦那にも繋がらない。


 イライラが収まらない円花は、ルームサービスで一番高いワインを注文する。

 注文は、端末からする仕組みになっていて円花が望んだワインの注文は受け付けられた。


 しかし、何分待ってもワインが届かない。円花は、フロントに電話をかけるが繋がらない。泊まっている部屋がセミスイートなので専属のコンシェルジュサービスが付属しているのを思い出して、コンシェルジュを呼び出すが反応が無い。


「どうなっているのよ!!!」


 円花は持っていたグラスを窓に叩きつける。グラスが割れる音だけが部屋の中に響くだけだった。


 円花のスマホが鳴った。旦那からの折返しかと思って、スマホを見るが知らない番号からだ。


「誰?クズ?ルームサービス?さっさと持ってきなさい!それから、グラスが割れたから、片付けもしなさいよ!」


 いきなり相手を確認しないで自分が言いたい事を言い放つ。


『西沢円花さん。貴女は、旧姓も西沢でしたね。須賀谷真帆さんの事で聞きたい事があります』


「何よ!須賀谷真帆なんて知らないわよ!誰!名乗りなさい!私は、西沢なのよ。社長夫人なのよ!無礼よ!」


『貴女はそういう人でしたね』


 電話の声色が変わった。男性の声から、急に女性の声になった。喋り方も柔らかくなる。


「誰!私のことを知っているのなら、私がどんなに偉いのかすごいのか知っているわよね!」


 ヒステリックに喚く円花の声を聞いて、電話の相手は静かに笑っただけで、円花の反応を楽しんでいる様子だ。


「誰なの!!私は忙しいの!いい加減にして!」


 円花は、スマホを操作して通話を切る。


 急に、部屋のTVの電源が入って、女の子の後ろ姿が映し出される。

 TVから声が聞こえてきた。


『西沢さん。偉いのは、貴女じゃないでしょ?貴女が出来たのは、須賀谷真帆さんに暴力を振るうことだけですよね。それも、周りに人が居ないと何も出来ない』


 円花はTVのリモコンを持って、電源を落とそうとするが、電源が落ちるわけがない。

 TVに映っている女の子のシルエットも最初は1人だけだったのが、徐々に増えてすでに10人にもなっている。円花が、リモコンを乱暴に操作するのに合わせて、笑い声をあげている。


『こうやって、よく笑っていたよね』


 TVの真ん中の女の子が振り向いた。顔はよくわからない。

 その子が、円花に話しかける。


 錯乱した円花は、リモコンをTVに投げつける。激しい音が部屋中に鳴り響いて、TVから女の子が消えた。


「知らない。知らない。私は、なにも知らない!私が何をしたの?私は選ばれた人間なのよ!こんな事!おかしい!おかしい!おかしい!」


『おかしくないよ!西沢さんは、昔から変わらないね。自分が気に入らない事があるとすぐに逃げたり、言い訳したり、誰かのせいにするよね!』


 セミスートの窓に、1人の女の子が居て、円花に話しかける。


 隣の窓にも女の子が現れる。


『西沢さん。須賀谷真帆さんが大事にしていた筆箱を捨てたのは、貴女だったよね』


 その隣にも・・・。順番に、部屋にある窓やガラスに女の子が現れて、西沢が真帆にした行為を笑いながら話し始める。


「ち・・・ちがう・・・。わた・・し、かん・・・け・・・い・・・な・・・い。し・・・ら・・・な・・・・い」


『『『『そう?知らないの?だったら、いらないね。殺しちゃう?』』』』


 女の子たちが声を揃えて円花に話しかける。


「え?」


『『『『だって、西沢さん。必要ないなら死んじゃえと言ったよね?』』』』


『『『『言った。言った!』』』』


「言って・・・ない」


『『『『言ったよ!仏舎利塔で時計も探せないのなら死んじゃってもしょうがないねと言ったよ!』』』』


「・・・。ゆ・・・る・・・し・・・て。あれは、そう!先生が・・・。そう!先生が悪いの!私は悪くない!私は、何もしてないよ!須賀谷さん何でしょ!許してよ!もう・・・。昔の話・・・」


『『『『昔!?』』』』


 円花のセリフに女の子たちが激しく反応する。

 部屋の明かりも心臓が脈打つように点滅し始める。円花の心臓にリンクしているかのように点滅も徐々に早くなっていく。


「そう、昔の話!私も、反省している。許して。許して・・・。許してください」


 床に頭を付けるようにして、何に謝っているのか、わからないが、円花は必死に謝った。このままでは、殺されると思ったのだ。


『『『『ふーん』』』』


 明かりの点滅が少しだけゆっくりになった。

 円花は、許されたと甘い考えが頭をよぎった。自分が謝っているのだから、許されて当然だと思っているのだ。


 最初に窓ガラスに映った女の子が振り向いた。


『西沢さん。須賀谷真帆さんがそうやって謝った時に貴女は何をした?』


「え?」


 円花はそんな事を覚えているわけがない。


「わたし・・・。そう!須賀谷さんを許して、立たせて、膝に着いた汚れを払ったよ!そう、そう、私は何も悪い事はしていない。許してあげたよ!」


 もちろん、そんな事はない。

 何も悪くない真帆を、ただ前を歩いていたというだけで、真帆を後ろから蹴飛ばして、土下座させて、謝る真帆の頭を足で押さえつけた。その後で、何度も何度も笑いながら背中を蹴ったのは、西沢円花なのだ。


 窓ガラスに映った姿は、小学校のときの西沢円花にそっくりだった。

 悲しそうな目をして、大人になった西沢円花を見ている。


『『『『ふーん。そう?だったら、立っていいわよ?立てたらね』』』』


 顔が解る女の子以外の女の子が一斉に喋りだす。


「え?は?」


 円花は、立とうしたが、膝から下に力が入らない。


「さ・・・。さむ・・・い。し・・・にた・・・・くな・・・い。わ・・・た・・・・し・・わ・・・く・・・・・ない。な・・・ん・・・で、あ・・し。わた・・・しの・・・な・・・い・・・の?」


 円花の最後の声を聞いた者は居なかった。


 翌朝、朝食を持ってきたボーイが目にしたのは、膝から下が切断された状態で横たわる西沢円花の姿だ。

 部屋の中央で土下座の格好になっている西沢円花が、目の前にある自分の足に手を伸ばして息絶えている状況だ。スマホには、西沢の旦那や支社からの着信が数十件残されていた。


 不思議な事に、遺体からは血が一滴も出ていない。部屋にも、血の匂いも荒らされた様子もない。グラスも割れていないし、TVも壊されていない。円花の部屋には、封が開けられていない。高級ワインが一本だけ置かれていた。


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