第三話 託された手紙


「あ!ママ。忘れ物は見つかった?」


 美和と沙奈が制止しようとしたが、唯は鈴に抱きついた。


「うん。ありがとう。見つかったよ。それで、唯。手紙は読んだの?」


「うん!菜々ちゃんが書いたのは先生から貰ったよ!」


「菜々ちゃんが書いた?」


「うん!お休みするときに、書いてくれて、菜々ちゃんのママが持ってきてくれたの!」


 唯の話を聞いて、鈴と進は安心した。

 やはり、唯の話し方が悪かっただけで、先生が2つ先に居る唯に届けてくれたのだろう。そう考えた。


 しかし、桜は唯が不自然だと感じた。


「なぁ唯」


「何?ユウキのパパ」


「手紙は、一通だけか?」


「うーん」


「どうした?」


「桜くん」「桜!」


 桜の顔が友人を追い詰めた時と同じに見えた。

 美和と進が慌てて止めた。


「おっそうだった。美和」


 桜は、美和を読んで小声で指示を出す。


「何?」


「唯は手紙を二通持っている」


「なんで?」


「さっきの言葉で、先生には唯から会いに行っている。でも、手紙をもらうのが肝試しの約束だ。唯なら約束を守るはずだ」


「でも、子供だよ?」


「美和。小学校4年の時、俺と奴は何をしていた?克己も一緒にしてもいい」


「それは・・・。だって、彼と克己くん・・。それに、ヤスさん・・・。あとは、真一くんも万人くんもまーさんも異常だったよ?」


「反論できないけど、でも、それでも小学校4年の時にはしっかりと考えて居ただろう?唯も同じだと思うぞ?」


「解ったわよ。でも、鈴にも協力してもらうわよ」


「頼む」


 桜に怯えた唯だったが、沙奈とユウキと話をして落ち着いてきていた。


 美和は、唯を見たが落ち着いているので、鈴を呼んで小声で話をした。


 安心した鈴だったが、桜の問いかけに対する唯の返事が不自然に思えたのだ。母親の感だと言っているが、桜と同じように、唯が何かを隠していると感じたようだ。


「唯ちゃん」


「あぁユウキのママ!」


「お話を聞けなくてごめんね。ユウキから聞くね」


「うん!楽しかったよ!ユウキは何もしていないけど、タクミくんがすごかったの!」


「僕も頑張ったよ!」


「えぇユウキはタクミくんと一緒にいただけでしょ?」


「そうだけど・・・。違う!僕もいろいろやったよ!」


 美和は根気よく言い争いをする唯とユウキの話を聞いた。

 やっと二人が一段落した所で、本来の話に戻ろうとした。


 同じ話になるが、大丈夫だろうと思っていたのだ。


「そう?ユウキは、タクミに手紙を渡したの?」


「うん。僕は、ハルちゃんから持ったよ」


「晴海くんは鳴海ちゃんから?」


「そ!私が鳴海ちゃんに渡したの!」


「唯ちゃんは誰から貰ったの?」


「私は、菜々ちゃんからもらう予定だったの」


「あ!そうか、菜々ちゃん休んじゃったよね」


「うん。なんか、菜々ちゃんのパパが入院するみたい」


 唯の話を聞いて、進は桜に小声で確認した。


(桜。菜々ちゃんのパパって?)


(あぁ進は知らないのか?鈴と同学年で、現場に居た1人だ)


(母親は違うのか?)


(あぁこの町の人間じゃない)


「そうなの?唯ちゃんは誰から手紙を貰ったの?」


「あ!そうだ!ママ!」


 急に、何かを思い出したかのように、唯が鈴を呼ぶ。


「なに?」


「あのね。ママ!ママに渡してって言われたの!ちょっとまって!」


 唯は、自分のポシェットを持ってきた。

 進が唯の誕生日に買ってあげた日曜日の朝にやっているアニメのキャラクターが入った物だ。買ってあげてから気に入って毎日のように使っている。中には、家の鍵や迷子札が入っている。唯には内緒にしているが、二重底にして三千円が入っている。子供の足では迷子になったとしても、三千円あれば帰ってこられると思っての配慮だ。


 ポシェットは、唯の宝物入れになっている。

 何かを探し当てて、鈴の目の前に持ってくる。


「はい!ママ!」


「これは?」


「ママに渡してって頼まれた手紙!」


「え?誰に?」


「うーん。わからない。女の子?」


 疑問形になっているが、唯は実際に誰から貰ったのかわからないのだ。疑問形になってしまってもしょうがないことだ。


 唯は、鈴に手紙を渡したら、スイッチが切れたかのように目をこすり始めて、鈴が問いかけようとした時には、もう夢の世界に旅立ってしまっていた。


「寝ちゃったわね」「そうね」


「ユウキちゃんも?」


 大人たちは、急に眠ってしまった二人の子供を見ている。

 不思議に思ったが、寝てしまったのを起こして問い詰める必要もない。


 鈴の手は震えていた。

 唯から受け取った手紙を両手で大事な物を持つようにしているが、手の震えが止まらないのだ。


「鈴?どうした?」


「あっ進さん。あのね。この手紙の折り方・・・。私となつみと・・・。そんな・・・。違うわよね?」


「どうした?」


 進以外の大人たちが集まってくる。


「ねぇ桜さん。唯ちゃんもユウキちゃんも寝ちゃっているから、お家に連れて行かない?進さんも鈴さんも、今日は泊まっていってください。桜さんや美和さんに相談できたほうがいいですよね?私が、唯ちゃんとユウキちゃんを見ています」


 沙奈の申し出は他の4人も渡りに船の状態だ。

 子供が居ない所で話をしたほうが良いのは解っている。それではどうしたら良いのかが決められなかった。


「そうね。沙奈さんお願いできますか?」


 美和が沙奈の提案に乗る形で場をまとめる。


「いいですよ。進さんも鈴さんもいいですよね?」


「・・・」「あぁ」


 鈴は身体まで震えてしまっている。進が肩を抱きしめていないと歩けないほどだ。


 車で隣町まで一度出てから、バイパスに乗って桜の家に向かう。桜の家と克己の家は隣同士なので、寝ている子供二人を抱きかかえて、寝かしてから、桜の家で手紙を読むことになった。


「沙奈さん。悪いな。唯を頼む」


 進が鈴の肩を抱きながら沙奈に唯を頼み込む。

 大丈夫だとは思うが、鈴の怯えているのが気になってしょうがない。


「大丈夫ですよ。そのうちタクミも帰ってきますから、そうしたら克己さんも桜さんの家に行かせますね」


 沙奈は努めて明るく返事をする。

 それがわかるのだろう。進も笑顔で応じている。


「頼む。克己も知っておいたほうがいいかもしれない」


 桜は、それだけ言ってさっさと家の中に入っていってしまった。


「鈴も進も入って、お酒は・・・。止めておいて、克己が飲むように置いてある紅茶を出しますね」


 美和は、普通に克己のことを呼び捨てにする。

 子供の時からの付き合いだ。克己が、沙奈と結婚した当初は”克己さん”と呼んでいたが、本人と桜から気持ち悪いと言われて、呼び方を戻した。沙奈も気にしていないし、昔の呼び方で通している。


 4人は、家に入ってリビングのソファーに座る。

 鈴は、進の横に座って震える手で手紙をしっかりと持っている。


 美和が、克己が置いていった紅茶を用意した。

 4-5分の時間が永遠に続くかと思うくらい長く感じた。


「て」”ピンポーン”


 進が何か言いかけた時に、インターホンがなった。

 克己とタクミは帰ってきていたのだ、沙奈からの伝言を聞いたが、今から行ってもダメだろうと思って、家で簡単に食事をして帰りを待っていたのだ。帰宅した沙奈から事情を聞いて、桜の家に来たのだ。


「なにがあった?」


「克己か・・・。今、その話を始めようとしている所だ。沙奈さんからは聞いたのか?」


 進が克己に話しかけるが、鈴は克己が来て落ち着いたのだろう。顔を上げて皆を見回す。


「簡単に、だけどな。タクミからも仏舎利塔の話を聞いた。不思議に思っていたところに、答えが飛び込んできたからびっくりした。タクミはもう一つ気になっているようだけど・・・。あとだな。まずは、鈴が貰った手紙だな」


「克己。お前、事件は知っているよな?」


「桜。流石に知っている。知っているが、マスコミが報道した以上の話は知らないぞ?」


「そうか、ナユタとマホの事は?」


「知っている」


 鈴が、マホの名前を聞いて”ビクッ”と震わせる。


 克己も座った。飲み物は、桜が手を付けていない紅茶がスライドした。

 桜の前には、タクミがユウキのために作ったりんごジュースが置かれた。


「鈴」


 誰が、鈴の名前を呼んだのかわからないが、鈴は手紙を持つてに力を込める。潰そうとしているわけではない。怖いわけではない。

 ただ、ただ、事実として、手紙を握っていると感じていたいのだ。


「進さん。桜さん。克己さん。美和さん。私となつみは、よく手紙の交換をしていました」


 鈴は自分の考えを肯定するようにゆっくりとした口調で話し始めた。

 皆、鈴の話を遮らないようにうなずくだけだ。


「マホも私となつみと手紙を交換してくれた。何度も、何度も、何度も、交換している間に、クラス中で手紙の交換が流行って・・・。それで、マホが私となつみにだけわかるように手紙を折るように・・・。ううん。違う。マホは、私となつみのために、手紙の表や裏に名前を書かなくても、マホからの手紙だとわかるように変わった折り方をしていた」


 手を広げて、手紙を見つめる。


「この手紙。使っている便箋。マホ・・・。マホの手紙・・・。マホ・・・。なんで?」


 また、鈴が震えだしたので、進が鈴の手から手紙を奪うように取ってから、鈴を抱きしめる。

 見ている3人も鈴と進の様子を見つめているだけで、口を開かない。

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