仏舎利塔と青い手毬花
北きつね
序章
第一話 終わり
すべて終わったわけじゃないけど、ボクにできる事はもうない。
パパ。ママ。ユズ姉。ボクは地獄に行くよね。ボクは、天国には行けないよね。これだけのことをしたのだから、当然だよね。
後悔なんてしていないよ。ヤツラは、奴は、それだけの事をしたのだから、報いを受けないとね。ボクは、喜んで地獄に行くよ。この身体が・・・心が・・・100万回引き裂かれても、悠久の時を苦しもうと後悔はしないよ。ボクは、パパとママとユズ姉とナユ兄のことを思い出して、それだけでボクは大丈夫。だから、ボクのことは安心してね。
パパとママとユズ姉の為にしたことじゃ無いからね。
パパ。ママ。ユズ姉。ナユ兄を見守ってあげて欲しいな。
ボクには、もう何もできそうに無いから・・・。
バイバイ。
ボクの大切な人。ボクの大切だった人。ボクを大切だと言ってくれた人。
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「父さん!どういうことだ!」
「ナユ・・・。俺にも、わからない。今、母さんとユズが探しに行っている」
「だから、どうして、真帆が帰ってきていないことが問題になっている!まだそんな時間でも無いだろう?」
那由太の指摘が正しいことは、父親も認識している。
夏に差し掛かる時期で、18時と言ってもまだ薄暗くなる程度の時間だ。それに、真帆が今日は
須賀谷家は、祖父母と父親と母親と長女である柚月。長男である那由太。年の離れた皆から可愛がられている真帆の7人家族だ。いや、だったと言うべきなのかも知れない。
ここの所、須賀谷家は不幸が連続している。
船乗りであった、祖父が釣り人の事故に巻き込まれるようにして海に投げ出されて行方不明になっている。
祖母は、祖父の事故があった翌々日に街で轢逃げされ、病院で息を引き取った。祖母の葬儀の準備をしている最中に、祖父が遺体で発見された。背中に刺し傷があったことから事故ではなく事件扱いになったが、祖父の事故を引き起こした釣り人は結局見つかっていない。
祖父母を短時間の事件で失った。
祖父を突き落としたとされる釣り人だけではなく、ひき逃げ犯もまだ捕まっていない。捜査が行われていることになっているのだが、誰かが捕まったという情報すら出てこない。マスコミも最初は報道したのだが、なぜか報道が一斉に自粛され、どこも報道しなくなってしまった。
そんなタイミングで、末っ子の真帆が塾に来ていないと連絡が来たのだ。
姉の柚月が連絡を受けてすぐに家を飛び出した。母親も、嫌な予感がして家を飛び出した。
父親は、二人が飛び出してしまったことで、家に残って連絡係をすることにしたのだ。
そこに、長男である那由太が帰宅した。那由太は、部活に出ていたが、柚月が学校に探しに来た時に話を聞いて、急いで家に帰ってきた。
那由太が急いで帰ってきたのにもわけがある。
真帆は学校でいじめられていたのだ。それも、理由が理不尽すぎるのだ。いじめている連中のことはわかっているし、家族揃って真帆には学校に行かなくてもいいと行っている。小学校の授業くらいなら、柚月も那由太も教えられる。母親も父親も教えることができるので、大丈夫だと言っていた。
真帆は、恵まれた環境だということでいじめられていた。それだけではなく、父親と母親の仕事が影響しているのは間違い無い。
父親と母親は、地方紙の記者をしている。地域に根強く残っていた村社会による差別やいじめ、それによる不当な取引の実態を調べ上げて記事にしたのだ。記事は正当な物だが、一部の既得権益に染まっていた連中から見たら裏切り以外の何物でもなかった。
特に、町議会から県議会に上がって、国会議員になっていた者へのダメージは大きかった。その議員自身が何かをしていたわけではない。昔からの慣習に従っただけだ。だから、国会議員はマスコミで釈明すればそれで終わったのだが、そうならなかった者たちが居た。
議員の名前を使って、地元で利権を貪っていたヤツラだ。国会議員も、自分の名前を使われたと釈明した。実際の所はわからないが、地元ではそれで筋が通った。禊も終わった。問題は終息したはずだった。
しかし、自分たちが法律違反をしたと思っていなかったヤツラは、国会議員に見捨てられたことよりも、そんな記事を書いて、地元の慣習を壊した記者を裏切り者だと糾弾した。幸いなことに、既得権益を得ていた一部の者たちは、昔からの住民ではなく、既得権益を得る為にやってきた者たちだ。
一部の者は街を追われるように出ていった。街には、高層マンションが立っていて、そこの住民で既得権益を得ていた者は多くが残った。後から来た住人が、田舎町を馬鹿にする。
そんな図式の中で、真帆は馬鹿にしてきた自称セレブな住民の子供を馬鹿にした。相手にしなかったというのが正しいのかもしれない。選民意識を持った親から教育を受けていた子どもたちは、自分たちも選ばれた人間だと思っている。そんな自分たちのことを無視する地元の子供を許せるわけがなかった。
すぐにいじめに発展した。最初は、無視するレベルだったことがエキサイトした。暴力になるまで時間は必要なかった。
そんな真帆が学校から帰って来て、習い事に来ていない。
「ユズ!」
父親と那由太が言い争いをしている所に、柚月がボロボロになってスカートを履いて、膝を擦りむいた真帆を連れて帰ってきた。母親もすぐに戻ってきた。
港に呼び出されて、言われた場所に居たら後ろから殴られたと言っている。父親も、母親も、柚月も、那由太も、真帆が言っていることが嘘だとわかっていても、真帆が言いたくないのだろうと考えて、あえて詳細に関しては聞かないことにした。
それが間違いの始まりだったとしても、須賀谷家の”今”は、通常な状態ではなかった。
そんな事件が発生してから、1ヶ月後。
真帆が通っている小学校では、キャンプが行われることになった。キャンプは、二泊三日で行われる。元々予定されていた物で、参加は義務ではないが強制に近い物がある。父親も母親も柚月も那由太も心配して、参加を取りやめるように言ったのだが、真帆が友達と約束しているから参加すると言って、キャンプに行くことになった。
キャンプで何が有ったのか家族にはわからない。
何度も、何度も、何度も、キャンプ場に足を運んだ。そして、学校にも、教育委員会にも直訴した。しかし、返答はいつも同じだ。”警察の捜査結果を待っている”しか帰ってこない。
キャンプ二日目の肝試しから真帆が帰ってこない。
連絡を受けた須賀谷家は、父親と那由太が現場に向った。すでに複数の親が子供を迎えに来ていた。
「先生。どういうことですか?」
「須賀谷さん・・・」
先生の説明でわかったことは一つだけだ。真帆が、肝試しが終わった後から姿が見えないということだ。警察と消防が出てきて、キャンプ場の周りを探しているから、しばらくしたら見つかると説明を受けている。父親と那由太は、説明を聞いて、学校が何もするつもりがない事が解って、自ら動くことにした。
三日間山狩りに参加したが、手がかりは真帆が当時履いていた靴の片割れと、スカートの一部と思われる物が見つかっただけだ。
「父さん!ナユ!どういうこと?」
家に連絡して、進展がないことを告げることが辛くなっている。
母親は、心労が溜まって倒れてしまった。父親も、いつ倒れても不思議じゃない状況だ。
真帆を発見できないまま父親と那由太は家に帰った。
靴とスカートの一部を持ってだ。
「きっとヤツラだ!」
「ヤツラ?」
「真帆をいじめていたヤツラに決まっている!」
那由太は、ナイフを持ち出して、家を飛び出そうとしていた。
「ナユ!」
「ユズ姉!邪魔するな。真帆を取り返す!ヤツラを脅せば何か解るはずだ!」
「那由太!少し落ち着きなさい。それは、私の役目。いい、あんたは、父さんと母さんをしっかり見ていなさい!」
柚月は、那由太を諌めてから、家を出た。
那由太が、柚月の生きている姿を見たのはこれが最後だった。
柚月は、高層マンションが立ち並んでいる一角がある場所の近くにある交差点で車に跳ねられた。
ひき逃げだった。
翌日、父親と母親が部屋で刺されて死んでいるのが見つかった。
第一発見者は、那由太だった。那由太が、柚月の遺体を引き取るために家を空けた時に、空き巣が入ったと警察は考えた。
短時間に、真帆以外の家族の全員を亡くした。真帆も、今何処に居るかわからない状況だ。
那由太の心はこわれてしまった。
警察も何もしていなかったわけではない。しかし、なぜか数ヶ月経って那由太の心が壊れてしまって、子供の居なかった母親の姉夫婦に引き取られてから、祖父を突き落とした釣り人は結局見つからないまま捜査継続は不可能と判断された。祖母をひき逃げした車の特定ができているのに証拠が不十分で捜査打ち切りとなった。真帆は結局いじめを苦に行方不明という曖昧な幕引きとなり、柚月のひき逃げはいくつもの不可解な状況だったのにもかかわらず捜査もされないで放置された。父親と母親を刺した犯人はその後捕まったが、覚醒剤の常習者が薬代を買うためのお金が欲しくて空き巣に入って住民を刺し殺したと説明された。
柚月は、高層マンションに向かう途中で轢き殺されたとなっているが、なぜか首に殴られた跡があったり、顔にも手で殴られた跡があったり、後頭部に打撲痕がある状態だ。そして、死後に車に轢かれたという最初の報告書がいつの間にか書き換わっている。証拠となる車の破片なども現場には一切に見つかっていない。ブレーキ痕さえもなかった。そして、一番不思議なことは、柚月の服装には一切の乱れがない状態で道路に寝た状態で見つかったのだ。血痕すら見つかっていない。この状態で、ひき逃げと断定した警察が非難されることがなかったのも不思議なことだ。
両親の場合は、犯人は捕まっている。
捕まっているが不思議なことがある。金がほしいのなら、リビングに置いてあった財布には手が付けられていない。何かの為にテーブルの上に置いてあった20万の現金にも手を付けていない。そして、夫婦の寝室に一直線に向かっている。4人分の土足の足跡が確認されている。須賀谷家が、土足で生活していなければつかない場所に足跡が残されていた。
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