第36話 王都炎上
建国祭一日目が終了し、二日目に向けて準備が進められる中で詩織とリリィは城内にてその様子を眺めていた。彼女達の舞台は一日目だけの催しであり、二日目は完全にフリーになっているからこその余裕である。
「明日はミリシャやアイリアとも一緒に観て回れそうよ」
「良かった」
リリィに誘われたなら、アイリアはどんな予定をもキャンセルして付いてくるだろうなと詩織は思う。それだけの強い忠誠心を持つのがアイリアなのだ。
「出店は勿論のこと、お姉様達の演目も観ておかないとね。後で感想を聞かれると思うから」
「だね。ミリシャに聞いたところによると、毎年凄いらしいから楽しみだよ」
「わ、わたしも来年以降も続ける予定だから、お姉様達なんかすぐに追い越してみせるけどね」
ツンと腕を組んでそう宣言する。今年の劇の成功がきっと大きな自信に繋がったのだろう。皆に王家の人間として認めてもらいたいというリリィの目標にまた一歩近づいた瞬間でもある。
「来年か・・・」
果たして一年後の自分はどうなっているのかと詩織は想像を巡らせる。少なくとも一年前の自分は異世界に召喚されるなんて全く思ってもみなかったし、何が起こるかなんてその時にならないと分からないが、願わくばリリィと一緒にいられますようにという想いがあるのは確かなことだった。
「・・・なんでアンタまでいるのよ」
「まぁいいじゃないか。せっかくだし、背中を預け合った戦友同士で祭りを楽しむのもさ」
リリィの冷たい視線を受けるのはシエラルだ。城から出たところで声をかけられ、そのまま建国祭を一緒に回ることになったのだ。
「そういえば、昨日の劇はとても素晴らしかったよ。キミにあんな才能があるとはね」
「それはどうも」
「アレって大型ハクジャ戦を元ネタにしているんだよね?ということは、ボクの見せ場もあったハズなんだけど・・・」
「はぁ?なんでわざわざアンタのことを脚本に入れなきゃいけないのよ。シオリの活躍さえ描ければそれでいいのよ」
史実ではシエラルの言う通り、彼女の出番は多かった。詩織を助け、ネメシスブレイドによる攻撃で敵の動きを鈍らせたことで撃破に繋がったのだから。
「あの時は本当にありがとうございました。今こうして生きているのもきっとシエラルさん達のおかげですし、その恩は忘れていませんよ」
「シオリ・・・キミはなんて優しいコなんだ。ボクは感激で涙が出そうだよ」
リリィにぞんざいに扱われたシエラルだったが、詩織の咄嗟のフォローを受けてオーバーにリアクションする。
「まったく大げさなのよ。わたしだって別にアンタのことを忘れていたわけじゃないわ。一緒に戦ったのは紛れもない事実だし」
「うんうん。キミのそういうツンケンしたところも悪くないね」
「キモいんですけど・・・」
本当にドン引きしたように、さっきよりも冷たい視線がシエラルに向けられる。
「ま、まぁそれはともかく。昨日、観客の会話から面白いことを聞いたんだ」
「わたしにとっても?」
「多分。どうやらタイタニアにチェーロ・シュタットが向かって来ているようなんだ」
「まさか。あのチェーロ・シュタットが?」
リリィは驚いているようだが、詩織には何のことやらサッパリ分からなかった。
「チェーロ・シュタットとは空中魔道都市と呼ばれる浮遊する街のことですわ。普段は海の上に滞空しており、大陸上に飛来することはなく、その実態は謎な部分が多いのです」
「空中に浮かぶ都市か・・・」
ミリシャの解説を受けて詩織はそれがどんなモノなのか興味を惹かれる。魔術やら魔物やらが普通にある世界とはいえ、都市ごと宙に浮いているなんて不思議でしかない。
「かつての勇者様と共闘したという記録が書物に残されていたりしますが、昔のことなので詳しいことは不明です。でも、それが事実だとするならば・・・」
「私に反応している可能性がある?」
「かもしれませんわね」
それがあり得ると思えるほど詩織の魔力は特殊なのだ。ミリシャの推測通りかを確かめるにはチェーロ・シュタットの到着を待つしかないが。
「友好的な相手ならいいけれど」
「そうだな。いきなり戦争状態になるなんて勘弁したいところだ。とはいえ、それが本当の話かは分からない。嘘か見間違いか、自分の目で見てみないことにはな」
噂話など話半分に聞いておいたほうがいい。なんでもそうだが、真実など自分で確かめるほかにないのだ。
「間もなく、タイタニア王都に侵入します」
「あぁ。カスどもの驚く顔が目に浮かぶ」
建国祭真っ只中の王都に向けて飛ぶのは漆黒の大翼をはためかせるドラゴ・ティラトーレだ。その背には魔女ルーアルを乗せている。
「どうやら別方角から、あのチェーロ・シュタットもタイタニアに向かっているらしいですが、どういたしましょう?」
「魔龍に反抗したあの忌々しいヤツらか・・・」
かつての大戦の記憶でティラトーレの顔に怒りにも似た表情が浮かぶ。
「あの邪魔者達が来る前に王都を破壊してやればいい。勇者型も殺せば我らの勝利は近くなる」
「ですね。その後でチェーロ・シュタットも潰しましょう」
「そうだな。さて・・・スピードを上げるぞ。振り落とされるなよ」
「は、はい」
必死にしがみつく様子は魔女とはとても思えないが、その心は一暴れできることへの期待で満たされていた。
「お姉様達の出番まではまだ時間があるわね。それまではどうする?」
四階建ての商業施設の屋上にて昼食を取っていたリリィ達。大通りの賑わいを眺めつつ、次の行き先を考える。
「貴重な宝石を展示した見本市がどこかで開催されていると聞いたのですが、それを見学するのはいかがでしょう?」
「あぁ、確か東エリアにあったはずよ。もしかしたらソレイユ鉱石もあるかもしれないし見てみる価値はあるわね」
そんな平和な会話をしている最中、詩織はフと視線を上げる。
「ん・・・? なんだろう、この感じ・・・」
「どうしたの?」
「強いプレッシャーみたいなのを感じるんだよね。それが何かは分からないけど」
「シオリがそう感じるってことは、何かよからぬモノの可能性が・・・」
リリィが周囲を確認したその時、
「な、何っ!?」
遠方にて爆発が起き、真っ赤な炎が巻き上がったのが見えた。
「アレ、なんだろう・・・」
詩織はその爆発の近くを滞空する黒い影に着目した。明らかに魔物なのだが、普通とは違う威容に息をのむ。
「まさか・・・魔龍種だというの!?」
詩織と同じ影を見つけたリリィがそう叫ぶ。古文書に記された世界を混沌に落とした強大な魔族、魔龍種。それが今、再び火炎を吐き出す。
「こうしてはいられないわ! 皆、行くわよ!」
相手が何であろうと、街を襲撃している巨悪であることには違いはない。王家の人間として、このまま被害が増えるのを黙って見ていることはできないのだ。
「待て! 敵は空中にいるんだぞ。どう戦うんだ?」
「それは近づいてから考える!シエラル、アンタもわたしに付いてきなさい!!」
屋上から屋上へと飛び移り、建物の上を疾走していく。一刻も早く敵を止めなければという焦る気持ちを抱きつつ、それぞれが魔具を装備した。
「この感覚・・・」
王都を攻撃したドラゴ・ティラトーレはハタと手を止め、知っている感覚のする方へと向き直る。
「どうされましたか?」
「間違いない、勇者型の魔力を持つ者がいる」
そしていくつかの適合者がこちらに迫っているのを確認し、その中の一人に焦点を合わせた。
「似ているな・・・かつて我らに反抗した者に」
それはどうでもいいことだ。とにかく、その厄介な敵を撃破しなければ今後の活動に支障が出る。
「フッ・・・ここで始末してやる!」
「敵、こっちに攻撃をしてくるわ!」
魔龍がこちらを視認し、口を大きく開けた。そしてその口の中が真っ赤な炎で満たされていく。
「回避をっ!」
リリィの叫びとほぼ同時に魔力火炎弾が放たれた。狙いは詩織であり、それを察した詩織は大きく横にジャンプすることで避けることには成功したが、
「なんて火力・・・」
着弾地点にあった建築物は粉砕され、爆圧で詩織の華奢な体は吹き飛ばされて転がった。
「シオリっ!」
「大丈夫。次、来るよ!」
無事を伝えつつ詩織は急いで体を起こす。そうしなければ次弾で消し炭にされてしまうからだ。
「ミリシャ、撃てる?」
「やってやりますわ!」
杖を構え、ミリシャは魔弾を射出する。だがその攻撃は簡単に回避されてしまい当たらない。魔龍ドラゴ・ティラトーレは空中を自由に動き回ることが可能であり、三次元立体起動を描くことができるのだ。そのため陸戦型の魔物よりも回避は得意なのである。
「その程度の攻撃ではな」
魔弾を撃ってきたミリシャに対し、ティラトーレは向けて火炎弾を撃ち出す。
「くっ・・・魔弾なんかよりも断然強い・・・」
なんとか直撃は避けたものの、腕を負傷して戦闘力を削がれてしまった。
「雑魚に用はないのだ。我の敵はただ一人、勇者と呼ばれし適合者のみだ!」
「なんで私・・・」
知らない間に恨みを買っていたのかと詩織はため息をつく。
「消えてもらおう・・・」
ティラトーレは翼に魔力を集中させ、太陽よりも明るく発光させる。それが脅威であることを説明されなくても直感で分かるほどに。
「来るっ・・・!」
その巨大な翼からいくつもの閃光が迸り、まるで照射ビームのように地面に降り注ぐ。その魔力光弾の着弾地は抉れ、強すぎるエネルギーは爆発へと転じた。
「くっ・・・」
先ほどまでとは比にならない面制圧型の攻撃は回避しきれるものではなく、詩織は爆発に巻き込まれて壁に叩きつけられた。意識は朦朧とし、もう立ち上がることはできない。
「なんてこと・・・」
「リリィ、シオリの所へ急ぐんだ!ここはボクが食い止める」
リリィは頷き、詩織の元へ駆けていく。
「まったく、酷いことをしてくれるもんだ!」
「なんだ、貴様。我とやりあおうというのか?」
「そうとも。貴様如き、このボクだけで充分さ」
「いいだろう・・・勇者型の前に貴様を始末してやる」
シエラルは敵の攻撃を待つつもりなどない。魔剣ネメシスブレイドに魔力を流し、先制しようとしていた。
「ミリシャ、もう一度魔弾を撃てるか?」
「やれますわ・・・あんなヤツに負けるわけにはいきませんもの!」
「すまないな・・・」
ミリシャは片腕で魔弾を撃つ。それでも狙いは正確で、ティラトーレに向かって飛翔していく。
「当たらないと言った・・・」
しかし当然のように避けられる。だが、それで問題ない。
「沈め! デモリューション!!」
魔剣を振り抜き、刀身の数倍にもなる紫色の眩い斬撃がティラトーレへと伸びていく。そう、さきほどのミリシャの魔弾は本命ではなく、囮だったのだ。それに気を取られた隙を突いて夢幻斬りにも匹敵する攻撃を叩きこもうとしたのである。だが、
「甘いな」
ティラトーレの背に乗る魔女ルーアルはそれを予測していた。そしてすぐさま魔力障壁を展開し、魔剣の一撃をなんとか防御する。
「なんとっ・・・」
「その程度で私とティラトーレ様を討とうなどとな!」
「貴様、ルーアル・・・」
シエラルは高笑いするその相手がルーアルだとすぐさま見抜いた。いくら黒いローブで顔を隠していても、その声などで一発で分かる。
「もう正体を隠す必要もないな。シエラル・ゼオン、貴様もここで死ねよや!」
勝ちを確信したルーアルはローブの隙間から顔を覗かせ、シエラルを見下す。
「シオリ、しっかりして・・・」
「リリィ・・・」
シエラルが敵と交戦する中、リリィは詩織の元へと辿り着く。詩織の衣服は裂け、額からは血を流していた。
「今、城まで運ぶからね」
「でも、あの魔龍が・・・」
「これだけの騒ぎだもの、お姉様達の騎士団もすぐに駆けつけてくれるわ。だから大丈夫。お姉様達は強いから、なんとかしてくれるはず」
リリィは詩織を背負い、城に向けて後退していく。
詩織はシエラル達の奮戦を視界に入れつつ、特別な力を持ちながらも何もできなかったことを悔いていた。
-続く-
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