第25話 戦いの後、光る星空
クイーン・イービルゴーストを倒すことに成功し、動力を失ったフェルス・ゴーレムは大地に崩れた。こうしてこの辺境の集落にて起きた異常の原因を取り除くことはできたが、これでベルフェンの住人達が戻ってくるわけではない。
「王家主導のもと、ベルフェンで犠牲になった人達を弔うことにするわ。それがせめてアタシ達にできることだからね」
敵を倒せても人を救うことができなかったことを悔いるアイラ。もっと早くベルフェンの異常に気付くことができればという思いがあるが、時間は巻き戻らない。
アイラは思考を切り替えてリリィへと向き直り、この任務での活躍を褒めてあげることにした。そもそも今回リリィを同行させたのは、どれほど成長したかを見るためであり、此度の戦闘での立ち回りは勇ましいとアイラも認めるところである。
「シオリの言った通りちゃんと成長したようね。リリィにへっぽこだと言ったことは謝罪するわ。ごめんなさい」
「そ、そんな謝らないでください」
「いえ。謝罪するべきことをキチンと謝罪することは大切なことよ。実際アタシが間違っていたわけだし、妹とはいえ失礼だったことは反省しないといけない」
アイラは時に強い言葉で相手を萎縮させてしまうこともあるが、基本的には善人なのだ。
「お姉様に認めていただけて嬉しいです。まぁわたしが頑張れているのもシオリのおかげなんですけどね」
「リリィにとってシオリは特別な存在なのね」
「はい」
二人の話題に挙がった当の詩織はフェルス・ゴーレムの残骸をミリシャと共に熱心に観察しており、リリィの視線には気がついていない。
「これからも頑張りなさいよ。シオリと一緒にね」
「ありがとうございます。今後も一層の精進をしますね」
リリィと詩織の出会いはお互いを変えた。この奇跡のような邂逅がやがて世界に影響を与えることになるとは、この時には予想もしていないことだった。
遺跡からベルフェンへと戻り、宿にて一夜を過ごすことになった。戦闘で適合者達は疲労しており、この状態で王都までの長い道のりを帰るのは苦であるからだ。
「眠れないの?」
皆が寝静まったころ、フと目を覚ましたアイラは何となく外の空気を吸いたくなってエントランスにやってきた。そこで偶然にも詩織を見かけて声をかける。
「この宿に来るまでは眠気もあったんですけど、いざ寝ようとしたら逆に目が覚めちゃったんです。それで、やることもないので星を見てました」
その詩織の座るベンチの隣に腰かけたアイラは、詩織と同じように星が煌めく空を見上げた。少し前まで激戦が行われていたとは思えないほど空気は澄み渡っており、美しい光景が広がっている。
「シオリは元の世界に帰りたいと思う?」
「それは難しい質問ですね・・・この世界に来たばかりの頃なら帰りたいと即答できましたが、リリィや皆と過ごしているうちにこの世界にも愛着が湧いたんです。だから帰りたいという気持ちと、残りたいという気持ちがせめぎ合っている状態というのが現状ですね」
「なるほどね。いうならば、旅先を気に入ってしまい故郷に帰りたくないということかしら」
「それに近いですね」
アイラはその詩織の気持ちを理解しつつ、複雑な気持ちでもあった。戦闘が終わった後、リリィには詩織と共に頑張れなんて言ってしまったが、考えてみれば詩織はこの世界の住人ではなく帰るべき世界があるのだ。なんて無責任なことを言ったのだろうとアイラはまた反省する。
それに、リリィがとても詩織のことを気に入っているので、この二人には悲しい別れが訪れてほしくないという思いもあるのだ。
「私にとってこの世界は来るべくして来たという感じです。運命って言葉がピッタリ合うような・・・とにかく、全然悪いことだとは思いません」
「あんな戦いに巻き込まれているのに?」
「私が望んだことです。リリィと一緒に戦うということは。まぁ今日みたいに捕まって乱暴されるのはもうイヤですけどね・・・」
クイーンに捕らえられて助けられるまでの間にされたことは一刻も早く忘れたいほど詩織の心を蝕んでいた。体の傷が治っても、心の傷は簡単には癒えない。それでも詩織が普段通りにいられるのもリリィという存在のおかげだろう。
「それに、今は帰る手段がありません。ソレイユクリスタルの修復が終わらないうちは足止め状態ですから、その間に色々考えようかなと」
「それがいいわね。アナタの出した答えならば、リリィはどんなものでも受け入れてくれるはずよ。だから焦らず、よく自分と将来のこととかを考えればいい」
本当ならば、リリィの良きパートナーである詩織には近くでリリィを支えて欲しいという思いもあるものの、それを言う資格などないことは重々承知である。
「そういえば、リリィはアイラさんに褒められたと喜んでいましたよ」
「正直、これまでリリィのことは低く評価していたの。でも、この任務でリリィは適合者として、王家の人間として成長していることが分かったわ。アタシはそれが嬉しいし、いつかはアタシなんかより立派になると期待しているの」
「将来は女王になるんでしょうか?」
「リリィは第三王女だからその可能性は低いわね。でも、女王になるだけが王家の娘の役割じゃない。他にも人々のために役立てる行いはたくさんあるわ」
それを学ぶのが今のリリィの使命であるとも言える。
「さて、そろそろ戻るわ。夜更かしもいいけれど、城に戻るまでが任務であるからね。いつ不測の事態が起きるとも分からないし、シオリも休んだほうがいいわよ」
「分かりました。私も部屋に戻ります」
詩織は今一度夜空を見上げて目に焼き付け、リリィ達の眠る部屋へと戻っていった。
「シオリ、どこに行ってたの?」
部屋に戻ると、ちょうどリリィが目を覚ましたところであった。
「ちょっとロビーにね。寝つけなかったから」
もう騒動が解決したこともあり、大部屋ではなく個室にて適合者達は休息を取ることにしていた。詩織と二人きりになりたいリリィが個室利用を提案し、皆がそれに賛同したのだ。
「夜中に部屋を抜け出すなんて、誰かと逢引していたとか・・・・・・まさかやっぱり夜伽に!?」
目をパッと開いてリリィが詩織を問い詰める。その気迫は戦闘時よりも迫力があるように見えるほどだ。
「相手は誰なの!?」
「アイラさんとは会ったけど、別にやましいことは・・・」
「そうなのね・・・シオリはわたしよりもアイラお姉様のほうがいいのね・・・」
面倒な恋人のようなことを言いながら落ち込むリリィ。勘違いは全然解けていないらしい。
「本当に違うんだけどな・・・」
ベッドの上のリリィの隣に座り、その頭を撫でてあげる。
「うふふ、まぁ最初から疑ってなんかいなかったけどね」
「今のは演技だったの?」
「まぁね。だってシオリはそんな事しないって信じているもの。けど、シオリの困った顔が可愛いからイジワルしたくなっちゃったんだ。ごめんね・・・」
舌を出して可愛く謝るリリィに対して抱くは怒りなどではなく愛しさだ。こんなにも心を豊かにしてくれる相手をリリィの他には知らない。
「怒ってないよ」
「ほんと?」
「うん。いつもの事だし、逆に、独占欲丸出しな感じで可愛いと思ったよ」
「えへへ・・・」
リリィは詩織の胸の谷間に顔をうずめ、まるで赤子のように甘える。
「シオリへの独占欲が強いのは事実ね。今までこんなことなかったから、自分でもこんな感情にビックリ」
「私に対して初めて独り占めしたいと思ったんだ?」
「そうだよ。あまり物とかに執着しないタイプだけど、シオリだけは離したくない」
だからこそ詩織が連れ去られた時には、クイーン・イービルゴーストに対するどす黒い感情がリリィの心に渦巻いていたのだ。そしてクイーンが詩織の体を弄んでいたシーンを見た時にはこれまでにないほどの殺意に取り付かれた。
「初めての感情だから、自分でもどうコントロールすればいいのか分からないの。これじゃあ子供みたいと呆れられちゃうかもだけど・・・」
「そうは思わないよ。人間は感情の生き物だもの、迷惑行為でなければ素直に感情に従うのも時にはいいことだと思う」
「わたしのはシオリに迷惑をかけてないかな?」
「全く迷惑じゃないよ。私にとってもリリィは特別だし、そんな相手に独り占めしたいと言われれば嬉しいもん」
リリィにならば自分の全てを捧げてもいいとさえ思える。そんな相手と出会えたことは幸福でしかない。少なくとも、これまでの詩織の人生にそんな相手はいなかった。
「そっかぁ・・・」
安心したのか、リリィは詩織の胸の中で眠りにつく。すやすやと寝息を立てる彼女は疲れていたのだろう。
「おやすみ、リリィ」
そのリリィを抱きかかえてベッドの上に横になり、詩織も眠ることにした。柔らかく温かな感触はどんな抱き枕なんかよりも安眠をもたらしてくれることだろう。
ベルフェンでの任務が終了し、適合者一行は王都へと帰還する。今回は犠牲者を出さずに帰ることができ、報告を聞いた国王からもお褒めの言葉をかけてもらってリリィは更に自信がついた。
それから数日が経ち、リリィに呼び出された詩織は彼女の部屋へと向かう。
「さて、今日はシオリに研究棟を紹介するわ」
「研究棟?」
「この城の敷地内にある、魔術や魔物を主に研究する施設よ。そこの学者に来てほしいと言われたから、せっかくならシオリも連れていこうと思って」
リリィに続いて城から出て、少し歩いた先に白い大きな建物が見える。詩織はここを以前にも見かけたことがあったが、特に用も無かったので立ち入ることなくスルーしていた。
中に入ると白衣のような衣服に身を包んだ人達に出迎えられ、二階にある広い研究室へと案内される。
「リリィ様、お待ちしておりました」
うやうやしく声をかけてきたのは小さな背丈の女の子だ。
「今日は職場見学の日なの?お子さんがこんな所にいるなんて」
詩織は素直な感想を述べるが、それを聞いた子供は憤慨する。まるで駄々っ子のように拳を突き上げて詩織に抗議してきた。
「失敬な! 私は子供じゃないぞ」
どう見ても中学生ぐらいだが、本人は否定している。
「この方はシャルア・イオ。我がタイタニアの優秀な学者さんなのよ」
「そうなの!?」
驚きだが、どうやら本当にここの学者らしい。リリィからの紹介を受けて小さな胸を張りながら改めてシャルアは名乗る。
「そう、私はシャルア・イオ。このタイタニアの歴史と魔術の関係等を調べている」
「そうだったんですね。すみません、勘違いしてしまって。見た目で人を判断してはいけないということですね」
「まぁいいさ。ところでキミがシオリか。噂には聞いている」
自分のことがどこまで知れ渡っているのかは分からないが、それがどのような噂になっているのかは気になる。
「私の事を、ですか?」
「あぁ。なんでも巨大なオーネスコルピオをちぎって投げたり、盗賊を蹴散らしたりと大活躍らしいじゃないか」
盛られているが、訂正するのも面倒なのでまぁいいかと詩織は一人納得する。噂とは誇張されて伝わるというのはどこの世界でも同じなようだ。
「ところで、わたしに用があると聞いたんだけれど?」
「はい。リリィ様はソレイユクリスタルの修復素材を探されているのですよね?」
「えぇ。お父様も探索チームを編成してめぼしい場所に派遣されているわ」
「なるほど。実は、ソレイユクリスタルの素材のありかに検討がついたので、それをお知らせしようと思いまして」
それを聞いた詩織とリリィは目を合わせる。これで停滞していたソレイユクリスタルの修復が前進するかもしれない。
「こちらをご覧ください」
シャルアは一冊の古ぼけた厚い本を開いて差し出した。
「これは?」
「この研究棟の書庫にあった資料の一つです。たまたま手に取ったのですが、思わぬ記述を見つけたのです」
そう言いながら汚れたページの中央を指さす。
「ここを見てください。ソレイユクリスタルの記述がありますよね?」
「確かにそうっぽいわね」
「そしてここ。この坑道から採集した物を使用していると書かれています」
「ふむふむ。これはディグ・ザム坑道ね。昔に閉鎖されたと聞いているけれど、まさかそんな所にあるかもしれないとは」
確証は無くても可能性があるなら行く価値はあるだろう。
「次の任務が決まったわ。ディグ・ザム坑道へと向かい、ソレイユクリスタルの素材探しよ」
ソレイユクリスタルが修復されれば元の世界に帰ることができる。が、それに期待しつつも、乗り気ではない詩織であった。
-続く-
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