第2話 一閃、グランツソード

 異世界へと転移させられた花咲詩織は、自身を魔術によって転移させた張本人であるリリィから魔力の取り扱いについてのレクチャーを受けていた。最初は好奇心から熱心に話を聞いていたのだが、3時間以上も訓練していれば集中力が切れてくるのは仕方のないことで、詩織は座り込んで荒い呼吸を整えようと深呼吸をする。


「そろそろ休憩にしない?」


「そうだね。詰め込みすぎても仕方ないし、今日はこれくらいにしておこうか」


 とはいえ詩織のセンスは高いようで、魔力の使い方の呑み込みが早く肉体強化や魔具の扱いもある程度できるようになっていた。


「これならすぐにでも魔物との戦いに参加できるよ」


「そんな簡単じゃないでしょう?」


「命がけの事ではあるよ。でも、下級の魔物なら大きな脅威じゃない。最初はそうした相手と戦ってコツを掴むところから始めようね」


「リリィも魔物と戦ったことはある?」


「もちろん。というより、わたし達スローン家の人間は前線にて兵と共にあるべきという家訓があるの。国王である父以外のスローン家の者はよく戦場に立っているわ」


 王家の人間がわざわざ戦闘に出ることを詩織は意外に思った。大抵の場合、そうした高位の者は後方に控えているものだという先入観があったからだ。


「でもまぁ・・・わたしはあまり出撃しないけどね・・・」


「どうして?」


「期待されてないのよ。わたしには才能がないし・・・」


 落ち込むリリィにかける言葉がなかった。彼女には王家の一員であることによる悩みがあるのだろう。同じ境遇や立場に無い詩織がどう励ましたりすればいいのか見当がつかない。


「わたしには二人の姉がいるんだけど、その二人はよく魔物討伐に出ているの。二人共とても優秀で、父からも自慢の娘だと褒められているわ。いつかわたしもそうなりたいと思って頑張ってるんだけどね」


「そっか・・・というか、お姉さんがいるんだ?」


「うん。今は二人とも城から離れているから、戻ってきた時にでも紹介するね」


 座っていた詩織にリリィが手を差し伸べる。


「さぁ、城に戻りましょう」


「うん。今日はありがとうね、リリィ」


「お礼なんていいの。そもそもわたしが詩織に迷惑をかけちゃったんだから、できることはさせてよね」


「分かった。それよりさ、私は普通にリリィの事呼び捨てにしてるけど王族相手なんだからマズいよね?」


「そんな事気にしないで。シオリは異世界より来たりし勇者様なのよ?」


「勇者ってのは大げさだよ。まだ何もしてないし」


「これからするのよ。伝説に残るような偉業をね」


 リリィは自然なウインクを詩織に送る。それを見てなんだか気力が湧いてくるのを感じた。リリィと一緒なら頑張れるような気がして、差し出された手を掴んで立ち上がった。






 翌日、リリィに呼び出された詩織は城の地下に来ていた。


「こんなところで何を?」


 神妙な面持ちのリリィが口を開く。


「・・・とても急なことなんだけどね・・・」


「うん?」


「魔物討伐に出ることになっちゃった」


「・・・マジで?」


「マジで」


 昨日こちらの世界に来たばかりだというのに、いくらなんでも急すぎるだろう。魔力の使い方を学んだとはいえそれが完全に身に付いたわけではない。


「それでね、まずはこの通路の奥にある宝物庫へといきます」


「スゴイ武器でもあるの?」


「うん。勇者用の魔具があって、それを取りに行くんだ」


 地下通路を歩き、たどり着いたのは厳重な警護がされている扉の前だった。騎士風の兵士が武器を背負って立っておりその迫力で動けなくなってしまいそうだ。

 通路の端によけた兵達の前を通りすぎたリリィが扉に手をかざす。すると扉に魔法陣が表れて発光した後、ゆっくりと開いていく。




「わーお・・・財宝がいっぱい・・・」


 部屋の中には冒険アドベンチャー映画で見るような財宝類の他、どういう使い方をするのか見当もつかないような物品が多数保管されている。これらを売り払ったらいくらぐらいの価値が付くのだろうという興味が湧くが、下手に触れない。こういう場合、欲に目の眩んだ者に対する呪いが発動したりするのがお約束だ。特にこの世界は魔術が存在するわけで、おとなしくするのがベストだろう。


「古代から受け継がれる我がスローン家の財産よ。貴重な物ばかりだから、この保管庫はスローンの血を引く者でなければ開錠できないように細工されてるの」


「さっきの魔術がそうなんだ?」


「うん。実はここにソレイユクリスタルも保管されてたの。触るなって言われてたんだけど、お父様に黙って持ち出しちゃってさ・・・」


「それでとんでもないことに・・・」


「その件は本当に申し訳ない・・・」


 しょんぼりした様子のリリィを責める気にはならず、詩織は視界に入った剣を指さす。


「ねぇ、勇者用の魔具って、もしかしてアレのこと?」


「そうだよ! その名もグランツソード!」


 保管庫の奥、台座の上に横たえられている剣は鈍く光を反射している。見た目には特別感はあまりなく、黄金色の柄が派手だなくらいの感想しか出てこない。


「これは以前、勇者と呼ばれた者が使った魔具で、聖剣とも呼ばれているの。勇者の強力な魔力にも耐えたらしいよ」


「これを私が使うんだね」


 リリィがその聖剣を持ち上げ、詩織に差し出してくる。


「さぁ、持ってみて」


「わ、わかった」


 緊張しつつも、落とさないようにしっかりと柄の部分を握った。訓練で使った魔具よりも重量感があるが詩織の肉体は魔力で強化されているのでこの程度の重さは苦にならない。


「おぉ・・・」


 詩織が握った途端、その魔力に反応したのかグランツソードは眩く輝く。虹色の光が周囲の財宝を照らし、保管庫の中は外よりも明るくなった。


「グランツソードが再び目覚めたのね。シオリの魔力によって」


「そうか・・・本当に私には勇者の力があるのか」


 今まで自分に取り得などないと思っていたが、そうでもないようだ。異世界というフィールドで、新たな自分の可能性が花開こうとしている。


「もしかしたら、シオリは魔物を滅して平和な世界を築く救世主になれるかも」


「それはオーバーだよ」


「分からないわよ。勇者の力は未知数なんだから、シオリが完全に覚醒したときどんなことが起きるかなんて誰にも予測できない」


「そっか。そうだね」


 自分自身でも把握していない力に対して不安もあるが、ここはリリィの言葉を信じてポジティブに考えることにする。今から新しいことにチャレンジしようというのにネガティブになっては成功するわけがない。


「さて、次は着替えよ」


「着替え?」


「そうよ。そんな服で戦場に出るっていうの?」


 学校帰りに異世界に飛ばされた詩織は制服のままだ。昨日の訓練のせいで多少汚れてしまっているが。


「どんな服に着替えるの?」


「戦闘用の衣服があるわ。ついてきて」


 またまたリリィに手を引かれて保管庫を後にする。一体どんなカッコいい戦闘着が着れるのだろうと期待しながら・・・




「・・・ねぇ、本当にこんなのしかないの?」


「軽装だけど、動きやすい方が適合者的にはいいんだよ」


「いやさ、甲冑とかあるじゃん。ほら、警護についてる人が着ているようなヤツ」


「あれは本当に動きにくいの。魔物との戦闘は機動力が命。敵の攻撃は回避するのが戦闘の基本よ」


「あたらなきゃどうということは無いってか・・・」


 詩織は明らかに防御力の足りていないのが明白な服装に身を包んでいる自分を見下ろす。肩と胸元が露出しているし、上着の丈が足りてないのでへそすら見えてるのだ。その上、戦闘に出るのにスカートというのは何事か。まるでアイドルのような装いで、一体誰の趣味なのかと聞きたいくらいだ。これなら学校の制服のほうがよっぽどマシに思える。


「それに、その服は前回召喚された勇者が着ていた物を修復した貴重品なんだよ?」


「あぁそう・・・・・・」


 きっと前の勇者は戦いを舐めていたに違いない。そうでなければこんなおかしな格好で出撃するわけがない。それか、よほどの自信家だったかだ。


「ただシオリにちょっとサイズが合ってないね。特に胸の部分が」


「うん・・・少し苦しいなこれ」


「というか、わたし自身が結構大きいほうだと思ってたんだけど、シオリはもっと大きいね」


「大きくてもいいことなんかないよ」


「そんなことないでしょ。注目の的だったに違いないわ」


「別に目立ちたくないしなぁ・・・」


 下着のサイズの関係で苦労するので、これまで得したとか感じたことなどないのだ。他人からの視線なども気にしたことは無いし、そんなのミジンコよりもどうでもいい。


「サイズは後で修正するとして、可愛いからいいじゃない」


「戦いに必要な要素じゃないと思うけどな・・・」


「いやいや。可愛いは正義!可愛いコが近くにいるだけで皆の士気は上がるものよ」


「マスコット扱いか・・・」


 これ以上不満を言ったところで事態が変わることはなさそうなので諦める。いずれ騎士の鎧を国王にでも頼んで手に入れようと脳内メモに書き込む。


「よし、じゃあ同行する仲間を紹介するね」


「さすがに二人じゃないんだね。どれくらいの規模の軍団で行くの?」


「それは・・・お楽しみよ」



 

 場所を移して、魔術の訓練で訪れたグラウンド。そこには二人の人物が待っていた。両者とも軽装ではあるが露出が少なく戦闘に適した服装だ。詩織は二人を見てその服を自分にもくれないかなと思ったが、それを口にしても仕方ないんだろうという諦観の念に苛まれて何も言わない。


「二人とも、この娘が話題のシオリだよ。勇者としての力を持つけれど戦闘については新人だからサポートをお願いね。ちなみにわたしより胸が大きいよ」


「こっちの世界だと姓より名のほうが先だから・・・詩織・花咲、です。よろしくお願いします」


 ペコリとお辞儀をする。


「あらあら。可愛らしいお方」


「でしょう? わたしも最初にあった時にめちゃ可愛いなと思ったんだよ」


「そ、そんなことはいいから!」


 詩織は顔を真っ赤にしながら手をブンブンと振る。あまり褒められたりすることに慣れていないのだ。


「じゃあ紹介を続けるね。まずは、アイリアから」


「・・・アイリア・ルーグだ」


「アイリアは恥ずかしがりやさんなの。でも、適合者としての実力は確かなんだよ」


 アイリアと名乗る少女は無表情なために感情が読み取れないし、詩織と目を合わせようとしない。短い銀髪からは冷たさを感じる。


「よろしくね」


 とりあえず握手しようと手を差し出すが無視されてしまった。どうやらあまり快く思われていないようだ。


「無視はダメだよ、アイリア」


「も、申し訳ありません・・・」


 リリィに注意され、仕方なくといった感じに握手を交わしてくる。


「次はわたくしですわね。ミリシャ・テナーと申します。今後ともよろしく」


 ミリシャのほうはむしろ自分から詩織の手を握ってきた。こちらには歓迎されているようで、詩織は安堵する。


「勇者様と会うことができるなんて、わたくしはラッキーですわ」


 その和かい物腰と綺麗なピンク色の長髪から包容力のような感覚を覚える。


「では出発よ!」


「えっ? この四人だけ?」


「そうだよ?」


 同年代の少女四人だけで魔物に対峙しなければならないのか。


「本当ならスローン家の者には一人につき一つの騎士団が与えられるんだけど・・・わたしには指揮するのは無理だってお父様に言われてさ・・・前に言ったでしょ? 期待されてないって・・・」


「それにしても、王家の娘の警護をするには少なくない?」


「わたしは激戦地には行かないし、もはや王家の人間失格の烙印を押されているのも同然だから・・・お父様には見放されているの」


 リリィは悲しそうにそう呟き、詩織はそれを見ていくらなんでもこの扱いは酷いのではという憤りのようなものがこみ上げてくる。王家のことはよく分からないがリリィをここまで軽視することもないだろう。


「リリィ様は立派なお方です。いつか、それを分かってもらえる時がくるはずです」


 さっきまで無表情だったアイリアが興奮気味にそう訴える。どうやら彼女のリリィに対する忠誠心は高いらしい。


「そうですわ。気を落とさず、少しづつできることをしていけばよいのです」


「二人共ありがとう」


 元気を取り戻したのか、笑顔になってリリィは移動を開始する。


「こっちに馬車を用意してるわ。じゃ、改めて出発!」






「これが馬車・・・」


「どう? 気に入った?」


「う、うん」


 アイリアが手綱を引いていて、馬に牽引せれている荷車にて詩織達三人が座っている。こうした乗り物に乗る機会はなかったので新鮮だったが、乗り心地はあまり良くは感じなかった。


「これから向かうのはタイタニア王国の僻地にある広原だよ。そこでは最近、小型の魔物が増えているみたいなの」


「なるほど」


「あまり強いわけじゃないけど、適合者でない一般人にとっては恐ろしい相手よ。だからこれ以上増える前にわたし達が討伐しないとね」


「強くないとはいえ、怖くなってきたよ」


 魔物に対抗することができるのは適合者だけだ。通常の武器では魔物に有効なダメージを与えられないので、魔力を持たない者では戦うのは不可能である。


「シオリ様は元の世界ではどんな生活を送っていらっしゃったのですか? 魔物とは戦ったことはないのですか?」


 ミリシャは純粋に思った疑問を詩織に問いかける。


「私の世界には魔物はいないんだ。だからというわけじゃないけど、特に話せるようなことはないよ。毎日学校に行って帰るだけの生活だったからさ」


「魔物がいないのは羨ましいですわ。きっと平和な世界なのでしょうね」


「そうでもないよ。人同士で争う事がよくあるから・・・」


「どんな形であれ、争いは起こるということなのでしょうかねぇ」


 人間には闘争本能というものが備わっているのか、歴史から血で血を洗う戦が無くなったことはない。自分が巻き込まれてなくても戦争はどこかで起きているものだ。


「それはわたし達の世界でも同じよ。人間同士でいがみ合うなんて悲しいことは、どこかで絶てればいいんだけど」


 きっとそれは不可能だろう。だが、夢見なければ実現もできない。


「その前に人類の脅威である魔物をなんとかしないといけないってわけだ」


「私がそれに貢献できるように頑張るね」


「フフッ、頼もしいですわね、リリィ様」


「そりゃそうだよ。なんたって、わたしが呼んだ勇者様なんだもの! きっと魔物なんか瞬殺よ!」


 ドヤ顔のリリィが胸を張る。詩織は苦笑しながらも、自分の特別な力が役に立つのならばこの世界に呼ばれたことは決して悪い運命ではないのだろうと妙な確信がうまれた。






 それから二日以上も移動に費やし、途中でメルスデルという街の宿に泊まったりして目的地へと到達した。この世界のお金を持っていないので立ち寄った宿での宿泊費はどうするのか不安がよぎったが、リリィの王族特権によってタダで利用できることになった。詩織の元の世界なら権力の乱用だと非難されたろうが、こちらの世界では普通のことのようで宿の従業員達はむしろ大腕を振って歓迎してくれていた。


「ようやっと着いたね」


 その広原は森も近くにあって自然豊かな地域で、詩織の元の世界ならばピクニック客で溢れていそうな場所に見える。


「体が硬くなってるな・・・」


 移動中は馬車で座って過ごしていた詩織の足腰は悲鳴をあげていて、自動車等の移動手段がいかに優れているかを再認識した。

 馬車を降りてストレッチしている詩織をよそに周囲の警戒を始めたアイリアがいち早く魔物の集団を見つける。


「敵影を確認しました。この方角に」


 アイリアが指さす方に三人が顔を向けた。魔力で強化された視力によってかなり遠距離にいる異形の姿を捉え、リリィが詩織に解説を始める。


「あれはゴブリンだね。人間よりも小柄で個々の戦闘力は高いとはいえない。でも、複数体で行動することが多くて厄介な相手よ。ヤツらは護衛の少ない通商人を狙って嬲り殺しにした後、物資を奪っていくなどの悪行をはたらく連中なの」


「それは怖いね」


「でもこの四人ならやれるよ。アイリアとミリシャの戦闘力は高いし、シオリもいるわけだしね」


「が、頑張ります」


 いよいよ戦闘の時が近づいてきて恐怖心を覚えるが、一人ではないという事実がギリギリのところで詩織を支えている。


「やるしかないんだよね」


 片手を空中にかざして小さな魔法陣を展開すると、そこからグランツソードを引く抜く。適合者はこうして魔具を収容しておりわざわざ持ち運ぶ必要がないのだ。とはいえ魔法陣を展開するという手間があるため咄嗟に装備するのは困難で、アイリアはすぐに持てるよう腰に携行している。


「いつも通りにいくよ。ミリシャは後ろから魔弾で援護をお願い」


「かしこまりました」


 自身の身長並の長さの杖をかまえたミリシャが笑顔で頷く。彼女は全然緊張していないようだ。


「アイリアは先陣で斬り込んで。わたし達がすぐ後ろを付いていくから」


「承知しました」


 アイリアはいわゆるコンバットナイフ二本を腰に巻き付いたベルトから抜き出して逆手で握る。無表情でそんな物騒な魔具を握るアイリアからは静かな殺意を感じた。


「前進!」


 剣を装備したリリィの号令のもと、四人は魔物達に向かって走り出す。まだ距離はあるのだが、こちらに気づいた敵も武器をかかげて雄たけびをあげ、臨戦態勢を取り始めた。




「シオリはわたしから離れないで」


「分かった」


 戦闘に慣れていない者が孤立すれば確実に死ぬ。ここはリリィの指示を守り、彼女の近くから離れないように気を付けなければならない。


「まずはアイリアが突っ込むから、彼女の動きを見ていてね」


 先行するアイリアは三体のゴブリンタイプと会敵する。棍棒や剣の攻撃を華麗に回避しながら、一体のゴブリンの武器を持った腕を斬り落とす。痛みのあまりに叫び声を発するが次の瞬間には沈黙していた。なぜならナイフで胸部を深く突き刺されて絶命したからだ。


「スゴイ、速い!」


「アイリアの凄さはあんなもんじゃないよ」


 更にもう一体の首を切断して撃破する。そして、残った一体も数秒とかからずに始末された。


「あっという間に三体も・・・」


 しかしその三体だけではない。近くの森からも増援が現れ、その数は二十体以上となった。皆それぞれ武器を握りしめ、仲間を殺した人間達を威嚇している。


「結構増えたけど、本当に大丈夫かな?」


「油断しなければ大丈夫」


 そう言うリリィだが表情は険しい。戦いにおいて重要なのは個々の戦闘力よりも物量で、人数が多いほうが有利なのは明白だ。


「わたくしにお任せを」


 詩織の少し後方にいたミリシャが杖をゴブリン達に向ける。魔力が凝縮され、先端からまるでビームのような魔弾が光の尾を引きながら撃ちだされた。


「うわっ!」


 その魔弾の衝撃波と熱が詩織の体を揺さぶる。


「これが適合者の力なのか!」


 魔弾がゴブリンに直撃してその体を粉砕し、発生した爆発に数体が巻き込まれて戦闘不能に陥る。たった一発でこれだけの威力なのだから連射すれば魔物討伐など余裕ではと思ったが、その詩織の思考を読んだようにリリィがまた解説する。


「ミリシャは他の適合者よりも高威力の魔弾を撃てるの。今のようにね。でも、ああした魔弾は魔力の消費も多いから多用はできないんだ」


「なるほど」


 そう会話している間にも魔弾によって陣形が崩れた敵の群れに対してアイリアが突っ込み、機動力を駆使して翻弄していた。とはいえ致命的な一撃を与える暇がないようで決め手に欠けてる。


「援護しないと!」


 リリィも飛び出し、それに付いて行った詩織も交戦距離内に入る。命のやり取りが行われているこのフィールド一帯には殺気と憎悪が渦巻いており、その負の感情の嵐に呑み込まれて動けなくなりそうになるが気をしっかりと保ってグランツソードを握りしめる。戦場で動きを止めるというのは死に直結するわけで、止まることは許されない。


「私もっ! やるんだ!」


 強い殺気を纏った一体のゴブリンが襲い掛かってくる。詩織に向かってジャンプして大きな棍棒を振りかざしてくるが、冷静にその動きを見て回避することに成功する。魔力によって強化された詩織の肉体は平常時よりも機敏に動くのでこの程度の回避運動は容易だ。


「こっちの番だ!」


 着地したゴブリンの足を斬り飛ばし転倒させると、別の方向から飛びかかってきたゴブリンに意識を向ける。


「これしきっ!」


 サイドステップの要領で斬撃を避け、グランツソードによるカウンター攻撃を放ってゴブリンの胴を両断した。戦闘慣れしていないとはいえ適合者としての素早さを発揮できており、ゴブリンを超えるスピードで勝ちを掴み取ったのだ。


「やったのか・・・!」


 初めて魔物を討ち取って複雑な気分になっていて、先ほど足を切断したゴブリンの接近に気づかなかった。


「シオリ! 気を抜いちゃダメよ!」


 それを見たリリィが咄嗟に駆け付け、地を這いながら詩織に近づいていたゴブリンにトドメを刺す。


「ご、ごめん」


「最初の戦闘だから色々戸惑ってるだろうけど、まずは自分が生き残ることを考えて。それと、一体だけじゃなく、周りの動きも常に視界に捉えておくようにね」


「分かった」


 いつもの明るいリリィではなく戦士としての顔つきとなった彼女にドキっとしつつ、気持ちを立て直す。


「ねぇ、リリィ」


「ん? なに?」


「カッコイイよ。今のリリィ」


「と、突然何を言ってるの!?」


「なんとなくそう思ったからさ・・・次の敵がくる!」


 二人を取り囲むようにして十体近い数のゴブリンが距離を詰めてきた。背中合わせに詩織とリリィが敵と対峙する。


「マズいか・・・これだけの敵がいるんじゃあ・・・」


 一体ずつなら機動力の差で上回れることはさっきのゴブリンとの戦いで分かった。とはいえ、同時に複数を相手にするのは今の詩織には難しい。冷や汗が頬を伝い、焦りが大きくなる。

 無意識のうちに胸元のペンダントの先端に付いている宝石を握った。すると次の瞬間、


「なんとっ!?」


 こちらの世界に転移した時のような光が宝石から放たれる。そしてその光が二人を包み込むと、周囲に拡散され、衝撃波となって取り囲んでいたゴブリンたちを弾き飛ばした。

 だが光の収まったペンダントの宝石はヒビが入ってしまい、元の美しさは失われてしまった。


「どうやったの?」


「わ、分からない」


「でも、チャンス!」


 リリィは駆け出して姿勢の崩れたゴブリンを切断し、その近くにいた一体も両断する。


「守ってくれたのか」


 そのペンダントの不思議な力については理解できなかったが、とにかく好機が来たことに違いはない。詩織も勢いをつけて走り出し、ゴブリン二体を倒すことに成功した。




「結構な数の敵を倒せましたわね。このまま押し切れば・・・」


 勝利は近いと思った矢先、ミリシャの視界に更なる敵の増援が捉えられた。


「あれは! 皆さん、一旦下がってください!」


 その大きな声に気づいた三人がミリシャのもとへと後退する。


「どうしたの?」


「あれを」


 杖の指し示す先にはゴブリンだけでなく、大型の人型魔物の姿もあった。その個体は詩織の二倍以上の身長に見える。


「またヤバそうなヤツが来たね」


「あいつはオーク。ゴブリンが異常に成長した姿であると言われているの。ゴブリン達を束ねているオークは戦闘力が高く、何よりも人語を話せるという特徴があるわ」


「アレが喋るんだ・・・」


 ゴブリン達はオークと呼ばれる個体の周りに集まって戦力の再編を行う。


「フン・・・人間めが。よくも仲間達を殺ってくれたな」


「そもそもアナタ達が人間を襲い、無残に殺すようなことをするからでしょう」


 怒気をはらんだオークに対し、臆することなくリリィが食って掛かる。


「下等生物である人間を嬲って何が悪い」


「そういう傲慢な態度を取るから争いになるんでしょって言ってる!」


「傲慢もなにも、実際に人間は魔族の足元にも及ばぬ脆弱な生き物なのだから見下されて当然だろう?力こそが全てだ」


 ゴブリンの持つ物よりもはるかに大きい棍棒を握り少しづつ接近してくる。


「話の通じないヤツと議論する暇はないわ」


 リリィ達もそれぞれの魔具をかまえて迎え撃つ態勢をとる。


「タイタニア王国第三王女であるリリィ・スローンが貴様達を討ち取る!」


「やれるものかよ。むしろお前達を捕らえて、いろいろと利用させてもらう」


「まったく卑劣な!」


 リリィは絶対に敵を撃滅すると心に改めて誓う。そして、この数の差を覆すための案がフと思いつく。


「シオリ、ここで大技を使ってみましょう」


「大技?」


「そう。訓練中に剣に魔力を集中させすぎて壊したことは覚えてる?」


「うん」


「そのときのように、グランツソードに全身の魔力を溜めるのよ。そしてその魔力を攻撃に利用するの」


 言われた通りにグランツソードに魔力を流す。以前の剣のように砕けることはなく、むしろ眩く輝きを放ち始める。


「準備はできたね。その魔力はすでに攻撃用に転じている。後は一気に振りぬくだけ。敵が多いから、横薙ぎのほうがいいかも」


「ここで剣を振ればいいんだね? でもぶっつけ本番で上手くやれるかな」


「これは以前の勇者が得意とした夢幻(むげん)斬りという技よ。きっとシオリにもできるわ!」


 敵はゆっくりだが、確実に近づいている。迷う時間はない。


「よっしゃ! やってやる」


 グランツソードを腰だめにかまえる。


「夢幻斬りっ!!!!」


 そして横薙ぎに一気に振りぬかれたグランツソードの刀身は光によって何倍もの長さと太さになり、敵に襲いかかる。


「なんの力っ!?」


 驚愕するオークはその言葉を最期に、光の刃によって消滅した。周りのゴブリン達も同じで先ほどまでリリィ達に迫っていた魔物達は跡形も無く消えた。




「これが勇者なのか・・・」


 アイリアですらその威力に驚き、珍しく感情を顔に出している。ミリシャも満面の笑顔で拍手していた。


「さっすが! やったわね!」


 テンションの上がったリリィは詩織に抱き着く。


「ありがとう・・・でも、これ疲れるな」


「全部の魔力を使って攻撃したわけだからね。肉体強化でごまかしていた疲労が表面化したのよ」


 肉体強化に必要な魔力すら消費したことで強化が解除されて普段の体に戻ったのだ。見た目には変化はないが、体力がごそっと無くなるので気怠さに襲われる。


「勇者の魔力って凄いわね!」


「この剣のおかげでもあるよ」


 聖剣グランツソードでなければ詩織の魔力の集中に耐えることはできないだろう。今回の攻撃は詩織と聖剣の二つが揃ったからこそできたことだ。


「勇者シオリ、今後もわたし達のためにお手をお貸しください」


 改まったリリィが詩織の前に膝をついてそう言う。ミリシャもそれに倣うが、アイリアはまた無表情に戻ってあさっての方向を見ている。


「そ、そんなかしこまらないで。いつも通りにしててよ」


「だって、人にお願いする時は丁寧な態度をとるのがフツウでしょ?」


 王族の人間にこんなことをさせるのが申し訳なくなって、詩織もリリィの前に膝をついて視線を合わせる。


「元の世界に戻るまでの間なら」


「ありがとう!優しいのね、シオリは。わたしのせいで苦労することになったのに」


「私ね、これまで誰の役にも立てずに生きてきたんだ。でも、この世界では私にできることがある。皆の役に立てることがあるって分かったからさ。ただ戻れるのを待つんじゃなくて、やれることをして頑張ってからにしようと、そう思ったんだ」


 その言葉ににっこりとしたリリィが再び詩織に抱き着く。疲れた体にその温かさと柔らかさが心地いい。


「素晴らしい心意気ね! そんなシオリだからこそ勇者なんだ」



 

 世界は違えど、自分の居場所を見つけたような気がした。元の世界に帰りたい気持ちは無くなっていないが、ここでなら生きる意味だとか、人生において大切な何かが見つかるような曖昧だけど確信めいた思いが心で大きくなる。


 こうして初陣を勝利で飾った詩織は勇者としての一歩を踏み出す。これから先、困難が待ち受けているとは知らずに・・・


      -続く-

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